謎テングタケ図鑑 その3(テングタケモドキを巡る旅)
今年の6月にこんなテングタケの仲間を見つけた。
ふふふ、また会いましたね (#^.^#)
灰色のメタリックな傘にイボが多数付着していて、最も特徴的なのは柄の色と縦に伸びた繊維状の筋。
去年の9月に書いた「キリンタケとは何ものか?」という記事のものと同じ種類のものだと考えた。
ただ今改めて見てみると、イボの形状に若干の違いがあるように見えます。
それではちょっと比較してみましょう。
これは去年の6月に奈良で見たものです。
イボはかなり大きく(2~3mm)、白く、分厚かった外被膜がひび割れてやがてそれがイボになって残った、、というものを想像することが出来ます。
こちらが今回のものの傘表面です。
イボの残骸らしきものは見えますが、白く大きな欠片状のイボはありません。
しかしイボの残骸からは大きかったイボが想像できますし、色が白からこげ茶になったのは雨か何かの影響で茶色っぽくなったのではないか?と考えられます。
恐らくイボは雨で流れやすいのでしょう。
そしてもっとも注目すべきは傘表面が繊維状であること。
去年のものも、今年のものも程度の差はあれど灰褐色で繊維状であることが確認できます。
ということから、、、
「傘のイボの違いは個体差の範囲」と考えてよいかと思います。
それではそれぞれの部位を細かく見ていきましょう。
傘の径は7cm~10cm。
饅頭型から成長すると平らな饅頭型となる。
色は茶褐色から灰褐色。
条線はなし、粘性もなし。
表面は黒褐色の繊維状に覆われている。
イボは大きく立体的な外被膜の欠片があるが、雨に流れやすく、残ったところが黒褐色のシミの様に残る。
柄の大きさは1cm~1.5cm x 8cm~10cm。
上部が白っぽく、下部に行くに従い褐色を帯びた繊維状になる。
また柄の上部に膜質状の大きなツバを有する。
柄の最下部は球根状に膨らむ。
ツボは細かく壊れていてほぼ存在しない。
ヒダはやや疎で、ほとんど白色。
短い小ヒダがところどころに存在する。
柄に対して上生。
発生していたのはハイキング道わきの斜面。
近くにコナラやアラカシなどのブナ科の樹木があったのでそれらと共生していると考えられます。
DNAを調べてみた
以前キリンタケ疑いのキノコを採取した際はDNAまで調べることはありませんでした。
個人的にはそれがキリンタケだ、と信じていたからです。
しかし調べていくに従い「これ本当にキリンタケだろうか??」と思うようになりました。
そして今回、せっかくのいい機会なのでこのきのこのDNAを東大の阿部さんに調べてもらいました。
シーケンスデータを以下に貼っておきます。
TGCGGAAGGATCATTATTGAACGAAAAGGGTGGCAAGGCTGTCGCTGGCTTGAATGAGCATGTGCACGTCTTTTGCTGCTTATTTCATTCTATTTTTCCACCTGTGCACTTTTTGTAGACACTTGGGAATGAGGGGTTGAATTGAATTGATTGACCTCTTGATATTCAAAAGTCTGGGTGTCTATGCATTTTTATATACACAAGTTGCATGTCTATAGAATGATGTTTAGGCTCTTTATTAAGCCTTTAAATGATAAAGTACAACTTTCAACAACGGATCTCTTGGCTCTCGCATCGATGAAGAACGCAGCGAAATGCGATAAGTAATGTGAATTGCAGAATTCAGTGAATCATCGAATCTTTGAACGCATCTTGCGCTCCTTGGTATTCCGAGGAGCATGCCTGTTTGAGTGTCATTAAGTATCTCAAAAGCTTATGCCTATTTTGTGGCGTGGGACTTTTGGACAATGGGAGTTGCCGGTCGCTGAAAGTGGTGGGCTCTTCTGAAAAGTATTAGTTGAGGAGCTTTGCACTCTATTGGTGTGATAGACTATCTATGCCAGGAGATGCTTTATAATCCTCTGCTGTCTAACTGTCTTTATTGGACAAACATGATAAACTTGACCTCAAATCAGGTAGGACTACCCGCTGAACTTAAGCATA
そしてこのシーケンスを使ってBLASTしてみました。
文字が小さくて見にくいかもしれませんが、学名(Scientific Name)と一致率(Per Ident)のところをご覧ください。そこに明記されているのは
Amanita sepiacea で 99.69%の一致率となっております。
99.69%というのは「ほぼ同じ種である」と言ってもいい一致率です。
ではAmanita sepiaceaとはどういう種なのでしょうか?
ブラウザーの入力エリアで「Amanita sepiacea」と入力して検索してみてください(笑)
そして出てくる名前は、、、
テングタケモドキ
となりますな。
驚きました?
僕はかなり驚きました (#^.^#)
以前の記事(https://kinokobito.com/archives/8175)ではテングタケモドキとは記述が一致しないとして却下された種なんですね。
テングタケモドキに関してはとにかく情報が少なく、載っている図鑑も北陸のきのこ図鑑ぐらいしかありませんでした。しかし原記載は学名「Amanita sepiacea S.Imai」とあるように今井三子博士が記載されたものなのです。
では今回はその論文を探してみましょう!
テングタケモドキの原記載
テングタケモドキの原記載は日本の今井三子博士が1938年に出された「STUDIES ON THE AGARICACEAE OF HOKKAIDO. I」という冊子の中で記述されたものであると考えられます。
この中で「Amanita sepiacea lMAI」というセクションがあり、記載文が載っています(英語で)。
そのままの文章を載せます。
Amanita sepiacea lMAI
Studies on the Agaricaceae of Japan I. Volvate Agarics in Hokkaido
Bot. Mag. (Tokyo) , XLVII, 426, 1933.
Solitary, edibility doubtful. Pileus 6-10 cm. broad, convex then
plane; surface snuff-brown to mummy-brown, darker at the center,
subviscid when wet, smooth, besprinkled with grayish or brownish,
polygonal or pyramidal warts, not striate on the margin; context
white, fleshy, rather thin, taste and odour none, not changing in color
when bruised; lamellae scarcely free or somewhat adnate, white,
tapering to both ends, crowded, edge not entire; stipe 15-18 cm. long,
1-1.5 cm. thick, attenuated upwards, obovately bulbous at the base,
up to 3 em. thick at the base, grayish to smoky gray or avellaneous
buff, fibrous Of flocculose-squamulose, solid or stuffed; annulus
membranous, apical, white arid striate above, drab-color below, persis
tent; volva forming 1-4 concentric encircling rings on the bulbous
base of stipe, subpersistent or fugacious, whitish or brownish; spores
white in mass, hyaline, globose or subglobose, 8-10 p in diam.
Hab. on the ground in woods. AJutumn. Ishikari (Nopporo).
Distr. Endemic.
Jap. name. Tengu-take-modoki (IMAI).
やはり日本語がいいですよね?(笑)
なのでGeminiで和訳してみます。
Amanita sepiacea IMAI
Studies on the Agaricaceae of Japan I. Volvate Agarics in Hokkaido
東京植物学雑誌, 第47巻, 426頁, 1933年.
単生、食用可否不明。
傘:直径6-10cm、初めは凸形、後に平らになる。表面は茶褐色から暗褐色、中央部はやや暗色、湿った時に粘性があり、滑らかで、灰褐色または褐色の多角形または錐形のイボが散在し、縁部は条線はない。肉は白色、厚さはやや薄く、味や匂いはなく、傷つけても変色しない。
ひだ:わずかに離生またはやや湾生、白色、両端に向かって細くなり、密生し、縁は全縁ではない。
柄:長さ15-18cm、太さ1-1.5cm、上に向かって細くなり、基部は倒卵状に膨らみ、最大で3cmの太さになる。灰褐色から煙灰色または淡黄褐色、繊維質または鱗片状、中実または髄が詰まっている。
つば:膜質、上部、白色で条線があり、下部は暗褐色、持続性。
つぼ:柄の基部の膨らんだ部分に1-4個の同心円状の輪を形成し、やや持続性または脱落性、白色または褐色。
胞子:白色、透明、球形または亜球形、直径8-10μm。
生息地:地上、林内。秋。石狩(野幌)。
分布:日本固有種。
和名:テングタケモドキ(今井)。
どうでしょうか?
今井博士が記述したものと今回貼った写真とは同じものだと思いますか?
1933年と言えば昭和8年になりますが、この記載にはイラストなどはありませんし、検鏡図などもありません。それこそ文章だけでその種を見極める必要がありますが、これがなかなか難しい(苦笑)。
ただ、字づらを追っていった限りではかなり似ているという印象はありますが、個人的には「傘表皮が繊維状である」という記述がないのが気になります。
逆に以前却下した北陸のきのこ図鑑には「灰褐色~黒褐色の繊維紋に覆われ」という記述があります。
がしかし、北陸のきのこ図鑑では「テングタケダマシに似ている」というちょっと受け入れられない記述がありますので、実に悩ましいところなのです。
そこで疑問になってくるのが、Genbankに登録されていた韓国産、中国産のAmanita sepiaceaは何をもってテングタケモドキ(Amanita sepiacea)と判断したのか?
を追ってみましょう。
韓国の論文にはどう記載されているか?
僕がDNAを調べた際に99.6%一致する種をGenbankに登録している韓国のチームが記載した論文が見つかったので、Amanita sepiacea の記載内容を検証してみましょう。
「Four New Species of Amanita in Inje County,Korea」
https://www.tandfonline.com/doi/epdf/10.5941/MYCO.2015.43.4.408
最初からGeminiで翻訳した文章を貼ってみます。
Amanita sepiacea S. Imai
https://www.tandfonline.com/doi/epdf/10.5941/MYCO.2015.43.4.408
東京植物学雑誌, 第47巻: 423-432 (1933)
傘: 直径100-150 mm、暗灰色から褐色、黒色、中央部はやや暗色、汚白色から灰色の円錐形から疣状のイボがある。ひだ: 白色、密生。
柄: 長さ150-215 mm、太さ10-20 mm、円筒形またはやや上に向かって細くなる、表面は白色から汚白色、灰色の繊維状鱗片で覆われている。
ツボ: 球形から紡錘形、カブ形、幅25-35 mm。
つば: 柄の上部に位置し、白色、スカート状、膜質。
担子器: 32.3-40.6 × 8.8-11.1 µm、4個の胞子柄、単純な基底隔壁。
胞子: 6.7-8.0 × 4.9-6.8 µm、Q = 1.15-1.49、広楕円形から楕円形。
標本: 韓国、江原道、麟蹄郡、点峰山、北緯38度2分28.56秒、東経128度27分58.87秒、2014年7月30日、Hae Jin Cho、SFC20140730-17; 混交林の地上。北緯38度2分26.63秒、東経128度28分19.82秒、2014年7月30日、Hae Jin Cho、SFC20140730-25; コナラ属の林の地上。2014年8月22日、Young Woon Lim、SFC20140822-49。2014年9月15日、Hae Jin Cho、SFC20140912-15 (Genbank accession Nos. KT779086 for ITS and KT779073 for nLSU)。
備考: Amanita sepiacea は非常に大きな子実体を持ち、傘は直径100-150 mm、柄は高さ200 mmに達する。この種は形態的に Amanita excelsa と Amanita fritillaria に非常に類似している。しかし、本研究では ITS と nLSU 配列解析により、A. sepiacea は A. excelsa と A. fritillaria と区別された (図 1) [29, 30]。
記載内容は今井博士の記載文からさほど変わっていないやん!
というかほぼそのままの様な印象ですね(苦笑)。
しかし、この論文の中の備考にはこのような事が書かれている。
「種は形態的に Amanita excelsa と Amanita fritillaria に非常に類似している」
テングタケモドキ(Amanita sepiacea)はやはりキリンタケとかなり似ているのでしょうね。
結論
いかがでしたでしょうか?
今回はテングタケモドキについて検証してみました。
そして、従来から「謎」だったこのキノコは少なくともAmanita sepiaceaとしてGenbankで登録されているものとは同じものであることは間違いありません。
そしてテングタケモドキの原記載と比べてかなり近いものである、ということがわかりました。
原記載が日本であること、そして最も近い韓国で登録されたDNAと99.6%一致したことがかなり重要でなのですね。
ということで、最近よく見るこのアマニタ、これは今井博士が1933年に記載した「テングタケモドキ」であると考えて良さそうです。
『参考』
きのこびと 入佐城司. (2023)「キリンタケとは何ものか?」
https://kinokobito.com/archives/8175
今井三子(1938).「STUDIES ON THE AGARICACEAE OF HOKKAIDO. I」P.18
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jplantres1887/47/558/47_558_423/_article
Hae Jin Cho et al(2018)「Four New Species of Amanita in Inje County,Korea」P.7
https://www.tandfonline.com/doi/epdf/10.5941/MYCO.2015.43.4.408