イッポンシメジ沼へようこそ(前編)
Twitter界隈では「イッポンシメジ警察」とか「エントローマ警察」とか呼ばれているが、決してイッポンシメジ属が詳しいわけではない。イッポンシメジが好き💗なだけであり、それゆえについついTwitterに上がってくるのをこっそり張り込んでしまうのだ(笑)。
ただ、一口に「イッポンシメジ属」と言っても射程範囲が広すぎる。
この写真の様な小型で、ほっそりしているものもあれば、ハルシメジの様に足が太く、ずんぐりむっくりしているものもある。また、ウラベニホテイシメジの様に巨大化するものもあったり、カクミノコナカブリの様に柄が無いものまで存在する。
キノコを始めたころはハルシメジやウラベニホテイシメジを見て「シメジの仲間」だと思い込んでおり、それらがイッポンシメジ属だと分かったのちでも、イッポンシメジ属自体をシメジに近いものだとばかり思い込んでいたものだ。
しかし、おなじ「シメジ」であってもホンシメジやハタケシメジが属するシメジ属とはまったく違うものなのです。
イッポンシメジ属とはどんなものか?
原色日本新菌類図鑑などを眺めているとイッポンシメジ属は「Rhodophyllus」となっています。
例えばウラベニホテイシメジであれば
Rhodophyllus crassipes Imazeki & Hongo, J. Jap. Bot. 32: 146 (1957)
となっていて、現在 Rhodophyllus crassipes はシノニムとなっており現在名は
Entoloma sarcopus Nagas. & Hongo [as ‘sarcopum’], Rep. Tottori Mycol. Inst. 37: 2 (1999)
となっていて、属名は「Entoloma」、種小名は「sarcopus」と共に変わっていますが、現在元の属名である「Rhodophyllus」は今は使われていないようです。
色々な変遷を経て、現在は「Entoloma」に落ち着いているようなのです。
以下、英語版Wikipediaの「Entoloma」から属の変遷についての文章を翻訳し引用してみます。
名前の由来は、ギリシャ語で内側を意味するentos (Đντός) と、巻き込まれた縁から「縁」を意味するlóma (λῶμ) である。スウェーデンの菌類学者Elias Magnus Friesは、1821年にAgaricus属の中のピンク色のヒダを持つきのこをすべてHyporhodius属に分類し、傘の形、ヒダ、大きさから5属に細分化した。その後、1838年にこれを改良し、普遍的なツバを持つものをVolvaria属、ヒダが疎なものと柄に離生したものをPluteus属、Tricholomaに似た形を持つものをEntoloma属、窪んだ傘と脱落したヒダを持つものをClitopilus属に位置づけた。
Leptonia属の傘は凸状で肉質膜性膜状であり、Nolanea属は鐘状の傘と中空の柄を持つ細長いキノコ、Eccilia属は臍状被膜の傘と直生したヒダを持つ小さな菌類である。Paul Kummerは1871年にEntoloma, Nolanea, Leptonia, Ecciliaを属級に引き上げたが、Lucien Quéletは、ピンク色の胞子や角張った胞子、湾性したヒダを持つ、元のHyporhodiusに似たきのこをまとめてRhodophyllus属と命名した。
2つの分類法は最近まで共存していました。Quéletに従う広い種概念を支持する分類学者と、Kummerに従う分類学者がいました。フランスの分類学者Henri Romagnesiは40年以上にわたり、この種に関する研究を行い、新しい種を記述し、新しい下級分類を作成しました。それにより、この種は今日までに最も研究され、最も知られているアガリック種の1つになりました。時間が経つにつれて、多くの著者とテキストがKummerに従いました。
2002年のMoncalvoによる分子生物学的研究によって得られたデータを見ると、厳密には本属は多系統であり、Nolanea、Leptonia、Inocephalusの種が、広範な単系統のEntolomatoidグループの様々なEntoloma種と混じっているようである。
https://en.wikipedia.org/wiki/Entoloma
DeepLとChatGPTにて翻訳してから和訳してみました。
少し訳がおかしいところはあるかも知れませんが、お許しください。
この中で、Quéletが作った新属 Rhodophyllus が支持されていた時期からやがてKummerの分類法の方に移っていった事がわかり、原色日本新菌類図鑑に記されている属名はそのQuéletが作った分類法によって属名が記されていた名残だという事がわかりますね。
また少し遡れば、Entoloma は Agaricus から分かれた属の中の一つだということが分かります。分かれた仲間としては
- Volvaria(現在のVolvariella?フクロタケ属)
- Pluteus(ウラベニガサ属)
- Entoloma(イッポンシメジ属)
- Clitopilus(ヒカゲウラベニタケ属)
などがあるようです。
ウラベニガサ属と元は一緒だった、、というのはさもありなんですね。
ではこの中のイッポンシメジ属とはどういう特徴があるのでしょうか?
こちらも原色日本新菌類図鑑からその特徴を列挙してみましょう。
- 子実体は変化に富む
- 胞子紋はつねに淡紅色
- 胞子はいずれの方向から見ても角形を呈する
- 菌糸はクランプを有するかまたは欠く
この中でも特にイッポンシメジ属の決め手になる特徴は2,3でありましょう。
ウラベニガサ属のものと迷ったとしても、胞子を見て角形のものであれば、それはイッポンシメジ属である、というのが分かりますね。
ではでは特徴的な胞子の形を見てください。
1枚目は小型のアオエノモミウラタケ系の胞子で2枚目はソライロタケの胞子です。
五角形タイプと四角形タイプがあるようですね。
過去には、これ何の仲間だろう??と思って、胞子を検鏡してみると五角形で「おぉ、これエントローマやん!」というのが良くありました。
イッポンシメジ属を細分化する
最新のイッポンシメジ属の分類とは異なるかもしれませんが、原色日本新菌類図鑑に記されている亜属(Subgenus)を表にまとめてみました。上記のEntolomaの変遷とこの表を照らしあわせてみると、この表は変遷過程の途中の様に思えますが、属するキノコ達はあまり変わっていないようなので、この亜属の特徴と仲間たちを覚えておくのはイッポンシメジ属の成り立ちを理解するにはとても有用だと思われます。
【注意】
各キノコの学名で「R.」となっているのは「Rhodophyllus」の略です。現在は「Entoloma」となるので「E.」となるのがほとんどですが、図鑑の表記をそのまま引用します。
亜属名 | 特徴 | 属するキノコ |
カクミノコナカブリ亜属 Subgen. Rhodophyllus | ひだは多くは垂生。 柄は発達し中心生,または 短小で中心から外れて付くか、あるいは欠如。 通常小形で肉は薄い | カクミノコナカブリ R. depluens (Batsch : Fr.) Quél. |
ヒメヤグラタケモドキ (?) R. parasiticus (Quél.) Quél. | ||
ヒメシロウラベニタケ R. chamaecyparis Hongo | ||
キヌモミウラタケ R. sericellus (Bull.: Fr.) | ||
モミウラモドキ亜属 Subgen. Nolanea |
子実体はクヌギタケ型またはキシメジ型で青紫色の色素を含むことはない。 柄は中心生で通常縦線があり軟骨質 |
ミイノモミウラモドキ R saurosporus |
コモミウラモドキ (?) R. papillatues | ||
フタツミウラベニタケ R. bisporus Hongo | ||
オオフタツミウラベニタケ R. cetratus (Fr.. Fr.) Qull | ||
エイザンモミウラモドキ R. mycenoides Hongo | ||
ウスキモミウラモドキ R. omiensis Hongo | ||
アカイボカサタケ R. quadratus | ||
キイボカサタケ R.muraii | ||
シロイボカサタケ R. murraii f.albus Hiroe | ||
ウスキイボカサタケ R. Inteus (Peck) | ||
トガリウラベニタ R.acutoconicus Hongo | ||
ソライロタケ R. tirescens (Berk. & Curt.) Hongo | ||
ケモミウラモドキ亜属 Subgen. Pouzaromyces |
子実体はホウライタケ型ークヌギタケ型で 面は毛におおわれる。胞子は多角形。 大形 | ケモミウラモドキ R. japonicus (Hongo) |
イッポンシメジ亜属 Subgen. Entoloma |
子実体はキシメジ型, 肉質、まれに中凹む | ムラサキイッポンシメジ R. subnitidus (Imai) Hongo |
コンイロイッポンシメジ R. cyanoniger | ||
ウスムラサキイッポンシメジ R. madidus | ||
コムラサキイッポンシメジ R. violaceus (Murr) Sing. | ||
ナスコンイッポンシメジ R.kujuensis | ||
アイイッポンシメジ R.glutiniceps Hongo | ||
キヒダイッポンシメジ R.kansaien- sis Hongo | ||
タマウラベニタケ R. abortious | ||
シメジモドキ R. clypeatus | ||
コクサウラベニタケ R. nidorosus | ||
クサウラベニタケ R. rhodopolius | ||
ニセイッポンシメジ R. turbidus | ||
イッポンシメジ R. sinuatus | ||
コイッポンシメジ R. protuloides | ||
ウラベニホテイシメジ R. crassipes | ||
ヒメイッポンシメジ R. erophilus | ||
ヤチイッポンシメジ R. uliginosus | ||
アオエノモミウラタケ亜属 Subgen. Leptonia | 傘はしばしばへそ状にくぼみ, 平滑または細かい 鱗片におおわれる。柄は長く繊細。 しばしば液胞に青紫, 緑, ピンクなどの色素を含む | シバフウラベニタケ R. pulchellus Hongo |
ムニンチャモミウラタケ R. brunneolus | ||
チャモミウラタケ R. umbrinellus | ||
ハイイロイッポンシメジ R. griseonbellus | ||
コキイロウラベニタケ R.ater Hongo | ||
アオエノモミ ウラタケ R. lampropus | ||
ヒメコンイロイッポンシメジ R. coerestinus | ||
ススタケ R. serrulatus | ||
Entoloma kobayasianum | ||
E. melanoxanthum | ||
E. porrectum | ||
E. roseum |
—
これらの表の中で代表的な亜属に属するキノコ達を紹介します。
モミウラモドキ亜属(Subgen. Nolanea)
子実体はクヌギタケ型またはキシメジ型で青紫色の色素を含むことはない。
柄は中心生で通常縦線があり軟骨質。
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代表的なのは春に発生するミイノモミウラモドキであろうか?
どうも春の早くに発生するものと少し後れて発生するものがあるようで(関西では)、早くに発生するものは胞子の大きさが原色日本新菌類図鑑のものより小さく、遅れて発生するものが原色日本新菌類図鑑と同じサイズという話を聞いたことがあります。
また、逆に北陸のきのこ図鑑に載っているミイノモミウラモドキの胞子サイズは早くに発生するものと胞子のサイズが同じでありました(これは自分で確認した)。
という事は、ミイノモミウラモドキと呼ばれているものでも実は種類が異なるものがあるかもしれない、ということである。
あと代表的なものにアカイボカサタケなど「イボタケ」という和名が冠されたものがある。
ここには4種類載せてあるが、それ以外にもダイダイイボカサタケ(青木仮)やシロイボカサモドキ(池田仮)などという種も存在するのでややこしい。
イッポンシメジ亜属(Subgen. Entoloma)
子実体はキシメジ型, 肉質、まれに中凹む
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この亜属で代表的なものはコンイロイッポンシメジでしょうか?
関西菌類談話会の観察会で、コンイロイッポンシメジに似たキノコが採取され、同定会場に持ってこられたのですが、一回りほど小さくかったのでおかしいなぁ、、と思っていたらやはり胞子サイズも一回り小さく、コンイロイッポンシメジとは異なるものだそうです。
その他、仙台などでは一番人気のキノコ、ウラベニホテイシメジなどもこの亜属に含まれます。
ウラベニホテイシメジ、クラウラベニタケ、ハルシメジなどはいかにも「シメジ」という名前にふさわしい形態をしていますが、大きな違いはもちろん胞子の色。
若いうちはヒダが白色をしているのですが(ここはシメジ属と同じ)、成熟してくるとだんだん肉色に変化してきます。
これは胞子の色がピンク色をしているため、ヒダに胞子をたくさん作られるとヒダ自体がピンク色になっていくのですね。
アオエノモミウラタケ亜属(Subgen. Leptonia)
傘はしばしばへそ状にくぼみ, 平滑または細かい鱗片におおわれる。
柄は長く繊細。しばしば液胞に青紫, 緑, ピンクなどの色素を含む。
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この亜属の写真それぞれに書かれている名前をご覧ください。
「フチドリモミウラタケ」以外は全て「不明エントローマ」になっています。
分かりますでしょうか?
このアオエノモミウラタケ亜属に属するキノコの大半が「不明菌」なのです。
ネットで「ヒメコンイロイッポンシメジ」と検索してみると出てくるキノコ達があります。
恐らくその大半は間違っているのです。
それは「アオエノモミウラタケ」もしかり。
ほぼ、全体が謎に包まれている亜属なのです。
「そんなバカな、図鑑にちゃんと載っているやん!」
と誰もがそう思うことでしょう。
しかし、、
「果たして図鑑に載っているものは正しいのか?」
この亜属のキノコ達は、そう問いかけする必要があるキノコ群なのである。
(後編につづく、、、)
【参考】
本郷次雄(1987) 今関六也・本郷次雄 編著 原色日本新菌類図鑑(ⅰ). 保育社, 大阪.
池田良幸(2013)池田良幸・本郷次雄 編著 新版 北陸のきのこ図鑑. 橋本確文堂,石川.
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