コウバイタケから見えてくる日本のきのこ分類事情

Fig.1 2022.9.23 阿寒湖

またかぁ、、と思った。
コウバイタケよ、お前もか、とシーザーの様な気持ちになったのは言うまでもない。
でもそれはこのキノコに会った時から予想していたもので、さほど驚きを持って迎えたわけではないことだけは言っておく。それが現在の日本のきのこ分類事情だからだ。

毎年北海道の阿寒湖まで、このコウバイタケを見るために観察ツアーに行っている。
案内してくれるのは「コウバイタケ写真家」と自ら名乗っている新井文彦氏。
ご存じの方も多いと思いますが、新井さんは既にきのこの本を何冊も出されているのですが、その中でこのコウバイタケの写真が唯一表紙として使われているのが「森のきのこ、きのこの森」という本なのですね。ほんと可愛い。さすがコウバイタケ写真家。

阿寒の森は雄阿寒岳の噴火により流れ出た溶岩などによって形成された無生物の土地。そんな土地に根付いた樹木や溶岩を覆いつくした苔がこの地域独特の生態系を作り出しているのです。
そんな森の中、苔の間からひっそりと顔を出しているのが、この写真のコウバイタケである。

傘の中心部分は何とも言えないピンク色で、その周辺は白く縁どられている。
この「白く縁どられている」というのがこのコウバイタケの最大のチャームポイントであり、この様に明確に色が分かれているきのこはなかなか珍しい。

ヤマケイ新版「日本のきのこ」で使われている写真(伊沢さんが撮影)も北海道の写真で、傘の縁が白く縁どられている典型的なコウバイタケの写真ですね。
恐らくこの写真が「コウバイタケのスタンダード」になったのではないかと考えています。

が、今読むとここでの説明には「傘周辺の白い縁どり」の事には触れられていません。
特徴的な写真に目を奪われて説明まで読むことがなく、絵合わせのみで「こういう形態をしたものがコウバイタケである」と思い込んでいたのです。

しかし、京都のコウバイタケ写真を見てその認識を大きく改める必要が出てきたのでした。

京都のコウバイタケ?

fig.2 2022.12.10 京都

昨年の12月頭、Facebookに何枚かの写真がアップされた。
形態的には恐らくクヌギタケ属であることは想像できました。
「何だろう?」と思い大胆にも「Mycena」で画像検索かけて片っ端からWebサイトに飛んで調べていったら似たような画像があったので、そのサイトに行って内容を確認してみました。

「THE MYCENAS OF NORTHERN EUROPE」というサイトの「Mycena adonis (Bull.) Gray」のページ。
https://www.mycena.no/adonis2.htm

トップの写真は2006年にカナダで撮影された写真。
傘と柄の配色はFig.2の写真とは少し異なっていますが、元のFacebookにアップされた写真とは一部似ているものがありました。

実は「Mycena adonis」というと和名コウバイタケの事なのです。

「ん?コウバイタケ?どういうこと」

ってなりますよね。
阿寒湖で見ている「コウバイタケ」と京都産の「コウバイタケ?」、あまり似ている様には見えないこの二つのコウバイタケ。いったいこれらは同種なのでしょうか?それとも別種なのでしょうか・・・?

これらの情報をもとに、高橋春樹さんにお聞きするべくTwitterの方に投稿してみました。

すると高橋さんからは以下の様なお返事がありました。

高橋さんのアドバイスから分かったことは以下の通り

  • Mycena aff. adonis の淡色型に良く似ている
  • Mycena cf. roseocandida Peck にも似ている
  • 柄表面の粉状物または小鱗片が気になる(違和感あり?)
  • Mycena aff. adonisには淡色型と濃色型がある
  • 高尾山で濃色型のMycena aff. adonisを見られたことがある
  • コウバイタケには複数の系統が含まれている可能性がある
  • 現在Mycena adonis はAtheniella属に転属されている

もう情報が盛り沢山でギブアップしていませんか?(笑)

一つ言えることは高橋さんが書かれている様に和名「コウバイタケ」には複数種の系統がある、と思って間違いないのではないかと考えています。

学名に付けられた「aff.」と「cf.」について

「aff.」というのは「affinis」の略で「~に類似している」という意味。
また、「cf.」は「confer」の省略形で「~という種に似ている」という意味です。

同じやんけ、と思われる方いますよね?確かに僕もそう思いましたので、ここでちゃんと整理しますと

aff. affinis】:○○△△に類似の意味。
特定の種または亜種に類似するが、重要な分類形質の一部が明らかに一致しないことから、未記載種の可能性の高い場合に、属名と種小名の間に挿入する用語。○○ sp. aff. △△というように用いる○○は属名、△△は種小名)。

【cf. confer】:○○△△を参照せよ、あるいは○○△△と対比させての意味。
特定の種または亜種に同定したものの、原記載の内容が不明瞭であったり、さまざまな理由によりタイプ標本を直接参照することができなかったなどの理由により、種名の確定に疑問の残る場合に、属名と種小名の間に挿入する用語。○○ cf. △△というように用いる(○○は属名、△△は種小名)。

https://churashima.okinawa/umitosaka/pdf/softCoralBook08.pdf

京都のコウバイタケ?を検証する

2022.12.10 京都

Facebookにアップした人とコメント欄で話をしていたら、大阪に近い京都の低山地で見つけたのだそうな。

いやぁ、、それだけで大体推測はつくんですけど・・・(たぶん行った事あるし)

で、Messengerで連絡を取って案内してもらうことになりました。
とあるバス停で待ち合わせして、そこからは徒歩で約15分。
Facebookでアップされた時点から1週間ほど経過していましたが、まだ子実体はしっかり残っていました。
(ちなみに2023年1月5日にもアップされていて、気温と湿度が発生条件と合えばずっと出ているようですね)

2022.12.10 京都

京都産コウバイタケ?の肉眼的特徴

大分類 小分類 特徴
発生 場所 京都の低山地
条件 ハイキング道脇の斜面
苔上に発生
時期 12月~1月
5mm~15mm
円錐型~やや陣笠型
幼菌の頃は朱紅色
成菌になってからは淡紅色
条線 あり
大きさ 3mm x 5cm
淡紅色
細管型、上下同径
表面 平滑、微粉状(これはもしかしてシスチジア?)
ヒダ
疎密 疎で連絡脈あり
柄に 直生

それではここから検鏡写真に入ります。
まずはヒダの縁にあるシスチジアから見てもらいましょう。

ヒダ縁部、縁シスチジア

先の尖った紡錘形のシスチジアが見れます。

ヒダ側部の担子器と側シスチジア

柄の細胞と柄シスチジア

胞子

京都産コウバイタケ?の顕微鏡的特徴

大分類 小分類 特徴
胞子 大きさ 7.7-11.2μm x 4.8-6.2μm (Ave 9.4 x 5.3μm)
楕円形、発芽孔あり、油球含む
縁シスチジア 大きさ 60 x 11μm
先の尖った紡錘形
側シスチジア 大きさ 67.3 x 14.2μm
先の尖った紡錘形
担子器 大きさ 38.0 x 7.3μm
胞子性 2胞子性
柄シスチジア 類球形の短棍棒形

京都のコウバイタケはコウバイタケなのか?

Fig.3 2022.12.10 京都

まずは図鑑レベルで検証してみます。
以下の4つの図鑑で「コウバイタケ」となっている項目を比べてみました。
ただし幼菌の会「きのこ図鑑」には検鏡データが載っていないので肉眼的特徴のみ検証。

図鑑 内容
日本のきのこ(ヤマケイ新版) ・傘の色が濃いピンク色
・傘の縁が白くなっている
・胞子サイズがやや小さい(7-8.5 x 3-3.5)
・胞子の形は「狭楕円形」となっている
きのこ図鑑(幼菌の会) ・傘の色が濃いピンク色
・傘の縁が白くなっている
※これは恐らく北海道の写真?
北陸のきのこ図鑑 ・「わずかに条線」と記載されている(Fig.3の写真ではくっきりした条線)
・胞子サイズがやや小さい(7-8 x 3-4)。
・「シスチジアの形が先端突出棍棒形」となっている
日本きのこ図版(青木図鑑) ・柄が白い
※他の検鏡データなどはほぼ合致する

どの図鑑とも微妙に異なるのですが、この4つの図鑑の中では「日本きのこ図版(青木図鑑)」のコウバイタケに一番特徴が合致しています。実際は高橋さんが言われた「淡色型のMycena aff. adonis」というものと同じかも知れません。
いずれにせよ、このきのこはコウバイタケの仲間である、と言ってしまっていいかと思います。

京都のコウバイタケはMycena adonisなのか?

標本を東大の阿部寛史(Twiiter名:べべひろ)さんに送ってDNAの配列を調べてもらいましたのでそのデータを公開しておきます。

阿部さん、スペシャルサンクス!!

——

DNA情報(ITS)

ATTGTGCTCGCTTCATTCTTCTTTTTCCACCTGTGCACCTTTTGTAGGCTATGTATCTTAATCGTTCGTTTAGATGGAAG
AGGTTTAATTATCTCTTTCTGCTTCCAGTTGATTCTTTCAACAAGCAAAGTCTATTTCGTCGGATATTGAGTGGCTTGGA
AACTTCCACTTGAACCTCATAGCCTATGTTTTTTATACACTATTTTAAAACCTAGAATGTATTTTGTGGGTCTTGTACCT
ATAAACTTTTATACAACTTTTAACAACGGATCTCTTGGCTCTCGCATCGATGAAGAACGCAGCGAAATGCGATAAGTAAT
GTGAATTGCAGAATTCAGTGAATCATCGAATCTTTGAACGCACCTTGCGCCCTTTGGTATTCCGAAGGGCATGCCTGTTT
GAGTGTCATTAAATTCTCAAACCTCTATTGACTTTTTGGTCAATTTTAGAGGCTTTGGATATGGGAGTCTTTGCTGGAAC
CTATTTATTTAGAGGTCAGCTCTCCTTAAATGCATTAGCGGTTAACTTGATCCCCTTTCATTGGTGTGATAATTATCTAC
GCCTCTTGAAATGATCAACAGAATGTTAATAGCTTCTAAT

このデータでBlastをかけてみると以下の様な結果になります。

一番塩基一致率が高い(Per. ident.の値が高い)のはカナダで登録された

Mycena adonis var. adonis

というものに95.87%の配列が一致したことになります(95.87%だと同種とは言えないレベルだと考えられます)。
またこの種は「var.」ということですから、Mycena adonis の変種ということになりますね。
残念ながら Mycena adonis 自体はGenbankにはまだ登録されていないようなので比較することが出来ませんが、ヨーロッパが原記載ということなので、恐らく京都産のものとは別である可能性が高いです。

だとしたら今のところ京都産のコウバイタケの仲間は 「Mycena(Atheniella) adonis の近縁種」ということで留めておくのが適切だと思われます。

ちなみにMycena adonis var. adonisの写真がここから確認できます。
https://www.mycoportal.org/portal/taxa/index.php?taxon=298178#

傘の頂部が尖っている、というのが気になりますね。
これは本種の特徴なのでしょうか?

コウバイタケから見えてくる日本のきのこ分類事情

さて、京都産のコウバイタケ近縁種は現在のところ「Mycena(Atheniella) adonisの近縁種」ということでよろしいかと思います。

では、阿寒湖で見ているコウバイタケは Mycena(Atheniella) adonis なのでしょうか?

2021.9.19 阿寒湖

Googleで「Mycena adonis」で画像検索するとこんな結果が返ってきます。

さて、いかがでしょう?
写真だけで「一緒だ」というのはナンセンスですが、似ているか似ていないかと言えば

「似ているのだが少し違う」

というのが実際のところかな?
違和感がある点を列挙すると以下の様な感じでしょうか

  • 傘の色がオレンジ色に近い
  • 傘の縁が白いものと白くないものがある
  • 材から発生しているものがある

やはり傘の色の違いにはかなり違和感を感じますね。
阿寒湖のものはかなりピンク色に近いのですが、海外の Mycena adonis は淡いオレンジ色に近い。
これだけで別種とは言えないでしょうが、Mycena adonisであるとも言えません。

これは採取して詳しく調べる必要がありますが、恐らくこれも「Mycena(Atheniella) adonis の近縁種」となる可能性が高いと考えています。

次に高橋さんが高尾山で見られた「濃色型のMycena aff. adonis」。

この濃色型の Mycena aff. adonis に関しましては「aff.」が入っていることから「Mycena(Atheniella) adonis の近縁種」になります。

ということで、僕の知る限り日本に存在するコウバイタケとその近縁で肉眼的特徴が異なるものが3タイプあります。

  1. 北海道の阿寒湖周辺に発生する傘がピンク色で周辺が白いもの
  2. 京都で見ることが出来る子実体全体が薄っすら淡紅色のもの
  3. 高尾山で観察された傘が濃紅色のもの

この3タイプのものはそれぞれ異なる種なのか?

この中で「和名コウバイタケ」と言っていいものはいったいどれなのか?

またこの中で「Mycena(Atheniella) adonis 」と同種のものはあるのか?

違うのだとしたら「Mycena(Atheniella) adonis 」と系統的にはどれぐらい異なるのか?

まだまだ疑問が尽きませんが、、、

実際のところ、図鑑などでは「コウバイタケ」(Mycena adonis)とは書かれているものの、全国のコウバイタケを集めて、その形態や顕微鏡での詳しい検証、そしてDNA配列などを調べたらいくつかの系統に分かれ、しかも Mycena adonis とも全くの別種だったなんてことは十分にあり得る話なのです。つまりはこの3タイプとも別種でしかも新種だった、なんて可能性も十分あり得ることなのですよね。

以前、牛研さんがおっしゃっていましたが、現在図鑑に載っている日本産きのこの中で、詳しくDNAまで検討して調べられているのは2割もないのではないか、と言われているそうです。
もしかして昨日見た10種類のきのこ、全てが新種という可能性もまんざら大げさではない、という事ですね。

参考

本郷次雄 (2011) コウバイタケ in 今関六也・大谷芳雄・本郷次雄
編著 山渓カラー名鑑 日本のきのこ 増補改定新版. p. 134. 山と渓谷社, 東京.

池田良幸(2013)コウバイタケ in 池田良幸・本郷次雄
編著 新版 北陸のきのこ図鑑. p.52. 橋本確文堂,石川.

幼菌の会(2001)コウバイタケ in 幼菌の会
編著 きのこ図鑑 p.69. 家の光協会,東京.

青木実 (1983) 日本のきのこ図版. p.750. 青木実・日本きのこ同好会(名部みち代編)

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