2つのベニテングタケ(前編)

もう5年も前のこと。
Twitterの方にあるベニテングタケの写真が投稿されてキノコクラスターが騒然となった。

その美しい写真のベニテングタケは傘が周辺が少しオレンジがかっていて、ツバの端が黄色味を帯びているという、富士山などでは良く見かける配色のベニテングタケではあるのだが、そこに書かれていた学名は

Amanita regalis (アマニタ・レガリス)

であった。
いわゆるベニテングタケというのは Amanita muscaria (アマニタ・ムスカリア)であるからして、つまり、その写真のベニテングタケは、ベニテングタケではない、、、ということになるのだ (*’ω’*)

この投稿で「レガリス」という名前がさざ波の様にキノコクラスターの間に広がっていった。

そして、あまんちゃ氏が書かれているようにこのレガリスの特徴としては

ツバやイボが真っ白でないこと

が、ムスカリアと区別できる肉眼的な特徴のようです。
それ以後、ベニテングタケがSNSにアップされているのを見つけては

「傘に黄色味が多いので、きっとレガリスの方だね!」

とか

「うーん、ちょっとツバに黄色味が足りないのでムスカリアでしょう~」

などという言葉が飛び交うようになっていったという意味で、キノコクラスターにとってベニテングタケというキノコに向き合う大きな転換点だったと言えるでしょう。

そもそもレガリスとはどんなやつか?

2021年9月4日 富士山

これは富士山で見つけたベニテングタケである。
ツバや柄はやや黄色味を帯びているので、「ははぁ、もしかしてこれはレガリスか?」と思っていたやつである。ただ、今見ると傘に付着しているイボはあまり黄色味を帯びていないので、違うかも・・・と弱気になっている(今さらですが w)。

そして家に帰ってから、

「そもそも Amanita regalis っていうのはどんな奴なんだろう?」

と思っていつもの iNaturalistで「Amanita regalis」 と入力エリアに打ち込み、「研究用」にチェックをいれて検索してみた。

すると以下の様な画像が出てきた。

https://www.inaturalist.org/observations?taxon_id=464151

このサムネイル状に表示された画像たちを見てこう叫んだ人が多いかもしれません。

「これテングタケじゃね?」

傘の色はまさにテングタケの様な茶褐色をしているものが多いですね。

ちなみに「オウテングタケ」という和名は Amanita regalis に付けられたものですので、これが 本来の A. regalis の正体なのだと思われます。
また、iNaturalistで「研究用」となっているのは、2人以上の人によって「これは A. regalis ですね」と認識されたものなので、個人が勝手に名前を付けたものではない、ということがわかります。

この画像を見る限りは八ヶ岳の A. regalis とは違うものの様に見えてしまいますが、「ツバやイボが真っ白でないこと」という A. muscaria と区別する肉眼的特徴はまだ有効だと考えていました。

とはいえ、この八ヶ岳さんのベニテングタケが A.regalis 同じものとするには何か無理があるようにも思えます。

では、そもそもあまんちゃ氏の写真のものはどうして Amanita regalis と判断されたのでしょうか?

八ヶ岳のレガリス

2022.11 写真提供:阿部さん

これはあまんちゃ氏のものとは異なりますが、阿部さんがあまんちゃ氏とほぼ同じ場所で採取して来たものです。

これのDNAを調べると Genbankに登録されている Amanita regalisと99.82%一致しておりますね。すなわちあまんちゃ氏のものも同じようにDNAを調べて同様の結果を得られたのだろうと考えています。

99.82%

この数字は恐らく同種と呼べるぐらいの一致率でありますので、やはりこれは Amanita regalis であるとしてもいいのでしょうか?

そこで、DNAのFastaデータを阿部さんから頂きまして、僕の方でも NCBIでBlast検索してみることにしました。
以下の表は検索された結果(50サンプル)を一致率順に並べた表となります。
※ピンク色を部分が Amanita regalis となります。

学名 一致率 Accession   国名 登録年
Amanita regalis 99.82 EF493268.1 Sweden 2007
Amanita regalis 99.82 LT594941.1 CZECH REPUBLIC 2016
Amanita regalis 99.82 JF907764.1 USA 2011
Amanita regalis 99.82 EU071907.1 USA 2007
Amanita regalis 99.82 AB081296.1 Japan 2002
Amanita regalis 99.63 AB080781.1 Japan 2002
Amanita regalis 99.63 AB080780.1 Japan 2002
Amanita regalis 99.63 MH508537.1 China 2018
uncultured fungus 99.63 LC276956.1 Japan 2017
uncultured fungus 99.27 KF617300.1 USA 2013
Amanita regalis 99.08 MW553145.1 Pakistan 2021
Amanita muscaria 98.18 EU071889.1 USA  
Amanita muscaria subsp. flavivolvata 98 OR825667.1 USA  
Amanita muscaria subsp. flavivolvata 98 MK290420.1 USA  
Amanita muscaria 97.99 OQ540548.1 USA  
Amanita muscaria 97.99 KM373246.1 USA  
Amanita cf. muscaria 3 MB-2018 97.99 MF954662.1 Canada  
Amanita muscaria 97.81 JX122508.1 Mexico  
Amanita muscaria 97.81 EU071921.1 USA  
fungal sp. 97.81 MG761378.1 USA  
Amanita muscaria 97.81 EU071906.1 USA  
Amanita muscaria 97.81 MK580691.1 USA  
Amanita muscaria var. guessowii 97.81 MZ667976.1 USA  
Amanita muscaria 97.81 MN992297.1 Canada  
Amanita muscaria var. guessowii 97.81 MZ667977.1 USA  
Amanita muscaria 97.81 EU071893.1 USA  
Amanita cf. muscaria 1 MB-2018 97.81 MF954652.1 Canada  
Amanita muscaria var. guessowii 97.81 MZ667980.1 USA  
Amanita muscaria var. guessowii 97.81 OQ172990.1 USA  
Amanita muscaria 97.81 EU071900.1 USA  
Amanita muscaria var. guessowii 97.81 OR785966.1 USA  
Amanita muscaria var. guessowii 97.81 MZ668143.1 USA  
uncultured Amanita 97.8 HM044487.1 Austria  
Amanita muscaria 97.8 DQ060894.1 USA  
Amanita muscaria 97.8 AB015700.1 Japan  
Amanita muscaria var. muscaria 97.8 MK580716.1 USA  
Amanita muscaria 97.8 LN877747.1 CZECH REPUBLIC  
Amanita muscaria 97.8 MT578069.1 Poland  
Amanita muscaria 97.8 KU693314.1 Colombia  
uncultured fungus 97.8 LM992872.1 CZECH REPUBLIC  
Amanita muscaria 97.8 HM044220.1 USA  
Amanita muscaria 97.8 MW589103.1 France  
Amanita cf. muscaria 3 MB-2018 97.8 MF954660.1 Canada  
Amanita muscaria 97.8 EU071898.1 USA  
Amanita muscaria 97.8 MT351050.1 China  
Amanita muscaria 97.8 MK028369.1 Switzerland  
Amanita muscaria 97.8 MH718239.1 Canada  

この結果を見てどう思われるでしょうか?

「やはり八ヶ岳産のベニテングタケはAmanita regalisだよね」

と、ついつい思っていしまいがちです。
ところがここからが慎重に判断しなければならないところなのです。

ではその理由を書いてみます。

今回は A.regalisと登録されているところだけに登録年を入れてみました。
ではこの表から何がわかるか?

  • 最初に Amanita regalisで登録したのは2002年日本のチームである
  • 日本で登録されたものはイボテングタケの記載論文で調べられたものである
  • 99.82%一致する中にタイプ標本がある国スウェーデン産のものが含まれている
  • ただしスウェーデン産のものは日本の登録よりも後になっている
  • アメリカ産のものも99.82%の一致であるが、やはり日本の登録よりも後である
  • Amanita muscariaともかなり一致率が高い(同種と呼べるぐらい)

これらの事柄から推測できるのは

日本のチームが最初にAmanita regalisであると同定したもののシーケンスデータをGenbank登録したことにより、他の国のチームがベニテングタケ似(でかつA.muscariaとは異なる)のキノコを登録する際に、Blastした結果の一致率が高いものが既に登録していたため同じ学名を充ててそれを登録したのではないか?

という流れが考えられるのです。

問題は

最初に登録したベニテングタケ似のものが本当にAmanita regalisであるのか?

というのが問題になってくるのである。
引っかかるのが、日本チームがAmanita regalisと登録したのがイボテングタケの記載論文の中であり、そのサンプルの中のいくつかが Amanita regalis と同じだと同定されたことになる点。
形態的に判断するとなかなか難しいと思われるのだが、果たしてどうやって判断されたのか、なのですね。

逆にスウェーデン産のものが Amanita regalis として登録されているのは、タイプ標本と同じ国ものであること、そして、それが正しく同定されて登録されたのであれば、この八ヶ岳産のものは Amanita regalis であるという根拠が成り立ってきます。

しかし気になるのはサンプルの少なさですね。
GenbankでITSのサンプルが登録されているのが14となります。
その内、上記の表に出てくるサンプルは9サンプルとなります。
つまり残りの5サンプルは50位以内に入って無いものとなりますので、そちらの検討も必要になってくるのですね(それは今回はしません)。

ともあれ、、、

ここでは一旦Amanita regalis疑いのキノコ」という事に留めておくことにして、後編ではAmanita muscariaとの違いを追ってみたいと思います。

(続く)

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