アカキツネガサを分解する
小さな殿舎だけが残っている古びた神社。その神社に続く、細く曲がりくねった参道。
訪れる人もまばらであろうとしか思えないその坂道は、それでもいつも綺麗に掃かれており、木の葉一枚落ちていない様子が奇異にも感じるのだが、殿舎までたどり着くと毎朝誰かがそこに来て、きちんと掃除をしている、そんな人肌の空気が漂ってくる居心地のいい場所なのである。
そんな参道だが実はキノコたちが沢山発生する最高の道でもある。
薄暗い坂道の両側にはクヌギやコナラがあり、落ち葉も適度に積もっているし、崖にはコケがびっしりと付着していたりして、なかなかキノコにとっては住みやすい環境ではないかと考えています。
その参道を下りきったところに、登る際には見つけることが出来なかった綺麗なキノコを発見した。
アカキツネガサ
傘全体が茜色に染まっており、成長するに従ってその表皮が同心円状にひび割れていきます。
また傘の中央は少し凸状になっているとともに、黒っぽい赤色を帯びています。
このアカキツネガサ、案外きのこフェチの間では人気があるきのこで、いつかは記事にしようと思っていたのですが、いい機会なので深堀りしてみたいと思います。
シロカラカサタケ属とは
アカキツネガサの学名を検索すると Leucoagaricus rubrotinctus になります。
てっきり Lepiota(キツネノカラカサ属)かと思っていたのですが、違うのですね (#^.^#)
属名の Leucoagaricus は「シロカラカサタケ属」なのだそうだが、和名の元になったシロカラカサタケというきのこは果たして日本に存在するのだろうか・・・?と思ってしまうぐらい聞いたことがない。
iNaturalistでシロカラカサタケの学名 Leucoagaricus naucinus を検索するとずらっと白いキノコが並んできます。大きさはさほど大きくなさそうですが、このアカキツネガサに比べてその名が示す通り真っ白な傘が印象的ですね。
でもやはり実物は見たことがない。
ネットを検索してみると最初にヒットするのがこの2つのサイト
1.ホクトのきのこらぼ【きのこアルバム】シロカラカサタケ
https://www.hokto-kinoko.co.jp/kinokolabo/album/2286/
2.札幌きのこの会「シロカラカサタケ」
https://s-kinokonokai.sakura.ne.jp/kinoko/common/sirokarakasatake.htm
やはり少し寒い地域に発生するのでしょうか?
またこのシロカラカサタケ属のキノコとしては
- ツブカラカサタケ(Leucoagaricus americanus)
- ナカグロヒガサタケ(Leucocoprinus brebissonii)
などがある(北陸きのこ図鑑参照)。
アカキツネガサはこれらと同じ属になります。
属の特徴としては以下の通り
- 胞子は白色
- 胞子発芽孔部が丸まっている
- 傘の表皮が柵状毛状皮からなる
- 菌糸にクランプがない
ではでは、アカキツネガサとはどんなキノコなのでしょうか?
アカキツネガサを分解する
アカキツネガサ
Leucoagaricus rubrotinctus (Peck) Singer
大分類 | 小分類 | 特徴 |
傘 | 径 | 5~8cm |
形 | 半球形から開いて中高の平らとなる | |
色 | 初めさんご色~暗赤褐色 | |
表面 | ビロード状であるが、傘が開くとともに表皮が破れて鱗片となり帯赤色繊維状の地の上に散在する | |
ひだ | 柄に付き方 | 離生 |
色 | 白色 | |
疎密 | 密 | |
柄 | 大きさ | 8~12cm×4~6mm |
形 | 根もとはふくらみ | |
色 | 白色 | |
中実 | 中空 | |
つば | 色 | 白色 |
形質 | 膜質で赤くふちどられる | |
胞子 | 大きさ | 7~8×4~4.5µm |
形 | 卵形~紡錘状楕円形 | |
縁シスチジア | 大きさ | 24~32 ×7~12µm |
形 | こん棒形~円柱形 | |
発生 | 時期 | 夏 ~ 秋 |
環境 | 林内、庭園内、竹林内などの落葉の間に発生 |
傘の表面は暗赤褐色の鱗片が散らばっておりますね。
また良く見ると、かさの地色は薄い赤色で、繊維状になっているのがわかります。
ヒダは白で柄に対して離生であるのが良くわかります。
また、ツバは膜質で、ツバの縁は薄っすらと褐色で縁取られているのが見えますでしょうか?
傘の径は4cm、柄の大きさは5mm x 6cmぐらい。
胞子は楕円形(レモン型)で発芽孔あり。
6.2-7.7 x 3.7-4.9 (Ave 7.1 x 4.3)
縁シスチジアは棍棒形。
担子器は見えにくいけど4胞子性でした。
どうでしょう、少なくとも「日本のきのこ(ヤマケイ新版)」に掲載されているアカキツネガサと特徴に関してはかなりの範囲で一致していると思われますので、このキノコはアカキツネガサと呼んで良いかと思います。
アカキツネガサの「赤」を視てみる
ではアカキツネガサの最大の魅力である傘表皮の「赤」はどのような組織で出来上がっているのでしょうか?
こういう魅力的な色の正体を知ることに、最近はついつい精力を傾けてしまいます。
私は変態なのでしょうか?(笑)
まぁ変態かどうかは別としまして、きっとそこには目くるめく美しい造形が待っている、、、と信じて検鏡してみました。
では傘表皮です、、どぞ。
毛状被の菌糸がところどころオレンジ色に染まっているのがわかるだろうか?
ちょっとこれを拡大してみます。
菌糸の一部にオレンジ色の色素が見えますね。
またその色素の部分が心持ち膨らんでいるようにも見えます。
この様に傘表皮を構成する菌糸のところどころに傘の「赤」を出すための色素があるものと思われます。
では別の写真を見てみましょう。
傘表皮を観察していると、菌糸とは別の細胞があることに気が付きます。
上記写真の中央にあるやや紡錘形をしてオレンジ色をした細胞です。
これは恐らく傘シスチジアと呼ばれているものだと思われます。
ではでは、また拡大してみましょう。
傘シスチジアは菌糸よりももっと多くのオレンジ色の色素を持っておりますね、、美しい!!
菌糸もそうですが、傘シスチジアもオレンジ色の色素を内包して傘の表皮としてびっしりと並んでいるのです。
つまり傘シスチジアもアカキツネガサの「赤」を構成している細胞であるということです。
どうでしょう?きっと貴方もめくるめく美しさに心を奪われたことでしょう (*^^*)
赤い傘を持つキツネたち
これ、赤いキツネ、、であることは確かだ。
しかし、アカキツネガサの記事を書くために改めて見たらどうも記事のアカキツネガサと違うのですよね。
違うポイントは以下の3点
- 傘中央がさほど濃くない
- 全体的に小さい
- 古い材から発生している
- 表皮のひび割れる形状が異なる
この3点をもって別種と言えるかどうかは不明だが、ともあれ別種の可能性がないか検索してみることにした。
すると、似たような名前のものがいくつか見つかった。
- コアカキツネガサ(Leucoagaricus sp.)
- ヒナノアカキツネガサ(Leucoagaricus sp.)
- ナカグロアカキツネガサ(Leucoagaricus sp.)
- ヒメアカキツネガサ(Leucoagaricus sp.)
- ナガミノヒメアカキツネガサ(Leucoagaricus sp.)
- オオミノアカキツネガサ(Leucoagaricus sp.)
驚くべきことに、この6つのアカキツネガサ全てが「日本きのこ図版」通称青木図鑑と呼ばれているものに載っており、そしてそのすべてが仮称のままである、ということ。
ですので、最終的に分かったとしても、それは仮称のものと特徴が一致した、ということになります。
では、最後に何枚かこのキノコの写真を貼っておきます。
青木図鑑を持っている方、すまないが絵合わせで、このキノコを特定しておくれ!!<m(__)m>
調べていると oso さんのページで同じようなものを見つけました。
http://toolate.website/kinoko/fungi/leucoagaricus_sp_koakakitsunegasa/index.htm
ここでは「コアカキツネガサ」と書かれていますね。
恐らくネタ元は「日本きのこ図版」だと思われます。
またちょうど昨日、神戸で同じような赤いキツネを見つけました。
これもアカキツネガサとはかなり違う様に見えますね。
せっかくなので傘の表皮を検鏡してみました。
毛状被の菌糸で、ところどころにオレンジの色素が見えますね。
この辺りはアカキツネガサとさほど変わりませんが、しかし、いくら探しても傘シスチジアは見当たりませんでした。
こちらは傘表皮の拡大写真です。
色素は菌糸のところどころに存在し、これが傘の「赤」を醸し出しているのは間違いなさそうです。
ではここで、ちょっとした妄想を、、、
アカキツネガサの方は傘にシスチジアを持ち、このコアカキツネガサ疑いのキノコはシスチジアを持ちません。これは傘表皮にある「ひび割れ」がコアカキツネガサには無いということを伺わせる事実ではないでしょうか?つまりひび割れ部を構成しているちょっと濃い目の細胞こそが傘シスチジアではないのでしょうか?
他のアカキツネガサの近縁についてはまだ調べておりませんが、この2種の間、そして傘の色の違いにはこのような細胞の違いがあるのだと思われます。