粘菌は毒キノコを制するのか?

あれは3年ほど前の8月、摩耶の森クラブが主催しているイベント「粘菌観察会」に参加した。
講師はマメホコリ工房という名前で活動を行っている片岡祥三さん。
実は摩耶の森クラブで粘菌の講師を探していると聞いたので、片岡さんはどうでしょうか?と紹介したのは僕なのですな (#^.^#)
で、その観察会に参加した時の事。
片岡さんの口からこんな意外な説明が飛び出したのでした。
「粘菌はですね、キノコやバクテリア、カビなどを食料にしているのです」
「え?」となった。
浅はかなことですが、当時粘菌は「きのこの一派」と思っていた僕。
地下生菌や冬虫夏草の様に一般的なキノコの形をしていないけども、実は菌類であり、「広義のキノコ」と言っていいグループ。粘菌もそのグループに入るのかと思っていたのですが・・・
しかし粘菌は菌類ではなかったのです。
またも「え?」ってなりますよね?
じゃあ粘菌とは何かというと
「多細胞性の子実体を形成する能力をもつアメーバ様単細胞生物の総称」(Wikipedia)。
なのだそうです。
余計にわからなくなりましたよね?
そう、もうわからなくてもいいのです。
粘菌と言えば和歌山県立自然博物館の川上新一先生が一番有名なのだが、川上先生に「粘菌とは何ですか?」と質問すると
「アメーバ状の単細胞生物ですね」
と軽く返ってくる。
僕もこれだったら分かるので同じように答えることにしているんですよね(笑)。
さて、そんな単細胞生物に我々の大好きなキノコが食料にされるというのは聞き捨てられない話である。
キノコは森の分解者であり、また木々と共生し森を育んできた立役者でもある。
そんな森の中の縁の下の力持ちを食料にする、というのはどういうことなのか?
片岡さんに聞いてみました。
「増えすぎる菌類をいわばセーブするためにキノコ達を食べているようです」
ふむふむ。
森の分解者である菌類。
そんな菌類を食べることによって、分解速度や分解範囲に制限をかける、という役割をもっているのか?
自然のサイクルの中で我々人類が分かっていることなどほんの少し、なのだろうと思う。
しかし、そんなサイクルの中で生まれてきた粘菌たちは、やはり自然のサイクルにとって欠かせない生き物である、ということは分かる。
彼ら粘菌たちは何を食べ、どんな生活をし、どういう役割をもっているのか。
また我々の愛すべきキノコ達を何故食べちゃうのか、そして毒成分をもっているキノコでも平気で食べることが可能なのか?
まだまだ分かっていないことが山ほどあるのだと思われますが、片岡さんはそんな謎の一偏を探るために「与えてみたシリーズ」という企画をTwitter上で行っているので、是非是非視聴してみてください。
毒キノコを与えてみた(イボテングタケ)

以前から片岡さんに「毒キノコが見つかったら是非頂きたいです」という話を頂いていた。
片岡さんが「与えてみたシリーズ」で粘菌に食べさせていた多くはスーパーなどで売られているキノコか、もしくは野生のきのこであっても毒が無いもの。また、野生のキノコを採取してもそれがどういう種類で、どんな毒があるのかがわからない、、ということで「機会があったら採取してお渡しします」と約束していたのであった。
そして、奈良でキノコ観察会があった際にかなり毒性の強いイボテングタケがあったので、それを偶然同日の同じ場所で粘菌観察会をしていた片岡さんに帰り際にお渡しすることが出来たのであった。
ちなみに我々キノコの会のメンバーは2時ぐらいには解散したのであるが、粘菌の人たちは夕方までゴソゴソと粘菌を探していたそうな、、、アメーバだけに粘るのが好きな人たちなんだろうな、、、と密かに思ったものだ(笑)。
ではお渡ししたイボテングタケを粘菌(イタモジホコリ)に与えてみた動画を観てみましょう。
8時間ぐらい経過してところですっかりイボテングタケに襲い掛かって、覆っていましたね~
最後まで観るとイボテングタケが萎れて小さくなっているのが分かります。
イボテングタケは粘菌(イタモジホコリ)に食べられた
と思っていいかと思います。
「食べる」という基準が難しいのですが、ここでは
「キノコを覆って、しばらくするとその体積が小さくなった」
というのが「粘菌がキノコを食べた」という定義で良いかと思います。
つまり、イボテングタケが持っている毒成分など粘菌はまったく気にしないで食べてしまったのですな。
やられました ( ;∀;)
ちなみに、イボテングタケを「生で」人間が食べるとこうなります。
いやぁ、恐ろしいですね~
人間が食べるとこんな感じになるそうです。
- 食後15~30分して、 短い時間うとうととしたあと
- 酒に酔ったようになる
- 筋肉のいちじるしいけいれん
- 精神錯乱
- 幻覚
- 視聴覚障害など
- 4時間以上興奮状態が続いたあと
- 深い眠りにおちる
- 嘔吐する程度で死ぬことはめったにない
- 24時間以内に回復する
では、粘菌たちはどうだろう?
食べた粘菌たちが嘔吐している様にもみえないですし、もし彼らにも何らかの障害がでるのなら本能的に食べることは回避するんだと思います。ですので、きっと普通に、そして美味しく食料として食べているんでしょうね。
ということで、
イボテングタケの毒は粘菌には効かない
ということで良いのではないでしょうか?
毒キノコを与えてみた(ヘビキノコモドキ)

片岡さんにイボテングタケを渡したその日、もう1本渡していたキノコがある。
ヘビキノコモドキ。
観察会で持って帰る人がいなかったので頂いたもの。
ヘビキノコモドキについてはあまり食毒に関しては語られていない様に思うのだが、立派な毒キノコである。
ではこのヘビキノコモドキを粘菌(イタモジホコリ)は食べるのだろうか?
実はヘビキノコモドキの実験はイボテングタケが終わってからのものとなっています。
つまり、ヘビキノコモドキが採取されてから、粘菌に食べさせるまでの時間はイボテングタケの30時間以上後となるので、やや腐敗が進みキノコからは腐敗臭が漂っている、という状態のようです。
この動画を観ていると天端部分を粘菌が攻めないのと、腐敗臭がしてきたのとの関係が疑われますね。
つまり
粘菌は腐敗臭がしている部分は攻めないのではないか?
腐敗臭がしているキノコはフィールドに出ているとよく目にするが、そこにはハエなどの虫たちが寄ってはくるものの、ナメクジやダンゴムシなどのキノコが好きな生き物が食べているというのは見たことがない。
それらの虫たちと同様、粘菌も腐敗した箇所を嫌うのではないだろうか?
ちなみに、、、
ヘビキノコモドキもかなり毒性の強いキノコであるにも関わらず、粘菌たちは何の躊躇もなく本種を食べに行った、と見て良いと思う。
結論を言えば
ヘビキノコモドキの毒も粘菌には効かない
という結論で良いと思う。
毒キノコを与えてみた(アケボノドクツルタケ)

さて、真打登場である。
アケボノドクツルタケ
横浜の観察会に行った際に、誰も持って帰らなかったので
「これ頂いて帰っていいですか?」
と質問したら、そこにいる全員に
「それ、持って帰ってどうするんですか!!???」
と突っ込まれたのですよね~そこで一言。
「粘菌に食べさせるのです」
という言葉の何と魅力的なことか(笑)。
さて、このアケボノドクツルタケはドクツルタケファミリーの中で、比較的低山地で見ることが出来るキノコなのです。もちろんファミリーの一員だけあって、猛毒さ加減はドクツルタケに劣らず強力なものである。
これ1本で人間が何人死ねるか・・・( ゚Д゚)
そんな猛毒のアケボノドクツルタケを果たして粘菌は平気で食べるのだろうか?
さすがの粘菌でも今回だけはわからない、、と思った。
何故なら以前、大阪自然史博物館で開かれた「きのこ!キノコ!木の子! 」というイベントの中でこの様な展示(動画)があったからである。
「アケボノドクツルタケへの忌避反応」

これは「アケボノドクツルタケ」と「テングタケモドキ」を比較して、ナメクジがどう反応するか?という実験なのです。
ナメクジにとってテングタケモドキは食料となります(人間にとっては『毒』キノコですが)。
このテングタケモドキと数匹のナメクジを容器に入れるとナメクジは食料であるテングタケモドキの方へ近づいていき、すべてのナメクジが美味しそうにテングタケモドキをついばむ姿を見ることが出来ます。
一方アケボノドクツルタケの方はというと一緒にいれても、その周りをくるくると回るだけで、一向に食べようとはしませんでした。これはアケボノドクツルタケに含まれる匂いの成分をナメクジが嗅ぎ分けている、ということらしいです。
つまり、
ナメクジは自分にとって毒成分をもっているアケボノドクツルタケを匂いで判断し避けている
と考えて良いのではないかと思います。
だとしたら粘菌はどうなのでしょう?
では、片岡さんの実験を観ることにしましょう。
さて、いかがでしたでしょう?
結果は
粘菌(イタモジホコリ)はアケボノドクツルタケを食べない
と考えていいかと思います。
一度攻めようと近くまで来て登りかけましたが結局断念したという感じですね。
理由はなんでしょうか?
僕は先のナメクジと同じようにアケボノドクツルタケから粘菌が嫌うような忌避物質が発せられていて、粘菌がそれを嗅ぎ取り攻めるのを断念した、と考えています。
つまり
粘菌はアケボノドクツルタケから発せられる匂いに反応して食べなかった
と言えるのではないかと。
これの報告を片岡さんから受けたときの片岡さんの悔しそうなメッセージが忘れられないのですが(笑)、僕にとっては粘菌がナメクジと同じように反応するのが非常に興味深かったですね。
しかし、それから半日ほどして以下の様な画像が送られてきました。

これは食べないと思われていたアケボノドクツルタケのヒダの破片を粘菌が食べ始めた写真です。
最初は忌避反応を示していた粘菌が時間が経つとアケボノドクツルタケを食べ始めた
と考えるのが妥当だと思われます。
時間が経てば毒が消えるのでしょうか?
もちろん、そんなことはありません。
こんな何時間かで毒が消失することはあり得ませんので、毒が無くなったので食べ始めた、とは言えないと思います。
ではどうして食べ始めたのでしょうか?
僕が考えるに
時間が経てば粘菌が忌避する匂い成分が消失した
と考えるのが妥当だと思われます。
普通に考えると「忌避成分=毒成分」と考えてしまいがちですが、これを分けて考えることが今回の「キモ」なんですよね。
また、この結果からもう一つ重要な浮かび上がってきます。
それは、、
粘菌にとってアケボノドクツルタケの毒は毒ではない
という事を示しているのです。
粘菌は「匂い」に反応するということは、ヘビキノコモドキの際でも推測されましたし、今回のアケボノドクツルタケでも分かりました。
またアケボノドクツルタケの反応から匂いの強弱によって相手を攻めるかどうかを見極めているのでしょう。
粘菌は毒キノコを制するのか?(まとめ)
さていかがでしたでしょうか?
今回の片岡さんの実験から粘菌の毒キノコに対するアプローチが見えて来たように思います。
また、そこから粘菌の特性も垣間見えました。
それらを箇条書きにしてまとめたいと思います。
この実験で分かったことは
- 粘菌にはイボテングタケの毒成分は効かない
- 粘菌にはヘビキノコモドキの毒成分は効かない
- 粘菌はヘビキノコモドキの腐敗した部分は食べない
- 3より、腐敗したキノコは食料として見なさない
- 粘菌はドクツルタケの忌避成分に反応し、襲いかからない
- 粘菌はドクツルタケの忌避成分が少なくなると襲ってくる
- よって粘菌はドクツルタケの毒成分は効かない
ということです。
少なくともテングタケ属の毒成分に関しては粘菌はまったく意に介さず食べちゃうんでしょうね。
それと粘菌は匂いによって襲いかかったり、避けたりするということ。
それらの物質は何なのか?ということも調べなければなりません。
また、東北大学の深澤先生の論文では材から発生しているキクバナイグチの仲間やベニタケの仲間、そしてチチタケの仲間などの菌根菌は粘菌に食べられている形跡が無かったそうです。
なので、今後の目標はテングタケ類とはことなるキノコ群、特に実績のあるキクバナイグチや他のイグチ類で実験をしてみればどうなるか?というのを試してみたいと思います。
まぁ、実験するのは片岡さんですけどね(笑)