きのこに名前をつける ③ 4つの種概念
これまでのお話は、ここから↓ きのこの学術的な分類について語ってきました。↓
それで、前回の続き、わたしが引用している「菌類の事典」での種の定義のなかでは
(高松 進 (2013)「1-6 種の定義」,菌類の事典, 日本菌学会(編), 東京: 朝倉書店, 16–17 pp.)
現在、菌類で用いられている主要な種概念は4つあるとしている。
さっそく、それらを見ていこう。
① 生物学的種概念
交雑可能でかつ交雑の結果稔性のある後代を生むことができる集団を1つの種と規定する。
高松 進 (2013)「1-6-1 生物学的種定義」,菌類の事典, 日本菌学会(編), 東京: 朝倉書店, 16 p.
稔性というのは、生殖能力のことをいう。
要するに、同種であれば、交配可能である、ということだ。
裏を返すと、交配しなかったら同種とは言えない、ということ。
ところが、
自然界では、形態に明らかに差があり、別種とされていても、交配できる種がけっこうある。
たとえば、ツバキとササンガは交配可能である。
それに、サクラ属の種も雑交配することが知られている。
ただし、雑交配した種は生殖能力を持たないことがあり(雑種不稔性)
そういうのは自然淘汰されてしまうので、種としては認められない。
きのこの世界でも、同じように別種とされていたが、交配が可能であることが確認され分類が見直されたものがある。。
オオヒラタケ(Pleurotus cystidiosus)とクロアワビタケ(Pleurotus abalonus)もそのひとつ。
Index Fungorum で確認してみたところ、それらはすでに同種扱いになっているようだ。
それらの特徴を持つ亜種(Pleurotus cystidiosus subsp. abalonus)や
変種(Pleurotus cystidiosus var. cystidiosus)もすべて同種としてまとめられていた。
おそらく、それらは交配ができるのだろう。
いろいろ調べてみると優秀な食菌であるヒラタケ属だけのことはあり、
よく研究されていて、多くの研究論文があるようだ。
そのうちのひとつだけをあげておく
参考:「ヒラタケ属のきのこ」(千葉菌類談話会通信 35 号)
http://chibakin.la.coocan.jp/kaihou35/p40-41hiratakezoku.pdf
② 形態学的種概念
これは、もうおなじみですね!!
そう、きのこの形の特徴に基づいて、同種であるのか別種であるのかを判断するわけです。
「このきのこの名前はなんですか?」の投稿があがると
「ヒダを見せてくれ」だの、「胞子の色は??」だの、「顕微鏡で見てみないと!」だのは、
みんなこの形態学的種定義に基づいてきのこの種名を考察しているわけだな。
これまでの菌類の種分類の歴史をみると、おもに形態的特徴によって行われてきたといえるだろう。
分類手法の王道中の王道だな!
ただし、種を区別するための指標としてどのような形態的特徴を用いるかは、分類学者で意見が異なることも多い。
それに、形態の違いによる分類手法は、時代によって変わっている。
前にも書いたように、1930年あたりまでは、胞子の色で分類されていた時代もあったしね。
地面にもぐるお団子型のきのこを、腹菌網という分類の箱にいれて整理していたのも、そんなに昔の話ではない。
さらに、日本菌学会会長を歴任し日本の菌学を牽引した高松 博士でさえもこういっている。
分類に用いることができる形態的特徴が動物や植物に比べて少ないこと、
高松 進 (2013)「1-6-2 形態学的種定義」,菌類の事典, 日本菌学会(編), 東京: 朝倉書店, 16 p.
形態的収斂を把握することが難しいなどの点から、形態学的種概念に基づく菌類の正確な種分類は容易ではない
そう!!見た目だけで、そのきのこの名前をつけるということは、
とってもとっても難しいことなのだ!!!
トーシローのわたしが、きのこを見ただけでそのきのこの名前を正確に当てることがどうしてできようか!
③ 生態学的種概念
生物をその生活している場またはニッチ(生態的地位)で判断する。(略)
高松 進 (2013)「1-6-3 生態学的種定義」,菌類の事典, 日本菌学会(編), 東京: 朝倉書店, 16 p.
形態的な種分類が困難な場合、植物寄生菌類では、宿主植物の種類や宿主範囲によって種を規定することがある。
昔、サナギタケの発生が報告されている場所で、
イモムシから出ているサナギタケとよく似た(っていうかほとんどサナギタケ!)を見つけた。
これって、サナギタケぢゃないんですか?って聞いたら、
イモムシから出ているので、イモムシタケです、と言われて腑に落ちず、
めっちゃ抗議しまくったことがあった。(はい、わたしはかなりメンドくさいです。)
形態学的種概念だけをみると、
イモムシタケもサナギタケも同種といっていいのではないか?と思うほど、似ている。
しかし、宿主が違うと別種になる、のだ。
そして、それは分類学の世界では充分にありうることなのである。
*ただし、イモムシタケ(Cordyceps kyusyuensis Kawam)を採用せず、
チョウ目の幼虫や蛹から発生するのがサナギタケ(Cordyceps militaris)とする分類を採用する研究者も多い。
④ 系統学的種概念
原則として系統樹上で単系統群を構成する生物群、すなわち単一の祖先種から進化した集団を1つの分類単位としてみなす。
高松 進 (2013)「1-6-4 系統学的種定義」,菌類の事典, 日本菌学会(編), 東京: 朝倉書店, 17 p.
いわゆる遺伝子の塩基配列の違いで、系統を推測して、グループ分けする手法ですね、
この手法が採用されてから、ずいぶんと分類が変わりました!
それは、まるで地球に隕石が落ちてきたかのような衝撃を与えました!!
わたしもいま、インセイの研究で、これやってます。
せっせとキノコをテッスルですりつぶして、それからDNAを抽出して・・・・
マイクロピペットを使って、ロウガンではぼやけて見えないほどの少量の酵素を反応させて~・・・
簡単にDNAが~PCRが~とか世間ではいいますが、
やってみると、けっこう大変なんだよ~・・・・・
(このコロナ禍で、もっとPCR検査を!!とかいうのをよく聞きますが、
やってみると、手法やら結果の信憑性やら~・・・いろいろ~そんな簡単でないとわかります・・・)
分子系統手法により、分類群が大きく変わってきた、ということは
わたしが、あえて説明しなくても、みなさんのほうがよくわかっているはずなので
ここでは、これ以上のことは書きません!
けど、後日、分子系統のあれこれ~については書きたいな、と思ってる。
知っていそうで、けっこう知らないことがたくさんあるんだお。
おわりに
とりあえず、きのこの名前をつける ①と②をアップしたところで、
バイトの時間になったので、家をでた。
バイトから帰宅する間に、
ひっそりとアップしたこの記事を見つけて読んでくれた方から感想をもらった。
「うぅ~ん、分類学を知らない人にとっては、なんのこっちゃかな???」
実に率直で的を得ている感想である。大変、ありがたい。
ってか、そんなことはわかってたさ~!
興味もたれないだろうな~・・・と思いつつ
それでも、時間や労力を費やして、
乏しい知識を総動員させ拙いながらもせっせと書き進めた。
日本にはたくさんのきのこ愛好家がいる、
なかにはハイアマチュアと崇められてすごい人もいることは知っている、
けれど、そんなすごい人でも、図鑑がバイブルであり
”先生”と呼ばれる人の言葉が絶対と信じて疑わないシーンにであうたび、違和感を感じてきた。
くどいが、分類には正解がない、そして”先生”といわれる学者の専売特許では けっしてない!
正確な名前にこだわる必要もない、「かわいいきのこ」「大好きなきのこ」そんな分類箱があってもいいのだ。
ただし、
学術の世界では、命名規約という、いうなれば憲法みたいなルールを守った分類でなければいけない。
きっと、たくさんのきのこに出会うとだんだんと「かわいいきのこ」箱では物足りなくなってくるだろう、
命名規約のルールで分類したくなるのは当然な流れだと思う。
でもそれは、 ”先生”だけが使う分類手法ではないのだ。
世界を見渡せば、アマチュアの人こそが新種の報告をしたり分類群を再検討し
新しい分類群を提案したりしている。
日本にもすごい人たちがたくさんいるんだから、
どんどん報告したらいいのにな~・・・と本気で思っている。
そんなこというけどさ~、どうしたらいいのかわかんないんだよ~なんて思っている??
ガクジュツの分類について勉強したくなったら、放送大学 千葉SCにくるべし!
(2021.3.18 Chie Hayashi)