溶けるヒトヨタケの話(後編)

溶けないヒトヨタケ

北海道の阿寒湖周辺に行った時の事、苔むした木の少し平らになった部分からヒトヨタケの仲間の一群を見つけました(Fig.9)。

Fig.9 ヒトヨタケの仲間(2022.09.23 阿寒湖)

Coprinopsis(ヒメヒトヨタケ属)であろうとは思いますが、種類までは特定できませんでした。

ただし、この写真からは多くの情報を得ることができます。

1.ヒダがすっかり溶けている
2.溶けたヒダは液状となってキノコの下に落ちている
3.ヒダが無くなった傘が軽くなったせいなのか傘の縁がめくれあがっている

この状態は「溶けている」と言っていいでしょう。
では別のキノコで見てみましょう。

先ほどの透明感のあるヒトヨタケの仲間のヒダです(Fig.10)。

Fig.10 透明感のあるヒトヨタケの仲間 (2022.11.05 大阪)

傘の裏がまるで扇子の様な形をしているのが分かりますね。
そしてこの写真からもっとも良くわかる特徴が「ヒダが非常に疎」であることです。
そして少しヒダの先端が黒くなっているものの「溶けている(液化している)」という感じではありません。

また、ヒメヒガサヒトヨタケなども「ヒダは疎」という記載になっています。
だとすればヒダが疎かどうか?というのが溶ける溶けないを分けているのではないでしょうか?

さて、では溶けるキノコの代表であるヒトヨタケのヒダを見てみましょう(Fig.11)。

Fig.11 ヒトヨタケのヒダ

ほんの少しだけ成熟していますが、この写真からは以下の情報がわかります。

1.ヒダの先端が灰色になっている。
2.ヒダの長径の下の部分から灰色になっている
3.ヒダは隙間が無いほど密である

これらの特徴の中で最も重要なポイントが「ヒダが隙間が無いほど密」であること、ですね。

整理すると、ヒトヨタケの仲間にはヒダが疎であるものとヒダが密のものがあります。
そしてヒダが疎であるものは溶けて液化することはなく、ヒダが密であるものは溶けて液化する性質を持っている、と考えられます。これは別の言い方をしますとヒダが疎のものは「風で胞子を飛ばせるので溶ける必要が無かった」という事なのだろうと考えています。

そこで「はっ」と気づいたことがあります。
先ほどのイヌセンボンタケとコキララタケの比較ではイヌセンボンタケは溶けて、コキララタケは溶けないのではないか?と書きました。それは単なる僕が抱いた印象だったに過ぎません。
しかしヒダを確認するとイヌセンボンタケは疎であるのに対し、コキララタケは密。
そこで良く図鑑を調べてみるとイヌセンボンタケは「液化しない」と書かれていて、それに対してコキララタケは「弱いながらも液化する」というように書かれています。イヌセンボンタケは傘が弱弱しく溶けている様に見えるのですが、実は萎びているだけのようで、逆にコキララタケは傘は頑丈そうに見えるのですが、ヒダは溶けてしまうのでしょう。

やはり溶ける溶けないは傘の組織の構造ではなく、ヒダが密かどうかで決まるようです。

ヒトヨタケとササクレヒトヨタケの溶け方の違い

Fig.12 黒色化したヒトヨタケ(2020.03.15 大阪)

3月。外はまだ薄ら寒く、ようやくアミガサタケなどのキノコが顔を出し始めるそんな季節。人工的に落ち葉などがまとめて捨てられた場所などにヒトヨタケの姿を見つけることが出来る。
まだまだキノコの数は少なく、一つ一つのキノコを落ち着いて観察できるので、このヒトヨタケも何日もかけて観察してみたのであった(Fig.12)。そしてこれだけ黒くなった時にふとあることに気づいた。

確かにヒダは液化しているんだけど、傘は溶けてない、、、、

そこで改めて”その”特徴を振り返ることにする。
今まで「溶ける」という言葉を曖昧に使ってきたのですが、原色日本新菌類図鑑にも記載されている通り、溶けるのはヒダであり、ヒダの下方から上方に向かって順に成熟化し、その成熟と共に液化していく、とだけ書かれています。
傘も一緒に溶けるとは一言も書かれていません。
こうやって改めてみると傘の質感はヒダとは全く異なり縦の繊維状になっており、結構しっかりした構造になっているのがわかります。
ではもう一枚の写真を見てみましょう(Fig.13)。

Fig.13 ヒトヨタケ (2021.03.27 大阪)

この写真に写っているヒトヨタケは全てヒダが黒色化しているとは思うのですが、その中でも特に右端の2本がヒダも写っているので良くわかるかと思います。
この写真から分かることは以下の通り

1.傘はかなり開いており、山型から平らになろうとしている
2.傘は少し色が暗色化しているものの、元の色を保っている
3.ヒダはかなりの範囲で成熟し、真っ黒になっている
4.ヒダが液化して柄などに付着いるのが確認できる

ヒダはかなり溶けており、液化して既にヒダの何割かが無くなっている。
しかし、傘の表面は少し黒くはなっているものの「傘が溶けている」という状態ではない。

ヒトヨタケの傘は一見弱々しく見えるのだが、実際は結構頑丈なのだろう。
もしくは自身が持っている分解酵素にも分解されない性質の細胞で出来ているのではないかと思われる。それゆえ「傘は溶けない」のだと思われます。
これは自分でも「ちょっとした発見だなぁ、、」とほくそ笑んでいたのですが、しかし、、、、

今年の10月NHKワールドにて「Wonderful Fungi」という番組があると聞いたのでネットで視聴してみた。
大作晃一さんが撮影したキノコの写真や映像がふんだんに盛り込まれた素晴らしい内容であった。
その番組の中で驚愕した場面がある。
ササクレヒトヨタケが成長していく動画だったのだが、その成長と共に傘自体も豪快に溶けていったのである。

その時の映像は現在視聴することができませんが、筑波大学山岳科学センターがYoutubeにアップしているこの動画を観ればササクレヒトヨタケの溶け方が分かるかと思います。
https://www.youtube.com/watch?v=HS3l1YvdS50

ではそのササクレヒトヨタケの溶け方が分かる画像でその様子を見てみましょう(Fig.14)。

1枚目の写真(2022.11.23):
左の2本は傘の一部が溶けかけていますが、右の2本は傘が半分以上溶けて無くなっているのが確認できます。

2枚目の写真(2022.11.28):
5日後の写真ですが、ほとんどの傘が真っ黒になってほんの一部だけが残っている状態が確認できます。

ここでまず言えることはササクレヒトヨタケの溶け方というのは、まずヒダが先に溶けるのであるが(これはヒトヨタケと共通)、同時に傘の方もヒダの黒色化に連動して縁の方から順番に溶けていく、ということなのでしょうね。

ここで千葉菌類談話会で発行されている「千葉菌類談話会通信 24号」に青木実氏のインタビュー記事が載っておりますして、そこに興味深いことが書かれているので引用します。

「例えば、これササクレヒトヨタケでしょう。このヒトヨタケのね、胞子の大きさとかなんか・・・それから特徴はね、傘の皮膜、これはどんな細胞かというと、バラバラになる細胞なんだ。ほかのヒトヨタケはバラバラにならずにつながってるの。だから、その特徴をここに入れたわけですよ。そうすると分かりやすいだろうと。」

http://chibakin.la.coocan.jp/kaihou24/24p42to49.pdf

インタビューの最後に「日本きのこ検索図版」の事を聞かれての青木さんの説明である。
この中で「ササクレヒトヨタケの細胞はバラバラになる細胞」と書かれていて、またヒトヨタケに関しては「バラバラにならずにつながっている」と書かれている。

つまり

バラバラになる細胞かそうでないかで溶ける溶けないが決まってくるのではないだろうか?

あくまでも推測であるが、かなりいい線いってるような気がします。

ササクレヒトヨタケとヒトヨタケ、違う祖先を持ちながら同じような進化を遂げてきた2つのキノコ。これらはどういう意図、またはどういう経緯を経て「溶ける」という進化を遂げたのだろうか?
この2つのキノコが示す通り、自身が溶けて液化するという現象には何らかの意味があるはずで、それは間違いなく溶けた方がより多くの子孫が残る、という生存戦略なのではないかと思われます。

溶けるとはどういうことなのか、そして溶けると何故多くの子孫が残るのか、まだまだ分からないことだらけですが、今回の記事はこの辺りにしておこうかと思います。

【参考】

本郷次雄(1987) ヒトヨタケ属 in 今関六也・本郷次雄
編著 原色日本新菌類図鑑(ⅰ). p. 162. 保育社, 大阪.

本郷次雄 (2011) ヒトヨタケ属(広義) in 今関六也・大谷芳雄・本郷次雄
編著 山渓カラー名鑑 日本のきのこ 増補改定新版. p. 200. 山と渓谷社, 東京.

池田良幸(2013)コキララタケ in 池田良幸・本郷次雄
編著 新版 北陸のきのこ図鑑. p.89. 橋本確文堂,石川.

DJ Schafer(2010). Keys to sections of Parasola, Coprinellus, Coprinopsis and Coprinus in Britain. Field Mycology.

中島淳志(2022). 大菌輪 https://mycoscouter.coolblog.jp/daikinrin/

大作晃一(2022). 「Wonderful Fungi」 in NHKワールド
https://www3.nhk.or.jp/nhkworld/en/special/episode/202210190930/

筑波大学山岳科学センター(2021). 「ササクレヒトヨタケの形状変化 溶解」 in Youtube
https://www.youtube.com/watch?v=cKmlS9VjhaE

Facebook コメント

Follow me!

コメントを残す