ヤグラタケとは何ものなのか?(後編)

写真1 2024.7.21 大阪

ヤグラタケ、日本ではキノコの上にキノコが載っているのを「櫓」に見立てて、「ヤグラタケ」という和名をつけられたのだが、英語圏では

「star bearer」(星を運ぶ者)

と呼ばれているらしい。
なんて素敵な名前なのでしょう。
この「星」というのは胞子の形のこと。ヤグラタケの厚壁胞子が星型(こんぺいとう型)であることに由来するものだそうです。

頭の上に沢山の星を載せながら一生懸命に星を運んでいる人たちの姿を思い浮かべてみると、このヤグラタケもぐっとファンタジーな姿に見えてきますよね?(情報提供:Tommyさん、Thanks!)。

ところで、、、この写真は無理矢理クロハツの傘の中にコケを入れたように見えますが、僕がこれを発見した時にはすでにコケが入っていたのです。
もしかして誰かが入れたのかもしれないし、もしくはクロハツが成長する際にコケをも持ち上げてここにすっぽり収まったのかもしれません(そんなことあるのか?)。
ただ、僕がこんないかにも不自然なことをやらない、っていうことだけは釈明させてください!!
※ちょっとした演出はしますが(笑)

では後編につきましては前編の結果を踏まえて、再度ヤグラタケの生態について考えてみたいと思います。
多分に想像の範疇を超えることができませんが、あれこれ考えながら、そして時には「そんなアホな!」などとツッコミながらお読みください (#^.^#)

ヤグラタケはなぜ有性生殖も無性生殖も行うのだろうか?

写真2 2024.7.21 大阪

前編では傘上に厚壁胞子(分生子)を作るヤグラタケであっても、ヒダでは担子胞子を作ることを確認しました。

そして記事をFacebookのキノコ部にアップした際に中島淳志氏からこんなコメントを頂きました。

単一の子実体に有性胞子と無性胞子の両方を作る例は、実は硬質菌だといくつもあります(Ganoderma、Fomitiporia、Perenniporiaなど、一番有名なのはコフキサルノコシカケ)。ですが、軟らかいきのこで同じ性質を示すものは私はヤグラタケ以外に知らないです(ニセホウライタケ属の一種で傘表皮にそれっぽいもの[chlamydocyte]を作るものはありますが)

https://www.facebook.com/groups/mushroomclub.japan.kinokobu/posts/7399382690167888/

一つの子実体の中で有性生殖と無性生殖を行うものが他にもあった、というのはなかなか驚きですが、有名なコフキサルノコシカケ(桜の老木などに良く発生しておりますな)がそのような性質をもっている、、というのはいかにもありそうな気がしますね。

何故ならコフキサルノコシカケにはヒダが無いからです。

菌類はなぜ子実体(キノコ)を作るのか?
と聞かれた際には「ヒダを作って胞子をそこから放出するためですよ」と答える。
逆に言うと「ヒダを作りたいがために子実体を作る」という言い方がもっとも適当だと思っている。

それぐらいヒダは重要なものなのですが、先ほどのコフキサルノコシカケが属する硬質菌やチャワンタケの仲間、はたまた腹菌類と呼ばれていた仲間などはヒダを作らないけども独自の方法で胞子を放出・拡散する組織を作り出しているものが沢山いるのですね。
なので、ヒダを作らないキノコにどんな奴がいたってもう驚かないのです(笑)。

ということで、「ヒダがある」ということは「そこで胞子を作る」という意思表示であると考えていいでしょう。
その反面、ヤグラタケは傘上で厚壁胞子を作って子孫を増やすという選択も行ったわけです。
そこにはヤグラタケ独特の胞子拡散戦略が関係していると思っているのです。

まず胞子の大きさを見てみましょう。

厚壁胞子:20.0 x 20.0 μm(だいたい)
担子胞子:5.0 x 3.0 μm(だいたい)

大きさでは約4倍ぐらいの厚壁胞子の方が大きいですね。
そこでそれぞれのメリットをあげてみると

  • 大きいことでメリットなのは、その胞子の中に「多くの栄養素を内包することができる」こと
  • 小さいことのメリットはズバリ「風によって遠くへ飛んでいける」こと

の2点でしょうか?

厚壁胞子は「飛ぶ」ことは全く考えておらず、その多くが崩壊したクロハツの上に落下していくと思われます。
もともとクロハツが発生した地面は自分の親がいた場所なので、ある意味安全地帯であり、自分たちにとって住みやすいエリアだと考えていいかと思います。
そのエリアに親のクローンである厚壁胞子が落下するというのは合理的なことなのですね。

では飛ぶ役割が与えられた担子胞子はどうでしょう?

風に乗って飛んでいくというのは、すべてが風任せになるので、どこに落下するかわかりません。
人間が作った構造物の上に落ちても発芽はできませんし、池の中にポチャッと落ちてもそこでその胞子の生命は絶たれます。飛ぶという選択肢は極めてリスキーなことなのです。
がしかし、その中でも運のいい胞子がいて、たまたま生きていけそうな場所に着地して、そこで発芽することが出来ればそこで新しいシロを形成することが出来るのです。

この様にしてヤグラタケは2つの方法を使って子孫の継続を行っているのだと思います。

ヤグラタケはなぜ無性生殖を行うようになったのか?

写真2 2020.7.19 兵庫


ハラタケ形の子実体を作る菌類では無性生殖ということ自体がほとんど馴染みがありませんし、実際無性生殖的に胞子を作るものはごく限られた種に限られるでしょう。

なぜなら「ヒダ」という組織は有性生殖をするためのもの、だからです。

ヒダをわざわざ作っているのに、傘の上から無性胞子も作っている、、なんていうのは一見無駄な様に思えます。ただ、生存戦略としては2つのルートで子孫を増やしていけるのですから確率的にはこれほど良いことはありません。先に述べたように厚壁胞子を落下させて自分がいた場所にもう一度コロニーを作ることと、担子胞子を風によって拡散し異なった場所へ新しい住処を求める、これらは何ら矛盾するものではありません。

がしかし、多くのヒダを持つキノコがこの様な厚壁胞子を作るという生態を持っていないということは、恐らくそれは「必要ない」ということなのでは?と考えています。

ヤグラタケには必要なのだが、他のキノコにはそれが必要ない?

キノコにとって「胞子を作る」という作業はかなりのコストを払うものだと考えられます。多くのヒダを持つキノコが厚壁胞子を作らないのは、このコストが子孫を増やすという目的に対しては高すぎるのだと思うのです。
また、担子胞子だけで十分子孫を残していけるだけの胞子量を得ることが出来るのだと思います。

ではなぜヤグラタケはそんな高いコストを支払ってまで厚壁胞子をつくるのか?

ここからはまったくの仮説になりますが、

ヤグラタケはクロハツなどの傘の上から発生するので、厚壁胞子を作る必要が出てきた

のではないでしょうか?
キノコの傘の上から寄生的に発生するものとしてヤグラタケとナガエノヤグラタケがありますが、双方ともに厚壁胞子をを作ります(ナガエノヤグラタケはヒダに厚壁胞子を作ります)。

そこからキノコの傘の上に子実体を作ることのデメリットを考えてみますと

キノコの胞子のうちほとんどがクロハツの上に落ちてしまう

ことではないでしょうか?
先に「担子胞子はその小ささ故、風に乗って飛ぶという役割」があるということを書きました。
しかし、担子胞子がいかに軽いとは言え、すべての胞子が風に乗って遠くへ飛ぶのではなく、実は多くの胞子は子実体を発生させた周辺に落ちるのです。
つまりヤグラタケにとって「子実体を発生させた周辺」というのはクロハツの傘の上、という悲劇的なことになります。

他のキノコの傘の上に落ちた「普通の胞子」は、まともに発芽することが出来ないのでは・・・?

だとしたら、

クロハツの傘の上に落ちる胞子は、担子胞子ではなく厚壁胞子の方が有利なのではないでしょうか?

例えば厚壁胞子の方が大きく、頑丈なのでクロハツの傘の上に落ちても生き残る確率が高い、、、とか。栄養素をたっぷりため込むことが出来るので、長い間胞子のままで生きることが可能、、、とか。
厚壁胞子の方が有利な理由があるのでは、と考えています。

なので、必然的にヤグラタケは厚壁胞子を作らざるを得なかったのでは、という妄想を抱いております(誰か証明してくれないかな?)。

【追記】
またも中島さんから厚壁胞子についての見解を頂きました。

厚壁胞子の役割というと見た目通り耐久性の向上(長期生存、環境ストレス[高温、乾燥]耐性)ですが、土壌中でも普通の担子胞子より長く生存することが知られています。
普通のきのこは材や葉など一年中存在するものを基質にできますが、ヤグラタケは基質である「他の菌の子実体」が特定の時期にしか現れないので、「来年以降の新規基質への定着」のために厚壁胞子をつくっているのかもしれませんね。

https://www.facebook.com/groups/mushroomclub.japan.kinokobu/posts/7399382690167888/

やはり「厚壁」というだけあって担子胞子よりもより強固にできているのでしょう。
もちろんそれで無性生殖を行うことになったという証明にはなりませんが、妄想から一歩前進したのではないか?と考えております (#^.^#)

ヤグラタケはいつから「そこ」にいるのか?

写真3 2020.7.19 兵庫

良く話題になる話でもある。
通称「お前いつからクロハツの中にいるの問題」ですな(笑)

これは「寄生」という性質を持った菌類全体が抱える疑問と言っても良く、どの時点で宿主に感染するのかというのはなかなか解明しづらい問題だと思っています。

いくつかケースを考えてみましょう

1.クロハツの子実体にヤグラタケの胞子が飛んできて感染

クロハツが発生してから老菌になるのはどれぐらいかかるでしょうか?
雨が多いか少ないかにもよりますが、例えば10日だとして、その間にヤグラタケの胞子が感染し、発芽し、菌糸を巡らせて子実体を発生させる、というのは非現実的かな、と考えています。

2.クロハツの子実体発生を土の中で察知して感染

ヤグラタケの菌糸は普段土の中で生活しており、クロハツが子実体を作ろうとしているのを常に監視している必要があります。ヤグラタケの菌糸がそんな「クロハツが子実体を作り始めた」という状況を土の中からどうやって知るのでしょうか?

3.クロハツの菌糸にヤグラタケが既に感染している

とある種の菌糸が別の菌糸に感染しているという話は聞いたことがありません。
あの細さのもののどこに感染するんだ?ということもありますねぇ、、これも非現実的かな?

4.クロハツの発生しそうな地上に生息している

クロハツはもちろん地上から発生するのだが、そこに罠を張るような感じでヤグラタケの菌糸を張り巡らし、クロハツが大きくなる際にその菌糸をまとわせるのではないか?
ヤグラタケの菌糸を直径1mぐらいだとして、その輪の中から発生するクロハツを一網打尽にしてしまう。
これはなかなかいい仮説かもしれないな (#^.^#)

さて皆さんはどんな仮説を立てましたか?
面白い案があれば是非是非教えてください。


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