ユーカリの下の赤いキツネ
4,5年前からTwitterで話題になっていたユーカリの下に発生する赤いキツネタケの仲間。
早春の頃にしか発生しないやつでありますな。
話題になってからずっとユーカリがあるところを何か所か見回っていたのですが、まったくの空振りばかりで、すっかり諦めていたところに、耳寄りな情報が身近なところから飛び込んできた。
しかしユーカリは発見できたものの、その樹下をいくら探しても見つからなかった。
「うーむ、、やはりもう終わってしまったのか、、」
とあきらめながらユーカリがある場所から少し離れて別のキノコを探していると、怪しげな人間たちが怪しげな服装をして屈みながら階段の脇の「何か」に向けてシャッターを切っていた。
「あぁ、キノコの写真とか撮ってたらこんな感じで怪しい人と思われてるんだろうなぁ、、」
なんて一人ごちていたのですが、ふと良く見たら場所を教えてもらったSさんと、連れのMさんであった(笑)。
「怪しい人がおると思ったらやはり、、、」
と僕が言うと
「ここにね、ウラスジチャワンタケがあるんですわ (#^.^#)」
Sさんがすかさずそう言う。
一般人から見れば、階段脇に発生しているキノコか何かわからん筋入りの物体を至極ご満悦気味に説明している姿はさらに怪しさが倍増しているだろうが、我々は感覚がマヒしているのあろう、、そんな「怪しさ」には気づくべくもない。
そして赤いキツネが見つからなかった由を告げると、前に発生していた場所まで案内してくれ、やっとこ出会うことが出来たのであった。
そこは僕が探していた「ユーカリの樹下」からはかなり離れた場所に発生していたのでした。
その距離は10m以上あったかな?しかしユーカリの根っこがそこまで延びている可能性は十分にあり得ますので、共生しているキノコが発生していてもおかしくない場所なのでした。
赤いキツネはどこから来たのか?
この赤いキツネタケは外来種と言われています。
キノコの生存戦略は胞子を風に乗せて遠くへ飛ばしていき新たな土地に着地し、発芽し、菌糸を伸ばして、運が良ければ共存相手となる樹木と巡り合ってそこにコロニーを形成する、というものだ。
なので、「遠く離れた場所に飛んでいける」というのは間違いではありません。
しかし、流石に南半球に生息するキノコの胞子が風に乗って北半球にある小さな島国である日本に飛んできて、たまたまそこに植樹されたユーカリの木に巡り合う、、なんていうのはあり得ない話なんですよね。
であるなら、この赤いキツネタケは飛んできた胞子が根付いたものではなく、元々根付いていたものがユーカリと一緒に日本にやってきた、という考え方が正しいと思われます。
つまり菌根菌としてユーカリと共に共生関係を結んでいた赤いキツネタケはその根に付着したまま海を越えて日本にやってきた、ということですね。
かつてはユーカリは成長が早いこと、またパルプの原料にすることが出来たことなどで「資源」として注目され、早くから輸入され栽培されていたようです。まだその頃には「植物検疫」というのが無かった(または甘かった)ことにより、輸入されたユーカリの原木は多くのユーカリと共生する生物たちも一緒に輸入されたのだと考えられます。
いわばこのキツネタケたちは植物検疫が無かった頃からの生き残り、という事になります。
では、植物検疫が甘かった頃というのはいつになるのでしょうか?
「植物防疫法改正の背景と概要」という文章の中に以下の様な一文がありました。
https://www.jppn.ne.jp/jpp/s_mokuji/19960810.pdf
我が国の植物検疫は,大正 3年に「輸出入植物取締法」が制定されたことに始まり,その後,昭和23年に「輸出入植物検疫法」が定され,さらに昭和 25年 5月に「害虫駆除予防法」(明治 29年制定)を整理統合して,「植物防疫法」が制定され今日に至っている。
https://www.jppn.ne.jp/jpp/s_mokuji/19960810.pdf
つまり昭和23年(1948年)に「輸出入植物検疫法」が制定されたという事は、ユーカリに付着してやってきていた赤いキツネタケ達はこの昭和23年以後には日本に入ってくることが出来なくなった、と考えて良いでしょう。
そして言えることは
この赤いキツネタケは世代交代を繰り返し、80年近く日本という地で生き続けている
ということになりますね、凄い!!
赤いキツネタケを分解する
傘:径 2cm~3cm、赤褐色、饅頭形~扁平~皿形になり、中央窪む、表面平滑かやや繊維状、湿時条線あり
ヒダ:やや薄い赤褐色~やや紫がかった褐色、疎、柄に対して直生、小ヒダあり、連絡脈あり。
柄:3mm~5mm x 4cm~5cm、赤褐色、縦に繊維状、上下同大。柄の基部に白色菌糸。
胞子:類球形、8.1-10.8μm x 7.4-10.2μm (Ave 9.6 x 8.6μm)、棘に覆われる。
担子器:嘴の様なステリグマ、2胞子性
クランプ:あり
コメント:
狭義のキツネタケと比べ傘中央が凹むというのは本種の特徴と言えるのではないでしょうか?
また、子実体全体が赤っぽく、傘の大きさに比べて柄が短い(傘と柄の比率が小さい)のも特徴と言っていいかもしれないですね。
また顕微鏡的な違いはやはり2胞子性というところかも知れません(キツネタケは4胞子性)。
DNAを調べてみました
さて、ではこの赤いキツネの正体は何なのでしょう?
やはり「ユーカリと共生」ということですから、思い浮かぶのはオーストラリアですよね。
このキノコがオーストラリアで新種記載されていて、その種と一致すればまさにドンピシャで正体が判明します。
オーストラリアから日本という小さな島国に渡り、80年あまりの時を経て、幾度幾度も世代交代を繰り返してきた小さなキノコの名前が今ここで明らかになるのです (*^^*)
ということで、今回も東大の阿部さんにDNAのシーケンスをやって頂きまして、驚きの内容のメールが返ってきたのでした。
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まずはNBCIでBLASTとしてみると、Laccaria canaliculata という種と99.84%一致しました。
この値は「ほぼ同種」と言って良いくらいの一致率だと思われます。
しかし、このシーケンスデータをアップしていたのはオーストラリアのものではなくアメリカのチームでした。
このアメリカの研究でキツネタケ属菌の分布やそこからの進化などが調査分析されたのでした。
(以下の論文参照)。
「Evolution of ectomycorrhizas as a driver of diversification and biogeographic patterns in the model mycorrhizal mushroom genus Laccaria」
https://nph.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/nph.14270
論文のAbstractを翻訳したものを貼っておきます。
本研究では、世界30カ国以上からの菌標本と現地調査資料を用いて、ectomycorrhizal菌 (ECM菌) のモデル菌株であるキツネタケ菌属 (Laccaria) の系統学と進化生態学的研究を行った。nrITS、28S、RPB2、EF1αの4遺伝子からなる核酸配列データセット (232菌株) を用いて分子系統解析を行い、世界的なキツネタケ菌データベースを作成した。このデータベースを用いて分子時計解析と分岐の速度推定を行い、キツネタケ菌属の多様性発生時期を推定した。また、キツネタケ菌の ECM 菌生態の起源を評価するために、炭素と窒素の安定同位体分析を行った。
https://nph.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/nph.14270
解析の結果、既知の多様性を約50%向上させる116種類のキツネタケ菌分子種が同定され、今回記載する新種 Laccaria ambigua も含まれた。分子時計解析によると、キツネタケ菌属の最近共通祖先は古新世前期 (56-66百万年前) におそらくオーストラリア大陸に存在していたことが示唆された。この時代にキツネタケ菌属は2つの系統に分岐したと考えられ、一方には新種の L. ambigua が属し、もう一方には残りのキツネタケ菌属の多様化をもたらした大きな分岐シフトがみられる。L. ambigua は他のすべてのキツネタケ菌種とは異なる同位体プロファイルをしており、同位体と分岐の結果は、ECM 菌生態の進化がルック菌属の進化における重要な革新であったことを示唆している。また、北半球への分散に関連した分岐のシフトは、新しい生態的ニッチへの適応に起因すると考えられる。
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オーストラリアからユーカリが輸入されるとともに、その根に共存していたキツネタケ属のキノコたちも一緒に新天地に移り、そして進化を繰り返し根付いていった様子がうかがえますね。
ただし、この論文はユーカリと共生していた Laccaria ambigua について新種記載されており Laccaria canaliculata の事は記載されていません。恐らく Laccaria ambigua を調べる際に Laccaria canaliculata のシーケンスも行ったのでGenbankに登録されたのだと思われます。
また、Autherの中に保坂さんの名前もあり、系統樹内に「JAPAN」と書かれたものが複数種ありますので、ユーカリに共生して海を渡ったキツネタケ属のキノコは1種類だけではなさそうですね。
では大阪産の赤いキツネはどの様な進化を遂げたのでしょうか?
ということで、系統樹も描いてみました。
これで見る限り Laccaria canaliculata と言われているものと同じクレードに属するのがわかりますね。
でも、、、その下を良く見てください。
Hydnangium carneum
というキツネタケ属ですら無い名前があります (@_@)
それがこの写真のものです (‘ω’)
これはヒドナンギウム・カルネウムという名前で知られている地下生菌で、oso さんのサイトで詳しく紹介されています。
「Hydnangium carneum (ヒドナンギウム カルネウム)」
http://toolate.website/kinoko/fungi/hydnangium_carneum/index.htm
このヒドナンギウム・カルネウムとの一致率はなんと99.83%。Laccaria canaliculataとは0.01%しか違いませんので数字の上では「同種」レベルの一致率なのですね。
ビックリですね、、阿部さんが興奮したメールを送ってきたのはこのことなのですね。
地下生菌というのは元々地上で子実体を作っていた「きのこ」が地下に潜っていって今のような形態になったものであると考えられています。また Hydnangium carneum はキツネタケ科に属する地下生菌であることから察するともしかして Laccaria canaliculata が地下に潜っていって地下生菌となったものが Hydnangium carneum かもしれない、、、という事も言えるのではないでしょうか?(妄想レベルですが)
Laccaria canaliculata とはどんなキノコなのか?
この写真はiNaturalistにアップされている写真です。
撮られているのはオーストラリアのメルボルンの近郊の森林のようですね。
コメントには
「cool temperate rainforest with Dicksonia antarctica and Atherosperma moschatum」
とあります。
では、Laccaria canaliculata とはどんなキノコかを調べてみました。
本当は記載論文があれば良かったのですが見つからず、特徴が詳しく書いてあるWEBサイトを見つけましたので、それの内容を訳してみることにします。
https://qldfungi.org.au/wp-content/uploads/2014/06/Laccaria-canaliculata.pdf
これは「Queensland Mycological Society 」という団体のWEBサイトで、日本で言う関西菌類談話会の様な組織なのだと思われますので、まぁ信頼していいでしょう。
では Laccaria canaliculata の特徴を見てみましょう。
傘:古くなるとともに中央にへこみ(臍状凹)が生じ、幅広く凸状から平らに広がる形
https://qldfungi.org.au/wp-content/uploads/2014/06/Laccaria-canaliculata.pdf
直径 8~40mm
古い標本では無毛、繊維状、または鱗片状
濃い赤褐色(5A7)で、古くなるとともに薄くなる
吸水性があり、湿ると色が変化する
条溝線があり、中央にへこみがあることが多い、縁は波打っている
柄:円柱形で、先端がやや太くなり、平らで溝がある場合もある
長さ 30~80mm、太さ 2~5mm
無毛で、縦方向に細かい溝がある、灰褐色、中空
ひだ:柄に直接くっついているか、わずかに湾入している、やや疎
淡い赤褐色から濃いピンク色
小ひだが1~2列、不規則な長さに混在している
肉:薄いピンク色だが、柄は白色
少し大根のような臭いがする
胞子紋:白色
胞子:ほぼ球形
6.2~8.9 × 6.2~8.2 μm、Q = 1.08、1.5 μmまでの突起で覆われている
担子器:こん棒形、30~50 × 8~12 μm
縁シスチジア:円筒形、担子器を超えることは通常ない
20~40 × 2.5~6 μm、通常は分岐していない
傘表皮:平行菌糸被
生息地:乾燥した広葉樹林の海岸沿いに生える
砂質土壌の中で群生
ロフォステムノン属とアロカスアリナ属の樹木の下
備考:傘にへこみ(臍状凹)がある大型のキツネタケ属の一種
詳細な顕微鏡検査でなければ、Laccaria sp B と区別できない
無毛の柄と濃いピンク色のひだは、良い識別点となる
—
実はこの訳文を読んでいって最後で目が凍り付いた。
「ロフォステムノン属とアロカスアリナ属の樹木の下」
と書かれています。
ユーカリではないのですよ、奥さん!!
ちなみにこの2つの木は
- ロフォステムノン属:ロフォステムノンはフトモモ科フトモモ科の常緑高木の4種の属です。 4種はすべてオーストラリア原産。
- アロカスアリナ属:一般にシェオークまたはシェオークとして知られるアロカスアリナは、モクマオウ科の顕花植物の属であり、オーストラリア固有種です。
双方ともオーストラリアの固有種でユーカリの仲間ではありません。
今までさんざん「ユーカリ、ユーカリ」と言ってきたのですが、ことLaccaria canaliculataに関しましてはユーカリとは共生しないようなのです。
これはどういうことなのでしょう?
何故ユーカリと共生しないキノコがユーカリから10m離れたところから発生していたのでしょうか?
ここから考えられることは
- シーケンスを載せていたキノコが Laccaria canaliculata では無かった。
- ユーカリとは別の Laccaria canaliculata と共生する樹木が植えられている。
- Laccaria canaliculata はユーカリとも共生するようになった。
- Laccaria canaliculata はオーストラリアにいた時点で既にユーカリと共生していた。
の4つが考えられます。
1ならばアメリカのチームが同定を間違えてGenbankに登録していたと考えられますし、2ならば「オーストラリアの樹木」ということでユーカリと同じ場所に植えられていた可能性があります。
また3ならば日本にやってきて進化したのでは?と考えられます。
また Laccaria canaliculata 自体は実は宿主特異性が低く、元々ユーカリとも共生していたかもしれないですね。
ってことで、まずはもう一度、ユーカリ以外のオーストラリア産樹木が植えられているか探しに行かないと・・・・(;´・ω・)
で、また闇が一段と深くなった気がするのは僕だけでしょうか・・・・?
「参考」
「育ちつつある日本のユーカリ」(月本 啓二)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jtappij1955/11/3/11_3_201/_pdf/-char/ja
「植物防疫法改正の背景と概要」(大村 克己)
https://www.jppn.ne.jp/jpp/s_mokuji/19960810.pdf
「Out of Asia: Biogeography of fungal populations reveals Asian origin of diversification of the Laccaria amethystina complex, and two new species of violet Laccaria」
https://www.researchgate.net/publication/319283263_Out_of_Asia_Biogeography_of_fungal_populations_reveals_Asian_origin_of_diversification_of_the_Laccaria_amethystina_complex_and_two_new_species_of_violet_Laccaria