冬の偽菌核プレート探し

「いりささん、これ、、面白いもの見つけましたよ!」
そういって中島淳志さんが渡してくれたのは、真っ黒い木片でした。
その日は中島さんが関西に来るという事でどこかできのこの観察会やってませんかねぇ、、と調べたところ兵庫キノコ研究会が神戸で観察会をしてる、ということで参加させてもらっていたのでした。
「ん?なんですかこりゃ?」
ただの黒くなった木片にしか見えなかった僕は、どこから見てもそんな顔をしていたに違いない。
すかさず中島さんが
「これね、オオゴムタケのアナモルフなんですよ!」
しかしこの黒い木片のどこに「それ」がいるのかわからない・・・・( ゚Д゚)
そして中島さんが指さすところを見ると、おりましたわ、、これこれ

これ、拡大しているのでモフモフが分かりやすいですが、現地だと保護色なのでよく見ないと見過ごしちゃうんですよね、、キノコの形もしてないし。
※老眼のせいで見えないという噂もちらほら、、
そして、これがオオゴムタケのアナモルフだと言われても「???」という感じの人は多いはず。
だってオオゴムタケってこんな感じですもんね。

ねぇ、これが同じオオゴムタケだとは誰も思わないでしょう。
ちなみに、この写真のオオゴムタケはテレオモルフ(有性世代)であり、モフモフの方はアナモルフ(無性世代)の状態であります。
このオオゴムタケは2つの生活形態が存在していて(「世代」という言葉が混乱させてくれますが)、それぞれが独立した生活環をもっているのですね。
このテレオモルフとアナモルフに関してはこれだけで記事を書こうと思っていますので、ここではオオゴムタケはそういう2つの生活タイプを持っているキノコ、だということを認識しておいてもらえればOKです。
オオゴムタケのアナモルフを認識できた僕は中島さんに聞いてみた
「これって結構珍しいのですかね?」
すると
「いえ、だいだい1日のキノコ散策のうちで1回は見つけますね」
げっ、結構な割合ですな、、、
まぁ結局それぐらいの頻度でいるのに、見つけられてないってことは、まったく見えてないってことなんですよね(笑)。
ではこのアナモルフ君、いったいどういう姿をしているのだろうか?

この写真はモフモフを顕微鏡を使って100倍で視たところです。
何とも美しい姿をしておりますよねぇ~
モフモフの1本1本がこの様に糸状になっており、その糸には隔壁があることが確認出来ますでしょうか?
そしてちょうどその隔壁の有る辺りからまるで花の様に小さな球形のものの集合体がモコモコと出ているのがわかりますかね?
これが「分生子」と呼ばれているものですね。
もうちょい拡大してみましょう。

凄いものが見えてきました(笑)
糸状のものは菌糸体、そして隔壁の部分から枝の様なものが延びていますね。これが分生子柄と呼ばれるもの。
そして分生子柄の先に分生子が付いているのががわかりますね!!
分生子というのはいわば胞子のことこであり、アナモルフが子孫を増やすために無性生殖して作り出した胞子のことを「分生子」というのですね。
この分生子はいわば自分自身のクローンのことでありますので、自分自身から分かれて生まれた子、ということで分生子と呼ばれているだと思います。
【追記】中島さんからの補足です
今回観察されたオオゴムタケのアナモルフはクマナサムハ類似アナモルフ(Kumanasamuha-like anamorph)とよばれています。かつてはクマナサムハ・スンダラに近い種類とされていたのですが、2021年の論文で全くの別ものであることが分かっています。
https://www.facebook.com/groups/mushroomclub.japan.kinokobu/posts/8674873699285441
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さて、黒くなった木片にオオゴムタケのアナモルフが出ていた、というのは確認できました。
それでは、この黒くなった木片とはいったい何者ぞ?というお話をしたいと思います。
偽菌核プレート

ではこの黒くなった木片の正体を明かしましょう。
これは「偽菌核プレート」と呼ばれるものです。
この偽菌核プレートは恐らくオオゴムタケのアナモルフ達が作り出したものだと思われます。
どうやって作るのか?
その前に・・・
まずは以前記事にした「帯線」というのを覚えていますでしょうか?
1年ほど前に「冬の帯線探し」という記事を書きましたが、この際の説明を引用しましょう。
菌たちが自分のテリトリーを広げていく際に別の菌類とぶち当たったりすることがあります。
https://kinokobito.com/archives/8922
すると菌たちはお互いのテリトリーを区切るために、または、他の菌からの侵入を防ぐために菌糸から作られた着色物質(メラニンの一種)で城壁を作るのです。
この城壁は単に色分けされているだけでなく、植物で言うリグニンの様に頑強な組織で出来ているので、簡単に他の菌がいるテリトリーへ侵入することはできなくなります。
すなわちこの帯線は「別の菌類(コロニー)が出会った証」なんですよね。
これから帯線とは
「菌類と菌類のコロニーが材の中で出会った際にお互いのテリトリーを仕切る黒い壁」
という表現が分かりやすいですね。
そしてこの黒い壁は「菌糸から作られた着色物質(メラニンの一種)」ということも書かれています。
だとしたら、
この偽菌核プレートの「黒」も帯線と同じものではないか?
と考えてしまいますが、その考えは正しいようです。
つまり偽菌核プレートも「菌糸から作られた黒い壁」ということですね。
主な目的としては以下の2つ。
- 他の菌類(または微生物)の侵入を防ぐ
- 水分環境を一定化して乾燥を防ぐ
菌どうしが出会ってから作るのではなく、あらかじめ他の菌に感染されないように作る、という予防的措置、といっていいでしょうね。
しかし全ての木材腐朽菌がこの偽菌核プレートを作るのではありません。
偽菌核プレートを作る代表的なものたちを挙げますと
- マメザヤタケ
- キリノミタケ
- オオゴムタケ
- エツキクロコップタケ
などなど。
ここで挙げたものは全て子嚢菌であるが、担子菌もあるかもしれません。
【追記】中島さんからの補足です
担子菌でも例外的にヒビウロコタケが形成する構造は偽菌核プレートと呼ばれていますが、機能も形態も異なるように見えるので個人的には同一のものかどうかは疑問です。
https://www.facebook.com/groups/mushroomclub.japan.kinokobu/posts/8674873699285441
が、しかし、ここで書いたマメザヤタケなどは内生菌だと言われています。
内生菌というのは樹木がまだ枯れ死する前からその樹木に侵入しているのですが、その際には特に樹木に対しては何ら影響を及ぼすことなく同居している菌たちです。
しかしその内生菌たちは樹木が死を迎え、水分量の低下を感知すると「わっ!」と樹木の中に攻め込み美味しいところを独り占めするような菌類たちなのですね。
ただし、後発組の菌類たちが侵入してきたらさっさと逃げちゃう、、、先行逃げ切りタイプの菌類たちなのでしょう。
そんなマメザヤタケが偽菌核プレートを作る、ということは「逃げ切り」することなく、他の菌たちの侵入を防ぎながらゆっくりゆっくり枯れ木を分解していく、という戦略なのでしょうねぇ、、これまたしたたかな戦略です!!
これからマメザヤタケを見つけたら「やるなお前!」と声をかけてみてください。
きっとマメザヤタケからは「まぁな(ニヤリ)」と返事が返ってくるでしょう(笑)。
偽菌核プレートを分解する

偽菌核プレートに覆われた枯れ木を探してみて下さい。
そしてそれを手に持ってください。
きっとあなたはこう叫ぶでしょう。
「うわっ、軽っ!」
そうなんです。
鹿児島の桜島に行って、周辺に落ちている軽石を持ったことがあるでしょうか?
その時に「うわっ、軽っ!」と思った方はきっと同じ感想を抱くことでしょう(笑)。
その軽石と「軽さの理由」は似ていて、軽石は「石」と言えども内部に沢山の穴(気泡)があるためその体積に比べて軽く感じるのですが、偽菌核プレートに覆われた枯れ木は菌類たちによってその内部にあるリグニンやホロセルロースが分解されて食べられてしまい内部がスカスカになった状態なので軽いのですね。

偽菌核プレートをめくってみました。
案外簡単に剥けちゃいます(笑)。
これ普通の材に見えますが、持ってみるとかなりスカスカなのがわかります。
指で強く握ってみるだけでメリメリと崩れますね。
こういうことは通常の材ではあり得ません。
そしてもう一つ注目は材の色が薄い茶色であること。
これは白色腐朽菌による材の白化だと思われます。
よって、この材の分解者でもあるオオゴムタケのアナモルフは白色腐朽菌だということがわかります。
白色腐朽菌は難分解物資でもあるリグニンを分解できる菌類であり、リグニンの色でもある褐色が分解されるため白色腐朽菌が分解した跡は白っぽくなる、と言われているのです。
【追記】中島さんからの補足です
材が白色になっていますが、白色腐朽はふつう担子菌の腐朽様式に用いる用語なので、帯線をつくる菌類で見られる漂白(bleaching)に近い現象と考えられます(偽菌核プレートが帯線を三次元的に捉えなおしたものという観点からも自然と思われます)。
https://www.facebook.com/groups/mushroomclub.japan.kinokobu/posts/8674873699285441
結果として材が白くなる点は白色腐朽と共通していますが、本当にリグニンが分解されているかどうかは謎です。帯線をつくるオオミコブタケによる腐朽ではセルロースが選択的に分解されているにもかかわらず材は白くなっているとの報告もあります。一方、同じく帯線をつくるクロサイワイタケ科やリティズマ科(コッコミケス等)による落葉の漂白ではリグニンがむしろ選択的に分解されることが知られているなど(京都大学の研究)、メカニズムは未知の部分が多いのですが、近年クロサイワイタケ属で担子菌とは異なる特殊な酵素(ペルオキシダーゼの一種)が発見されているなど、担子菌とは異なるメカニズムで分解が起こっている可能性もあります。

ポキッと割ってみました。
枯れ木を太もものところにあてて両手で枯れ木の両端を持って下に降ろすだけで簡単に割れちゃうんです。
これを見ただけで材の中がスカスカだという事が分かってもらえるでしょうか?
偽菌核が材を覆っているのと、興味深いことに中の空洞にも黒い壁が敷き詰められているのが分かります。
菌たちは「そこに空気が触れる場所がある」とみたら黒い壁を作っちゃうのでしょうね。
なかなか逞しい姿がそこにあります。
それでは顕微鏡でその偽菌核プレートの黒壁部分を削って検鏡してみましょう。

あまりいい顕微鏡写真ではありませんが、削った切片をKOHでほぐほぐしながら状態を確認して撮ったものです。
この写真は黒壁を削ぎ取った端の部分でちょっとだけ細胞の様なものが見えます。
もしかしてこれがメラニンを含んだ菌糸なのか??
と薄っすら希望を持っています (#^.^#)
木片細胞の内部にも菌糸の様な影が見えておりますねぇ、、、これももしかして褐色に染まった菌糸か??

顕微鏡を覗いて何かないかなぁ、、と探していたらこんなものが結構いました。
枯れ木の表面とかに住んでいる微生物なのでしょうね。
キノコに関連するものではなさそうですが、何か分かったら教えて欲しいです。
【追記】中島さんからの補足です
細長い多隔壁の胞子は偽菌核プレートとは直接関係なく、エクセロヒルムやバイポラリスの辺りのカビが偶発的に付着したものではないかと思います。
https://www.facebook.com/groups/mushroomclub.japan.kinokobu/posts/8674873699285441

あとは、こんな菌糸らしいものが木片から延びていました。
これは恐らく菌糸だと思われます。
これがオオゴムタケのアナモルフの菌糸なのか?
と問われると「NO!」と答えざるを得ません。
何故ならこの菌糸には明らかにクランプコネクションが存在するからです。
通常クランプコネクションは担子菌にしかありません。
つまり子嚢菌にはクランプコネクションは存在しないので、これはオオゴムタケのアナモルフ以外の担子菌の菌糸となります。
この担子菌の菌糸、気になりますね~
もしかして偽菌核プレートに覆われている黒壁の隙間を狙って、虎視眈々と侵入を目論んでいる担子菌類の姿を捉えているのかもしれません。
【参考】
「枯死木分解に関わる菌類群集の動態と機能」(深澤遊著)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjom/56/2/56_jjom.H27-04/_pdf
「キノコとカビの生態学―枯れ木の中は戦国時代」(深澤遊著)
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