入門・硬質菌類(後編)

 前編では硬質菌類の定義や分類、「硬さ」の理由、生存戦略などについてお話ししました。一般的に「不人気」であまり興味を持たれない硬質菌類ですが、幅広い多様性や独特の形態・生態を持っている魅力的な菌群であることがお分かりいただけたのではないかと思います。後編では、実際に野外でどのように硬質菌類を探し、どのように同定すればよいかという実践面を解説するとともに、硬質菌類の「木材腐朽」という重要な性質、そして人間との関わりについてもご紹介していきたいと思います。

硬質菌類のすみか

 まず、硬質菌類の中で圧倒的に多いのは木材に発生する種です。必ずしも深山の原生林に分け入る必要はなく、近所の公園や雑木林でも、倒木や切り株、落枝、生木の幹などを見れば、確実に何らかの硬質菌類を見つけることができるでしょう。伐った丸太を積んであるような場所が狙い目です。ここで重要なのは、基質のサイズや腐朽段階によって生える種が異なるということです。巨大な丸太を好んで発生する種もあれば、細い枝に頻繁に見られる種もあります。経験を積めば、子実体の形態をルーペや顕微鏡で詳しく観察しなくても、子実体の全体的な雰囲気と、どのような場所に生えていたかという情報から、ある程度候補種を絞り込むことも可能です。硬質菌類の写真を撮る際には、子実体のズーム写真だけではなく、発生環境が分かる「引き」の写真も撮っておくとよいでしょう。

このような場所を見つけたら半日過ごせます。

 あとは、樹木と深い結びつきがある硬質菌類ではやはり「樹種」が大切なので、硬質菌類を観察する際には「何の木に生えていたか」を可能な限り記録することが望ましいです。例えば冬虫夏草を学ぶにあたって虫に詳しい人が有利であるように、硬質菌類の探究には樹木の知識が有効活用できるでしょう。腐朽が進行した材では樹種の判別が困難な場合もありますが、「広葉樹と針葉樹のどちらか」だけでも分かれば同定にあたって大きなヒントになることがあります。逆に、「ハカワラタケ(広葉樹)」と「シハイタケ(針葉樹)」のように、基質の情報がなければ、切り離された子実体だけでは識別が難しくなる場合もあります。「エゴノキタケ」のように特定の樹木に発生する種では、きのこの存在から逆に樹種が同定できるという現象も起こります。

 前編で述べた通り、硬質菌類はその「硬さ」から乾燥や高温に耐える性質がありますが、それでも一般的には他のきのこと同様に、日陰のある程度湿った場所に多く見られる印象があります。「ヒイロタケ」や「スエヒロタケ」のように日なたを好んで発生する種もありますが、それらは例外的です。生木の幹に発生する硬質菌類もあると述べましたが、一般的には健康な樹木はきのこの侵入に対して耐性がありますので、少し弱った木や完全に枯れた木に注目し、様々な角度から眺めてみるとよいと思います。特定の木を定期的に調査すれば、腐朽が進むにつれて生える菌が変化していく「菌類遷移」の現象が観察できるかもしれません。特に最近は「ナラ枯れ」が蔓延し問題となっていますが、その進行に伴って硬質菌類が全体的に増えている印象があり、今まであまり気がつかなかったきのこ(「ケシワウロコタケ」など)もよく見られる気がします。定点観測でデータを取っておけば、のちのち興味深い知見が得られるかもしれません。

ナラ枯れ前はほとんど目立たなかった?ケシワウロコタケ

 そしてこれは上級レベルですが、筆者が「スキマ」と呼んでいる「倒木や落枝の裏側」は、主にコウヤクタケ類の硬質菌類の重要な生息環境です。季節や乾燥の影響が比較的少ないので、きのこの少ない時期にも様々な種を見ることができますが、未知種が多数存在し、顕微鏡を使っても同定困難な場合が多いです。普通に見かける硬質菌類を一通り覚えてしまって物足りないという人は、ぜひスキマの菌類に挑戦してみてください。

同定:やっぱり裏側が大事

 傘・襞・柄を持つ典型的なきのこ型(ハラタケ型)の軟質菌類を見分ける際に、200年以上前から特に重視されてきたのが「胞子(紋)の色」です。そして、胞子の色は傘の裏側にあり、「子実層托」とよばれる「胞子を作る部分」の色に概ね反映されています。つまり、きのこを同定する時には傘を上から見るだけでは不十分で、必ず裏側を観察することが重要です。傘を上から撮った写真だけ見せられても同定に至らないことが多いです…。

 一方、硬質菌類では胞子の色はそれほど多様でないため、子実層托の色は重要な手がかりとは言えないのですが、子実層托の「形状」はぜひ押さえておきたい特徴となります。傘を上から見た時に思い浮かべていた候補種が、子実層托の形状を一瞥するだけで全く変わってしまうことも少なくありません。

 子実層托の形状で最も典型的なのは、「孔口」とよばれるたくさんの小さな穴が空いている「管孔状」です。この孔口のサイズと形状は種によって様々です。「クジラタケ」と「ウズラタケ」は真円に近い形状の種として知られていますが、多くの種は角張っており、「チリメンタケ」のように放射状に伸びた形状をとるものもあります。「フルイタケ」のように極めて孔口が大きい種もあれば、「ウチワタケ」の仲間や「ヒイロタケ」のように、辛うじて肉眼で見えるくらいの極小の孔口を持つ種もあります。

ウズラタケの孔口は真円に近い。

 他には孔口が乱れて「薄歯状」になる「ハカワラタケ」や「シハイタケ」、「針状」になる「ニクハリタケ」、「迷路状」や「襞状」になる「カイガラタケ」や「エゴノキタケ」、「皺状」になる「シワタケ」や「ケシワウロコタケ」など、様々なバリエーションがあります。また、硬質菌類の中でも「~ウロコタケ」の名前を持つものは子実層托が「平滑」なのが特徴です。一般的に子実層托が複雑な形状をとるのは、ハラタケ型きのこの襞と同様に、胞子を作る表面積を増やすためだと考えられているので、「平滑」というのは劣った形質のように思われます。しかし、例えば平滑な子実層托を持つ「アミロステレウム属」のきのこは、キバチの仲間と共生し、虫に胞子を運んでもらうことが知られていますので、そのような種は何らかの特殊な散布戦略をとっているのかもしれません。

 分類学的研究のレベルでは顕微鏡も必須になってきますが、一般的な里山の硬質菌類を一通り覚えるという目的であれば肉眼での観察で十分ではないかと思います。一般的にきのこの「シーズン外」と考えられている冬の間も観察できるというのが硬質菌類の利点ですので、ぜひ暇潰しからでもよいので気軽に探してみてください。

分解のプロフェッショナル

 次に、硬質菌類の生態系における重要な役割をご紹介します。硬質菌類の多くが木を腐らせて栄養を摂取している「木材腐朽菌」ですが、木を腐らせる、すなわち「分解」できることは非常に稀有で優れた能力です。なぜなら、樹木の細胞壁の主要な構成成分である「リグノセルロース」は物理的にも化学的にも極めて堅固な構造をとっており、プラスチックなどの人工物を除けば、自然界で最も分解困難な物質の一つと言えるからです。私たち人間を含む動物が(腸内に共生微生物を飼っているシロアリなどの例外を除いて)木を食べて生きていくことができないことを考えると、硬質菌類が「木を食べることができる」ことがどれだけ「すごい」ことか分かっていただけるかと思います。

 リグノセルロースはセルロース、ヘミセルロース、リグニンの3種類の物質で構成されています。前編では硬質菌類の3種類の菌糸を建材に喩えたので、それと若干被ってしまいますが、セルロースを「鉄骨」、ヘミセルロースを「断熱材」、リグニンを「コンクリート」に喩えると分かりやすいでしょう。セルロースは糖が繊維状に集合した構造であり、建物の鉄骨のように細胞壁を支える強固な骨組みとして機能します。ヘミセルロースはセルロース繊維の中で水分を保持し柔軟性を高めるなど、鉄骨と断熱材の関係のように補助的な機能を果たします。最後にリグニンは、コンクリートのようにセルロース繊維の間を満たし、細胞壁全体の強度と防水性をさらに高める機能があります。木材腐朽菌はこの城塞を様々な「酵素」を駆使して攻略していくわけです。

鉄筋コンクリートのように堅い木材も分解できるのがきのこの力です。

 ところで、木材腐朽性の硬質菌類は伝統的に、「白色腐朽菌」と「褐色腐朽菌」のいずれかとされてきました。これは菌が持っている酵素の違いに影響します。褐色腐朽菌はセルロースおよびヘミセルロースを選択的に分解する一方、リグニンをほとんど分解できないため、生えている材が残ったリグニンの影響で褐色になるということで命名されました。一方、白色腐朽菌はリグニンも分解できるため、材が白色になります。この腐朽様式の違いは野外で確認できることもあり、基本的には属のレベルで白色か褐色かどちらかに決まっているので、識別形質として有用であることもあります。ただし、近年の研究で遺伝子レベルで調べられた結果、木材腐朽のメカニズムは従来考えられていたよりも多様であり、はっきりと白色と褐色のどちらかに分けられない場合もあることが分かっています。

硬質菌類と人間の関わり

 硬質菌類は菌類愛好家にすらあまり注目されない地味なグループではありますが、生態系においては上述の木材分解能力により非常に重要な役割を果たしています。もし地球上からそれらがいなくなったら、枯死した植物の木材が分解されずにどんどん蓄積していって森が「ゴミだらけ」になってしまうだけでなく、土壌への養分の供給が減ることで森林の健康度が悪化していきます。硬質菌類が分解した材を生息地や栄養源として利用している他の生物にも多大な影響があるでしょう。炭素循環が妨げられることにより、気候変動など地球全体にもよくない結果がもたらされる可能性があります。

 また、硬質菌類は時に人間に対して害をもたらすこともあります。中には木材を腐らせる能力が強すぎて生きた木を攻撃してしまう種もあり、特に「ベッコウタケ」や「コフキサルノコシカケ(樹病学分野ではコフキタケとよばれる)」などは病原菌として問題になります。これらは樹木を枯らしてしまうだけでなく、落枝や倒木が事故に繋がる危険性もあります。これらの菌の感染が見られた場合、リスクを正確に評価し、伐採、薬剤による駆除、経過観察など適切な対応を取らなければなりません。菌類愛好家にとっては両種とも頻繁に目にする種ですが、その知識が事故を未然に防ぎ、人命を守ることに繋がるかもしれません。筆者もある公園でのきのこ観察会で管理者の方と歩いている時、巨大なベッコウタケを見つけたのでお知らせしたことがあります。その公園ではカエンタケは盛んに注意喚起されているものの、ベッコウタケの危険性は特に認識されず、対策も取られていなかったようでした。他には「ナミダタケ」や「イドタケ」のように木造建築の建材を腐らせてしまう種もあり、文化財の生物劣化という観点からも注意が必要です。

都内の歴史的に重要な街路樹に生えたベッコウタケ。
問い合わせてみたところ、認識はしているが経過観察とのことです。

 一方、硬質菌類の能力を応用する研究も盛んに行われています。「バイオレメディエーション」という分野では、硬質菌類やそれらが持つ酵素を利用し、ダイオキシン、重金属、廃水中の医薬品のような有害物質、あるいはプラスチックのような分解困難な廃棄物を処理できる可能性が注目されています。硬質菌類の中でもマクカワタケ属の「ファネロケーテ・クリソスポリウム (Phanerochaete chrysosporium)」やカワラタケは特に分解能力が高く、モデル生物として研究対象とされていますが、硬質菌類に未知種が数多く存在する以上、より性能の高い種や、特定の汚染物質に特化した種が存在する可能性もあります。かつてのプラントハンターが新規の有用植物を探し求めたように、硬質菌類を探索することには大きな発見のチャンスがあるかもしれません。

おわりに

 ここまで述べてきた通り、硬質菌類は生態系において独自かつ重要な役割を果たしており、その多様性を調査し、生態を明らかにし、保全し維持していくという方向性が大切です。しかし、硬質菌類はその見た目の地味さや食用に不適であること、「花形」の不在などから不人気であり、菌類愛好家にすらあまり注目されていないのが現状です。今後の展望としては、硬質菌類に関心を持つ人をもっと増やして、全国各地で継続的な調査を行い、データベースを構築して知識を蓄積していく必要があります。この記事で少しでも硬質菌類に対するこれまでの見方が変わったなら幸いです。

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