アミガサタケ栽培成功への道(やはりアミガサタケは腐生菌なのか?)

2023年11月、ついに日本でのアミガサタケ栽培に関する論文が公開されました。

Successful cultivation of black morel, Morchella sp. in Japan

岩手県林業技術センターの成松眞樹さんが主著者となった論文です。
この論文から得られた情報を元に「アミガサタケは腐生菌なのか?」を考察していきます。

きのこびとでは過去に何度もアミガサタケは腐生菌なのか?それとも菌根菌なのか?ということを話題にしてきました。それはいかにアミガサタケの生態が不思議に満ちているか?という現われれであり、また、その形態の可愛らしさが我々きのこびとたちの心を魅了するからであろうと思うのであります。

そんなアミガサタケの季節がもうそこにやってきております。

ワタクシなどは気の早いアミガサタケが出ていないか、ソワソワしながら山に登ってきましたが、流石にまだ山に発生するのは早すぎるようで、小指の先ぐらいのものさえ見つけることができませんでした _| ̄|○

アミガサタケ(特にブラックモレル)は関西ではヤマザクラの樹下に良く発生していたり、関東ではイチョウの木の下を眺めているとよく見つかる、、、なんて話を聞く。

特定の木の下に発生する=その木と共生している

と、どうしても考えたくなるよね?
この考え方は間違ってはいないと思う。
がしかし、今のところは

この木と関連する「何か」がアミガサタケが発生するきっかけになっている

とするぐらいが一番適当な考え方あり、飛躍しすぎて

「木の下でいつも見かけるのでアミガサタケは菌根菌だよね?」

とするのは、「ちょっと待ったー!」となるのです。
その「待った」の要因は成松さんの論文を読むまでもなく明らかである。
何故か?

菌根菌のきのこの栽培は極めて難しい

からである。
樹木と共生しないと生きていくことが出来ない菌根性のきのこを、樹木と共生させることなしに栽培していく、または樹木と人工的に共生させて栽培することは「いまのところ」極めて難しい技術なのだ。

すなわち言えることは

栽培がすでに成功しているアミガサタケは腐生菌である

と言っていいかと思います。
ではこの記事の結論すでに出ているでないか?とツッコまれるかも知れません。
しかし、残念ながらそう簡単にはいかないのでありました・・・。

アミガサタケは菌根菌

「Mycorrhiza-like interaction by Morchella with species of the Pinaceae in pure culture synthesis」J. L. Dahlstrom, J. E. Smith & N. S. Weber

と題された論文を読んでみると、明確に「アミガサタケは菌根菌である」と記載されています。

どういうことなのでしょうか?

これを読んでいる方々は菌根菌と腐生菌の違いはもちろん判っているでしょうから説明する必要はないかと思いますが、じゃあ菌根菌は「どうなっているから菌根菌だ」というのを知らない人はいるでしょう。

外生菌根菌なら植物の根の周りに菌糸が纏わりついていれば判るし、アーバスキュラー菌根菌であれば根っこの中に菌糸が入り込んでいるのを顕微鏡で視たらいいのでは?

と思うことでしょう。
僕もそう思っていました (#^.^#)

でもよく考えると、菌糸が根の周りに纏わりついているだけでは「栄養の交換」を行っている証明にはならないですよね?菌糸が伸長している際にそこらにあった根っこにたまたま纏わりついているだけかもしれないし、避けようと思って纏わりついている様に見えるだけかもしれない。

そこで菌根菌は何ゆえ菌根菌なのか?というイラストを描いてみた。

根の断面図

これは根の断面図とお考え下さい。

菌鞘(きんしょう)とは根の周りをすっぽり包み込む菌糸で、まさに菌糸によって「鞘状」にされているのですね、、まるで包帯みたいですな。
これが外生菌根菌の由来になっているもので、すっぽり包むことによって有害な微生物の侵入を防ぎ、また乾燥などの悪条件からも根っこを守ってくれます。
そして興味深いのが「ハルティヒネット」と呼ばれている根の細胞の隙間に入り込んでいるネット状の菌糸。この部分で根と栄養のやりとりが行われているのです。

こういう構造が観察することが出来れば「外生菌根菌と言える」と考えていいのだそうな。

では上記論文のResult章に記載されていることを箇条書きにしてみましょう。

菌根様の形成

  • 顕微鏡検査により、無毛根の先端やマツおよびトガサワラ属の分岐根先端に、菌鞘またはハルティヒネットの発達がしばしば確認された。
  • 菌鞘は、ウエスタンカラマツ、コントルタマツ、ポンデローサマツ、およびベイマツといった樹木種に形成される外生菌根と同様の構造と外観を示した。
  • マドロナの根は侵染されなかった。
  • 根の先端は分岐または単純であり、菌鞘の形成によって根先端がわずかに拡大し、光沢のあるクリーム色の菌鞘表面が形成された。
  • 菌鞘の形成は、連続的またはパッチ状であり、基部が侵染された養根部と非侵染の先端部があった。
  • 菌鞘の形成により、外部菌鞘は広い間隙のある菌糸で構成され、内部菌鞘はより密に組織されていた。
  • ベイマツとラリックス・オクシデンタリスの根先端では、皮質細胞の剥離が観察され、これらはしばしば萎縮した皮質細胞の層で満たされていた。
  • 散在する細胞間菌糸と不完全なハルティヒネットの形成が観察された。
  • 菌根様の特徴は、最も高い割合で侵染された苗木(100%)を持ち、ベイマツが最も低かった(67%)。

さて、この論文では確かに菌鞘やハルティヒネットなどが存在する、という事が記載されています。
ということはアミガサタケは外生菌根菌なのでしょうか?

アミガサタケは腐生菌

上記論文は2000年に記載されたものです。
それから16年の時を経た、2016年、以下の様な論文が発表された。

「Isotopic evidence indicates saprotrophy in post-fire Morchella in Oregon and Alaska」
Erik A Hobbie , Samuel F Rice , Nancy S Weber , Jane E Smith

これはどういう論文かというと

焼け跡に発生するアミガサタケを調べたら腐生性を示していた

というもの。
困りました。
ひとつ前の論文では外生菌根菌だと結論付けたものが、今回はそれを否定する結果になった、ということ。

僕ら素人からしたらどっちが正解なの、、(あたふたあたふた)
となるばかりだが、論文を読んでみると、前回のものとは証明方法が違う事に気づく。

前回は根っこの部分を顕微鏡で観察し、菌鞘とハルティヒネットが存在するか?という方法で検証されていたのだが、今回の論文でのアプローチはまったく違う方法だ。
それらの方法についてまずは説明してみようと思う。

ここでは2つの同位体について押さえておきたい。

■放射性同位体とは
放射性同位体とは、原子番号が等しく質量数が異なる元素のうち放射能を持つものを指します。
例えば炭素には、12C、13C、14Cの3種類の同位体があり、14Cが放射性同位体です。
特に14Cは植物が枯れて、年代を経るごとに放射性崩壊をして減少していきます。
つまり14Cの量を計測することによって、その生物が生存していた年代がわかるのです。

安定同位体とは
放射能を持たない同位体で、自然界の中で一定の割合で安定して存在しており、例えば生物を構成する元素のうち、水素、炭素、窒素、酸素、イオウなどの安定同位体が生態学の研究でよく用いられます。安定同位体には、炭素安定同位体(12Cと13C)、水素安定同位体(1Hと2H(D))、窒素安定同位体(14Nと15N)、酸素安定同位体(16O、17O、18O)などがあります。
この中で窒素安定同位体比(15N)は食物連鎖に従って濃縮していくことが知られています。よって濃縮度が高い方が年代を経ている、ということになります。

まだわかりにくいよね?(笑)

ではこの論文の中で行われた研究でもってそれを読み解いてみましょう。
まず彼らは焼け跡に行って、そこに発生している3つのきのこを収集すると共に、落ちている葉っぱもサンプルとして持ち帰りました。
それらのサンプルは以下の通り。

サンプル1:落ち葉
サンプル2:アミガサタケ
サンプル3:ヤケアトサカズキタケ(Geopyxis carbonaria:外生菌根菌)
サンプル4:Plicaria endocarpoides(腐生菌)

まずはサンプル1の落ち葉。
これはつい最近まで光合成をしていたものですから、葉っぱの中の放射性炭素(14C)を調べてみるとそれが「ごく最近に作られた炭素」であることがわかるはずです。

そしてサンプル3のヤケアトサカズキタケも外生菌根菌ですので、光合成によって葉で作られた炭素が根を通じて菌類に供給されているはずですので、菌根菌であれば「新しい炭素」で構成されているのがわかります。

また、腐生菌の場合(サンプル4)は腐朽した材などを分解していますので、その普及する部分が作られた時の年度の炭素で構成されていることになります。
つまり30年前の材を分解して食料にしたのなら、そのきのこに含まれる放射性炭素(14C)は30年前のものとなるのです。

では論文での放射性炭素(14C)の結果はどうだったのか?

・落ち葉:平均1 ± 2年前
・アミガサタケ:平均11 ± 6年前のものであり
・ヤケアトサカズキタケ:平均1 ± 2年前
・Plicaria endocarpoides:平均17 ± 5年前のものであり

と、これで見る限りアミガサタケは古い年代の放射性炭素(14C)で構成されていることになるので、腐生菌である、と結論付けています。

次に安定同位体を調べてみます。

まずは落ち葉の安定同位体(13Cと15N)を調べ、基準となる値を決めます。
その後に3つのサンプルの値と比較してみます(この辺りは放射性同位体と同じです)
すると

・アミガサタケ:13Cは6%高く、15Nは7%高かった
・ヤケアトサカズキタケ:13Cは3%高く、15Nは5%高かった
・Plicaria endocarpoides:13Cは5%高く、15Nは7%高かった

これらの値が示すものは、アミガサタケの15N濃縮は最近落葉した落ち葉がその食料源になっているわけではない、という事を示しています。
よってこの値もアミガサタケは腐生菌であることを表しているのです。

やっぱ腐生菌だよね、、アミガサタケ、、、となりますが・・・。

アミガサタケは腐生菌でもあり菌根菌でもある?


再度しつこいようですが、この論文に戻ります。

「Mycorrhiza-like interaction by Morchella with species of the Pinaceae in pure culture synthesis」J. L. Dahlstrom, J. E. Smith & N. S. Weber

「アミガサタケは外生菌根菌だよ」

という論文であるのだが、実はこの文章の中に興味深いことが書いてあるのです。

またも、その主要な部分を箇条書きにしてみます。

  • オウシュウトウヒと2種類のアミガサタケ、M. rotundaとM. esculenta、の間に可能な外生菌根関連が報告されている(Buscot and Kottke 1990; Buscot 1992a,c)。
  • 安定した森林生態系において、アミガサタケの生活サイクルには腐生相と菌根相の両方が含まれ、2年周期で入れ替わっているという複数の報告がある(Buscot and Roux 1987; Buscot 1989; Buscot and Bernillon 1991)。
  • 腐生相は、栄養物の蓄積と菌核の形成に特徴付けられ、夏と秋に起こり、それに続く菌根相では、菌核から成長した菌糸が春に微細根に侵染する
  • Ower (1982)は、アミガサタケの菌核からの菌糸が子嚢果を生産することを示した。Miller et al. (1994)は、近くの未焼けおよび焼けた森林の土壌中にアミガサタケの菌核が存在し、菌核の位置と豊富なアミガサタケ子嚢果の間に相関があることを報告した。
  • 複数の研究者が、モレラの子嚢果の生産における菌核の役割について仮説を立て、アミガサタケの生活サイクルを詳細に説明している。

重要な個所を太字にしておきました。

なんと、

安定した森林生態系においては、アミガサタケは腐生菌と菌根菌の両方の側面をもち、それぞれ2年周期で役割が交代する。

と書かれておりますな。
もうここまで来ればどっちがどうのとは言えなくなってしまいますが、アミガサタケという不思議な生態を持ったキノコは、腐生菌なのか菌根菌なのか?という切り分けが出来ないきのこの部類、ということなのでしょうね。
例えば30%菌根性だが、残りの70%は腐生の性格をもっている、、、とか。

実際菌根菌と言われているホンシメジが栽培可能(商品名は大黒シメジ)になったのもこの何%かの腐生性を利用して栽培方法を確立したことによるものであると言われています。

ですので、腐生菌でもあり、菌根菌でもある、というキノコは案外普通に存在しているのではないでしょうか?

栽培成功したアミガサタケから考えてみる

ここまで来て実は重要な事を書いてこなかったことを謝りたいと思います。

ごめんなさい <m(__)m>

その重要な事とはアミガサタケの種類についてです。
一口に「アミガサタケ」と言っても大まかにブラックモレルもあり、イエローモレルもあります。
それらの性質が全て同じわけではありませんし、栄養とするもの、成長の仕方、発生する契機、全て異なるはずですが、この記事では「アミガサタケ」とだけ書いてきました。
それはこの最終章で「まとめ」として考えてみようと思ったからです。

では整理していきましょう。

菌根菌だと書かれた論文で記載されているアミガサタケの種類は以下の2種類

Morchella rotunda(和名無し)
Morchella esculenta(アミガサタケ)

双方ともにイエローモレルと呼ばれるものです。
また、腐生菌だと書かれた論文の方はというと

Morchella

としか書かれていません ( ;∀;)
しかし、この論文には種についての詳しいことは書かれていませんが(何故だ?)、「焼け跡に発生するアミガサタケ」と書かれています。
少なくとも焼け跡に発生するのはブラックモレルと呼ばれているものですから、恐らく対象のものもブラックモレルなのでしょう。

そして成松さんの論文に目を向けましょう。
中国で栽培されている主要な種は以下の3つ

Morchella importuna(和名無し)
Morchella sextelata
(和名無し)
Morchella eximia
(和名無し)

このいずれもブラックモレルです。
そして成松さんが一生懸命集めていた種もブラックモレルですし、栽培に成功したものもブラックモレルです。
つまり

栽培可能なきのこ=腐生菌=ブラックモレル

という関係性が浮かび上がってきましたね。

成松さんの論文で栽培方法を読んでみると

  • 野外栽培試験場には菌根菌の相手となる植物はなく
  • グリッド状の区画が用意され、その中に菌株を均等に埋める
  • 培地には3cmの土をかぶせて
  • その上からKH2PO4、オーク灰などを撒きネットで覆う
  • そしてENBと呼ばれる栄養袋を各グリッドの上に置いていく

という感じで、もちろんこれらの手順の中に菌根性を誘発するようなものは一切ありません。

すなわち栽培可能な種というのは腐生性が強いアミガサタケだろうと考えられます。

例えば今回の試験の為に収集されたのは種類・産地の異なる複数のブラックモレルでした。

  • 大阪産(mor2,mor3,mor11)
  • 岡山産(mor4)
  • 兵庫産(mor10)
  • 岩手産(MB22,MB23,MB39,MB40・・・)
  • 青森産(MB30)

などなど。
これらの産地のものは肉眼的にはほとんど区別はできません。
しかし、この中のものから分離された1株のみ子実体が発生したのです。

ここからは僕の想像なのですが、アミガサタケと呼ばれる物の中には腐生性の強いものから菌根性の強いものまでさまざまなタイプのものがグラデーションの様に存在するのではないかと思うのです。
そしてより腐生性が強いものが「栽培可能」な種であり、同じブラックモレルでも植物との共生が少しでも必要な種は栽培途中で成長できなくなるのではないでしょうか?

つづく)


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