冬の帯線探し

「金太郎飴」というのをご存じだろうか?
筒状になっている飴なのですが、その側面に金太郎の絵が描いてあって、飴を切っても切っても金太郎の絵がでてくるというあれですね。
そういう「金太郎の絵」が実は木の中にもあるのです。
ただそれは金太郎の絵になっているのではなく、菌たちが描く実にアーティスティックな絵柄になっているのですが、金太郎飴と同じように木を輪切りにすると、そこにも同じような絵柄が刻まれていたりするのです。
この不思議な絵柄を

「帯線(たいせん)」

と言います。
僕がずっと「おびせん」と呼んでいたことは秘密です(笑)。
さてこの帯線、「菌たちが描く」という表現をしておりますが、もちろん菌たちが絵筆を持って描いているわけではありません。
菌たちは彼らが住んでいる木の中で熾烈な戦いを繰り広げており、その菌たちの戦いの「証」がこの帯線となって現れているのです。

枯れ木の中は戦国時代

※すいません、深澤さんの本のタイトル「キノコとカビの生態学―枯れ木の中は戦国時代」をパクりました(笑)

枯れ木の中には沢山の菌類が存在しております。
当然木の中ですからその形態としては「菌糸」ということになります。
また、菌類と言ってもカビの仲間たちもその中に含まれるので、いわゆる子実体という組織を作らない菌類たちもそこに含まれます。

生きていた木がついにその一生を終える、となった時に木の中の水分量が減少します。その少なくなった水分量を感知して菌類たちは

「お、ついに俺たちの時代がやってきたな」

と思うわけですね。
水分量の上昇=樹木の死。
そして菌類たちはさまざまな方法を使って樹木の中への侵入を試みていきます。

あるものは胞子を樹木の表皮に着弾させ、発芽し、菌糸となり、樹木の内部へと正面突破を試みます。
またあるものは、土の中から菌糸を伸ばしてその枯れた樹木の根っこの方から木の内部へと入り込んでいこうとします。それぞれの菌がよーいドンの合図で一斉に樹木に襲いかかるのですね。

しかしそんな攻撃を待ち受けているものが存在します。

内生菌。

そう、元々樹木の中に共存していて、その木に病気を起こさせるわけでもなく、かと言って樹木たちに何か栄養を与えているわけでもなく、ひっそりと木の中で生活を営んでいる菌類です。
当然、内生菌は木の中に既に住んでいるものですから外から侵入してくる菌たちと比べて遥かに有利なんですよね。だって「侵入突破」する必要がそもそもありませんから。

それじゃあ、内生菌の一人勝ちでは?

と思う人もいるかも知れません。
ソフトウェアのアプリケーションなどは先発優位の原則というのがあり、先にそのアプリを広めることが出来ると、後発のアプリ(品質などはそちらの方が良い)を出してもユーザーは使い慣れているものを選ぶという傾向にあります。
しかし菌たちの世界はそういうわけにはいきません。

菌類たちはそれぞれで得手不得手というものがあり、後から侵入してきても強力な酵素を持っていて、先に侵入していた菌たちが打ち破ることが出来なかった頑強な壁を簡単に打ち壊すことが出来たりして結果的に勝てなくなった内生菌が逃げていく、、なんてこともあるようです。
よって、木の中には多くの菌たちが同時に侵入できて、そこで領地争いを繰り広げているのです。

帯線はどうして出来るのか?

Fig.1 写真提供: やくに立たないきのこ(@at384)さん

さてこの写真(Fig.1)をご覧ください。
思わずシロキクラゲに目を奪われますが、見るところはそこじゃあないです(笑)

見るポイントは

1.黒い線が何本か見える
2.黒い線に囲まれた部分のそれぞれの色が違う

どうでしょう、見えてきましたか?(笑)
こういうのが見えてくると、きのこを見るという楽しみが10倍にもなるのです。

では解説します。
まずはこの黒い線こそ「帯線」なのですね。
菌たちが自分のテリトリーを広げていく際に別の菌類とぶち当たったりすることがあります。
すると菌たちはお互いのテリトリーを区切るために、または、他の菌からの侵入を防ぐために菌糸から作られた着色物質(メラニンの一種)で城壁を作るのです。
この城壁は単に色分けされているだけでなく、植物で言うリグニンの様に頑強な組織で出来ているので、簡単に他の菌がいるテリトリーへ侵入することはできなくなります。

すなわちこの帯線は「別の菌類(コロニー)が出会った証」なんですよね。

ちなみに同種のものが出会ったとしてもこの様な帯線は出来るのだそうです。
※菌たちは個体という単位でコロニーを作ります。例えるなら1個体=1家族で、同じ種であっても違う家族で会ったら別コロニーとなって、やはり帯線を作るのだそうです。

そんな風に考えると、この帯線からは菌類たちの戦いの歴史が色濃く刻まれている、と考えて良いでしょう。

そしてもう一つのポイントである「色の違い」を見てみましょう。
まず材の右下の帯線で囲まれた部分をご覧ください。
周りよりも褐色が濃くなっておりますね?
またはその帯線の右隣はかなり白くなっています。

木材腐朽菌に属する菌類には白色腐朽菌と褐色腐朽菌という2つの種類があり、白色腐朽菌は木材を構成する物質であるリグニンを分解することが出来て、その分解後の材は白くなる、という性質があります。しかし褐色腐朽菌はリグニンを分解する能力をもっておらず、ホロセルロースのみを分解&食料にし、分解後の材の色が褐色になるという特徴があるのです。

つまりこの色の違いは、そう言った腐朽の性質によるもの、、ということが考えられるのです。

ただし、この写真の色の違いが白色腐朽菌と褐色腐朽菌なのかははっきりとは言えませんが、菌類たちの営みによって生まれた色の違いだということははっきりしていますね。

金太郎飴とはどういうことなのか?

Fig.2 写真提供: ようじ(@fungi_youji)さん

では、これがどうして「金太郎飴」の様になるのだろう?
単なるテリトリー(コロニー)の境界線として引かれたものならば、それは単なる「線」になるはず。
しかし金太郎飴になるためには「面」でないといけません。

そこでこの上の写真(Fig.2)をご覧ください。
前回の写真よりも太くなっているのが分かりますでしょうか?
これは材が少し斜めになって折れている状況だと思われますが、ここから分かるように、この帯線は「線」ではなく、「面」で広がっているのですね。

菌類は「腐朽カラム」といういわば陣地をつくり、それをベースとして菌糸を外へ外へと伸ばしていこうとします。
その広がりは木の幹の高さ方向(軸方向)に向かって広がっていき、その広がっていく先々で他の菌のコロニーがあれば帯線を作って防御を固めていくのですね、、まさに陣取り合戦!!

菌たちがコロニーを作って周りに中にあるリグニンやホロセルロースを酵素で溶かしつつ自分たちの食料を確保している様、そして陣地を広げようとしている時に思わぬ敵に出会いせっせとバリケードを作って敵の侵入を防ぐ様。
そんな目に見えない生き物のたちの生き生きとした姿をこの帯線から想像することができるのです。

冬の帯線探し

Fig.3 2024.2.11 大阪

帯線を見つけるには冬が最適だ。
何故なら、それ以外の季節はキノコに気を取られるからだ(笑)

まぁ、これはきのこクレイジーあるあるなので、一般の方は冬以外でも探してみてください。
僕が最初に見つけたのはこの写真(Fig.3)です。
モミの木の倒木で秋になるとナラタケが凄い勢いで発生する木です。
これの樹皮が剥けた部分を良く見てみると黒い線の様なものがニョロニョロと描かれているのがわかりますね。

ナラタケの根状菌糸束もかなりこの木に張り巡らされているのですが、ここだけは空白地帯のようです。
さて、なんの菌がこれを作ったのでしょうか? (#^.^#)

Fig.4 2024.3.30 大阪

折れた山桜の枝(直径5cmぐらい)を見てみると薄っすら帯線が見えますね。
これぐらいの枝でも菌類の戦いが繰り広げられて、帯線が出来るのですね。

そして注目は折れている枝の上部は白く、下部は褐色になっています。

これは上部が白色腐朽菌によって侵入されたエリアで、下部が褐色腐朽菌が腐朽カラムを形成しているエリアなのかもしれません。サクラの木は結構柔らかいので、菌たちがあっという間に侵入し、コロニーを作るのかもしれませんね。

Fig.4 2024.3.30 大阪

この写真はFig.4の枝を輪切り方向から見たものです。

帯線が金太郎飴状態になっているのが分かりますでしょうか?
これを見つけたときは「よっしゃ!金太郎や!!」と思ったのですが、悲しいかなピントが合っていないので断面はぼやけて分かりにくいです・・・( ;∀;)

それでも黒い線は確認できますし、色がところどころ変わっているのもわかります。

Fig.5 写真提供:役に立たないきのこ氏

役に立たないきのこ氏が送ってくれた写真で、これは地衣類ですね。

木の内部で生活をしている菌類と同じく、藻類(主にシアノバクテリアあるいは緑藻)と共生している地衣類たちも同じく帯線を作ります。
つまりこの帯線を作っている地衣類たちは、それぞれ種類が異なるものであり、同じ様な場所で生活しているものの、互いに領地に仕切りを作って共存しているのでしょうな。

良く見れば真ん中に陣取っているものの子器は白っぽく、その右上に陣取っている子器は黒っぽいですね。
そして右下の子器らしきものは黄土色の様に見えるし、下部に陣取っているものは黒っぽい緑色の子器に見えます。

子器の形もこうやって肉眼で判別できるというのが面白いですし、平面的で分かりやすく、これどうみても春秋戦国時代の地図を見ている様ですね(笑)

Fig.6 2024.3.30 大阪 葉っぱの上の帯線

これは葉っぱの上に描かれた帯線です。
5cmぐらいの小さな葉っぱなのですが、この葉っぱの中にも何種類かの菌類がいて、それぞれがコロニーをつくり、菌糸を伸ばそうと言う時に別の種類のコロニーにぶつかって帯線を作り出したのでしょう。

一枚の葉っぱの中に

「25種のキノコと104種のカビが見つかった」

大園享司さんの「生き物はどのように土にかえるのか」にはこの様な記述があります。
だとしたら、この帯線の中のコロニー一つ一つが別の種類ってこともありえる話なのですね。

そんな妄想をめぐらせながら、帯線探し、あなたもやってみてはいかがでしょう?

帯線は菌類が作り出す芸術

「スポルテッド ギター」で検索してみてください。
木でつくられたギターに何か黒い模様が入った写真がずらっと並ぶことでしょう。

スポルテッドメイプルのギター

この黒い模様は既にここまで読んできた方ならわかりますよね?
そう、これは菌類が作り出した「帯線」なのです。
これらのギターはマニア達の垂涎の的、、だったりするのでしょうか?
確かに帯線の模様はどれ一つ一緒のものはなく、しかも独特の味わいをもたらすものだと思います。
長く使っても飽きの来ない美しさがそこにあるのでしょうね。

では、もう一つこんなのを見てください。

泉匠さん提供

この写真はこけしになる前段階の写真です。

木材を使った製品にこの帯線が入っている材が使われている、、、という事を聞いてピンと来たのが友人の彫刻家である泉匠氏である。
彼に

「帯線を使った作品の写真とか持ってない?」

と聞くと

「スポルテッドの事なのかな?それならその木材いっぱいありまっせ」

と返って来た。
なるほど木を製品として扱う時は帯線ではなくやはり「スポルテッド」と呼ぶわけですね。
確かにそちらの方が製品としての価値が上がりそうですね(笑)。

泉匠さん提供

そして元の材はこんな感じで、やはり樹木の生長方向に帯線が面状に広がっているのがわかりますね。
菌たちはこの帯線の中で腐朽カラムを作ってコロニーを作り上げているのですね。

それでは、そこから作り出された可愛らしい作品を2体見てください。

泉師匠オリジナル作品「雪菌ん子」シリーズのなかの2体です。

その体の部分に刻まれた美しい帯線は最初見た人は「え?」と思かもしれませんが、じっくり鑑賞すると天然木が持つ風合い、自然が作り出した色合い、そして何よりもそんな天然の素材の良さを味わいのある作品に仕立てる泉氏の感性にただただ魅入ってしまうばかりなのです。

作品の発売と同時にファンがあっという間に買ってしまう、という凄い作品であることが分かりますよね。

では最後にそんな雪菌ん子たちの集合写真を載せて終わりとします。
ちなみに、ここにある作品はほとんど売れております。
ですが、泉氏が個展とか開くときがあれば、是非是非見に行ってあげてください。
帯線を生かした素晴らしい作品がそこにいるかも知れません・・・。


【参考】

「キノコとカビの生態学―枯れ木の中は戦国時代」(深澤遊著)
https://amzn.to/4aisblO

「生き物はどのように土に還るのか」(大園亨司著)
https://amzn.to/4cFTHew

「多種の菌類の共存が木材の分解を遅らせる ?」(深澤遊著)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu/60/7/60_600611/_pdf

泉匠氏のインスタグラム
https://www.instagram.com/yukincolabo

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