ヒトヨタケが溶ける謎を解く

2019.6.27 兵庫

ヒトヨタケ
キノコを愛する人たちの間で最も好かれているキノコの中の一つ、と言っていいだろう。
一見、なんの変哲もないキノコ。
例えばベニテングタケやタモギタケなどの様に派手派手しい外観でもなく、アミガサタケやスッポンタケみたいな個性あふれる形態でもない。

見た目あまり特徴的でもないキノコが、何ゆえそんなに愛されるのか?

・・・それは「溶けるから」である。
キノコは成菌になってから1週間も経てば腐って姿を消していくものが多い。しかしこのヒトヨタケは腐るのではなく、溶けるのである。しかも「自分の持つ分解酵素で自分自身を溶かしていく」という何とも悲哀を感じずにはいられない、姿の消し方なのだ。

キノコは大雑把に言うと腐生菌と菌根菌に分けられる。
この腐生菌に属するキノコたちは分解酵素というものを使って、枯れた木や、葉っぱなどを分解しつつ、それを食料として自分の体内に取り込んで生活をしている。

つまり分解酵素とは「食料を調達するための工具」または「食料を調理するための道具」と言っていいだろう。

そんな道具を使って、なんと自分自身を溶かしてしまうのだ。人間的に例えると、沢山の子供を産むために自分自身の体を溶かしていく、、、そんな行為は想像しがたいが、まさに「自爆」と考えていいだろう。
ヒトヨタケは生長してある程度の日数が経つと(一般に言われる一夜で溶けるというのは都市伝説レベル w)、自らの体を溶かして自爆を始めるのである。

なぜだろうか?

NHK「マジカル・ミステリー・きのこ・ツアー」にて

2018.08.19 兵庫

2月21日にNHKで放送された「ダーウィンが来た」という番組をご覧になられただろうか?阿寒湖でツアーガイドをしている新井文彦さんが出演されていて、伝説のおやじギャグを一発かましたのはかなりの衝撃があった(NHKだぞ~ w)。

「ダーウィンが来た」というサイエンス番組でキノコを取り上げるのはなかなか珍しく(動物がやっぱり多いのよね)、なのできのこクラスター達がザワザワしたのはいうまでもなく、一体どんなキノコが取り上げられるのか?どの様な生態が放送されるのかということでみんな興味津々、ワクワクドキドキであった。

で、その番組の中でもやはり「溶けるキノコ」として当然ヒトヨタケの紹介がありましたが、その中でヒトヨタケが溶ける理由として

「今、自分がいることろが一番安全な場所だから」

という説明がされた。
まさにそれは一理あるところで、わざわざ胞子を遠くに飛ばさずとも自分が住んでいるこのエリアは、わが種族にとっては安全・安住の地なんだから、わざわざリスクを取ってまで遠くへ行って未開の地を開発する必要などないじゃないか?という考えなのかもしれない。

ヒトヨタケは案外保守的なんだろうな(笑)

ただ、そんなヒトヨタケであってもすべての胞子が溶けて落ちていくのではなく、風で飛んでいく胞子もあるのだそうな。
また、一般的なハラタケ型のキノコであっても胞子の95%は半径1m以内に落下するそうなのでヒトヨタケの胞子拡散戦略(溶けて胞子を拡散させる)が特別なのか?と聞かれるとそうでもないのではないか?と思うんですよね。

【参考】
95% of basidiospores fall within 1 m of the cap: a field-and modeling-based study(担子胞子の95%が傘から1m以内に落下する:フィールドおよびモデリングに基づく研究)
https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.3852/10-388?journalCode=umyc20

キノコの傘は胞子を遠くへ飛ばすための仕組みである。

しかし、その95%は自分の周りに落下し、5%の胞子だけが風に乗り遠くへ飛んでいき自分に適した新しい新天地を探し求めるのである。
恐らくその割合がキノコにとってはもっとも祖先を繁栄させることが出来る黄金比なのかもしれません。

ササクレヒトヨタケが溶けるメカニズム

以前まんがさん(@manga4141)がTweetした内容の中にあったリンクにふと目が留まり、読んでみるとなかなか面白いことが書いてあった。
実は今回のきのこびとはこのリンク先の内容をどうしても記事にしてみたい、と思ったわけであります。

「Spore discharge and dispersal in mushrooms」
http://www.cpbr.gov.au/fungi/spore-discharge-mushrooms.html

記事の主意はタイトルの和訳の通り「キノコの胞子排出と散布」でありまして、つまりはキノコはどの様な方法で胞子をヒダから切り離し、そしてどの様なメカニズムで胞子を拡散させるのか、、、そんなことが書いてあります。

胞子の切り離しについては以前書いた「ブラーズドロップ」の事が詳しく書いてあります。また胞子の拡散については、胞子がヒダから切り離された後の落下していく道筋、ヒダを抜けたときにどのように流されるかを実験してみた、ということが書かれていますね。

そして記事の最終段階ではササクレヒトヨタケの事について書かれております。
今回の僕の記事の主役であるヒトヨタケとササクレヒトヨタケは属のレベルで異なります。しかし傘を溶かして胞子を拡散させていくという生態的にはとっても良く似ておりますので、この説明はヒトヨタケに対しても当てはまることではないか?と考えております。

では「The Inkcap mushrooms」というタイトルで示された段落を元に、ササクレヒトヨタケが溶けるメカニズムを解説していきましょう。

ササクレヒトヨタケの生長と溶けていく様子
イラスト:いりさじょうじ(すまん、ヘタで w)

なんと素晴らしいイラストでしょう~!(※誰も褒めてくれないので、自分で褒めちゃう w)

ササクレヒトヨタケの最大の特徴はその幼菌時代の傘の形である。
円筒形(長卵形)と表現されたそのスタイルはとっても愛らしく、そしてユニークな形をしております。チエちゃんが書いた「きのこの柄の秘密~ササクレヒトヨタケの場合」でも一部触れられていますが、ササクレヒトヨタケは公園の原っぱに出たり、周りに風を遮るものが無い場所に発生したりするため「風などの抵抗」から身を守るためにこの様な風がスルっと抜けるような形をしているのではないか?と言われています。

そんなユニークな傘を持つササクレヒトヨタケですが、生長してくると傘が徐々に開いていき釣鐘型から、女性のスカートの様な姿になっていき、最終的にはバレリーナのチュチュの様な形になっていきます。
しかし、その様な形に変化していくと共にチュチュはその縁から徐々に黒くなっていき、そしてじわじわと溶けだして、しまいにチュチュ自体が無くなっていくという、、、なんとも儚い終わりを遂げるチュチュなのでありました(チュチュの響きが面白くて強調してみました w)。

さて、ではそんなチュチュをもっともっと小さいミクロの世界で見ることにしましょう。

紹介した記事はこんな文章から始まります。

質問:傘がが溶けて垂れてくるのはなぜですか?
答え:胞子の飛散を助けるためです

ササクレヒトヨタケの密集したヒダは、V字型の断面ではなく平行面であり、キノコの大部分に見られるヒダのシビアな垂直制御はありません。これでは効果的な胞子散布は難しいと思われる。しかし、ササクレヒトヨタケはこれらの困難を克服しており、次の図(前述の図と同じスタイル)はそのプロセスを示しています。

http://www.cpbr.gov.au/fungi/spore-discharge-mushrooms.html

ササクレヒトヨタケのヒダは確かに密集しております。ゆえに(と言っていいのか?)ヒダの並び方はV字型ではなく平行型である、ということ。
そのため、胞子の効果的な散布ができない、とここには書かれています。

平行型なら何故効果的な散布が出来ないのか?
もう少し記事を引用してみます。

キノコの多くは、ヒダの異なる部分の胞子が同時に成熟することがある。ヒダの下端に近い胞子とヒダの上端にある胞子が同時に成熟することもある。つまり、いつでも、ヒダのさまざまな部分が、周囲の空気中に胞子を放出していることになるのです。
~中略~
したがって、キャップの枠を越える胞子の数を最大化するためには、ヒダの垂直方向の向きが重要になる。例えば(右)の図は、劇的に垂直ではない2つの灰色のヒダを示している。茶色の陰影がついている部分で垂直方向の軌道を開始した胞子は傘を越えられず、右側のヒダに捕捉されてしまう。胞子には粘着性があるので、胞子が反対側のヒダに落ちれば、それ以上は進まない。

http://www.cpbr.gov.au/fungi/spore-discharge-mushrooms.html

つまり胞子を沢山傘の外に放出するためにはヒダの形はV字であるのがもっとも効果的であるのだが、ヒダが平行なササクレヒトヨタケだと胞子が射出された後に、少しの風だけでヒダにくっついてしまい傘外に出ることが出来ない、というわけなのです。

あぁ、、なんと悲しきササクレヒトヨタケ

なので、ササクレヒトヨタケは別の方法で胞子の放出を行うメカニズムを身に着けたのです。それは自身が「溶ける」という必殺技。ある意味自爆とも取られかねないその必殺技はいったいどの様になっているのでしょうか?つたないイラストを使って説明していきます。

ササクレヒトヨタケのヒダが溶けていく様子
Figure 1 ササクレヒトヨタケのヒダに担子器が並んでいる様子(1)

平行に並んだそれぞれ向かい合うヒダに担子器が並んでいるのが分かります。
でも本当はこんなに規則正しく並んでないんですけどね(笑)
ヒダの断面を見てください。通常のヒダは「V字型」なのですが、ササクレヒトヨタケのヒダは「I字型」になっています。
これだと

胞子が落下した時にヒダに当たる確率が極めて高くなるのです

実はブラーズドロップで飛ぶ距離はさほどでもありません。よって、小さく僅かな風力ででも飛ばされてしまう胞子は揺られてヒダに当たりやすくなります。
そしてヒダに当たった胞子はその粘着力によりそれ以上落下することが出来なくなるのです。

なので、、、

担子器の先についている胞子の色を見てください。上の方は黄色い胞子で、真ん中は茶色、そして一番下は黒の胞子になっています。
これも実際とは異なっているのですが(胞子自体は射出する寸前に担子器によって作られる)、分かりやすく胞子の色を変えています。このイラストは胞子の成熟度を表しております。つまりこの図で注目して欲しいのは

ササクレヒトヨタケはヒダの先端から先に胞子が成熟していく

ということなのです。
他のキノコはそういう「順番に成熟」することは無く、ヒダのあちらこちらでランダムに成熟していき、ランダムに胞子が射出されていくのです。
こちらはV字型のヒダゆえ、胞子がヒダに引っかかることなくちゃんとヒダの隙間から落ちていけるのですね。

Figure2 ヒダの先端から溶け出している様子

この図は

ヒダの先端から徐々に溶け落ちてきている

というのが注目ポイント。
ヒダが溶けて無くなることにより、射出された胞子は落下していく際に自分より下にあるヒダに当たることなしにヒダ外に飛び出していくことが出来るのである。
自分の身を削って、子供たちの旅立つための発射台を作っている、、、そんな優しい親心を想像してみてください、、、涙が出てきませんか?(笑)

そして胞子の成熟は中ほどまでに達しておりますね。あとは発射準備を整えて、ヒダが溶けてくるのを待つだけです。

Figure3 ヒダが次々と溶けてきている様子

かなり溶けている様子を描いてみました。
この様にしてヒダを自分自身の酵素で溶かし、溶けた直ぐ上部の胞子たちは次々と担子器から発射されていくのです。


さて、ササクレヒトヨタケの溶ける理由、そしてメカニズム、理解してもらえたでしょうか?

しかし、ここまで書いて実は僕自身疑問を持っておるのですな。
その疑問とはズバリ

溶けたヒトヨタケを検鏡してみると、そこには大量の胞子がある

ということ。
つまり胞子は広く散布されることなどさほど考えてないのではないか?

なんて勘繰ってしまいます。

ヒトヨタケはなぜ溶ける道を選んだのか?

さてここからは僕の推論であります。
大方は先ほどの記事にほぼほぼ同意しているのですが、付け加えたい部分がありますので、ここで文章にしておこうと思います。


2020.03.17 溶けたヒトヨタケ

溶けたヒトヨタケを検鏡したものです。
ここには胞子しかありません。
これを素直に見ると

胞子を飛ばす気などさらさらないのではないか?

なんて思うんです。
つまり先ほどの説は「ヒダが溶けるのは胞子を上手く飛ばすためのメカニズム」ということなのですが、それにしては多くの胞子がこの様に溶けた液体の中に含まれております。

もちろん、ヒトヨタケであっても自分のテリトリー外に子孫を残すために胞子を飛ばす必要はあると思うのです。実際他のハラタケ型のキノコであっても胞子の95%は1m以内に落ちていき、残りの5%に未開の地の開拓を担わせております。恐らくヒトヨタケも同じで、数%の胞子さえ遠くに飛んでいくことが出来さえすればあとの残りは地元のテリトリーを固めるための守備軍として居残る、というのが胞子拡散の黄金比率だと思っております。

ヒトヨタケの傘は溶ける、その溶けた傘の液体のほとんどは胞子であります。つまり傘を構成する細胞は分解酵素で消失してしまい、その分解酵素ですら溶かすことが出来ない胞子だけが残る、というのがこの液体胞子の正体だと思います。

さて、ここでひとまずヒトヨタケの傘の断面を見てみましょう。

2021.04.14 大阪

まだ開ききっていない傘ですが、切ってみるとこんな感じになります。
ヒダの状態がわかりますか?

これ言葉で表現すると「密」ですよね。
いや、正直言うと密では足りないぐらいの「超密」ぐらい。

ってか、ほとんどくっついとるよね? (#^.^#)

そうなのです。
ヒトヨタケのヒダはかなり密着しておりまして、これを見る限り

お前いったい、ブラーズドロップで飛んでいけるのか?

とクレームを入れたくなります。
余談ですが、ヒトヨタケを食べるというお人が僕の周りにもおりますが、肉はさほど分厚いわけではないので、ヒトヨタケを食べる=ヒダを食べる=胞子を食べる、という公式が成り立つわけですな(笑)

それはさておき、これだけ密着していたらブラーズドロップで飛ばすことは不可能の様に感じます。
しかし、もう少し生長していったら傘の形もチュチュ状に開いていくので、ヒダ同士の間隔ももう少し広がるのでブラーズドロップでの発射が可能になるのでしょう。

2021.3.21 大阪

この写真で見ると傘の裏が真っ黒になっているのが分かります。
これは

ヒダの先端から溶けていってる

からに他なりません。
前にも述べた通りヒトヨタケのヒダは先端から溶けていき、それと同時に胞子を拡散しています。
改めてなぜ彼らは溶ける道を選んだのだろうか?

ヒダ平行に並んでいたら上手く胞子を射出できない、というのはその主な理由であるが、それ以前にヒダが異常に密着している、ということが問題なのではないか?
ヒダが異常に密でなければ、ヒトヨタケだって胞子を拡散しやすいV字型のヒダを作っていたかもしれない。
それなのになぜ?

ということをずっと考えていました。
そこで出た結論というのは

胞子を沢山作るためではないか?

ということ。
つまりヒダが疎であればあるほど胞子を作る量というのは減ってきます。逆にヒダが密になればなるほど胞子を作れる量は増えることになります。
よって、ヒトヨタケは胞子をたくさん作るためにヒダを増やしたのではないか?と考えています。

そしてヒダを増やし過ぎたために、自分自身を溶かしつつ胞子を拡散させる方法を考え出したのではないか、と思っているのであります。

そんなとこにまた、ヒトヨタケの持つそこはかとない可笑しさを感じずにはいられません。

【参考文献】

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