ハルノウラベニタケを分解する

2024.03.02 神戸

以前から見たかったきのこにやっと出会うことができた。
まだまだ寒さも残る3月上旬。
今年は急に暖かくなったり、寒くなったりとかなり天候不順が続いた2月3月であったが、

「こんなに不安定じゃキノコは出る時期が分からないんじゃないかなぁ、、」

と思っていることろにM田さんがFacebookにこの時期に発生する定番キノコと一緒に何やら傘が白く、縁が少しギザギザしていて、古びた材から群生して発生している3枚の写真をアップされていた。

すわっ、これハルノウラベニタケかも!(◎_◎;)

そう思って、その発生環境などを聞いてみた。

「これはアカマツから発生しているのでしょうか?」

ハルノウラベニタケをアップしている人の写真を見ているとかなり腐朽の進んだアカマツの材から発生しているのが多く、2月の中旬あたりからハイキング道の脇に置き捨てられたアカマツを片っ端から探していたのだが自力では探し当てることが出来なかったのだ。

「はい、確かに赤松の倒木から生育していました。樹皮は剥がれていました」

発生環境は合致している。他の方の写真を見る限りでは樹皮は剥がれ、腐朽によって褐色に変化したアカマツの日陰になった部分から発生している。
恐らくハルノウラベニタケは腐朽中期の材に胞子着地させて侵入するタイプのきのこで、特に日陰を好んで発生するのが好きなのであろう。

M田さんが見に行かれているところは以前書き込まれていることがあったので、さっそく連絡を取らせてもらい発生場所を案内してもらうことにしたのであった。

ハルノウラベニタケの検証

2024.03.02 神戸

「ハルノウラベニタケ」というキノコはあまり知られていない。

何故なら「図鑑に載っていない」からである。

ハルノウラベニタケが高橋春樹さんによって新種記載されたのが2011年のこと。
既に13年経っています。
もちろん2011年以降に発売された図鑑はあるのですが、発生する地域が限られていたり、発生頻度が稀であること、また寒い時期に発生するのでキノコを探しに行く人が少ない、、、などなどあるのでしょう、ほとんどの図鑑には載っていないのですね。

しかし、図鑑に載っていなくても、記載者の高橋さんご本人による記載が「妖菌図鑑」に載っていますので、そちらの記述と比較してみたいと思います。

「ハルノウラベニタケ (Clitopilus vernalis)」
https://sites.google.com/view/youkinzukan/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0/new-taxa/clitopilus-vernalis-%E3%83%8F%E3%83%AB%E3%83%8E%E3%82%A6%E3%83%A9%E3%83%99%E3%83%8B%E3%82%BF%E3%82%B1

「肉眼的観察での比較」
大分類小分類ハルノウラベニタケ(幼菌図鑑)神戸産ハルノウラベニタケ
11-30 mm15mm-22mm
最初半球形~饅頭形で縁部は内側に巻き, 老成するとほぼ平開し, 時に中央部がなだらかに凹むかまたは浅くへそ状に凹む幼菌時は饅頭形で縁部は内側に巻き、成長するれば平開し縁部はギザギザになる。
表面粘性を欠き, 最初粉状, のち平滑になり, 吸水性, 湿時半透明の条線を表す粘性なし、幼時やや微粉状~平滑。条線あり。
帯灰黄色またはオリーブ褐色, 中央部は暗オリ-ブ褐色を帯び, 乾燥すると次第に色あせて帯褐灰色を呈する.白~クリーム色。中央部がやや灰オリーブ色。透明感あり。
厚み薄く (2 mm以下)薄い
帯灰黄色
味・臭い特別な味や臭いはない.臭いや味は無し
大きさ10-20 × 1.5-4 mm10-20mm x 2-3mm
ほぼ上下同大または基部がやや拡大し、中心生、円柱形, しばしば屈曲し, 中空上下ほぼ同径。円柱形。中空。
表面全体に粉状を呈するが老成すると平滑になり, 粘性を欠く平滑、粘性なし。
帯灰黄色を帯び, 頂部に向かってやや淡色を呈する傘の色と同色で白~クリーム色
その他根元に白色綿毛状菌糸体が存在する根元に白色菌糸束。
ヒダ柄に上生~ほぼ離生上生
疎密やや疎 (柄に到達するヒダは15-24), 1-3の小ヒダを交え, 幅 3-5 mmやや疎で小ヒダあり
白色, 未成熟な段階では灰褐色を帯び, 成熟すると次第に灰褐色~紫褐色を呈する。縁部は全縁, 同色白色で成熟するに従いややピンク~褐色を帯びる
妖菌図鑑との比較

2024.03.02 神戸
2024.03.02 神戸
2024.03.02 神戸
2024.03.02 神戸
「顕微鏡観察での比較」
大分類小分類ハルノウラベニタケ(幼菌図鑑)神戸産ハルノウラベニタケ
担子胞子大きさ(5-)5.5-6(-7) x (4-)5-5.5 μm(5.2-) 5.25-6.25 (-6.7) x (4.0-) 4.5-5.6(-5.8) AV=5.8×4.9
亜球形~短楕円形, 不明瞭な角形をなすQ=1.18, 類球形、広楕円形
無色または淡紅色, 非アミロイド, 薄壁無色、淡紅色、非アミロイド
担子器大きさ25-30 x 7-10 μm25-31 x 6.8-8.2
こん棒形, 4胞子性こん棒形, 4胞子性
シスチジア縁シスチジアなしなし
側シスチジアなしなし
クランプ有無稀に存在する存在する
妖菌図鑑との比較
胞子の形と大きさ
ヒダ縁部
ヒダと担子器
傘表皮とクランプらしきもの
「コメント」

これらの画像(生態写真のみ)を旧Twitterにアップすると高橋さんから

「全体に白っぽく、典型的なハルノウラベニに比べて色がやや薄く見えます。環境要因による変異かもしれませんが、小形のEntolomaの仲間に似た種類があるので、念のため胞子の形状を確認してみたいです」

とのコメントを頂いた。
この後、胞子の写真をお送りし、ハルノウラベニタケに近いという内容でしたのでホッとしました。 (#^.^#)
確かに高橋さんのものと比べて傘の色がかなり白く、ぱっと見はヌメリツバタケなどを想像させる白さだったので迷っていたのですが、SNS状にアップされているものを見る限りでは、これぐらいの白さのものもあったので、たぶんそうだと思いM田さんに声を掛けたのでした。

もちろん、SNSにアップする際は胞子は確認済みでしたが、それでも同じ神戸市産のきのこしるべものと比べても色の違いは明白であったのですが、発生場所の違いにより色の変異があるのではないかと考えています。

系統樹を作ってみました

色も異なることだし、万が一神奈川産のものと系統が異なるかもしれないかな?と思ってハルノウラベニタケ疑いのキノコの切片を東大の阿部さんのところに送ってDNAシーケンスを取ってもらいました。
すると神奈川県産(入生田)のものとは99.7%の一致率で、系統樹を描いてみますとこんな感じでした。
入生田産のものとほぼ同じと言って良いかと思います。

Index Fungorum ハルノウラベニタケの学名問題

現在Index Fungorumにてハルノウラベニタケ(Clitopilus vernalis)の学名を検索し見ますと以下の写真の様にEntoloma vernalis のシノニムとなっております。

これについて高橋さんのサイト「妖菌図鑑」のハルノウラベニタケのページではこんなコメントが書かれています。

2015年にIndex Fungorumにおいて根拠やデータが何も示されないまま上記のようにEntoloma属との新組み合わせが提唱されています。 論文の形で報告せず、形式的な登録だけを行うのは、査読がないため十分な検証をしていない場合もあり、明らかな誤りと思われる事例も散見されます。無意味なシノニムを増やすような混乱を避けるため、今後学会がガイドラインを示すなど、何らかの形で是正すべきと考えます。

https://sites.google.com/view/youkinzukan/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0/new-taxa/clitopilus-vernalis-%E3%83%8F%E3%83%AB%E3%83%8E%E3%82%A6%E3%83%A9%E3%83%99%E3%83%8B%E3%82%BF%E3%82%B1

確かに調べてみてもそれらしい論文は見当たりません。
この辺りの事情を高橋さんにお聞きしましたので、その内容をまとめたものを最後に載せておきます。

Index Fungorumでの学名が変更されていることについて

通常、学名の発表は、学術雑誌の投稿論文やモノグラフなどの出版物でなされますが、この場合は、雑誌に投稿する代わりに直接Index Fungorumに申請し、Articleとして公表されたことを表しています。 手順が簡易的なため、分類学的に精査されていないものもあり、明らかな誤りと思われるものも散見されます。

ちなみに、Index Fungorumに投稿されたハルノウラベニタケの新組み合わせの記載文は以下の通りです。根拠やデータは何も示されていません。

Index Fungorum no. 223 Effectively published 27/02/2015 23:20:32 (ISSN 2049-2375) Nomenclatural novelties : Viktor Papp Entoloma vernalis (Har. Takah. & Degawa) V. Papp & Dima, comb.nov. IF551096 Basionym: Clitopilus vernalis Har. Takah. & Degawa, Mycoscience 52(5): 313 (2011)

確かにどこかに論拠が書かれたものがあるのかと探してみましたが、どこにもありませんでした。
つまり、学名は上記に書かれた「申請」によってIndex Fungorum上で変更されたことになります。

他の例では

以前、分類学的に詳細な検討がなされないまま、アサリタケが形態学的性質の異なるChaetocalathus 属に転属させられたことがありますが (Vizzini 2008)、その後分子解析に基づきMoniliophthoraに再転属したことがあります(Antonín et al. 2014)。

Index Fungorumは、機械的に最新の正式発表データを現行学名として採用しているに過ぎないので、このような場合も訂正がなされるまでは(より適切な組み合わせが提唱されるまで)、不適切な学名がcurrent nameとして採用される事例が散見されます。

ハルノウラベニタケについても、折原さんのBLAST解析によれば、Entocybe属との類縁が示唆されており、Baroniら(2011)の見解に従えば、Entocybe属との組み合わせが妥当と考えられます。 ただ、Entocybe属との組み合わせは、まだ正式に発表されていないので、現時点では、Entoloma属との組み合わせは採用せず、バシオニム(Clitopilus vernalis)のまま今後の展開を見守りたいというのが私の立場です。

僕が描いた系統樹を見てください。
Entocybe(ニセイッポンシメジ属)とかなり系統的に近いものだというのがわかりますね。

今後ハルノウラベニタケがどうなっていくかはわかりませんが、高橋さんの意見と同じく、現在のところ、この記事の中ではClitopilus vernalis を採用したいと思います。

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