アケボノタケ、じゃなかったキノコ

京都には「京都一周トレイル」という京都盆地のぐるりを囲んだコースがある。
伏見から比叡駅までの東山コース。比叡駅から二ノ瀬駅までの北山東部コース。二ノ瀬駅から清瀬までの北山西部コース。最後に清瀬から上桂までの西山コースと4つのコースで成り立っている。
それぞれコースによって植生が違うんだろうなぁ、、と想像はしているものの、僕が行ったことあるのは東山コースと北山西部コースのみ。特に北山西部コースは何度も行っているんですよね!
理由はキノコが多いから(笑)
この時(2017.8.6)はかつてないほどの沢山の種類のキノコを見ることが出来たし、その種類の多さは8年経った今でも最高記録を誇っている。
杉を中心とする針葉樹とコナラなどの広葉樹が適度に交差しており、その境界にはとってもユニークなキノコが顔を出しているのだ。
その中でも思わず二度見してしまったのが、この紫色のキノコである。
「おぉ~っ、これアケボノタケだわ!!」
その声に、先に歩いていた同級生たちが足を止める。
もちろん同級生たちにはその「価値」は分からない。分からないけど「こんな綺麗な色のキノコがいる」いうことは十分に分かってもらえた。それほどこのキノコは美しいのである。
この紫色の可憐なキノコが見れる有名な場所は知っていたものの、遠い場所だったので行けてなかったのですが、意図せずトレイルの最中に見かけてしまうとは運命を感じずにはいられませんでした (#^.^#)
しかしこの美しいキノコ、、実はアケボノタケではなかったようなのです、、、
アケボノタケとはどんなキノコか?
では、原色日本新菌類図鑑に載っているアケボノタケの記載を見てみましょう。
アケボノタケ(Porpolomopsis calyptriformis)
大分類 | 中分類 |
説明
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傘 | 色 |
全体が淡ばら~ライラック色
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径 | 3~10cm | |
形 |
開いたのちも中心に円錐状の中丘がある
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表面 |
繊維状でほとんど粘性はなく、成熟すれば縁部は深く裂ける
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ひだ | 柄に | 上生し |
間隔 | 幅広くやや疎 | |
柄 | 大きさ |
6~15cm x 5~10mm
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中心 | 中空 | |
表面 |
多少縦線がありしばしばねじれる
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胞子 | 大きさ |
6.5~7.5×4~5µm
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形 | 広楕円形 | |
側・縁シスチジア | 大きさ |
85~90 × 18~23µm
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色 | 無色 | |
膜 | 薄膜 | |
環境 | 季節 | 夏秋季に |
発生場所 |
草地、森林、竹林
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まずは、学名を見て「あれ?」と思った人は多いと思う。
アケボノタケの現在の学名は「Porpolomopsis calyptriformis」であるのでHygrocybe(アカヤマタケ属)からは既に転属されていることに注意しなければなりません。
そしてアケボノタケである。
特に注意しなければならないのが「傘の色」であり、それから「傘の形」である。
傘の色は淡ばら~ライラック色ということなので、まずは淡ばら色は こんな感じの色になります。

そしてライラック色というのはこんな感じです

これぐらいの色のバリエーションがあるということですね。
そして傘の中央は「円錐状の中丘」があるということで、原色日本新菌類図鑑のイラストにもそのような「中丘」が見られます。
ネットを検索して最も原色日本新菌類図鑑のイラストに最も近いものを見つけましたので、許可を得て貼らせてもらいました。
https://sizen-tozan.holy.jp/kinoko/akebonotake1.html


以前から福島のkonpasさんのページや宮城の菅原さんがFacebookでアップしているアケボノタケを見ていて
「もしかしてアケボノタケって2つタイプがあるのでは?」
と感じていた。
主にその違和感は傘の色によるものである。
が、しかし原色日本新菌類図鑑の「ライラック色」という記述からすれば僕が見てきたこんなアケボノタケもその範疇に入ってもおかしくないなぁ、、とは思うのであった。
こんなやつですね。

ほら、だってこれライラック色と言ってしまっていい色ですよね?
僕が見たことがあるのはこの様な色合いのものだけで、ネットで散見できるアケボノタケもこのタイプのものが多いですね。
また「兵庫のキノコ」という図鑑の表紙にもなっているキノコもこのタイプです。
ただ、日本新菌類図鑑のイラストとこの紫色のアケボノタケはやはり同じとするには違和感を感じます。
では宮城の菅原さんのものを見てみましょう。

konpasさんのものとは傘の形や柄の形態が異なるように見えますが、傘の色合い的には「淡バラ色」に近い色をしていますね。
発生環境がkonpasさんのものとは異なるようですので、それにより柄の形態も変化がみられるのかもしれません。
ともあれ、僕が見ている紫色のものとはやはり同じものとは言いにくいですよね?
DNAを調べてみた

そこで、一昨年、たまたまアケボノタケを見ることが出来ましたので1本だけ採取させてもらい阿部さんのところに送ってDNA(ITS)のデータを取ってもらいました。
するとこんな結果になりました。

なかなか合致するものはありませんでした。
ただ、ここで出てきている上位の属には注目すべき属が出ていました。
それが
Humidicutis (フミディクティス)コガネアシナガタケ属
という属です。
大菌輪の新しいシステムで見てみることにしましょう。
https://mycoscouter.coolblog.jp/daikinrin/Pages/Humidicutis_genus.html
しかし、、この属を眺めてみても、これに該当するのは見つかりそうもありません。
あぁ、これでもう断念だなぁ、、、と思い、iNaturalistにはアケボノタケ(Porpolomopsis calyptriformis)としてアップしていました。
すると Nicolas Schwab 氏から
Porpolomopsis calyptriformis ではない、と同定を取り消され
「Where was this found?」
という質問が来ました。
僕が
「I found this in a natural park at an altitude of about 100 meters, on a slope surrounded by red pine trees.I don’t think this mushroom is Porpolomopsis calyptriformis. I’ve uploaded the ITS sequence data for your reference.」
という答えと共に ITSのシーケンスをアップすると以下の様な答えが返ってきたのです。
「Very interesting! I will try to integrate it in my Porpolomopsis dataset to see if it’s a real Porpolomopsis or a Humidicutis taxon.
Based on my Porpolomopsis dataset, it isn’t a real Porpolomopsis but a Humidicutis species (probably close to Humidicutis lewelliniae but we’re missing reference sequences). Nice find!」
さて、ここで「たぶんこれが近いのでは?」と提示された種が
Humidicutis lewelliniae
というやつです。
Wikipediaにありましたので画像も貼っておきますね。
https://en.wikipedia.org/wiki/Porpolomopsis_lewelliniae
ちなみにWikipediaの学名は Porpolomopsis lewelliniae となっております。

また、原記載も見つかりましたのでGeminiで訳したものをここに転記しておきます。
Hygrophorus (Hygrooybe) Lewellinae, Kalchbrenner.
全体的にライラック色で、傘の中央部に向かって色が濃く、柄の基部に向かって色が薄い。傘は凸型でわずかにへそがあり、最終的には反り返って裂けやすくなり、直径は1.5ウンシアム(約3.8cm)以上になる。柄は管状で均一、裸で、長さは1.5ウンシアム(約3.8cm)、太さは2-3リーネア(約4.2-6.3mm)である。ひだは付着し、腹部が膨らみ、やや幅広く、間隔はやや広い。
https://www.biodiversitylibrary.org/page/6461737#page/117/mode/1up
この原記載は Kalchbr. さんによって1882年によって書かれました。
最初の学名は Hygrophorus Lewellinae で、顕微鏡の記載もなければ、DNAのデータもありません。
なので、Porpolomopsis lewelliniae についてはもっと詳しく調べなくてはならないかと思います。
—
Index Fungorumで確認するとPorpolomopsis lewelliniae が Current NameになっていてHumidicutis lewelliniae が Synonymyになっているので、現在は Porpolomopsis lewelliniae が正しい学名と言うことになりますね。
https://www.speciesfungorum.org/Names/SynSpecies.asp?RecordID=804065
それではiNaturalistに登録されている Porpolomopsis lewelliniae を見てください。
確かに紫色味の強いアケボノタケによく似ていますね。

整理しますと
- 今のアケボノタケの学名は Porpolomopsis calyptriformis
- そして紫色が強いアケボノタケに似ているものは Porpolomopsis lewelliniae
となります。
両方とも同じ Porpolomopsis 属となります。
それでは最後に系統樹を描いて検証してみましょう。

少し期待とは外れましたが、ちょっと解説してみます。
アケボノタケの現在の学名であるもの(Porpolomopsis calyptriformis)は緑で囲んであります。
これはヨーロッパでGenbankに登録してあるものですが、原記載のロカリティが「Great Britain」つまりEnglandですので、このPorpolomopsis calyptriformisは正しいものであると考えて良いかと思います。
次にPorpolomopsis lewelliniaeですが、これはGenbankに1つしか登録されていなかったのですが(青色で囲んであります)、Porpolomopsis calyptriformisとかなり近い位置におります。原記載のロカリティはビクトリアとなっていて、たぶんオーストラリアのビクトリア州だとおもいますが、この登録されているものはアメリカなのであまり信憑性が高いとは言えません。もっと多くのシーケンス(特にオーストラリア産)が登録されてくれば判明してくるだろうと思います。
さて、では僕が調べた紫色のアケボノタケなのですが赤で囲んでありまして、そのお隣のニュージーランド産のHumidicutis sp. とかなり近いところにいますね!
このニュージーランド産のものが何なのかは不明なのですが、あわよくば Porpolomopsis lewelliniae の近縁かそのものだったらいいなぁ、、と思っています。だったら、紫色のアケボノタケも Porpolomopsis lewelliniae の近縁かそのものということになりますからね。
ただ、今のところですが Porpolomopsis lewelliniae に似てはいるものの、その確たる証拠がない、といった感じですので、言えるのは
1.Porpolomopsis lewelliniae の近縁種
または
2.Porpolomopsis 属の新種
といったところでしょうか?
誰かがいつか解明してくれることを期待しております。