コバヤシアセタケを分解する
こいつを見つけたときに「あれだな?」と思った。
傘の径は3cmほどで、淡褐色。表面はひび割れた様でもあり、繊維状でもあるような大きな鱗片があり、ちょうどそれが模様の様になっている。質感は弾力があるんだけど、なかなか割れにくい感じで、柄もしなっとはしているものの折れるような具合ではない。
ヒダも傘と同じ色の淡褐色でやや密、柄に対して直生していてこれと言った特筆すべき特徴はみられない。
ではカットしたところを見てもらいましょう。
このキノコの最大の特徴はこの柄にあります。
先にも書きましたがこの写真では柄が「しなっと」なっているのが分かりますでしょうか?
で、触るとやはり少し弾力のある質感なんですよね。
そして表面はつるっとしていて、とってもいい肌触りなんです(笑)
で、「あれだな」と思いついたのは何か?をお教えしましょう。
まずはヒントから。
これはあるキノコを切断した写真である。
柄のしなり具合が最初のきのこに似てはいないだろうか?
そしてヒダである。
少し赤みがかっているものの、それ以外は良く似ている様にみえますね。
このキノコの正体は
アカヒダワカフサタケ
である。いわゆるアンモニア菌として知られていて、この様な腐葉土や落ち葉が積もっている様なところから発生します。
ただし、アカヒダワカフサタケとはヒダの色も異なるし、傘の形態もかなり異なっている。
なので、見つけたときは「ワカフサタケ系」の何か?であると確信していた。
しかし、、、
家で調べようと思って採取してかえって検鏡してビックリした。
そこには、過去に見たことのあるシスチジアがあったのだ。
ん?なんだこりゃ。
これはアセタケの仲間のシスチジアではないのか???
と思い当たる。
アセタケの仲間のシスチジアの先に、小さな結晶がくっついているのを何度か見たことがある。
例えば9月に採取したキイロアセタケのシスチジアである。
シスチジアの形は違うものの、その頂部に小さな結晶が付いているのは確認できるだろうか?
もしかして、他の属のものでもこの様な結晶が付着したシスチジアがあるかもしれない、、、と思って図鑑をめくってみたのだがこの様な形態をもつものは見当たらなかった。
ちなみに、、
ウラベニガサの仲間などはまた特徴的なシスチジアの形態をしている。
例はクロフチシカタケ疑いのキノコのシスチジアである。
なんてカッコいいんだ~!
このシスチジアは先端が二つに分かれていて、まるでそこから目を出している軟体動物の様なイメージが湧いてきませんか?(笑)
ウラベニガサの仲間もこんな面白いシスチジアをしていて、検鏡するのが楽しみなキノコであるが、なかなか奥が深く、種類が多いため種の同定まで行き着くのが大変なグループだそうです。
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とまれ、シスチジアを見て「もしかしてこれアセタケの仲間では?」とは思ったものの、その肉眼的形態のあまりの違いに、
「これはきっと同じようなシスチジアを持つ別の属のキノコがあるに違いない」
と考えたと同時に、ワカフサタケの仲間をいくら探してもこのようなシスチジアを持つものが無く
「ワカフサタケの仲間では無い」
という結論にも達した。
つまり、ワカフサタケの仲間以外の何か、である。
ってことで苦しい時の神頼み、、、にFacebookの美菌倶楽部にキノコの生態写真とこの顕微鏡の写真を投稿してみた。
すると我らがお助けマン、39氏がしれっと
「これはアセタケ属にみえますな」
と答えたのであった。
うーむ、シスチジアだけでなく、肉眼的特徴もアセタケ属に見えるとのこと。
そこでアセタケの権威、大西さんに見てもらうべくTwitterに投稿してみた。
大西さんによると、マクロ的特徴と顕微鏡的特徴からコバヤシアセタケで良いのではないか?とのことでした。
ではコバヤシアセタケとはどんなものか見ていきましょう。
コバヤシアセタケの特徴
今回は「日本のきのこ」(ヤマケイ新版)の説明が少なかったため、「青森県産きのこ図鑑」(著者:工藤伸一、監修:長澤栄史)を参照します。
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また顕微鏡のデータに関しては原色日本新菌類図鑑(著者:今関六也&本郷次雄)を参照しました。
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コバヤシアセタケ
Inocybe kobayasii Hongo
大分類 | 小分類 |
特徴
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傘 | 大きさ | 3.5cmぐらい |
形 | 初め円錐状鐘形のち中高の平らに開く | |
粘性 | 粘性なし | |
色 |
初め淡黄土色のちやや濃色となる
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表面 |
繊維状であるが、ときにひび割れてささくれ状の鱗片を生じる
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肉 | 色 | 白色 |
匂い | 土臭がある | |
ひだ | 柄に |
湾生またはほぼ離生
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色 | 帯黄土肉桂色 | |
疎密 | やや広幅、密 | |
柄 | 大きさ |
通常長さ4cm、幅6mm位
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形 | ほぼ上下同幅 | |
色 |
類白色または多少傘の色をおび
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表面 |
繊維状でときにややささくれる
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生態 | 季節 | 夏~秋 |
発生 |
林内地面に群生~単生
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コメント |
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食毒不明であるが、アセタケ類は有毒のムスカリンを含むものが多いので本種も注意が必要である。
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胞子 |
大きさ |
8.5~11(12.5)×5.5~6.5(7)cm
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形 |
卵形~楕円形
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表面 | 平滑 | |
縁、側シスチジア | 大きさ |
43~60×13~17.5cm
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形 |
やや紡錘形、天頂に結晶
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ではもう一度写真で確認してみましょう。
まずは傘です。
傘の径は約3.5cmぐらい。
ただし、大きいものだと4~5cmあるものもありました。
色は図鑑の記述通り淡黄土色ですね。そして傘に何やら模様らしきものがあります。
これも図鑑のとおり「ひび割れてささくれ状の鱗片を生じる」という記述に合致しています。
さて、ここでちょっと話が逸れます。
当初、このキノコを見て「アセタケの仲間である」とは考えませんでした。
というのも、アセタケの「傘」はある一定のパターンがあり、そのパターンを感知することにより「あ、これアセタケね!」という感じで属ぐらいまでは判別できるのであるが、今回は僕が判別できるパターンには合致しなかったのでした。
ではそのパターンを列挙してみますと、、、
パターン1:傘表面が絹状である
パターン2:傘表面が綿毛状である
パターン3:傘の中心から放射状に深い条溝線がある
パターン4:傘の中心が尖っている
これはあくまで僕がぱっと見で判断できるアセタケであって、アセタケが全てこの様な傘に分けられる、ということではないことに注意をして欲しい。
つまりこれ以外の傘の形態をもったアセタケは存在するのだが、それらは傘の形だけでは判断しずらいもの、と言うことになる。
そして、このコバヤシアセタケはこの4つのパターンに入らなかった。
ゆえに「アセタケの仲間」という判断が出来なかった、という言い訳をここで告白しておく(笑)
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ではコバヤシアセタケの写真に戻ります。
次にヒダを見ていきましょう。
色についてはほぼ傘と同じような色をしていますね。図鑑は「帯黄土肉桂色」と書かれていますが、まさにその通り。
また、ヒダが「密」というのも合っています。
しかし、、「湾生またはほぼ離生」というのはこの写真で見る限り異なる様に見えますが、軽い湾性かもしれません。
柄を見てみますと、上下同径は間違いありません。
そして「類白色または多少傘の色を帯び」という記述とも合致していると言っていいでしょう。
しかし「表面が繊維状でときにややささくれる」と言うのには合致しません。
表現的には「平滑」という言葉がしっくりときます。
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それでは次に胞子を見てみましょう。
胞子のサイズ:7.8-10.4 x 3.8-6.1 (Ave 9.3 x 5.1)
胞子の形:楕円形
胞子の形は図鑑と同じであるが、胞子はほんの少し小さい気がします。
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では縁シスチジアを見てみましょう。
そして側シスチジアを見てみましょう
形は「紡錘形」と言っていいでしょう。
ただし、側シスチジアの頂部がやや膨らんでいるのがコバヤシアセタケの特徴らしいです(大西さん)。
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以上の特徴から、このキノコはほぼコバヤシアセタケで良いかと思います。
また今回は東大の阿部寛史さんにDNAを調べてもらいましたのでそのデータを公開しておきます。
DNA情報(ITS)
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GTGCACACTTGTCATTTTTCATTTATTTCTCCACTGTGCACCAACTGTAGGTCTGGAGTTGTTTGAAACACTTTCGATTGAGGGACCGCTGTGCCTTTTATTTTTGACTCAGCCTTGCCTTGCCTTGCATCTTCAGATCTATGCTTTTACAAAACCCACAACATGTTTTTGAATGATGAATTGTATATGTATACAACTTTCAGCAACGGATCTCTTGGCTCTCGCATCGATGAAGAACGCAGCGAAATGCGATAAGTAATGTGAATTGCAGAATTCAGTGAATCATCGAATCTTTGAACGCATCTTGCGCTCCTTGGTATTCCGAGGAGCATGCCTGTTTGAGTGTCATTAAATTCTCAACCACATCAATTTTTTTT
このデータでBlastをかけてみると以下の様な結果になります。
一番相同性が高く(Per. ident.の値が高い)、学名があるものでも
Inocybe bicornis f. bicornis で 85.45%となります。
まだGenbankにはコバヤシアセタケ(Inocybe kobayashii)は登録されてないようなので、この値かもしれませんが、かなり違いますね (;^_^A