阿寒湖きのこ紀行
またこの場所を訪れることが出来た。
豊かな水量を集めて悠々と淀みなく流れる川は、太古からのその姿を留め、悠久の時を駆け抜けて来たように見える。川の上に寝そべった大木も、まるでその姿のまま大きく育ってきたかのように景色の一部となり泰然と横たわっている。
苔むした森に木々が育ち、そして朽ち果て、やがてそれが土となり、多くの植物のゆりかごとなってきたであろう豊かな森。
そんな阿寒の森はきのこの宝庫でもある。
ふと苔の上から頭を出したイグチを引っこ抜いてみる。
土があるところから、分厚い苔の層を突き抜けて地上まで柄を伸ばしたかなり背が高いイグチの全貌が現れる。
「そんな下から柄を伸ばして出てきたのですか、君は?」
なんて問いかけたくなるぐらいノッポなイグチの姿がそこにある。
フウセンタケの仲間だってそうだ。
苔の中に顔をだしているヌメリササタケなどはあり得ないぐらい柄が長い。
それぐらい地上を覆っている苔の厚みが凄いのだ。
こんな環境はほかにあるだろうか?
僕の中で思い当たる場所は一か所だけある。
その名は富士山(笑)。
富士山と阿寒湖周辺で共通するのは火山活動によって形作られた環境である、ということ。
富士の樹海や、森林限界に達するまでの「森」は富士山が過去に噴火した際の溶岩がその土台となっている。
阿寒湖周辺の地域も同じく雄阿寒岳の噴火によって噴出された溶岩の上に土が薄くたまり、苔が生え、木の種子が根を広げ、やがて大木となって森が形成されている。
そんな森の豊かさを支えているのが菌類だ。
溶岩が敷き詰められた環境では樹木が通常必要とする養分や水分をなかなか土から得ることが出来ないはずなので、樹木たちはその多くを苔や菌類からの供給ということでまかなっている、ということは容易に推測できる。
つまり樹木にとってこの過酷な環境で生活していくには菌類は欠かすことが出来ないパートナーでもあり生命線でもあるのだ。
ただ菌類にとって、ここは住みやすい場所なのだろうか?
菌類の本体は菌糸である。菌糸は通常土の中で生活している。菌糸は成長するに従い同心円状に広がっていくが、広がっていく途中で「先に行くことが出来ない壁」にぶち当たることがある。例えば大きな岩があったり、踏み固められた道があったり、急な崖があったりと。
では自分が行こうとする進路を阻むものに出会うと菌糸はどうするか?
やむなく子実体を発生させる
のである。
この「やむなく」というのが重要で、菌糸たちはやむなく自分たちが蓄えてきたエネルギーを集めて、次世代に繋ぐための大きな生殖組織、つまり子実体=きのこを作り上げていくのである。自分(菌糸)よりも何千倍も大きな組織を作り出す、ということは菌糸にかなりの負担を要するのではないか?
繰り返す。
阿寒の森は溶岩の上に構築された森である。
菌糸が伸びて行こうという先々には幾重もの障害が待っている。
阿寒の森に生きる菌類の宿命。
そして菌糸は今とは違う新しい場所にシロを築くために沢山の「きのこ」を作り出そうとする。
それがきのこの宝庫という阿寒の森を作り出しているのだ。
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では、阿寒湖周辺で見ることが出来るきのこ達をいくつか紹介していきましょう。
キンチャヤマイグチ
ここが北欧であるかのような錯覚に陥らせてくれるのに、このきのこ1本あれば十分かもしれない。
キンチャヤマイグチ
そんな「威力」と「魅力」を持つきのこである。
阿寒につくなり、僕はまずその場所に直行したかった。
この姿を拝んでこその阿寒であるし、この姿を拝むことなしに帰るのはなんとも心残りだ。
食べ菌さんたちの標的にもなるきのこ故、是が非でも取られる前に行かねばならぬのであった (#^.^#)
車をその場所の横に付け、去年見た辺りを見回す。しかし目に入ってくるのはクマのウンチだけ。
クマたちはいったいいつここに現れて何をしているのか、、、まさかキンチャヤマイグチでも食っているわけでもあるまいし、、、なんて思いながら、しらみつぶしに探してみるとやっと立派なのを見つけた。
白樺の木と共生しているこのヤマイグチは、関西で見るヤマイグチの仲間と比べると大きさ、太さ、そして硬さなど群を抜いている。
去年は食べ菌のIさんとここを訪れていて、スマホで写真を撮っただけでここにあったキンチャヤマイグチ達はもれなくIさんのポッケの中に誘拐されてしまった(笑)。
なので、今年は「ちゃんと一眼で撮るぞ」という意識高い系でもってここにやって来たワタクシ。
周りのクマのウンチには少しビビりながらも、いつもの銀色シートを敷き、目線をきのこの高さに合わせ少しずつ被写界深度を変えながら撮っていった。
もっと絞って周りの景色を入れた写真もあるのだが、一般向けはこれぐらいのボケの方がウケるのでこの写真をチョイス。
苔の中にすっくと立つその姿はいかにも男性的で凛々しい。
とっても逞しく、美しい子実体に出会えて喜んでいたのだが、キンチャヤマイグチのもう一つの持ち味は「可愛さ」でもあるのだ。
どんな風に可愛いか?
何気に横を見るとこんな可愛い幼菌が苔の間から顔を出しておりましたのでこれも掲載。
幼菌の頃の傘のキュートさといったら、、、これほど萌えるものがあるだろうか?
柄には成菌と同じような「無骨なたくましさ」を象徴する鱗片はありますが、それを凌駕するような傘の色、形、そして全体のフォルム。
これほど可愛く、絵になるものはなかなか無いですよね。
まさに北の大地にふさわしいきのこだと思いますね
ベニテングタケ
初日、同行していたKさんファミリー(粘菌探検隊)にこう告げてこのきのこを先に見に行った。
「日が暮れたらあかんので、ベニテン街道に行ってきます!」
「ベニテン街道」というのは新井文彦さんに去年案内してもらった場所で、今年は2日目は雨が降る予報だったので1日目にどうしてもそこに行きたかったのだ。
この写真を撮影したのが16時過ぎなので、日没には少し時間があったがそれでも時間的余裕は多くはない。
もし、いつも通りにじっくりきのこを観察&撮影しながら行ってたらきっと雨に濡れていないベニテングタケの写真は撮れなかったんだろうなぁと思っている。
ベニテン街道には大小合わせて10本以上のベニテングタケがあった。
ここのベニテングタケは真っ赤なものから、オレンジっぽいものまでバラエティに富んでいる。
赤いベニテンの向いにオレンジっぽいものが平気で並んでいたりもする。
以前、ベニテングタケの種類について「色である程度分けることが出来るんじゃないか?」と密かに思っていたのだが、それは単なる妄想であると気づいた(笑)。
またベニテングタケというと白樺のところに発生する、と言う話を良く聞く。
確かにここ阿寒周辺では白樺の樹下に発生しているのを良く目にする。
ところが富士山などでは白樺がないところ(シラビソやコメツガの森)でも平気で出たりしている。そもそも富士山の2000m以上のところでは白樺の木は無いしね。
なのでベニテングタケは白樺だけが好きなのではなく、ベニテングタケが発生するような環境に「たまたま」白樺が生えていてそれと共生関係を結んでいる、と考えた方がよさそうだ。
ちなみに、富士山きのこ探求家のもろぞーさんはその森を「ベニテンの森」と呼んでいたりする。
「ベニテン街道」といい「ベニテンの森」といい、そんな愛称が付けられるのは、このきのこが愛されている証なんだろうね。
コウバイタケ
阿寒湖に行く前はいつも新井さんのTwitter投稿を事前にチェックすることにしている。
コウバイタケが発生している時には必ずこいつらの可愛い写真がTwitterなどにアップされているからである。
今回も時期的にバッチリだったのと、週半ばの台風の影響で北海道全域に雨雲がいくつも通り過ぎていたので、「これは出てるぞ!」と予想していたら案の定ちゃんと出ていてくれた。
なんともけなげで可愛いキノコなんだ。
新井さんが自称「コウバイタケ写真家」と呼びたくなる気持ちはビシビシ伝わってくる。
紅梅茸
この妖精を絵に描いた様なきのこは発生場所が限定されているらしい。
ネット上で「コウバイタケ」で検索をかけてみると、トップに上がってくるのはもちろん新井さんの写真であるし、他のサイトも掲載されているのだが、良く見るとヒメチシオタケの可能性が高いか、もしくは近縁種の様に見える。
よって、真のコウバイタケは北海道にしかないのではないか?
なんて疑っているのだがどうだろう?
ただし、オウバイタケ(コウバイタケの黄色バージョン)に関しては富士山でも発生するようです。
先日も菌友がオウバイタケらしきものをアップしていて「これオウバイタケですやん!」と指摘したところだ。
発生する環境は見ての通り苔の上からのものが多いが、今回2本ほど地上から発生しているものを見た。
そのうちの1本がこれです。
最初何かわからなかったので、新井さんに確認してもらうと
「これもコウバイタケなんです」
とのこと。
傘の形がクヌギタケ型じゃないこと、縁が白くないこと、柄がかなり太いこと、地上から発生していること、などからコウバイタケではないと判断したのですが、発生する場所によってこの様な形態になるのかもしれませんね。
また、傘の縁が白くない、というのはコウバイタケが生長するとこの様に傘全体がピンク色になるのかもしれません。
ここで注目は柄の下部に微毛が生えていることです。
この様な形質はコケの中から発生しているものには見られなかったものですが、恐らくコケの中で柄の下部が隠されているだけなのだろうと考えていますので、コウバイタケが本来持つ特徴なのでしょう。
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さて、きのこの紹介はこの辺で終わることとして、阿寒湖に行ったときに「やはり美味しい料理が食べたい」っていう風に思いますよね?
たとえ目的がきのこ探し&撮影であったとしても、旅の彩として食事は重要なポイントですからね。
アイヌ料理 民芸喫茶 ポロンノ
阿寒での夜の食事と言えばここですな。
民芸喫茶 ポロンノ
ここも新井さんがイチオシのお店で、中でも「めふん」(オスの鮭の中骨に沿って付いている血腸を使って作る塩辛)を使った料理が最高で、めふんポテトとかめふんピザ、またはめふんスパゲティなどもあり、是非阿寒に行ったときはポロンノでめふん料理を食べて欲しい。
今回は新井さん含めて9人でわいわいガヤガヤ、、、大変楽しい夜を過ごさせてもらいました。
中でも粘菌散策の為に札幌からわざわざ来ていたSさんのホネホネ話や、阿寒ネイチャーセンターのKさんが話してくれた、黄色いカゴの・・・・おっといけない、誰か来たようだ ε=ε=(((((((へ( *・口・)ノ
阿寒ネイチャーセンター
今回もお世話になった「阿寒ネイチャーセンター」。
新井さんはここの役員を勤められているので、本人曰く「あまり働かないよ」と言ってはいるものの、そりゃ「きのこツアー」だったら新井さんが登場するわけだし、人手だって足らないときはカヌーも漕ぐ漕ぐ。
もし、阿寒にきのこ探しに行きたいときは是非阿寒ネイチャーセンターでツアーに申し込まれることをお勧めします。
もしかしてKさんの黄色いカゴ話が聞けるかもしれませんよ(笑)
阿寒ネイチャーセンター
http://www.akan.co.jp/index.html
最後にオンネトーから写した雌阿寒岳と阿寒富士の写真を載せておきます。