フユヤマタケを分解する

2023.12.18 仙台

「冬山茸」

なんて魅力的な名前なんだろう。
冬に発生するヌメリガサ科、ヌメリガサ属 (Hygrophorus) のキノコ。
キノコが発生がすっかり減った時期にやっと出てくる変わり者だが、キノコマニアからすれば実にありがたいキノコである。

しかし関西ではほぼ見たことが無い。

何故かというと寒い時期は冬ごもりしているからだ(笑)

冬になるとキノコを探しにいく機会が極端に少なくなってくる。なので行くとなれな「フユヤマタケのみ目指して」行くという決意が必要になる。
が、しかし、寒い時期にフユヤマタケだけを探しに行くだけのモチベーションがあるか、、と聞かれると「ちょ、ちょっとそれは、、、」と言わざるを得ない。

生態的に言えばフユヤマタケは松の木と共生しているのであるが、どうも若い松(10年ぐらい)の生えているところに多く発生する、という話を聞いたことがある。で、今回連れていってもらったところにはやはり松の幼木が沢山生えているところでした(下の写真参照)。

しかし、僕の行動範囲には松の幼木があるようなところは無く、特に神戸などはヒトクチタケがあちこちに発生していることから察するにかなり年数が経ち、もう枯れる寸前の赤松ばかりがなのですね。
そういう環境でいくら目を皿のようにして探したとしても見つからないのは当然なのでしょう。

そんな憧れのキノコ、フユヤマタケを沢山見ることが出来たので、今回レポートしてみようと思います。

2023.12.18 仙台 松の幼木がある場所に良く発生する

フユヤマタケとシモフリヌメリガサ

フユヤマタケについて詳しく調べていると、必ずこの記述にたどり着く。

「フユヤマタケはシモフリヌメリガサの小形品種」

とね。
しかし「原色日本新菌類図鑑」のフユヤマタケの記載を見てみると、フユヤマタケには形態的な特徴はほとんど記載されておらず、「前種シモフリヌメリガサの小形品種」と書かれ、あとはその大きさのみが記載されている。

ということは文字通りフユヤマタケはシモフリヌメリガサの小形バージョンであり、傘の色やヌメリ具合、柄の特徴などはシモフリヌメリガサと同じであるということだ。
つまり大きさ以外は肉眼的には見極めようがない、ということでもある。

しかし、仙台の菌友情報では

「シモフリヌメリガサは傘に少し皺がある」

という話であるが、少なくとも調べた図鑑にはその様な情報は無かったが、経験値というのはとても大切な事ですので、その様な違いがあれば是非是非教えていただきたい。

2023.12.18 仙台 結構大きなものもある

またここにあったフユヤマタケたちはかなり小型のものが多かったのだが、探していると大き目の子実体もぽつぽつと見つかってくる。
この写真のものなど傘の径は約3.5cm、高さは5cmぐらいでシモフリヌメリガサのサイズに達している。
ここまでくればもう誰にも見分けは付かないんじゃないだろうか?

ということで、改めて特徴を見てみましょう。

【参考】「原色日本新菌類図鑑」今関 六也 (著), 本郷 次雄 (著)

大分類 部位 フユヤマタケの特徴 シモフリヌメリガサの特徴
1~3cm 3~5cm
  初めまんじゅう形で低い中丘があるが,のちほとんど平らとなり,ついには中央がややくぼむ
初めまんじゅう形で低い中丘があるが,のちほとんど平らとなり,ついには中央がややくぼむ
  表面 粘液におおわれる 粘液におおわれる
  オリーブ~暗オリーブ褐色,周辺は淡色 オリーブ~暗オリーブ褐色,周辺は淡色
  表面2 多少繊維紋をあらわす 多少繊維紋をあらわす
白~淡黄色 白~淡黄色
ひだ 淡黄色 淡黄色
  柄に 垂生 垂生
  疎密
大きさ 3~4cm × 2~4mm 4~7cm× 7~10mm
  ツバ 上部に不完全なつばのなごりがあり 上部に不完全なつばのなごりがあり
  表面 ツバより下は粘液に包まれる ツバより下は粘液に包まれる
  傘より淡色または淡黄色、古くなれば傘と柄はあざやかな黄, 橙, または赤などの色をおびることがある。
傘より淡色または淡黄色、古くなれば傘と柄はあざやかな黄, 橙, または赤などの色をおびることがある。
胞子 サイズ 7.5~9.5×4~5.5μm 7~9×4~5μmm
  楕円形 楕円形
発生 時期 11月~1月ごろ 晩秋~初冬
  樹種 マツ林に群生~散生 アカマツ、クロマツ, コメツガな どの針葉樹林内に群生

上述しているが、フユヤマタケの記述には「前種シモフリヌメリガサの小形品種」とあり、大きさや発生に関する記述以外は記されていないので、シモフリヌメリガサのものをコピペしている。

こうやって見るとわずかな違いがあるので、そのわずかな違いをピックアップしてみると

  1. フユヤマタケの方が傘の径が小さい
  2. フユヤマタケの方が柄の高さ、太さが小さい
  3. フユヤマタケの方が胞子はやや大きい
  4. フユヤマタケの方が発生がやや遅い
  5. シモフリヌメリガサはコメツガなどの針葉樹林にも発生

ふむむ、なかなか微妙ではあるが、比較すれば分かるかもしれませんが、結局見た目の区別はできないと思います(笑)

フユヤマタケを分解する

2023.12.18 仙台 小さめの成菌

傘の径は1.5cm程度。成菌ですが、これぐらいのものが多かった。
オリーブ色で中央が濃い褐色をしています。
この子実体はそれほどではありませんが、傘の中央がやや尖っているものもありました。
もちろん傘の表面の粘性はかなりあります。

2023.12.18 仙台

こちら大き目の成菌。
傘は平ではなくかなり凹凸が目立ちますが、まだ中央がくぼむ程ではありません。
やはりオリーブ色で中央が少しだけ濃い色をしています。

2023.12.18 仙台

美しいヒダをしておりますね~
ヒダをカットして見れば分かるのですが、かなり柔らかく、しかもヌメリがあってヒダの切片を作るのに異常に苦労します(まぁ作り方がヘタということもありますが w)。

色はクリーム色で疎。柄に対してやや垂生しています。
※この写真のものは直生気味ですな。

また小ヒダが一枚のヒダに対して一枚の小ヒダと言った感じで存在します。

2023.12.18 仙台

柄の大きさは3~5cm x 3~5mm。上下同径。
地色は白く、表面はヒダと同じ様なクリーム色をしています。
柄も全体に粘性を帯びています。

ツバを確認できるような子実体はありませんでした。

2023.12.18 仙台

肉は白で中実。
特に匂いはありませんでした。

フユヤマタケの胞子

サイズは7.98-11.08 x 4.83-5.97μm (Ave 9.25 x 5.43) 、非アミロイド。
形は楕円形で嘴状突起があります。
あと、中央に油球の様なものも確認できます。

フユヤマタケの胞子

担子器です。
ステリグマが担子器より4本出ていることが確認できますので、4胞子性だと思われます。

また、シスチジアは縁、側、双方に確認できませんでした。

フユヤマタケの菌糸(クランプ)

ヒダの菌糸です。
クランプが確認することが出来ました。

以上の特徴からほぼフユヤマタケであると思われます。
ただし、シモフリヌメリガサの可能性も捨てきれません。

フユヤマタケとは何者か?

フユヤマタケの正式な学名は何だろう?と大菌輪を検索してみるとこんな学名が出てきた

Hygrophorus pinetorum

案の定、図鑑に載っているものとは異なっている
図鑑の方は

Hygrophorus hypothejus f. pinetorum

となっている。
ちなみにシモフリヌメリガサの現学名はというと

Hygrophorus hypothejus

とのこと。
こちらの図鑑に載っているのは

Hygrophorus hypothejus f. hypothejus

となっていますな。
ちょっと整理すると

  旧学名 現学名
フユヤマタケ Hygrophorus hypothejus f. pinetorum Hygrophorus pinetorum
シモフリヌメリガサ Hygrophorus hypothejus f. hypothejus Hygrophorus hypothejus

この二つの種ともに「f.」が取れて、後ろの品種名が種小名に昇格した感じですね。

つまり品種であったものが独立して1つの種になった、というところでしょうか?

しかし1954年に記載された以下論文を読んでみると、、、
「Two new Agarics from Omi」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/bunruichiri/15/4/15_KJ00002992631/_pdf/-char/ja

学名として以下のものがあてられております。

Hygrophorus pinetorum

そうなのです、この名前は現在の学名と同じもの。

記載は本郷次雄先生。
1954年に新種記載された当時はこの学名があてられていたのでしょう。
その後、これは新種ではなく Hygrophorus hypothejus の別品種だとされた後に、また別種だと分かりHygrophorus pinetorum に戻されて現在に至るのだと思われます。

さて、いろいろ調べていく過程で面白いものを見つけました。

Hygrophorus hypothejus var. aureus

という学名を持つもの。
Hygrophorus hypothejus の「var.(variety)」つまり変種とされているものです。

iNaturalistにアップされているものを見ると、傘の色が橙色~褐色をしていますが、それ以外はシモフリヌメリガサなどと良く似ています。
実はフユヤマタケを調べる際に「日本のきのこ」を眺めていたのですが、この色合いにそっくりなものを見つけました。
それは

コガネキヌメリガサ

です。
写真だけで説明は無いのですが、学名としては

hygrophorus lucorum var. speciosus

があてられています。
これはキヌメリガサ(Hygrophorus lucorum)の変種という扱いになります。
が、しかしiNaturalistで検索しても hygrophorus lucorum var. speciosus の投稿はありません。

さて、コガネキヌメリガサとは一体どれなのでしょうか、、

ヌメリガサ属も「沼」の香りがプンプンしてきますね(笑)。

「追記」フユヤマタケの記載

本郷先生が記載した論文を和訳したので載せておくことにします。

「近江産欄菌の2新種」本郷次雄

傘の径は1〜3 cmの幅があり、凸状から平らで、しばしば多かれ少なかれくぼんでおり、時折鈍い小さな中丘があります。表面は、透明なゼラチン状の被膜の名残りから最初はぬるぬるしており、グルテンの下でやや圧着した繊維状の筋があります。色は黄褐色、黄土色またはオリーブビスター(オリーブこげ茶色)で、中央部が濃く、年をとるにつれて全体的に淡くなります。縁は最初は内曲しており、条線はありません。肉は淡黄色で、柔らかく、かなり薄く、においや味はありません。ひだは白色または淡黄色で、直生からやや垂生または下垂し、かなり厚く、ワックス状で、2-6 mmの幅があり、遠い(L=28-32または17-26;1=1-3)、縁は均等で、脈でつながっています。柄は3-4 cm(またはそれ以上の長さ)、2-4 mmの太さで、均等で、中実で、内部は淡い黄色または白色で、しばしば屈曲し、下の4分の1を粘性の鞘で覆い、すぐに乾燥し、グルテンの下ではやや圧着した白い繊維状で、傘よりも淡く、時折黄色がかり、赤みがかったり、ほぼ白いような場合もあります。頂部は白く、やや微粉状で、部分的な被膜は白いフロッキーで、頂部に消失性の輪郭を残します。顕微鏡の下での胞子は透明で、卵形で、滑らかで、7.5-9.5×4-5.5μで、非アミロイドです。

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