イボテングタケの「イボ」とは何なのか?

Fig.1 2018.09.16 大阪

NHKの朝ドラ「らんまん」が面白い。
主人公、槙野万太郎のモデルは植物学者であり、「日本の植物学の父」とまで言われた牧野富太郎博士。
その幼少から大人になっていくまでの物語である。

万太郎は幼少のころから見つけた植物たちにこう声をかける。

「おまんはどうしてこげな葉っぱをしちゅうがか?」

葉っぱの形はそれぞれが異なり、その「形」には意味があるはず。

だから「どうして?」となる。

そんな疑問は植物たちを分類していく大きなエネルギーとなり、やがて牧野本人は何と78歳(1940年)で「牧野日本植物図鑑」という作者本人の名前を冠した図鑑を発行し、それが今も発刊され続けているという、、お化け図鑑が生まれてきたのである。

そんな牧野富太郎はキノコにも興味を持っていたそうな。
また、カラカサタケを両手に持って踊っている写真は今でも牧野本人の人柄を表す格好の材料となっている。
しかし本人は撮影された当時、この写真が100年近くの時を経て「人柄を判断される材料」になるとは思ってもいなかったに違いない(笑)。

さて、では牧野氏がこのイボテングタケを見つけたらどう思うだろう?

「おまんはどうしてこげなイボを頭につけちゅうがか?」

きっとこういう風に聞くはずだ。
ただ我々は牧野氏の時代とは違い、既に先人たちが「このイボの正体」を図鑑の中であかしてくれている。
すなわちこのイボの正体は

幼菌時に子実体を覆っていた外皮膜の名残り

である。
答えは既にでているのだ。
しかし、ここであえて皆の衆に問いたい。

「外皮膜があるのにイボが無いものがあるのは何故なの?」

どうかな?
分かりやすい例でいくと、タマゴタケなどは外皮膜に包まれて幼少期を過ごすのだが、成菌になった際にはすっかり外皮膜の名残などは無くなっていて、傘の表面などは眩しいぐらいにツルツルである。

外皮膜があるのに、、、である。

タマゴタケにイボが無いのは何故か?

Fig.2 2020.07.12 神戸

「赤くて傘に白いイボがついているのが、スーパーマリオで有名なベニテングタケですね、で、傘にイボがないのがタマゴタケなんです。」

観察会に行った時、こんな風に2つのキノコの違いを教えてもらった記憶がある。

「でもね、白いイボがついているベニテングタケは、この辺り(神戸周辺)では見ることができないのですよ」

僕は茶色のテングタケが普通に見れるんだから、きっと赤いのだって見れるはず!!なんて思っていたのだが、当時はベニテングタケと共生する植物があるなんて知らず、ましてや菌根菌なんていう言葉はどこぞの学術用語の様に聞いても右から左へと抜けていく、、そんな若輩きのこびとだった時代。

タマゴタケにイボが無いことに関してはそんなに不思議だと思っていなかったのであるが、時を経てベニテングタケを初めて見たときに、「そうだ、どうしてタマゴタケはベニテングタケみたいにイボが無いのだろう?」と遅まきながら思ったものでした。

1枚目の写真(Fig.1)、2枚目の写真(Fig.2)、どちらもまだ幼菌の頃のものだ。
傘もまだ開いておらず、柄もまったく伸びてはいない。
この状態から柄がぐんぐん伸びて行き、それと同時に傘も開いていくことになる。

イボテングタケの傘には幼菌の頃から存在するイボが、成菌になっても存在するし、タマゴタケの傘には幼菌の頃から既にイボは無い。

何故なのか?

その「真相」に迫るためにタマゴタケの幼菌を二つに割ってみる。
お分かりだろうか?
傘になるべきものが存在し、その周りをタマゴタケの殻みたいなもの(正確には外皮膜)で覆われている。
この傘と殻の間には「境目」が存在する。
そして触ってみればわかるが、この殻は柔軟性があり、柔らかく、綺麗に傘と分離するようになっている。

もう一度言う、傘と殻(外皮膜)は綺麗に分離するのだ。

ここにタマゴタケの殻にイボが出来ない秘密が隠されている。

Fig.3 2021.08.29 神戸

では、その殻(外皮膜)をめくった写真をお見せしましょう。↓↓↓

ゆで卵の殻を剝くのは時々失敗するのだが、タマゴタケの殻を剝いて今まで失敗したことが無いのが僕の自慢だ(どんな自慢だ w)。
こうやって見るとタマゴタケの傘が平滑なのは当たり前だが、外皮膜の形質は弾力があり、頑丈であることが確認できる。

この性質により傘に外皮膜が付着することなく、また、そのカケラすら残ることなく「ツボ」という形が綺麗に残る構造となっているのである。

Fig.4 2021.08.29 神戸

それではイボテングタケの外皮膜の構造はどうなっているのか?

イボテングタケのイボ構造を検証する

イボテングタケの「イボ」どうなって作られるんだろうなぁ、、、と漠然と考えていた。

確かにイボが出来上がった状態のものはいくらでも見たことがある。

でもイボが出来ていく「過程」ははっきり思い描けない・・・・

なんて思っていたらFacebookの「キノコ!キノコ!キノコ!」というグループでこんな写真がアップされた。

投稿したのはO嶋さん。
本人のコメントは

「押せば鳴りますか?」(笑)

確かに家の玄関にあるインターホンの呼び出しボタンの様であり、押して「ピンポーン」と鳴っても「ワシ、どこに入っていけばいいのじゃ?」なんてなる可能性も十分にある(ないない w)。

では、いくつかO嶋さんに提供してもらった写真を見ながら検証していきたいと思います。

Fig.5 2023.06.20 東京 撮影:O嶋さん

さて、この呼び出しボタン、、じゃなく、何かテングタケ仲間の幼菌だろうと思われるもの。
その構造をじっくり観察してみることにしましょう。
まずは真ん中の球状になった部分、ここは「傘になるべき」ものが周りの構造物を押し上げて飛び出してきている様に見えます。

恐らく球状のものが飛び出してくる前は全体がドーム状だったのではないかと考えられます。
そして「傘になるべき」ものを覆っているものがあります。
その形質は周りを覆っているものと同じように白く、そして少し厚みがあるように思います。

そしてなんとその近くに少し成長したものがありました (◎_◎;)。
成長の過程がわかる見事なお写真です。
O嶋さん、ほんと持ってはる!!

Fig.6 2023.06.20 東京 撮影:O嶋さん

この左の子に注目しましょう。
先ほどの呼び出しボタン状のものから傘になるべきものがかなり突出してきた感じが見て取れます。
そしてこの状態ですでに傘の表面にひびが入っていることもわかりますね。

これはボタン状のもの(Fig.5)と比較すれば分かりますが、傘の部分が上に伸びるとともの横にも広がって突出部分が大きくなっているので、自ずと傘を覆っていたものが「割れて」ひびが入っている様になっているのだと思われます。

そして右の子実体を見てください。
左の子実体よりもさらに大きくなり、傘のひび割れが大きくなっているのが分かります。
多少は傘を覆っている組織(外皮膜)も大きくなるのでしょうが、傘や柄が大きくなるスピードに比べると鈍化するのだと思われ、やがてひび割れは大きくなっていくばかり、、、だと考えられます。

そして何と!O嶋さんの「引き」が強いのか、きのこ神の寵愛を受けているのか分かりませんが、こんな子たちも近くにいたそうです。ぶらぼー!!

Fig.7 2023.06.20 東京 撮影:O嶋さん

Fig.6 の写真よりも成長した子実体です。
左側の子実体を見てみると柄が長くなって傘と分離しているのが分かります。
傘の表面はクリーム色したところとかすかに褐色を帯びた部分があり、クリーム色からイボテングタケの傘の色(茶褐色)に変化していく過程がここから読み取れます。

また傘を覆うイボはひび割れ状態からそれぞれのイボに独立した状態に変化しているのがわかりますでしょうか?
つまりそれだけ傘が大きくなったという証拠だと考えられます。

そして右の子実体。
まだ傘は完全に開いていませんが、表皮の色は茶褐色を帯び、表面に付着しているイボはそれぞれが独立しているのがここまでくればわかりますね。

まとめますと、

傘のイボは傘に付着した外皮膜がひび割れし、傘が大きくなるとともにひび割れが独立して出来たもの

という事が出来ます。

ではでは、その成長の過程を1枚の写真にしてみました。

Fig.8 2023.06.20 東京 撮影:O嶋さん

一番左の外皮膜の大きさを基準にして、それぞれ別だった写真のスケールを調整してみました。
いかがでしょう?これでイボがどの様に生まれ、どの様に形成されてきたかが分かりますね (#^.^#)

くりかえしますが、傘の「イボ」は傘を覆っている硬く厚い外皮膜が、傘が大きくなるたびに少しずつひび割れが生じ、そのひび割れが一つ一つに独立していき「イボ」へと変化を遂げていったもの、だということがこの写真を見ただけで分かってもらえるだろうと思います。

ブラボーO嶋さん!!

分類学的に見たイボテングタケとタマゴタケの外皮膜の違い

Fig.9 イボテングタケ 2021.8.29 神戸 タマゴタケ 2012.9.15 神戸

さてここまで触れて来たようにイボが出来る、出来ないには外皮膜の構造が大きく左右しているというのが分かりました。
まとめてみるとこんな感じだろうか。

イボが出来ない:外皮膜が柔らかくしかも頑丈に出来ていて、傘と外皮膜が最初から分離している。

イボが出来る:外皮膜が硬く、ひび割れやすく、外皮膜自体が傘の表面に貼りついて剝がれにくい。

これら外皮膜の構造の違いは、テングタケ属を分類する大きな要因となっています。

少し古い分類になるが、テングタケ属はいくつかの「節」に分かれている。
この「節」を理解することにより、そのテングタケの仲間がどの節に属し、節が分かることにより種の特定に至らしめることが容易になる。

そこでタマゴタケとイボテングタケの外皮膜の違いを「節」という切り口で見てみましょう。
使うのは原色日本新菌類図鑑(I)のテングタケ属の「検索表 p.116」です。
実はこの検索表の中にはイボのことは記されていないので、主に「ツボ」を中心に検証していきたいと思います。

まずはタマゴタケ。
タマゴタケはタマゴテングタケ節に入るのかと思っていたのですが、意外なことに「ツルタケ節」に入ります。
ツルタケ節のツボの形状は

「ツルタケ節のツボの形状」

柄の基部は塊茎状に膨大しない。 つぼはさや状~袋状、ときにもろくてこわれやすい。

原色日本新菌類図鑑(I)p.116

また、イボテングタケは「テングタケ節」に属します。
テングタケ節のツボの形状はどうでしょうか?

「テングタケ節のツボの形状」

柄の基部は塊茎状にふくらむ。 つぼは細かくこわれやすく、もし多少とも膜質の場合は大部分が基部 (塊茎部) に癒着している。

原色日本新菌類図鑑(I)p.116

ここから分かる通り「ツボの形状」とは外皮膜の構造の違い、と言っていいでしょう。

外皮膜の構造を検証するといいうことは、その名残である「ツボ」を検証することがもっとも重要なことだと思われます。
「テングの鬼」と呼ばれるOAk氏などは、この細かいツボの構造やイボの名残などを記憶していて、細か部分をチェックしながらそのテングタケの仲間がどの種なのか?という事をズバリと言い当てることが出来ます。

それではツルタケ節、テングタケ節以外の節でもこのツボの形状違いが出てきますので、代表的な節のツボの形状を見てみましょう。

例えばキリンタケ節は

「キリンタケ節のツボの形状」

つぼは細かくこわれ, その破片がいぼ状, 鱗片状, かさぶた状, 綿くず状, 粉末状となって 傘や柄の基部付近に残る

原色日本新菌類図鑑(I)p.116

キリンタケ節に属するものは、ヘビキノコモドキ、ガンタケ、コガネテングタケなどがある。

特に近所でもよく見るヘビキノコモドキなどはほとんどツボが残っていないのが分かる

Fig.10 ヘビキノコモドキ 2020.7.11 大阪 ツボがあまり残っていない

傘には沢山のひび割れが残っています。
これは外皮膜の名残だと思われますが、ツボに関しては柄の基部に少しだけその名残らしきものが見えます。

そして「タマゴテングタケ節」のツボは

「タマゴテングタケ節のツボの形状」

つぼは膜質のさや状~袋状、または柄の塊茎部に癒着し上端がわずかに遊離する

原色日本新菌類図鑑(I)p.116

タマゴテングタケ節に属するものは、タマゴタケモドキ、ドクツルタケ、クロタマゴテングタケ、コテングタケモドキなどなど。

ここではタマゴタケモドキを見てみましょう。

2020.07.19 兵庫 ツボが膜質のさや状~袋状

確かに膜質で袋状になっているのが分かりますね。
そして重要なのがツボの「上部」だけがわずかに遊離していること。タマゴタケなどは結構下部から遊離しているのが分かります(Fig.9)。

タマゴタケモドキはタマゴテングタケ節でタマゴタケはツルタケ節。
名前は似ておりますが、節で既に異なっているのですね(笑)

さて、イボの残り方から発展して外皮膜、そしてツボの形状へと話が広がってしまいましたがいかがでしたでしょうか?

「イボテングタケのイボが残っている理由は何か?」

などという疑問がまた新たに出てきますね。

「自然の造形に無駄なものは無い」

という観点から考えると、イボテングタケのイボも何かの「ため」になっている可能性も少なくありませんね。


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