”ブラーズドロップ”で胞子はスペースシャトルよりも凄い加速度で放たれるのか?(後編)

Fig.1 ブラーが描いた胞子が作られてから飛んでいくまでの様子を描いたイラスト

ブラー描いたものです(Fig.1)。
ステリグマ(小柄)の先に胞子が作られ、飛び立つ寸前にブラーズドロップが出来てきてしばらくするうちに、胞子が射出される様子が克明に描かれていますね。
これはツノフノリタケ(Calocera cornea)というツノマタタケ(Dacryopinax spathularia)に似た担子菌の胞子射出の状態を描いています。
順に追って説明すると

A:未熟なステリグマが子実層のゼラチン状基質を越えて押し出されたもの。
B:完全に成長したステリグマ。
C:Bから10分後

D:Bから20分後
E:Bから30分後
F:Bから40分後
G:Fの段階より40分後の同じ胞子。
H:同じ胞子で、G期より約6秒後:液滴が最大サイズに達している。
I:H期より1秒以下遅れて:胞子がステリグマから撃ち抜かれている。
J:胞子が射出された後、胞子が運んだ液滴が蒸発した後の胞子の出現。
K:Iよりも数分遅れて、ステリグマが子実層の中に沈んでいく様子。
L:Kのステージの数分後に崩壊したステリグマの跡。

となっています。
一番驚かされたのはBの状態(胞子がまだできていない状態)から胞子が大きく育つまで(Fの状態)にたった40分しかかからないという事実。胞子なんてのは、結構な時間をかけてあの大きさになるんだと思っていたのですが、まるでチューブの先から歯磨き粉を絞り出すかのような感じで胞子を形成し、そのわずか何秒後かに液滴が発生し、あれよあれよという間にチューブの先から飛び出していくのである。

じゃあ、担子器の先に胞子がついてる写真なんか撮れるわけないわな(苦笑)

少なくとも僕は、、、である。
今まで何度も担子器を顕微鏡で見てきて、なんで担子器の先に胞子がついてないんだろうなぁ、、と思ってたわけです。僕の様に雑にしかプレパラートを作れないもんだからきっとダメなんだろうなぁ、、と思っていたら胞子が作られてすぐに射出されるんだったら、そりゃ見ることはできへんよね(苦笑)。

さて、話は戻りますが、上記の胞子射出のイラストを見て、「あれ!」と思う人、いてますよね?

重要なポイントですのでボールドで書きまっせ、、、
それは

「液滴が出来てくる瞬間に胞子も液体の膜に覆われるはずだが、その描写がない」

ことである。
つまり、その事実だけで、

ブラーは胞子が射出されるメカニズムを解明できていなかったのである。

ブラーズドロップの謎に迫るブラー

ブラーはどうやって胞子が射出されるか?という胞子のメカニズムまでは解明することができませんでした。
しかし、後にブラーズドロップと命名された「液滴」の存在を再発見し、その液滴が胞子の射出に対して何らかの影響を与えているのだ、ということまでは突き止めることができました。

その、実に微に入り細を穿つ綿密な観察はいったいどのように行われたのでしょうか?

ここからはその観察についての記述を「RESEARCH OF FUNGI」から引用させてもらいながら、ブラーが行った胞子の観察方法と、その経緯を見ていきましょう。

液滴について。
胞子を射出する直前の液滴の発生は、Calocera corneaだけでなく、多くの他の、そしておそらくすべてのヒメノミセス属の種で起こる。私がこれまでに観察した約50種の中で、反対側のページの表に記載されている種を挙げることができる。
このリストの種は、一般的にはかなり代表的なヒメノミセスの種である。これらの種は、この偉大なグループでは胞子射出前の滴下分泌が規則であることを示すのに十分なものである。
(DeepLで翻訳、一部入佐意訳)

「RESEARCH OF FUNGI」

この観察で使ったツノフノリタケ(Calocera cornea)以外にも50種類以上の胞子の射出を観察してきたブラー。一例としてツノフノリタケの観察を記載してはいるが、ほとんどの種類で同じように液滴が発生したのち胞子が射出されるのであった。

顕微鏡の高倍率(倍率は通常440倍)を使って、私は異なる種の何百もの胞子がステリグマから出るのを観察してきましたが、発生過程を知って以来、一度も液滴が出なかったことはありませんでした。
個々の胞子がステリグマから射出する様子を観察するためには、次のようなことが必要です。
Agaricineae科の一つで、私が行なった手順は次のようなものです。
(DeepLで翻訳、一部入佐意訳)

「RESEARCH OF FUNGI」

胞子が射出する様子を何百回と観察してきたブラー。射出する瞬間には必ず液滴が発生することがわかりました。
しかし、我々が顕微鏡で胞子を見るときは胞子をスライドガラス上に落としてそのまま検鏡したり、もしくはヒダの切片をピンセットで切り取り、それを水を落としたのちカバーガラスで水封して検鏡したりしますが、ブラーが胞子射出の様子を検鏡する方法は違いました。

生きた子実体からヒダを切り出し、スライドガラスの上に平らに置き、カバーガラスで覆う。マウント液は使用しない。その後、顕微鏡の低倍率で上側の子実層を見渡す。胞子が3個か2個しか残っていない担子器が観察されることがよくあります。
その後、射出される様な状態の担子器に注目して観察しました。残った胞子は、基本的には数秒から数分の間隔で連続的に射出されるのが見られます。時には、4つの熟した胞子が付いているように見える担子器に注目することもありました。そんな担子器からは4つの胞子が次々と射出されていくのを観察することが出来ました。Hirneola auricula-judae, Stereum hirsutum, Polystictus hirsutusについては、子実層を切開してみました。これらの切片では担子器を側面から観察することが出来ました。
(DeepLで翻訳、一部入佐意訳)

「RESEARCH OF FUNGI」

胞子射出の瞬間を狙うためには以下の様な手順で検鏡を行います

  1. 生きた子実体からヒダを切り出す
  2. スライドガラスの上に平らに置き
  3. マウント液は使用せずカバーガラスで覆う
  4. 顕微鏡の低倍率で上側の子実層を見渡す
  5. 射出される様な状態の担子器に注目して観察する

ここでのポイントは3でしょうね。
ヒダの切片をスライドガラスの上に置いて、マウント液は使わずカバーガラスで覆う、というのはやはり水をそこで入れちゃうと液滴が発生しない=胞子が射出しない、ってことなのでしょうね。
また、もしかしてステリグマの先に胞子が出来ていても、マウントしてしまったら水によってステリグマの先から切り離されてしまうのかもしれませんね。

担子器の上面を顕微鏡で見ると胞子は4つのグループに分かれていて それぞれのグループは隣接する担子器に対応しています。液滴は胞子が射出される数秒前に発生すると、常に胞子の縁、すなわち胞子とステリグマの接合部に発生します。胞子の先端は常に担子器の長手方向を向いています。
したがって、液滴もこの方向を向いています。
—- 中略 —-
各胞子については、図に示すように、射出に先立って液滴が発生します。
最後の2つの胞子の射出の段階を示す担子器の側面図を図4に示します。液滴が最初に目につくようになってから胞子が射出されるまでの時間は約5秒であることが観察できました。
胞子の根元に液滴が形成され始めた後、すぐに別の胞子の根元に液滴が形成されることも珍しくありません。このように、いくつかの担子器では、2つ、3つ、あるいは4つの滴が一度に成長の過程で見られることがあります。
(DeepLで翻訳、一部入佐意訳)

「RESEARCH OF FUNGI」

ブラーは時間をかけて何度も何度も液滴(後のブラーズドロップ)の観察を行っています。
液滴の発生タイミング、発生時間、発生場所、そしてその形や大きさなどあらゆるデータを積み重ねていってる様子がうかがえますね。

ただし、ここまで観察していても結局ブラーはブラーズドロップと胞子射出のメカニズムを最後まで解明することはできなかったのです。

ブラーズドロップと胞子射出のメカニズムへの道

「きのこの一生」堀越孝雄+鈴木彰著

「きのこの一生」という本がある。著者は堀越孝雄先生と鈴木彰先生。
確かに専門的ではあるのだが、出来るだけ「知らない人」でも読めるようなやさしい表現を使って書かれた本なので、専門的な知識が無いとか、専門用語を知らないという人も楽しく読むことが出来る本なのです。

この本の最後に「5.担子胞子の放出」という章があります。
それぞれ

  1. 担子胞子の射出
  2. 担子胞子の数
  3. 担子胞子の放出と環境

という節に分かれており、どれを読んでもとっても興味深いのであるが、この中の「担子胞子の射出」はまさにブラーズドロップ(ここではブラーの小滴)の事が書いてあります。

それを読んで驚きました!! (@_@;)
胞子射出のメカニズムの「仮説」として3つの有力な説を紹介していたのですが、その中に「表面張力での射出説」は入っていませんでした。つまりこの段階では未だに胞子射出のメカニズムの真実は分かっていなかった、ということです。
「きのこの一生」の初版が発行されたのが1990年1月。実は1980年代には表面張力説が存在していたのですが、この本を執筆する段階では、その説はまだ真実味に乏しい説だったのがこの本から伺えます。

では本で紹介されている3つの有力な説はこれらです。

  1. 水鉄砲説
  2. 小柄先端と胞子のへその部分の細胞壁が膨圧により凸型になることによる説
  3. ガスジェット推進説

もう答えを知っている者からしたらなかなか面白い説ばかりですね(笑)

では1つずつイラスト化してみましたので見てみましょう。
今回は、すがさん(@sagasugayome)の手を煩わせることなく、なんと僕が手書きで描いてみました (@_@;)

1.水鉄砲説

これは恐らくジョージ・エドワード・マッシーの説だと思われます。
繰り返しになりますが、前回の説をおさらいしますと

  1. 胞子を切り離したのち
  2. 射出したあとのステリグマは延び続け、
  3. やがて頂点に達するとその頂点で破裂します
  4. するとステリグマに含まれていた水分がその先端から飛び出し
  5. 切り離された胞子に衝突し遠くへ飛ばされる

となります。図解すると以下のような感じですね。

ただし、この説は見ても分かるようにブラーズドロップとは無縁の説である。
また、ステリグマは水分を発射した後、小さくならなければならないが、観察した限りではステリグマがその様になることはなかったそうです。
つまりこの仮説は間違っている、ということなんですね。

2.小柄先端と胞子のへその部分の細胞壁が膨圧により凸型になることによる説

この仮説は接合菌のハエカビ属の分生子の射出がモデルになっているとこのとで、そのモデルをステリグマと胞子に当てはめてみました。

  1. 小柄とはステリグマの事で、その先端と胞子のへその部分は繋がっている
  2. ステリグマの先端は凸型になっており(ここポイント)胞子へその中に食い込んでいる
  3. 胞子のへそは凹型になっていて、ステリグマの先端と接合している
  4. 胞子が成熟すると、その膨圧により細胞壁が凸型に跳ね返り
  5. その圧力で胞子がステリグマより切り離されて飛んでいく

という流れである。
これもイラスト化すると

この説も実はブラーズドロップはどこにも出てこない。
また、詳しく調べてみると、胞子射出後のステリグマの先端は平坦であることも確認されているのだそうな。
なので、この説も間違っていると思われるのですね。

3.ガスジェット推進説

この仮説にもモデルがあって、酵母や粘菌などはガスの噴出によって胞子を射出するのだそうな。
それに当てはめて追っていくと

  1. ブラーの小滴(ブラーズドロップ)にはガスが入っている
  2. 胞子のへその部分が小滴と繋がっている
  3. 小滴からガスが胞子に流れ込み、へその部分からガスが噴出し
  4. ステリグマと切り離され、胞子が遠くへと飛んでいく

この説はなかなか有力であったが、マクローリン氏らの実験により、ブラーの小滴はガスではない、ということが判明した。
やはりブラーの水滴は「いろいろな物質を溶かし込んだ液体」であると結論づけられている。

スペースシャトルよりも加速度が高い胞子の射出

1990年。「きのこの一生」が発行された時点ではまだ懐疑的であった「表面張力による射出説」は堀越孝雄氏によってこんな記述をされています。

いままでに述べた3つの説のほかにも、ブラーの小滴の表面張力によるとする説。担子胞子と小柄の間の静電気的な反発力によるとする説など提案されているが、いずれの説にも難点がある。
– 中略 —
いずれにせよブラーの小滴の内容、小柄やその構造についてさらに知識を積み重ねる必要がある。

「きのこの一生」

ただ、1990年当時では懐疑的であった「表面張力による射出説」はやがて研究、実験を重ねることに最有力な説となっていきました。
ここでは 1998年の Nicholas P. Moneyによって記載されたの以下の論文を紹介したいと思います。

「More g’s than the Space Shuttle: Ballistospore Discharge」
https://www.jstor.org/stable/3761212?seq=1

担子菌の弾道胞子は、担子器から伸びるステリグマと呼ばれる槍状の突起の先端に形成される。
成熟すると、胞子の根元に球状の液滴が現れ、数秒後に胞子は空気中に射出されます。
液滴が発生するのは1889年に初めて報告されましたが、液滴と胞子の排出のメカニズムを解明するには、1世紀に及ぶ革新的な研究が必要でした。
驚異的な一連の実験により、液滴の組成が確立され、その発生が説明され、液滴の外観と胞子の排出の関係に対する効果的な解決策が提案されました。
胞子の基部の特定の場所からフェムトモル(10の-15乗モル)量のマンニトール(糖アルコール )とヘキソース類(六炭糖)が排泄され、吸湿性のある核が形成され、その上に周囲の空気中の水分が凝縮することで液滴が形成されます。
胞子の排出は、液滴が隣接する胞子の表面上で曲線を描く液体の膜と融合するときに起こります。
この急激な合体により、液体中の表面自由エネルギーが減少し、胞子の質量中心が移動します。
重量分布の変化は、加圧されたステリグマによって対抗する力を発揮し、胞子は担子から周囲の空気中に撃ち抜かれます。
このメカニズムは、表面張力カタパルトと呼ばれています。
放出中、胞子は25000gの加速度を受けますが、これはスペースシャトルの打ち上げ時に宇宙飛行士が経験した加速度の約1万倍に相当します。さらに印象的なのは、シャトルが飛行の最初の2分間でその重量の50%の燃料を消費するのに対し、胞子の排出は、胞子の表面に水が凝縮する原因となるマンニトールとヘキソースによって燃料を供給され、これらの溶質は胞子の質量のわずか1%を占めているという事実です。
(DeepLで翻訳、一部入佐意訳)

「More g’s than the Space Shuttle: Ballistospore Discharge」

さて、いかがでしたでしょうか?
ブラーズドロップと呼ばれる液滴の発見から、それによる胞子の射出のメカニズムが解明されるまでに約100年。
何人もの研究者がわずか数ミクロンの担子器と胞子を見つめ続け、あらゆる実験や研究を積み重ねてやっと見つけた「表面張力による射出」という事実。

研究者たちの飽くなき探求心というか、執念を感じずにはいられません。


【参考文献】(敬称略)
「RESEARCH OF FUNGI」A.H.R. Buller
https://www.biodiversitylibrary.org/item/34820#page/1/mode/1up

「きのこの一生」堀越孝雄+鈴木彰著
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784806723301

「胞子射出の仕組み」吹春俊光
http://chibakin.la.coocan.jp/kaihou16-17/16-17p11-13.pdf

「More g’s than the Space Shuttle: Ballistospore Discharge」Nicholas P. Money
https://www.jstor.org/stable/3761212?seq=1

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