入門・硬質菌類(前編)

きのこ好きを自認する皆さんの中でも、「硬質菌類」が特に好き、あるいは詳しいという人はそう滅多におられないのではないでしょうか。筆者はきのこを学んで20年ほどになりますが、分からないきのこを人に尋ねた時に、「硬いのはちょっと…」という言葉を何度聞いたか分かりません。上級者ですら苦手意識を持っている…というより、完全に「硬いの」を専門外としてシャットアウトしてしまっている例が多いように思われます。そして、人に聞いても分からず、図鑑を見ても同定結果に確信が持てないから、知識が身につかず、広がらないという悪循環が起こっている印象を受けます。

ただ、同定の難易度が高いということは置いておいても、そもそも硬質菌類に興味を持って写真を撮る人すら少ないというのは、残念ながら硬質菌類の圧倒的な「不人気さ」が影響しているように思います。本記事では、「なぜ硬いきのこはこんなに人気がないのか?」という問いを切り口として、硬質菌の知られざる一面をご紹介し、皆さんのこれからの硬質菌類への見方が変わるきっかけを作ることができればと思います。

硬質菌類とは何か?

そもそも「硬質菌類」とは何かというと、その名の通り硬い子実体(きのこ)を作る大型菌類のことを指します。しかし、これは学術的に認められた分類群ではなく、硬い質感の様々なきのこを寄せ集めた「人為分類群」の一つです。つまり、系統進化の観点では全くの「他人」の関係にあるきのこが、ただ子実体の硬さという共通の特徴からまとめられているだけのグループということになります。もちろん、この名前で呼んではいけないというわけではないのですが、あくまで便宜的なグループであるということは覚えておいていただければと思います。

菌類学のほとんど全ての用語には対応する英訳があるのですが、意外なことに、「硬質菌類」に対応する英語は、筆者が知る限りでは存在しません。例えば直訳で”hard fungi”のような概念は存在しないのです。英語でサルノコシカケ類は”polypores”や”bracket fungi”、コウヤクタケ類は”corticioids”や”crust fungi”などと呼ばれていますが、「硬い」「軟らかい」という分け方をするのは、もしかすると日本発祥の分け方なのではないかと思っています。もし情報をお持ちの方がおられましたらお寄せください。

硬質菌類の主なグループ

硬質菌類にはいくつもの異なる「科」が含まれますが、代表的なものとしては「タマチョレイタケ科」「タバコウロコタケ科」「マンネンタケ科」「ツガサルノコシカケ科」などが挙げられます。

*タマチョレイタケ科 Polyporaceae
「サルノコシカケ科」や「多孔菌科」と呼ばれることもある最も多様なグループで、通常野外で見かける硬質菌類の多くがこのグループに含まれます。「サルノコシカケ」は総称であり、その和名を持つ種は存在しませんが、多くのサルノコシカケがこの科に属しています。中でも「カワラタケ」は、野外で極めて頻繁に目にする種です。きのこ類としてはGBIF(全世界の生物の観察・標本情報をまとめたデータベース)で最も日本産の記録が多い種なので、「最も普通なきのこ」ということにしてもよいと思われます。他にも「カイガラタケ」「ウチワタケ」「ハチノスタケ」「ツリガネタケ」など、野外でお馴染みの面々がこの科の一員です。

日本産タマチョレイタケ科菌類のサークルパッキング。円の大きさはGBIFの日本からのデータ数を反映(数学上の制約で円の大きさは正確でない)

*タバコウロコタケ科 Hymenochaetaceae
「ネンドタケ」や「ニッケイタケ」が含まれるグループです。立派な傘を作るものもあれば、全く傘を作らないものもあります。顕微鏡で観察すると「剛毛」が目立つものが多く、これは性能の良いルーペでも見ることができます。肉を含め、全体的に茶色のものが多いのも特徴で、KOHなどアルカリ溶液を滴下すると黒変する性質も広く見られます。抗がん作用が報告されている「メシマコブ」もこの科に属しています。

*マンネンタケ科 Ganodermataceae
科の名前にもなっている「マンネンタケ」が代表種で、この種は「霊芝」と呼ばれ古来珍重されてきました。また、より身近な普通種が「コフキサルノコシカケ(広義)」です。この種は「サルノコシカケ」の名前を持ち、単にサルノコシカケと呼ばれる頻度が最も高いと思われる種でありながら、別の科に位置づけられています。一見サルノコシカケとそっくりな種もありますが、顕微鏡で見ると胞子に二重の壁がある点が決定的に異なります。

*ツガサルノコシカケ科 Fomitopsidaceae
フィールドで見られる主な種は「ツガサルノコシカケ」や「ホウロクタケ」です。他の大多数の硬質菌類と同様に、木を腐らせて栄養を得ているのですが、「褐色腐朽」という少数派の腐朽様式を持つ傾向があります。

*その他の科
ウロコタケ科、キカイガラタケ科、ニクハリタケ科、コウヤクタケ科などが硬質菌類として扱われることが多いです。しかし、そもそも硬質菌類の定義が曖昧なので、上記の科に含まれていても軟らかい子実体を持つ種はあります。特に倒木や落枝の下側に生える「硬質菌類」は全般的に軟らかい子実体をつくる傾向があります。一方、傘と柄を持つ、いわゆるハラタケ型のきのこであっても、硬質菌類の多くが持つ厚壁の菌糸(骨格菌糸・結合菌糸)を持ち、かなり硬い子実体をつくるものもあるので、やはり両者の境界は判然としません。

不人気のワケ

さて、一通り役者が出揃ったところで、その一般的傾向について述べると、まずは「総じて地味な見た目をしている」ことが挙げられます。「ヒイロタケ」のような鮮やかな色をした種もありますが、そのような例はごく稀です。硬質菌類には「ベニテングタケ」のようなスター的存在がぱっと思いつかず、珍菌(稀産種)は確かにあるのですが、あまり見た目に特別感がないのが現実です。

そして、これはちょっと硬質菌類ファンには怒られてしまいそうですが、事実として述べると…「見た目が汚い」場合が多いのです。しかし、それにはちゃんとした理由があります。軟質菌類の「寿命」が一般的に短く、新鮮な子実体を目にすることが多いのに対して、硬質菌類の子実体は耐久性が高いので永くフィールドに残り、子実体が老成したり、風雨に晒されてボロボロになったりしていることが多いです。図鑑の写真ですら、そうした「汚くなった」姿が捉えられていることは珍しくありません。しかし、硬質菌類の名誉のために付言すると、生長途中の新鮮な子実体は瑞々しく美しいものです。例えば桜によく生える「カワウソタケ」は、茶色くボロボロになった姿を見ることが多いですが、若い子実体を見るとカワウソのような艶やかな「毛並み」が見られ、きっと印象が変わると思います。いつでもそこにいるようなので気が付きづらいですが、硬質菌類にも軟質菌類と同様に「季節性」があるので、夏から秋にかけて、まさに生長している段階の子実体にぜひ注目してみてください。

とても同じきのこには見えませんが、どちらもカワウソタケです。

また、これは筆者の主観ですが、硬質菌類の人気に関しては、硬すぎて「食用きのこがない」ことに加え、「毒きのこも知られていない」ということも大きなマイナス要因になっているのではないかと思います。やはり、食毒に対する関心はきのこに興味を持つきっかけになるもので、「カエンタケ」や「ドクツルタケ」、「ベニテングタケ」の知名度が高いのは、毒きのこ特有の妖しい魅力が影響しているのではないかと思います。「毒にも薬にもならない」ことは無関心に繋がるのでしょう。ちなみに、硬くて食べられないだけで、実際はハパロピルス・ニドゥランス (Hapalopilus nidulans) のようにかなり強力な毒を持つ種も知られているほか、「癌に効く」とは安易に断言できないものの、抗がん活性が示されている種や、実際に医薬品としての利用に至った種も存在します。硬質菌類の大部分は腐生性で栽培ができるので、新たな用途が見つかれば一気に身近な存在になるポテンシャルもあるのではないかと思います。

硬さの秘訣

利用の話になったところで、硬質菌類の「硬さの秘訣」がそもそも何なのかというお話もしておきましょう。子実体は菌糸という目に見えないほどの細さの構造によって紡がれていますが、硬質菌類の中には通常の菌糸(これを「生殖菌糸」といいます)に加え、「骨格菌糸」と「結合菌糸」という別の種類の菌糸を持つものが多いです(片方しか持たないものや両方持たないものもあります)。これはそれぞれ電気配線、鉄骨、接着剤に喩えることができるでしょう。生殖菌糸が水や養分の通り道になっている一方、骨格菌糸はその名の通り子実体の「骨格」となって全体の構造を支え、結合菌糸は菌糸と菌糸を強固に結びつけることで構造を安定させる役割を担います。硬質菌類は明らかに「子実体を長持ちさせる」方向の生存戦略をとっていますが、複数の菌糸を使い分けることによりそれを実現させているのです。余談ですが、菌糸の種類が多いほど圧縮弾性率と圧縮強度の増加に繋がることが知られており (Porter and Naleway, 2022)、硬質菌類の工夫は生き物にヒントを得た材料設計(バイオインスパイアード材料)の分野でも注目されています。

まるできのこの中で建設工事が行われているかのようです。

手堅い生存戦略

では、子実体が硬く長持ちすることにはどのような生態的意義があるのでしょうか?顕微鏡観察の経験のある方はご存知かと思いますが、硬質菌類を野外で採集してきても全く胞子を作っていないことがしばしばあります。軟質菌類は一般的には数日中に胞子を散布し尽くしてしまうものですが、硬質菌類は生殖戦略として、子実体の永存性という特長を活かし、適切な環境条件を見計らって胞子を産生・散布しているということが窺えます。胞子を形成可能な状態で長期にわたって待機するために、乾燥や高温、他の生物による食害といった様々なストレスに耐久可能な堅固な構造を獲得したのではないかと考えられます。

そして、その戦略には硬質菌類の一般的な基質が「木材」であるということが大きく影響していることは確実でしょう。極端な例を挙げると、ケカビなどの糖分の多い基質を好む菌類(糖依存菌)は、果実が落ちた時点を「よーいドン」として、養分が流失してしまう前に、いかに素早く生長から胞子形成まで漕ぎつけられるかが重要となります。落枝や倒木のような持続性の高い基質はその真逆で、いかに長期間基質の内部あるいは外部で生存領域を確保し、適時に生殖可能な状態を保持できるかが重要になります。物理的な硬さが手堅い生存戦略を可能にしているということですね。もちろん、硬質菌類の中でも基質、季節性、子実体の構造や硬度、他の生物との相互作用などには大きな多様性が認められるので、その違いがどのように生態や進化に影響しているかを、分子生物学的レベルから解き明かしていくことが重要ではないかと思います。

まとめ

さて、ここまで硬質菌類の主なグループをご紹介し、その「不人気さ」に関する様々な原因を考察するとともに、「硬さ」の構造的要因と生態的意義についても言及してきました。あとは、硬質菌類を野外でどう探すか、同定にあたってどこに注目すればよいかという点や、硬質菌類が生態系においてどのような重要な役割を果たしているか、という点などについても関心があるかと思いますが、それらは後編の記事でご紹介できればと思います。

引用文献

Porter, D.L. and Naleway, S.E., 2022. Hyphal systems and their effect on the mechanical properties of fungal sporocarps. Acta Biomaterialia. Available at: https://linkinghub.elsevier.com/retrieve/pii/S1742706122002161 [Accessed 19 November 2023].

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