”ブラーズドロップ”で胞子はスペースシャトルよりも凄い加速度で放たれるのか?(前編)

A.H.R. Buller(ブラー)という名前は、ちょうどこの間のチエちゃんの記事「きのこの胞子の色と進化」で出てきたので覚えている方もいるだろう。
チエちゃんの記事の中で

「きのこ好きの方なら、きっと ”ブラー” という名前くらいは聞いたことがあるだろう」

と書いていたが、僕の感覚では

例えキノコ好きであって「ブラー」という名前は知らない人が多いのではないか?

と思っている。

一口に「キノコ好き」と言っても様々で、キノコを食べる対象として考えるいわゆる「食べ菌」さんたちにとってはブラーなどはどうでも良いはずで、菌糸がどうのとか、胞子がどうしただのとかには関心がわかないのは、ブラードロップでキノコの「味」が変わるわけではなし、ブラーさんがキノコが沢山採れる場所に導いてくれるわけではないので、間違いなく「ブラー」について説明しても「なんや、どこぞのブラかと思った」っていう鉄板オヤジギャグが返ってくることは容易に想像できる(笑)

キャラ菌さんたちも似たか寄ったかなのだが、中にはツワモノがいたりするので要注意。例えばキノコットンさんとかなんか意表をついて担子器ランプとか作りそうだし、子嚢ベルトとかだともう作っちゃってるかもしれないので、ブラーズドロップのグッズを作るぐらいはもう時間の問題ではないだろうか・・・?しかし一般的なキャラ菌さんにとっては「可愛いキノコ」がモチーフとなっているのならそれでよく、ブラーの「ブ」の字を聞いたところで居眠りが始まってしまうかもしれないのだ。

僕も「きのこの下には死体が眠る」という吹春先生が書いた本(これはねビギナーにとっては本当におススメの本です、はい)の中で紹介されていた「ブラーズ・ドロップ」の解説でもって初めてその名前を知ったのであった。
そこで紹介されている解説では

担子胞子が射出される直前、胞子の一端の表面に球状の形態をしたものが形成される。この現象は1910年代にA.H.R.ブラーによって詳細に研究され形成されたこの粒はブラーズ・ドロップと呼ばれるようになった。

「きのこの下には死体が眠る」

これだけの説明では、、、何がなんだか分からんよね?(笑)
なので、ブラーズドロップによって「どうやって」胞子が射出されるのかを図解で解説してみましょう。

担子器とはどんなもの?

ブラーズドロップは何ぞや?というよりも先に担子器を先に説明せねばならない。

顕微鏡でキノコのヒダを眺めているとヒダの先端部分になにやら突起物の先に角を生やしているものが見えてくる。
このほぼ中央に見えているのが「担子器」である。

バットマンみたいやな?

と思われた方、なかなか鋭いです。

ウグイスハツの担子器(400倍)

この担子器(たんしき)というもの、、、

元々糸状でしかなかった菌糸が「胞子を飛ばすために」生殖器である子実体(きのこ)というものを作りだし、その作りだしたパーツの中に傘があり、柄があり、そしてその傘の下にヒダがあり、そのヒダを拡大したものの中にこの担子器が存在するのです。

ウグイスハツの場合、担子器の大きさは20~30μm(ミクロン)ぐらいかな?
肉眼でこれが見える人は完全にスーパーキノコ廃人と呼んでいいぐらいのレベルだ(笑)

で、担子器とはなんぞや?

と聞かれると、それは「胞子を生成する組織」と言っていいでしょう。
いわばきのこというものは、この担子器という組織を使って胞子を作り出すために、わざわざ数ミクロンの菌糸から、巨大な子実体を生成しているのである。

そう考えるとほんとに神秘的ですよね?
キノコってワンダーランドだと思いますよね~?

それでは、その担子器というものを図解してみましょう。
今回のイラストはTwitterで時々可愛いイラストをアップしてくれているすがさん(@sagasugayome)に描いてもらっちゃいました!!

Fig.1

さて、このイラストいかがでしょう?
僕がラフに描いたトンデモイラストからこんな丁寧なイラストに仕上げてくれるってほんと魔法の様です (#^.^#)

胞子(ここでは担子胞子)は担子器の先から出ているステリグマ(なんとカッコいい名前!)と呼ばれる組織の先端に作られます。[Fig.1]
胞子にはくちばし状突起というものがあり、これとステリグマの先端が辛うじてくっついている感じなのですね。

さて、この状態どうやって胞子は飛んでいくのでしょうか?

胞子はこうやってブラーズドロップによって射出される

ではでは、この担子器からいったいどうやって胞子は射出されるのでしょうか?

またもすがさん(@sagasugayome)のイラストと共に解説してみましょう。

Fig.2


まずは胞子とステリグマと呼ばれる担子器の角が繋がっている境目あたりに小さな吸湿性の玉が出来ます。[Fig.1]

この「吸湿性の玉」の正体は、胞子の先端部分(これをくちばし状突起と呼ばれています)から少量の糖分を分泌したものらしく、その糖分の玉は吸湿性に富み、ヒダの周辺にある水分を吸収しながら、丸く(色で言うと灰色がかった青色の球状)、どんどん大きくなっていくのです。

Fig.3

この「吸湿性の玉」こそがブラーズドロップ(ブラーの小滴とも言う)と呼ばれているものなのです。[Fig.3]

このブラーズドロップが形成されていくのと同時に、胞子自体が薄い液体の膜に覆われていきます。

Fig.4

これも青色の層となっているので、ヒダの周りの水蒸気や水分が胞子の周りに吸い寄せられたのだと思われます。
そうすると胞子の質量の重心が移動します。[Fig.4]

どこに移動するかというとブラーズドロップのある方、つまりは、胞子とステリグマが繋がっている方向に重心が移動していくことになります。また、ブラーズドロップも大きくなっていき、そこで胞子を覆っている液体とブラーズドロップが接触することになります。

Fig.5

接触するとどうなるか?

ブラーズドロップは破裂し、中の水滴は胞子を覆う膜の中に流れ込むことになります。
大きな水滴が流れこんだ段階で、表面張力の影響でまた逆向きの重心移動が起こるのです。[Fig.5]

そしてその重心移動の勢いで胞子はくちばし状突起とステリグマの境目に亀裂が出来、やがてかなりの運動量をもってステリグマから切り離されていくのです。
これは「表面張力カタパルト(カッコいい名前ですなぁ)」と呼ばれています。

ステリグマから切り離されて飛んで行ってる姿です。
これが担子器から胞子が「飛び立っていく」メカニズムであります。

その加速度は25,000Gとも言われています、、、ほんまやろか?(笑)

いや、たぶん本当なんだろう、、、

ブラーズドロップがたどった道

少し戻ります。
「ブラーズドロップ」について書いてきましたが、ここで衝撃の事実をお伝えします。

それは

ブラーズドロップによって胞子が飛んでいくメカニズムはブラーが解明したわけではない

のです。
ビックリしました?(笑)
僕はビックリしましたよ。だってずっとブラーズドロップの仕組みはブラーが発見したんだと思ってたもんね。しかももう一つ衝撃の事実を伝えなければなりません。
それは

ブラーズドロップを「発見」したのはブラーではない

んですよね。
ほれ、ほれほれほれ、またビックリしたでしょ?(笑)

では、このドロップは誰が発見したのでしょうか?
実は1860年にスイスで生まれたVictor Fayod(ビクター・ファヨッド)というアマチュアの菌類研究家なのです。
Wikipediaにはこんな風に書かれています。

Fayod’s work focused primarily on the Hymenomycetes. One major result was his description of spore discharge in the Basidiomycetes involving the formation of a drop of liquid.

Fayodの仕事は主にHymenomycetesに焦点を当てた。主な成果の一つは、液滴の形成を伴う担子菌類の胞子排出の記述であった。(翻訳 by DeepL)

https://en.wikipedia.org/wiki/Victor_Fayod

彼がこの液滴(のちのブラーズドロップ)を発見したのは1889年の事。
ブラーが生れたのは1874年の事ですから、1889年と言えばまだブラーが15歳の時。将来は菌類学者になる夢を抱いていて、キノコを追いかけて野山を駆け回っていた時期なのかもしれない・・・。

それから22年の月日が経った1910年の事。
ブラーはこの液滴を再発見するのです。
もしかしてファヨッドが最初に発見してからずっと、この事実は闇に埋もれていたのかもしれません。

しかしブラーは結局胞子が飛ばされる仕組みを解明することはできませんでした。

その様子を物語る文章をブラーが記した「RESEARCH OF FUNGI」から引用しながら、彼がどの様な観察、実験をしていったのか見ていきましょう。

胞子がステリグマから正確に射出されることが観察することができました。Marasmius oreadesやCoprinus comatusでも同様の結果が得られました。
担子器の大きさが小さく、また、胞子に結合しているステリグマの先端の細い部分が見えにくいため、胞子が射出される瞬間にステリグマの先端でどのような物理的変化が起こるかを観察することは極めて困難である。しかし、観察されたすべての事実を考慮した結果、この過程のメカニズムについて何らかの結論が導き出されるように思われます。

https://www.biodiversitylibrary.org/item/34820#page/1/mode/1u

ブラーがステリグマの先端から胞子を射出されるメカニズムを捉えるのに四苦八苦しているのがわかります。
胞子はまず胞子が射出する仕組みの既定の説が正しいのかどうか、を観察します。
何度も何度も。
色んな種類のキノコを使って。
そしてその「説」の真偽を追求していきます。
ここではシバフタケ(Marasmius oreades)とササクレヒトヨタケ(Coprinus comatus)で胞子の射出状態を観察している模様です。

胞子射出の第一の説は、4個の胞子がステリグマの先端で破れ、細胞壁の収縮によって基底体から追い出された細胞樹液からなる液滴が排出されることによって、4個の胞子がステリグマから飛んでいく、というものである。
私はこの考え方を支持する事実を見つけられませんでした。

https://www.biodiversitylibrary.org/item/34820#page/1/mode/1u


ここで紹介されている「第一説」というのはジョージ・エドワード・マッシー(George Edward Massee)の説であり、その説を証明しようとしますが、その「事実」が発見できなかったようです。

つまりマッシーの説は間違っているのではないか?とブラーは思った事でしょう。

マッシーの説はこうです。

菌類では、成熟した胞子はそのステリグマの頂点から横方向の壁によって切断される。胞子が切り落とされた後も、スティグマはその頭頂原形質を保持しており、その弾性壁は、水の蓄積による張力の増加に伴って伸び続けている。緊張がある点に達すると、ステリグマはその頂点の中隔のすぐ下で円状に破裂し、ステリグマの弾性壁は瞬時に収縮し、その中に含まれていた水分を先端の横壁に衝突させます。

Massee:Text-Book of Fungi (London, 1906)

分かりにくい翻訳ですんません (;^_^A
つまりマッシーの説は

  1. 胞子を切り離したのち
  2. 射出したあとのステリグマは延び続け、
  3. やがて頂点に達するとその頂点で破裂します
  4. するとステリグマに含まれていた水分がその先端から飛び出し
  5. 切り離された胞子に衝突し遠くへ飛ばされる

という感じでしょうか?
しかしブラーはそれをこう言って否定します。

観察した中では胞子を射出したステリグマはそのままの形を保っているよ、とのこと。

30歳年上の菌類学の権威マッシーと新進気鋭の菌類学者ブラーとの戦いが面白い(笑)
ブラーは続けます

射出直後の胞子やステリグマには液滴は検出されませんでした。
胞子が消失しても、ステリグマや担子器の崩壊は観察されませんでした。
また、胞子が連続して排出されることからも強い反論が導き出されるかもしれない。担子器は単細胞である。胞子が排出されたときに、ステリグマが横切って一滴の液体が押し出されたとしたら、担子器内の静水圧はかなり低下するでしょう。細胞に穴が開いてしまうのです。このような状況下では、残りの3つの胞子を連続して排出するために、その圧力をどのようにして再び使用することができるかを想像するのは難しいように思えます。

https://www.biodiversitylibrary.org/item/34820#page/1/mode/1u

ステリグマは自らを破裂させることにより、自身の中に持っている水を胞子に向かって噴出させることによって遠くへ飛ばしているのなら、ステリグマは潰れているはずなのに、潰れている姿を観察することはできなかった(つまりステリグマは潰れない)、、という「発見」をブラーはしました。
ブラーはマッシーの説をこの様に否定しています。

  1. 射出直後の胞子やステリグマには液滴は検出されない
  2. 胞子が消失しても、ステリグマや担子器の崩壊は観察されない
  3. 射出後、担子器にも穴が開いている形跡がない(4つもの胞子を射出していれば開いているはず)

ここまで来ればもう全否定です(笑)

ブラーはそこから観察を続けて、胞子が射出する寸前に小さな液滴が出来ることを発見します。

つまり「ブラーズドロップ」の発見です!!

この後はもっと面白いので、後編をお読みください (#^.^#)

(つづく)

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