チシオタケの血はどこから来るのか?

2022.5.14 大阪

キノコの生態というのは実に面白い。

例えばヒトヨタケ。

彼らは自分たちの子孫を出来るだけ多く残すために「自分自身を溶かす」という生存戦略を取っている。
生存戦略という表現から想像するのは、あたかもヒトヨタケが、自分の頭で考え、戦略を立て、方向性を決めている様に解釈してしまいそうですが、実はそうではない。

たまたまそういう方法を取ったら多く子孫が残った

というのが実際のところだろう。
しかしヒトヨタケに関しては、出来るだけ多くの子孫を残すためにヒダの数を増やしていき、多くの胞子を増産することが出来た。そしてますますヒダを増やすことに熱中し過ぎたために、ヒダとヒダとの隙間が無くなって「仕方なく」溶けるという方向に進んでいったのではないか、と思っている。

そう言ったキノコ達の「進化」がそのままキノコの生態、または形態に現れているのですね。

そこでこのチシオタケである。
こやつも実に面白い生態をしておるのですが、それは多くの人が既に知っていることですよね?
すなわち

傘にキズを付けると血が染み出てくる

ということ。
これは余りにも有名で観察会の同定会場では、採取してきたチシオタケの傘にナイフで切れ目を入れて、その流血シーンを皆で見て楽しむという一般人がこれを見たら、キノコ愛好家というのはなんて猟奇的なやつらなのだ、と冷ややかな目で見られること間違いないであろう。

まぁ、それにつきましてはですねぇ、、身内なので否定しないし、擁護もしない。
だってほんと変態だからね(笑)

ただそんな変態たちでさえも「血が出てくる」という現象”だけ”を確認して満足してる人が多いんじゃないのだろうか?

「そこに見えてみる」ものは単なる「結果」であって、それ以前に必ず「理由」があるのです。

そこで、なぜチシオタケは血を流すのか?そしてその血はどこから来るのか?

今回はそれをじっくり考えてみたいと思います。

チシオタケとは?

Fig.1 2023.11.12 大阪

チシオタケというキノコは結構人気があるですよね、特に女性に。

何故だろうか?

この写真に注目して欲しい。傘の周辺にフリルがあるのがお分かりだろうか?
このフリルをじ~っと眺めていたらきっと貴方の目にはこれがお姫様のスカートに見えてくるでしょう。
傘表表面に見える条線はスカートの縦じまに見えるし、なんならこの束生したチシオタケ達はアイドルがチューチュートレインを踊っている様に見えて来たりもする。

妄想って恐ろしい(笑)

また、この色合いも素晴らしい。
傘全体はほんのり赤く、頂部から縁にかけてのグラデーションは人の頬で表現すると、少しお酒を飲んで頬を赤らめている女性の面影があるではないか。

うむむむ、やはり人気があるのは言うまでもないな。

そんなチシオタケはクヌギタケ属(Mycena)のキノコであり、学名は「Mycena haematopus」という。
haematopus というのはギリシア語の「血流+脚」という意味らしい。

何だか生々しい学名ではあるが(苦笑)、この名前からすると「脚から血を流す」という風に解釈してしまいそうであるが、実物は脚からというより傘から流血する、というのが一般的ではないだろうか?

さて、それではその流血現場を見て頂こう(Fig.2)。

Fig.2 2023.11.12 大阪

傘にカッターを近づけて、そっと傘の表面に切り傷を入れてみる。
すると1秒も経たないうちに赤い液体が染み出してくるのだ。これを「血」と表現するのは妥当であるし、実際人間の血の色、そして濃さに極めて酷似しているし、たぶんヘモグロビン値で言えば13.0 g/dLを超えているのできっと献血も可能なはずだ(ウソです w)。

しかし、そこでハタと気づいた。

傘を傷つけて液体が出てくるのは、チチタケ類以外にはこのチシオタケ(アカチシオタケ含む)ぐらいしか思い浮かばない。

何故なんだろう?
他のクヌギタケの仲間はもしかして同じように傷つけたら何か液体が出てくるやつもいるのかもしれないが、少なくともこんなに顕著に出てくるものはチシオタケ以外は無いのであろう。
とすればチシオタケ達だけが何らかの理由があって赤い液体を作り、そして傷つけるとそれを放出するという特徴を身につけた、ということなのである。

赤い血はどこにあるのか?

Fig.3 2023.11.12 大阪

チシオタケの血は何の役目があるのか?という謎を解いていくためにまず調べなければならないことがある。

チシオタケの「血」は一体どこにあるのか?

チシオタケの血がどこにあるのかの謎を解明することが本命の謎を解明する手掛かりになのではないか?と考えています。
そこでまずチシオタケを家に持って帰って分解してみることにしました。

まずはもう一度確かめるために傘に傷を付けてみます(Fig.4)。

Fig.4 2023.11.12 大阪

はい、はやり赤い血が直ぐに滲みだしてきますね。

僕はこれを見てこの様な仮説を立てました。

傘のどこかに血だまりの様なものがあり、傘に傷をつけると傘の水圧が下がりその血だまりから血管の様なものを通り血が噴き出してくるのかもしれない。

僕がこの子実体を見て注目したのは傘中央の赤黒くなっている部分である。
ここに「血だまり」の様なものあるではないだろうか?

Fig.5 2023.11.12 大阪 傘を切ってみた

ってことで、傘を一部を切ってみました(Fig.5)。
左側の黒ずんでいるところが、傘の中央部の黒い部分となります。

どうでしょう?もしここに血がたまっているのならこの時点で赤い液体がドクドクとしみ出してくる、と予想していたのですが、その気配がまったくありません、、どうしたのだ?

ということは、傘の表面を傷つけたら赤い液体が出てきたのですが、傘の中にはそれらを供給する血だまりは存在しない、ということなのです。

え?と驚いている方が多いのでしょうね?

傘から液体が出るのだから、傘のどこかに液体を保管している場所がある、と考えるのは実に真っ当な考え方ですね。
なので、もしかして「血だまり」ではなく細胞の中に何か液胞みたいなものを持っているのではないでしょうか。ちなみにエントローマの仲間(特にLeptonia亜属)のヒダや傘を観察するとシスチジアという細胞の中に青い液体(液胞という)を持っているものを多数見かけるのである。

もしかしてこのチシオタケもその様な細胞があるのだろうか?

Fig.6 2023.11.12 大阪 ヒダの細胞 400倍

まずはヒダの細胞を観てみましょう。

先の尖った紡錘形の細胞がみえると思います。
これは縁シスチジアであり、エントローマの仲間の様に色のついた液胞などはなく、無色透明な細胞です。
また他のヒダ細胞を観ても「色が付いている」細胞を探し出すことが出来ませんでした。

ちなみに100倍ヒダの表面を視たのがこの下の写真である(Fig.7)。

Fig.7 2023.11.12 大阪 ヒダの細胞 100倍

どう見ても色が付いた細胞は見当たらないですよね。
やはりヒダにはその様な赤い液体を貯めておくような細胞は無いと考えていいでしょう。

それでは傘の表面を視てみましょう。
傘の中央はかなり赤黒くなっていました。なので傘の表皮を視ると何か赤い細胞が見えるのだろうか??

Fig.8 2023.11.12 大阪 傘表皮 100倍

さて、ちょっとコンゴーレッドで染めてしまいましたが(苦笑)、これは実際の傘の色ではありません。
あくまでも試薬で染めたものです。

ということで、ここでも赤い液体の確認はできませんでした。

傘でもなく、ヒダでもない、、、じゃあ残りは?

そう柄です。
柄に赤い液体がびっしりとつまっているのだろうか?

では柄の細胞を検鏡してみよう、、、として柄を基質から切り取った途端こんな感じになりました(Fig.9)。

Fig.9 2023.11.12 大阪 柄を切り取った瞬間

柄の基部からあっという間に赤い液体が噴出したのであった!! (@_@)

ただこれだけでは「柄に赤い液体が貯まっている」ということの証明にはならない。
何故かと言うと、傘からも同じように赤い液体が噴き出したからだ。

つまりこの液体は柄以外のどこかに存在しており、柄が基質より話された瞬間、水圧が下がり、どこかに貯まっている赤い液体が飛び出してきた、とも考えられるのです。

と、ここでしばし時間を遡ることにいたしましょう・・・。

実はFig.5の傘の切片を切った際に「柄に赤い液体があるのでは?」と確信させる事象があった。

傘の切片を作るには、まず傘と柄を切り離し、傘の条線に沿うようにカッターで切れ目を入れて薄く切るのだが、その際に当然傘の表面に傷がつくことになるのだが、その際に以下の写真(Fig.10)の様になったのである。

Fig.10 2023.11.12 大阪 柄を柄から切り離し、傘に傷をつけてみた

赤い血が流れない・・・(*’ω’*)

そう、柄から切り離された傘からはカッターで傷つけても赤い液体はにじみ出てこないのだ。

つまりそれは赤い液体の供給源は明らかに柄である、という証明になるのです。

つまり

  • 柄の基部をカットすると赤い液体が噴出してくる
  • 傘に傷をつけると赤い液体が噴出してくる
  • しかし、柄の上部を切った傘を傷つけても赤い液体は出てこない

という事は

いつもは柄に赤い液体を貯めている組織があり、どこかの部位で水圧が下がる様な事象が発生すればその部位に赤い血が送られることになる

という仕組みなのです。
この辺り人間の皮膚を切ると血が噴き出してくるのと同じメカニズムと考えて良いのではないでしょうか。

それでは最後にその貯めている組織である柄を検鏡してみましょう。

Fig.10 柄の組織 100倍

柄を薄く切り、切片を作って検鏡してみると柄の通常の組織(縦にならんだ菌糸)の中に赤い筋の様なものが見える。

この筋には隔壁の様なものが見当たらず、人間で言う血管の様に見えますね。

恐らくこの筋がパイプの様な構造になっていて赤い液体を貯めているのではないかと考えられる。
そして、どこかで水圧が低下すれば(傷つけられるなど)、このパイプを通じて、赤い液体が送られて行くのではないでしょうか?

赤い液体は何故存在するのだろう?

Fig.11 チシオタケの血(赤い液体)

この写真なんだと思います?(笑)

まぁ、写真の下に書いてありますけどね、これチシオタケからにじみ出た血のを顕微鏡で視た写真なのです。

もっと面白いものかと思いましたでしょ?

そうなんですよねぇ、、もっと面白そうな細胞が視れるもんだとばっかり思ってたんですが、全然面白くないの(笑)
でも、この液体は恐らくチシオタケにとっては大切なものであろうと考えておるのです。

ってことで、最初の疑問である

「チシオタケは何故赤い液体を貯めているのだろうか?」

を改めて考えてみたいと思う。

キノコにとって水分とは「生長するために欠かせないもの」であり、また「胞子を飛ばすために必須なもの」でもある。

そう「生長するためには水分が欠かせない」というのは、実際にはキノコが80~90%ぐらいが水分で出来ているため、水分が無ければ生長することが出来ないともいえるのである。
この水分を守るためにキノコがやっている最大の防御は

乾燥を防ぐ

という工夫である。
特にキノコの本体である菌糸は水分の補給路でもあるので特に重要である。菌糸が乾燥することによって補給路から水が送られなくなり、子実体の形成が出来なくなってしまうという事態に陥る可能性がある。
この事態を防ぐために菌糸たちはさまざまな工夫をしているのだ。

例えばこんな感じだろうか?

  • 葉っぽの腐朽菌の様に葉の裏側にコロニーを作る
  • ナラタケの様に根状菌糸束を作る
  • 土の中にコロニーを作る
  • 樹皮の下にコロニーを作る
  • 素早く子実体を作る
  • 地下で子実体を発生させる(地下生菌への進化)

どうでしょう?最後の地下生菌への進化というのは思わず瞠目してしまう進化ですが、他の生態も実に巧みな生存戦略なのですね。

しかしそれでも雨が降らなければ乾燥してしまい、子実体を大きく出来たとしても胞子までも飛ばせなくなります。

なぜか?

胞子は担子器で作られて、ステリグマの先で大きくなっていきます。
そしてブラーズドロップという水滴がステリグマの根元に発生し、表面張力によってステリグマから発射されるからです。

【参考】「”ブラーズドロップ”で胞子はスペースシャトルよりも凄い加速度で放たれるのか?(前編・後編)」
https://kinokobito.com/archives/5984
https://kinokobito.com/archives/5998

つまり水分が無ければ胞子を発射することが出来ないのです。

「だとしたどうすれば良いか?」

チシオタケは

「自分の体内に水分を貯めておけばいいのだ」

という結論に至ったのではないかと思うのです。
それならばもし子実体を発生させた後に乾燥してしまっても、貯めてある水分を使って胞子を発射させることが出来ますもんね。

ということで、赤い液体を貯めているのはどういうわけか?

に対しての結論は

胞子をいつでも発射するようにするため

でした。

でも「じゃあ他のキノコは乾燥した時にどうするのだ?」というツッコミが来ると思いますが、それはまた次回に。

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