ヤグラタケとは何ものなのか?(前編)

2018.8.31 八王子

ヤグラタケを最初に見たのは神戸での観察会だったと思う。

「いりささん、見て、ヤグラタケがあったよ!」

そう呼びかけてくれたSさんが、黒いキノコらしいものとその上から白いキノコが出ているものを手に載せて僕の目の前で誇らしげに見せてくれたのだ。

この時初めてキノコにも「寄生」というものがあるのを知った。
と言ってもこの頃は腐生菌とか菌根菌の区別もほぼ意識していなかったし、ましてや寄生するものがあると言われても「へぇ~」という感じでそれ以上は深追いしなかったが、キノコの上から発生するという奇妙な生態、そしてそのキノコに「ヤグラ」という名前を付けた絶妙なネーミングセンスにただただ関心するばかりであった。

そして漠然と「寄生」というからにはヤグラタケは間違いなくキノコを食料としているはず。

「だとしたら、そのクロハツ的なものの何を食べて生きているんだろうか?」

「いや、ヤグラタケはキノコだから、当然「キノコの素」なるものはきっと同じはずなので、キノコがキノコを食べるのはある意味合理的なんやろうなぁ、、、」

なんて思いながら月日は流れた。
そして何年か後にまたもヤグラタケの奇妙な生態を知ったのであった。

ヤグラタケは無性世代?

2018.9.1 八王子

1枚目のヤグラタケと2枚目のヤグラタケは同じ場所で1日経ってから撮ったものである。

違いがわかりますか?(笑)

あまりにもわかり過ぎるのでズバリ答えを言っちゃいますが、2枚目の傘の頂点にひび割れが起こっていて、そこから褐色の粉状のものが出てきていますな。

では第2問、この「粉状のもの」は何だと思いますか?

答えを言いますと、それは「胞子」なのです。

胞子と言えば普通はヒダで作られるはずですよね。
黒い紙の上にキノコの傘をヒダが下になるように置いていたら、その黒い紙の上にヒダの形そのままの胞子紋ができます。これはヒダで作られた胞子が担子器から飛び立ち、空中を舞った後に紙の上に落ちてきた証なのです。

この様な傘を作りヒダが存在するキノコは胞子を産み出すために子実体という巨大構築物を作り、傘とヒダという特殊な構造を生成しヒダの表面から胞子を生産するという「機構」となっているはずなのです。

がしかし、何故に傘にひび割れが出来て、胞子が飛び出しておるのだ?

そんな疑問が出てくることでしょう。
だってヒダは普通に作られておりますからね(写真3)。

写真3 ヤグラタケのヒダ 2020.07.12 神戸

そこで、この傘の上から出ている胞子について調べてみますとこんな事が書かれています。

かさの表面に粉状の塊となって形成される厚壁胞子は、粗大なこぶ状突起を備えて「こんぺいとう」状を呈し、淡い黄褐色である。

「ヤグラタケ」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%82%BF%E3%82%B1

傘の上から出てくる胞子は厚壁胞子または厚膜胞子と呼ばれています。
この胞子は上記の解説では「こんぺいとう状」と書かれていますが、まさにその様な形態をしております。

写真4 ヤグラタケの傘上から放出される胞子

そのこの胞子、出てくる場所とか形とかに気を取られがちですが、もう一つ驚くべき特徴があります。
それは

この胞子を作り出したキノコのクローンであること

なのです。
驚きました? (#^.^#)
普通キノコのヒダで作られた胞子は有性生殖の結果として作られたものです。
それと異なり、このヤグラタケの厚壁胞子は無性生殖によって作られたものとなりますので、無性生殖=親のクローンということになります。

この様な生態を取るものは特に「無性世代(アナモルフ)」と呼び、有性世代(テレモルフ)のものとは区別されております。
通常の傘を持つキノコなどはほとんどが有性世代のものばかりで無性世代とはほぼなじみがありませんが、子嚢菌のコブリマメザヤタケなどなどは、有性世代が出ているその横で無性世代のものが出ていることがあります。形がまるで異なるためコブリマメザヤタケには見えないのですが、無性世代のもので、その子実体から作られる胞子は無性胞子であり、その子実体のクローンなのです。

『参考:コブリマメザヤタケ』
http://toolate.website/kinoko/fungi/xylaria_cubensis/index.htm

ということで、このヤグラタケは無性生殖にて胞子を作るタイプなので、無性世代のもの、ということになります。

が、しかし、ヤグラタケは何故ヒダを作るのでしょう?

無性生殖にて増えていく手段を獲得しているのにヒダを作る意味があるのでしょうか・・・?

ヒダに胞子はあるのか?

写真5 2024.06.29 大阪

今年、久しぶりにヤグラタケと会うことが出来ました。
ずっと、ずーーーーっと会いたかったのに(笑)

そして調べたかったことがありました。
3年ぐらい前にFBのきのこグループでヤグラタケの胞子紋を取っている方がおられて、そこにはくっきり白い胞子紋が写っているではありませんか。

えぇーーーーっ、うそーーーーっ。

となりますよね。
ヤグラタケは無性生殖、つまり傘の上に厚壁胞子を作って増えていくのだと。
そしてヒダはあくまでも形だけのものであって、まぁ胞子を作ったとしても大した量はできないだろう、、、と。

しかし、FBにアップされた写真にはちゃんと「胞子紋」が作られており、それはいわばヤグラタケが有性生殖が出来るという証明でもあります。
そう言えば前回引用したWikipediaにこんなことが書いてありました。

厚壁胞子を形成することなく、ひだに担子胞子を作った状態のヤグラタケに対しては、有性世代を指す Nyctalis lycoperdoides を当てるのが正確である。しかし、実際に野外で採集されるヤグラタケの子実体では、ほぼすべてが厚壁胞子を形成するのに対して、担子胞子はほとんど形成されずに終わることが多い(まれに、一個の子実体において、かさの表面に厚壁胞子が形成され、同時にひだには担子胞子が作られていることもあるが)。すなわち、自然状態では、無性世代のヤグラタケのほうがはるかに普通に見出されるために、後者にあてられた A. lycoperdoides の学名の方が普遍的に使用されているのである。

ヤグラタケ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%82%BF%E3%82%B1

これを読む限り自然状態では無性世代のものがほとんどである、と書かれてはいるものの有性世代のものも存在する、というように読むことが出来る。

だとしたらFBにアップされた胞子紋が落ちていたヤグラタケは有性世代のものだったのだろうか?

という疑問を長年持っていたのですが、今年やっとその疑問を晴らす時がやってきたのです!

あれは今年の6月29日。
大阪のとあるお山でキノコ散策しているといましたよぉ、、ヤグラタケ。
しかも美しい状態!!(写真5)

これを撮影して周りを見ると、傘の上から厚壁胞子を出しているものもありましたので、サンプルとして持って帰ってきました。そしてスライドグラスの上で胞子を落としております(写真6)。

もしかして有性胞子を作る量が少ないかと予想してちょっと多めに採取して来たので、ここではこんな感じで並べて万全の体制で胞子を落としております。

写真6 2024.06.29 大阪

もう傘の表面が厚壁胞子で塗りつぶされている感じですよね?

この子実体は間違いなく無性世代のヤグラタケだということがこの姿からわかってもらえますよね。

こんなにたくさんの厚壁胞子が噴出しているのにヒダは果たして胞子を作ることが出来るのでしょうか??

では、作ったプレパラートを100倍で視てみましょう。


写真7 ヤグラタケの担子胞子 100倍

凄い量の胞子が落下しております (#^.^#)
実をいうとスライドグラスの上にははっきりくっきりと大量の胞子が落ちているのが肉眼で見てもわかりました。

では、もう少し倍率を上げてみましょう。

写真8 ヤグラタケの担子胞子 400倍

明らかに厚壁胞子とは形が異なりますね。
また大きさもおよそ 5.0 x 3.0 μm とかなり小さいですね。
これはシメジ科のキノコらしい形と大きさです。

ここから言えることは

ヤグラタケのヒダはちゃんと胞子を作る

ということです。

上記Wikipediaでは無性世代のものが普通と書かれているが、この状況から察するにヤグラタケは無性世代でもあり、有性世代であるということがいえる。
言い方を変えれば、

「ヤグラタケの子実体は有性生殖・無性生殖両方の性質も持った菌類である」

ということではないだろうか?

(続く)

Facebook コメント

Follow me!

コメントを残す