芝の上のフェアリー

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Fig.1 7月18日 宮城県 写真提供:深澤遊先生

先日、Twitterにこんなコメントが付けられて写真がアップされた。

「ホコリタケのコロニーによる芝生の活性化」

投稿されたのは東北大学助教の深澤遊先生である。

写真を良く見ると芝生が円形状に青々しているのが分かってもらえるだろうか?
その円の外周にあたる左下のところに白く丸いものがいくつか固まって見える。

これが深澤さんのコメントにある「ホコリタケ」の正体である。

また、青々としている部分の下にはこのホコリタケの菌糸が張り巡らされており、菌糸は同心円状に広がりを見せているのでこの青々とした部分は円形となっているのだ。
つまりこの青々としたエリアはホコリタケの「コロニー」であり、芝生が何らかの作用によって円の外よりも成長が促進されている、つまり「活性化」している、ということになるのですね。

このホコリタケの菌糸がどういう風にして芝生を活性化させているのでしょうか?
想像してみるに、、、

  • 芝生と栄養の交換を行っている(菌根菌でもないのに?)
  • ホコリタケが分解したものをせっせと栄養として取り入れることが出来ている
  • ホコリタケの菌糸を食べる微生物などが芝生にいい影響を与えている
  • 菌糸が保持している水分などを優先的に分けてもらえている

なんてことを考えてみましたが、どうなのでしょう?

コムラサキシメジのフェアリーリング

Fig.2 2018.10.27 栃木

コムラサキシメジはムラサキシメジに似ているが、ムラサキシメジよりもかなり華奢で、全体的に薄っぺらい形態をしている。
また発生時期も晩秋(11月の中旬以降)に発生するムラサキシメジに対して、コムラサキシメジはそれよりも少し早い時期に発生します。
写真だけでは大きさなどの情報が読み取りにくく判別は難しいけども、発生環境・時期などで検討を行うと案外判別は容易だと思われます。

そんなコムラサキシメジなのですが「きのこ フェアリーリング」で検索してみると最初にこんな記事が出てくるのです。

「キノコの輪「フェアリーリング」の不思議とは? 植物の成長物質が引き金 食糧問題の解決に貢献も」
https://www.sankei.com/article/20160919-435LX5A42VMTVOF3HJYHPWF47Q/

内容を抜粋してみると

この現象の解明に挑んだのが静岡大の河岸洋和教授(天然物化学)。
2004年、職員宿舎の芝生にコムラサキシメジという食用キノコが輪のように生えているのを見つけた。研究人生の転機となるフェアリーリングとの出合いだった。
~中略~
河岸氏らはキノコが特別な物質を作っているとみて研究を開始。コムラサキシメジの菌を培養して芝に与えてみると、よく成長した。分析した結果、菌に含まれる「AHX」という有機化合物が芝の成長を促進することを06年に突き止め、フェアリーリングの原因を解き明かした。

産経新聞 2016/9/19 09:45
「キノコの輪「フェアリーリング」の不思議とは? 植物の成長物質が引き金 食糧問題の解決に貢献も」
https://www.sankei.com/article/20160919-435LX5A42VMTVOF3HJYHPWF47Q/

また、これ以外に河岸洋和教授の論文を見つけたのでここから内容を解説していきたい。

「“フェアリーリング”の化学と“フェアリー化合物”の植物成長調節剤としての可能性」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu/52/10/52_665/_pdf/-char/ja

コムラサキシメジがフェアリーリングを作る際に、フェアリーリング周辺の芝生が青々となったり、逆に枯れてしまったりするのは、コムラサキシメジが芝生の成長を促進・抑制する成分を含んでいるからだそうです。
その成分とは

  • 2-アザヒポキサンチン(AHX)
  • イミダゾールー4-カルボキシアミド(ICA)

の2つの物質。
特にAHXの方は芝生がこの成分を取り込んでいくと、代謝によって別の物質を作り出します(代謝産物)、それが

  • 2-アザ-8-オキソヒポキサンチン(AOH)

と命名された物質で、この成分も芝生の活性化に寄与するそうです。

ではそのメカニズムはどうなっているのでしょうか?

コムラサキシメジがフェアリーリングを作るという事は、そのリングの下に縦横無尽にコムラサキシメジの菌糸が敷き詰められています。この菌糸たちは芝生の下にある養分などを分解・吸収しながら成長したり伸長したりしていくのですが、その際にAHXなどの成分が地中に残り、それを芝生などが根から吸収することによって何らかの好影響が起こるわけですね。

例えばAHXなどは以下の遺伝子の発生を増大させます。

  • GST(glutathione S-transferase)
    植物中において解毒を行うのとストレスから保護する働きを持った遺伝子
  • BBI(Bowman‒Birk type proteinase inhibitor)
    病原菌からの抵抗性を付与したり塩ストレスからの保護などをする遺伝子
  • TIP2 ; 1(アクアポリンの1種)
    アンモニアやアンモニウムの輸送量が増大する

これらの遺伝子が増大することによって芝生たちは自分たちの「敵」となる毒から解放され、ストレスのない生活を送ることが出来、また窒素成分を多く体内に送り込むことが出来るようになることによってより成長することが出来るのですね。

ホコリタケのフェアリーリング

Fig.3 https://www.inaturalist.org/observations/101223105

ホコリタケについては静岡大学の寺嶋芳江教授の以下のいくつかの論文が興味深い。

「ヒメホコリタケによるフェアリーリングの発生状況」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/turfgrass1972/27/supplement1/27_supplement1_118/_pdf/-char/ja

「ホコリタケ科2種によるフェアリーリング病の特徴」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/turfgrass1972/28/supplement1/28_supplement1_90/_pdf/-char/ja

「芝生のフェアリーリング病 ー研究の歴史と成果ー」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/turfgrass/43/2/43_152/_pdf

ここではチビホコリタケ、ヒダホコリタケとヒメホコリタケが対象となっている。
この3種については正確にはホコリタケ属ではなく別の属なのだが、ここではホコリタケの仲間としておき、かつタイトルなどにもホコリタケを使っていることをご了承ください。

この3つのホコリタケの仲間はFig.1の様に芝生の上でフェアリーリングを作ることで知られているが、フェアリーリングによって(正確にはこのキノコの菌糸が芝生の下に広がることによって)芝生が円形状に濃緑化したり、反対に枯れ死したりするそうです。

ここで注目のポイントが「濃緑化したり枯れ死したりする」ということ。

つまりホコリタケの菌糸によってある時期には濃緑化して、生き生きとした芝生が見られ、またある時期には茶色く変色してしまい枯れ死したように見える、ということですね。
これをヒメホコリタケと芝生の種類との比較で月ごとに観察した表がありますので見てみましょう。

Fig.4 参考:「ヒメホコリタケによるフェアリーリングの発生状況」(寺嶋芳江教授)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/turfgrass1972/27/supplement1/27_supplement1_118/_pdf/-char/ja

これのの部分に注目してみましょう。
ベントグラス(ベント芝)の場合は7月中は濃緑化していて、8月以降は枯れた状態となっています。
また、コウライシバの場合はずっと濃緑化されている状態ですね。

Fig.1の深澤さんの写真を見てみますと7月18日の撮影となっています。
そして芝生の状態は明らかに「濃緑化」した状態であると言っていいでしょう。

もし、この芝生の種類がベントグラスならば8月に入ると枯れ始めてくる可能性がありますし、コウライシバだとしたらこのまま青々した状態が続く事でしょう。

さて、いったいどっちなのだろう??(日本芝という可能性もありますが・・・)
深澤さんによる今後の経過観察が楽しみです (#^.^#)

では、なぜこの様に芝生が濃緑化したり、枯れ死したりするのでしょうか?

論文では特にシバフタケによる枯れ死の研究がされており、その原因として

  • 菌糸体が不透水層を形成すること
  • 植物加害性の化学物質を産生し、根を直接加害する
  • 菌糸体がアンモニア態窒素の蓄積により植物に有害となる
  • シアン化水素を分泌して芝生を枯らす

などがあるそうで、また

「菌糸体が周りの土壌の窒素分を分解して芝生の成長を促進しすぎた結果、周辺から水分が失われて行き結果として枯れ死する」

という誠に皮肉なことも起きているそうだ。
だとしたら、コムラサキシメジのフェアリーリングも濃緑化した後は枯れたりするのだろうか・・・

シバフタケのフェアリーリング

Fig.5 2023.6.24 シバフタケのフェアリーリング

寺嶋教授によるとフェアリーリングには3つのタイプがあるそうです。

  1. 芝生を枯れ死させるか重大な被害を与える
  2. 芝生の成長を促進し、芝生に濃緑色のリングを形成する
  3. 芝生には影響を与えない

フェアリーリングは時々見ることはありますが、実は3の影響を与えないという状態のものが多いのですが、ゴルフ場の様な人工的な環境に比べて、自然の環境下というのは複数の植物が存在するため、フェアリーリングがあったとしても顕著な病気は表面上現れないのかもしれません。

ちなみにFig.5はこの間、富士山の麓でみたシバフタケのフェアリーリングです。

芝生に関しては人工的に植えているのだと思われますが、年数の経過ににより、それ以外の植物も存在するように見えますし、ゴルフ場の様な人工的なものでは既になくなっている様に見えますね。
このフェアリーリングでは「芝生のフェアリーリングによる影響はない」様に見えますが果たしてどうなのでしょう?

シバフタケもフェアリーリングを作ることが有名で、その研究も数多くされている様です。

寺嶋氏の論文をまた引用させてもらうと、、

シバフタケのフェアリーリングの周辺で起きていることは

  1. 外側では菌糸による枯草分解のため窒素分が豊富で芝生の成長が良い
  2. 菌輪部分では菌糸が密なので乾燥して芝生が枯れる
  3. 内側では細菌による菌糸分解が起こって窒素分が多く芝生の成長が良い

と、なかなか面白い。
ちなみに2の「乾燥」というのは菌糸が不透水層を作ることにより起こるのだと思われます。

そう思ってこのシバフタケの写真(Fig.5)を再度見てみると、心なしかサークルの内側が青々としている様に見えてきますね(笑)。

フェアリーリングとは菌糸が放射状に成長していき、その生きている菌糸のどこかから子実体を発生させる現象である。
サークルの中には死んだ菌糸が沢山あるはずです。となれば生きている菌糸はそれこそドーナツの様なリング状になっていることが想像されます。死んだ菌糸は他の生き物の餌となっていき、生きている菌糸たちは一生懸命土中にある有機物を分解し食料として取り込んでいく。
分解されていったものは無機物となり、植物などが吸収しこれまた成長の糧としていくわけだ。

そんな美しいサイクルがこのフェアリーリングから推測できるのです。

我々が肉眼で見ることが出来る「菌類たちの生活の証」、それがフェアリーリングと言っていいかもしれません。

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