【特別寄稿】フウセンタケ属がとうとう分かれた!
文:ガイ・ナット
(この記事は、2022年5月の東京きのこ同好会会報に掲載されたものです。)
(この記事を纏めるのに辺り、本会の阿部さんにご協力をいただき、深く感謝いたします。)
今年の2月23日に、菌類学の国際ジャーナル「Fungal Diversity」で革命的な論文が公開されました。イギリス、スペイン、フィンランド、アメリカの4か国からのエキスパートが作者で、きのこの分類学コミュニティで既にかなり話題になっている、「Taming the beast: a revised classification of Cortinariaceae based on genomic data」(「野獣を飼い慣らす:ゲノムデータを元にフウセンタケ科の分類を見直した」)という名前の論文です。
なぜ世界の分類学コミュニティがこんなに騒いでいるのかというと、5000種以上が記録されているという、ずっと前から一つの巨大な属だったあのフウセンタケ属が、なんと、10の属に分かれたからです。82ページもあるこの非常に長い論文を、ここで簡潔に纏めようと思います。
概要
ゲノムデータを元に、今まで一つの属しか含まなかったフウセンタケ科を、以下の10属に分けました:
- Cortinarius
- Phlegmacium
- Thaxterogaster
- Calonarius
- Aureonarius
- Cystinarius
- Volvanarius
- Hygronarius
- Austrocortinarius
- Mystinarius
これらの属の概要、それぞれの特徴、同定などに関しては、表1(フウセンタケ科の新属名)、表2(フウセンタケ科の新属の基本情報)、表3(フウセンタケ科の新属の形態的特徴)を参照してください。
検証方法
研究チームは、ターゲットキャプチャ-法によるシーケンシング、浅い全ゲノムシーケンシングの両方を用いてデータを作成し、19種から採った75のシングルコピー遺伝子の系統解析を行いました。さらに、北半球と南半球から採った245種について、より広範な5遺伝子座の解析も行いました。(ターゲットキャプチャー法を菌類の分類(担子菌門)で使用したのは本研究が初めてです。多くの種を含む分類群において、この方法は効率よくゲノムデータを得ることができます。)ゲノムデータは21年前からの菌類標本からも作成され、菌類の系統樹の研究における博物館標本の価値を実証しました。
日本におけるフウセンタケの仲間は?
この研究で扱われたきのこは、アジア産のものが少なく、日本で良く知られているフウセンタケ属の仲間は、ほとんどこの論文には記述されていません。ただし、日本種の節や亜属を調べたら、新しい分類での属が分かります。表4(日本のフウセンタケ類の学名の新組合せ)を参照してください。
結論
今回の論文では、世界レベルのフウセンタケの研究家が現在のフウセンタケ属が10もの属に別れるべきことを提案し、新分類に関しての詳しく記述しております。この新分類はやや複雑で、属までの同定が比較的困難になるとみられます。また、まだ論争となっているところも残り、この新分類が新しい「事実」として定着するかはまだ分かりません。殆どの人はしばらく、「フウセンタケ属広義」という言い方を使うことになるでしょう。
詳しく知りたい人は、論文をウェブで検索すると、全文が無料で読めますので、原文を参照にしてください。代表的な種の写真も載っています。詳細は以下の通りです:
論文名: Taming the beast: a revised classification of Cortinariaceae based on genomic data.
ジャーナル:Fungal Diversity
出版日:2022年2月23日
著者
- Kare Liimatainen 1
- Jan T. Kim 2
- Lisa Pokorny 1, 3
- Paul M. Kirk 4
- Bryn Dentinger 5
- Tuula Niskanen 1, 6
1 Jodrell Laboratory, Royal Botanic Gardens, Kew, Surrey TW9 3AB, UK
2 Department of Computer Science, School of Physics, Engineering and Computer Science, University of Hertfordshire, Hatfeld, Hertfordshire AL10 9AB, UK
3 Institut Botànic de Barcelona (IBB, CSIC-Ajuntament de Barcelona), 08038 Barcelona, Catalonia, Spain
4 Biodiversity Informatics and Spatial Analysis, Jodrell Laboratory, Royal Botanic Gardens, Kew, Surrey TW9 3AB, UK
5 Natural History Museum of Utah and School of Biological Sciences, University of Utah, Salt Lake City, UT, USA
6 Botanical Museum, University of Helsinki, P.O. Box 7, 00014 Helsinki, Finland
表1、フウセンタケ科の新属名
属 | カタカナ | 語源 | 今まで、この属は… |
Cortinarius | コルティナリウス | ラテン語のcortina(ベール、カーテン)から。多くの種が持つクモの巣膜から。 | 唯一のフウセンタケ科の属だった。今でも、きのこのどの属より多くの種を持っていて、Dermocybe(ササタケ亜属)、Leprocybe(キチャフウセンタケ亜属)、Telamonia(ツバフウセンタケ亜属)、Anomali(マルミノフウセンタケ亜属)、Myxacium(アブラシメジ亜属)、Rozitesなどの亜属を含む。 |
Phlegmacium | フレッグマシウム | この属にラテン語のphlegma(痰)から。粘性のある傘を持つ種が多いことから。 | フウセンタケ属の亜属(オオカシワギ亜属)だった。 |
Thaxterogaster | サックステロガステル | Thaxteroは有名な菌類学者Roland Thaxterに敬意をして、gasterはgasteromycetes(腹菌類)を指す。この属に腹菌類の形をしている種が多いことから。 | フウセンタケ属の亜属だった。腹菌類以外に、ハラタケ型の種もたくさん含む。 |
Calonarius | カロナリウス | 前の節名「Calochroi」から。 | 存在していなかった。前は節だったCalochroi(フタイロフウセンタケ節)とその仲間を含む。Cereiciumという属名の方が良かったという意見の菌類学者もいる。 |
Aureonarius | オーレオナリウス | ラテン語のaureus(黄金の)から。この属の種は子実体に黄色を持つことから。 | 存在していなかった。前は節だったCallisteiとLimoniなどを含む。Gymnocybeという属名の方が良かったという意見の菌類学者もいる。 |
Cystinarius | システィナリウス | シスチジアを持つことから。 | 存在していなかった。前は節だったCrassiとその仲間を含む。 |
Volvanarius | ヴォルヴァナリウス | volva(ツボ)という言葉から。この属はツボを持つ種が多い。 | 存在していなかった。 |
Hygronarius | ヒグロナリウス | hygrophanous(湿ったとき光沢のある)という言葉から。この属の種はそういう傘を持つことから。 | 存在していなかった。前は節だったRenidentesを含む。 |
Austrocortinarius | オーストロコルティナリウス | ラテン語のauster(南)から。分布は南半球のみにあることから。 | 存在していなかった。 |
Mystinarius | ミスティナリウス | ラテン語のmysticus(秘密の、神秘的な)から。 | 存在していなかった。 |
表2、フウセンタケ科の新属の基本情報
属 | 同じ属を指す異名 | 種の数(予想) | 亜属 / 節の数 | 分布 (半球)† |
シスチジア | 子実体の成長の種類 (S/P)※ |
Cortinarius | 11 | > 2000 | 11/130* | 北+南 | 稀に | S/(P) |
Phlegmacium | 3 | > 200 | 4/23 | 北(+南) | P/S | |
Thaxterogaster | 3 | > 200 | 6/22 | (北+)南 | S/P | |
Calonarius | – | ~200 | 3/14 | 北 | P/S | |
Aureonarius | – | ~25 | 2/3 | (北+)南 | S | |
Cystinarius | – | ~10 | 2/2 | 北+南 | あり | S |
Volvanarius | – | ~10 | 1/1 | 南 | 稀に | P/S |
Hygronarius | – | ~10 | 2/2 | (北+)南 | S | |
Austrocortinarius | – | < 5 | 1/1 | 南 | S | |
Mystinarius | – | < 5 | 1/1 | 北+南 | S |
* 一番大きい亜属「Telamonia」には、80節がある。 † カッコにある半球は、分布が少ない方を指す。 ※ S: Stipitocarpic (スティピトカーピック). 柄の成長が早く、棍棒形あるいは円柱形になることが多く、あまり球根状にならない。P: Pileocarpic (ピレオカーピック). 傘が拡大するのが早く、しばしば柄が球根形になる。
表3、フウセンタケ科の新属の形態的特徴
(ハラタケ型の子実体の形) | |||||||
属 | 傘表皮 | セコチオイドの種 | Myxacium型 | Phlegmacium型 | Telamonia型 | Cortinarius型 | Rozites型/Cuphocybe型 |
Cortinarius | 下皮層と外皮層(外皮層のみもあり) | あり | あり | 稀に | あり | あり | あり |
Phlegmacium | 下皮層と外皮層(外皮層のみもあり) | あり | あり | 稀に | |||
Thaxterogaster | 下皮層と外皮層 | あり | あり | あり | |||
Calonarius | 外皮層のみ | あり | あり | ||||
Aureonarius | 下皮層と外皮層 | あり | |||||
Cystinarius | 下皮層と外皮層 | あり | 稀に | ||||
Volvanarius | 下皮層と外皮層 | あり | あり | ||||
Hygronarius | 下皮層と外皮層 | あり | |||||
Austrocortinarius | 下皮層と外皮層 | あり | |||||
Mystinarius | 下皮層と外皮層 | あり | あり |
表4、日本のフウセンタケ類の学名の新組合せ
和名 | 今までの学名 | これからの学名 |
アカタケ | Cortinarius sanguineus | 同じ |
アカヒダササタケ | Cortinarius semisanguineus | 同じ |
アブラシメジ | Cortinarius elatior | 同じ |
アブラシメジモドキ | Cortinarius mucosus | 同じ |
イロガワリフウセンタケ | Cortinarius rubicundulus | Cystinarius rubicundulus |
ウスフジフウセンタケ | Cortinarius alboviolaceus | 同じ |
オオウスムラサキフウセンタケ | Cortinarius traganus | 同じ |
オオツガタケ | Cortinarius claricolor | Phlegmacium claricolor |
カワムラフウセンタケ | Cortinarius purpurascens | Thaxterogaster purpurascens |
キヒダフウセンタケ | Cortinarius xanthophyllus | Calonarius xanthophyllus |
キンチャフウセンタケ | Cortinarius aureobrunneus | 同じ |
クリフウセンタケ | Cortinarius tenuipes | Phlegmacium tenuipes |
ササクレフウセンタケ | Cortinarius pholideus | 同じ |
ショウゲンジ | Cortinarius caperatus | 同じ |
ジンガサドクフウセンタケ | Cortinarius rubellus | 同じ |
ツバアブラシメジ | Cortinarius collinitus | 同じ |
ツバフウセンタケ | Cortinarius armillatus | 同じ |
ヌメリササタケ | Cortinarius pseudosalor | 同じ |
マンジュウガサ | Cortinarius multiformis | Thaxterogaster multiformis |
ミヤマムラサキフウセンタケ | Cortinarius violaceus ssp. hercynicus | 同じ |
ムラサキアブラシメジモドキ | Cortinarius salor | 同じ |
ムラサキフウセンタケ | Cortinarius violaceus | 同じ |
ムレオオフウセンタケ | Cortinarius praestans | Phlegmacium praestans |