謎のきのこ、ヒメコンイロイッポンシメジの正体を探る
はじめに
以前から疑問に思っていたヒメコンイロイッポンシメジ。
ネット上に本種としてアップされているものはどうも疑わしく、「ドキッときのこ」または「きのこ雑記」にアップされているものが一番近いのではないか?と思って覗いてはいるものの、よくよく見ると違う種も混ざっている様に見えます。
恐らく似たような仲間が何種類かあると思いますので、一度ヒメコンイロイッポンシメジの名づけ親である本郷先生が原色日本新菌類図鑑で記載されている真の「ヒメコンイロイッポンシメジ」というものは本当はどれなのか?を検証してみたいと思います。
今回検証してみるサンプルのキノコは、今年、大阪の箕面市で5月に採取したものです。
個人的な印象としてはこれがヒメコンイロイッポンシメジだと思ってはいるものの、見た目の印象のみで詳しくは検証しておりませんので、今回肉眼的な検証および顕微鏡での検証を試み、そして最後にDNAのデータを見てみることにします。
肉眼的な検証
傘の形は円錐型で成長すると縁部が波打つ。
色は肉眼で太陽光の下で見たときは黒っぽく見えますが、こうして写真に撮ると暗青紫色をしています。
また傘全体が微細な鱗片に覆われており、傘の中央が最も濃い色をしています。
また傘の中央は平たくなっていて、周辺わずかに条線あり。
傘の径は2cm~2.5cm。
柄の長さは5cm x 2mm。
※この写真だと黒く写っているのが分かります。
柄は傘と同色。平滑。ほんの少しだけ微粉が付着している。
柄の基部には菌糸束に覆われています。
ヒダの色は初め真っ白、後成熟するとピンク色。
やや疎。小ヒダあり。柄に対して直性。
顕微鏡での検証
胞子の形状はほぼ楕円形で角張る。
胞子のサイズは 7.7-10.6 x 5.5-7.7 μm
担子器のサイズ 35.1 x 11.1 μm
縁シスチジア?形状は棍棒状、大きさは29.8 x 10.2 μm
検証してみる
まずは原色日本新菌類図鑑と北陸のきのこ図鑑から記載を表にまとめてみました。
大分類 | 小分類 | 原色日本新菌類図鑑 | 北陸のきのこ図鑑 | サンプルのもの |
傘 | 径 | 5~13mm | 0.8~2cm | 2cm~2.5cm |
形 | 円錐形~まんじゅう形 | 円頭円錐形→饅頭形 | 円錐型で成長すると縁部が波打つ | |
表面 | 微細な繊維状 | 粘性なく 微細繊維状、周辺淡く条線あり | 傘全体が微細な鱗片に覆われている | |
色 | 暗青紫色を呈する | 暗紫青色 | 暗青紫色 | |
ひだ | 柄に | 直生,上生またはやや垂生状 | 直生~上生 | 直生 |
密疎 | 疎 | やや疎 | やや疎。小ヒダあり | |
色 | 初めわずかに紫色をおびる | 淡紫色→淡紅褐色 | 初め真っ白、後成熟するとピンク色 | |
柄 | 大きさ | 2~3cm×0.7~1mm | 2~5 ×0.1~0.2cm | 5cm x 2mm |
色 | 傘と同色 | 傘と同色で下方ほど淡色で基部白色 | 傘と同色 | |
形 | 中実 | 上下同径~下方やや太く基部肥大し中空 | 上下同径、中空 | |
肉 | 形 | 薄く | ||
色 | 白色で無味無臭 | |||
胞子 | サイズ | 8~10×5.5~6.5μm | 8~10×5.5~7μm |
7.7-10.6 x 5.5-7.7 μm |
形 | ほぼ楕円形で角ばる | 楕円状多角形 | ほぼ楕円形で角張る | |
縁シスチジア | 形 | なし(not differentiated)(※1) | 棍棒形, 円柱形 | 棍棒状 |
大きさ | 35~45×8~16μm | 29.8 x 10.2 μm? | ||
菌糸 | クランプ | あり(※1) |
なし | あり(※2) |
生態 | 時期 | 5月ごろ | 春, 秋 | 5月 |
発生場所 | 針葉樹林内腐植上または蘚類の間に単生または群生する | 広葉樹林下の蘚類間の落葉の少ない地表 単生, 群生 | 広葉樹林下の腐食上 |
※1 本郷先生のコンイロイッポンシメジの観察記録のノートより
※2 関西菌類談話会のOさんに検鏡して頂きクランプがあることが分かった。
※3 Oさんの計測では平均1μmほど大きいとのことでした。
0.はじめに
検証の前に一つ言っておかなければならないことがある。
それは原色日本新菌類図鑑の記述と北陸のきのこ図鑑の記述が赤字の部分で食い違っている事である。
それ以外の部分は似てはいるものの、その食い違っている部分が致命的な箇所であることが分かってもらえるだろうか?
つまり、これだけ食い違っていると最初に記載された「ヒメコンイロイッポンシメジ」は本郷先生のもの(原色日本新菌類図鑑)であり、本来はそちらをベースに検証すべきだと思われます。
ただし、今回はその食い違いをも考慮に入れて、検証していった方がより真実に近づけるので、北陸のきのこ図鑑も併記することにしました。
以下「原色日本新菌類図鑑」は「原色」と表記し、「北陸のきのこ図鑑」は「北陸」と表記しております。
1.大きさについて
原色の方は傘の径が5~13mmとサンプルのきのこよりもかなり小さい(サンプルのものは 2cm~2.5cm)。また柄の長さなどもかなり短く2~3cmとなっている(サンプルのものは5cmぐらい)。
傘の大きさ、柄の長さは両方とも半分ぐらいである。
また、北陸の方を読むと傘の径は0.8~2cm、柄の長さは2~5cmとなっているので、サンプルのものともほぼ一致すると言っていいでしょう。
原色と北陸の違いが何故あるのかはわかりませんが、まずは大きさに関しては北陸と合致しているので良しとしましょう。
2.傘について
ヒメコンイロイッポンシメジはアオエノモミウラタケ亜属。この亜属の特徴としては「傘はしばしばへそ状にくぼむ」というのがあるが、ヒメコンイロイッポンシメジ自体は恐らく窪まないと思われる。サンプルの写真のものも窪んではいないし、原色、北陸双方ともに窪んでいるという記述はありません。
なので窪んでいるヒメコンイロイッポンシメジ疑いのきのこがあればそれは別種と考えるべきだと思う。
また表面は「微細繊維状」という記述は原色、北陸双方に共通であります。
ここがヒメコンイロイッポンシメジとその他のアオエノモミウラタケ亜属のキノコとを見分ける部分だと思っていますが、サンプルのキノコは「微細繊維状」と言っていいかと思っています。
それと傘の形なのですが、「円錐形~饅頭型」という記述になっていて、これはサンプルのものとは異なる様に見えます。決して「饅頭型」という表現には合致しないように見えますが、別日に見たものはしっかりと饅頭型をしておりました。恐らくこの子実体に関しては水分不足になって傘が収縮してしまったのではないか、と思っています。
※これに関してはまた別日に饅頭型と収縮型のものを両方見ました。
あと北陸に記載されている「周辺淡く条線あり」という記述ですが、サンプルのものは条線が確認できます。
3.ヒダについて
ヒダについての記述は原色「直生, 上生またはやや垂生状」で北陸は「直生~上生」となっていて、サンプルのものは直生ということで良いかと思います。また色についても原色が「初めわずかに紫色をおびる」とだけ記載されていますが、北陸は「淡紫色→淡紅褐色」という記述となっていて、原色は淡紅褐色になるのは当たり前なので記載がなかったのかと思っています。まぁ色に関してもサンプルのものは合致していると思われます。
4.柄について
原色の方はあっさりと「傘と同色, 中実」と書かれているのみなので、北陸について詳しく見てみますと「上下同径~下方やや太く基部肥大し中空, 表面は傘と同色で下方ほど淡色で基部白色」となっていて、ここでのポイントは以下の2点
(1) 下方ほど淡色になる
(2) 基部白色
イッポンシメジ属にはよくある感じではありますが、記述と一致します。
5.胞子について
胞子に関しての記述は双方とも似たようなものなので原色の方を参考にしてみますと。
(1) 大きさ:8~10×5.5~6.5μm
(2) 形:ほぼ楕円形で角ばる
となっています。
(2) の形に関しては一致と言うことで良いかと思いますが、(1)に関しても「7.7-10.6 x 5.5-7.7μm」でまず範疇だと思います。
6.シスチジアについて
こちらは原色には記述がなく、北陸を見ると
縁シスチジア
(1) 形:棍棒形, 円柱形
(2) 大きさ: 35~45×8~16μm
となっております。
サンプルのものは29.8 x 10.2μm となっていますが、シスチジアの長さについては表面の細胞に埋もれており計測できない、というので、あくまでも参考程度かと。
また形状は「棍棒形」というので一致していると思われます。
7.菌糸のクランプについて
北陸は「クランプはなし」となっていますが、Oさんが傘の細胞を調べたところ、菌糸にクランプはあった、とのことでした。
また原色にクランプの記述は無いのですが、本郷先生の観察記録には「Clamp connections present.」という記述があり、クランプがあることが明記されています。
ということは北陸の記述とは異なることになります。
検証結果
Oさんとの話し合いにより、このサンプルのキノコは「ヒメコンイロイッポンシメジではない」という結論に達しました。
理由は「縁シスチジアが存在する」ということ。
本郷先生のヒメコンイロイッポンシメジにはシスチジア自体が存在しません(表現としては「not differentiated(認められなかった)となります)。
また、傘の大きさや、柄の長さなどもかなり異なります。
これらのことを鑑みて、このサンプルのキノコを「ヒメコンイロイッポンシメジとするのは難しい」ということになりました。
また、あくまでも僕の感想なのですが、このサンプルのキノコは北陸のヒメコンイロイッポンシメジとかなり似ていると思っています。
Oさんによるとヒダの菌糸にはクランプは見つけることがでませんでしたが、傘の菌糸にはクランプが多数見られたとのこと。もしかして北陸図鑑の「クランプなし」はヒダの菌糸にクランプがなかった、と言うことではないでしょうか?
さて、、ではこのサンプルのキノコは何でしょうか?
そしてヒメコンイロイッポンシメジは一体どんなキノコなのでしょうか?
DNAを調べてみた
この標本の切片を千葉の菌友(東京大学 阿部寛史氏)に送り調べてもらったところ、ヒメコンイロイッポンシメジの学名であるEntoloma coelestinum とは相同性が「76.8%」でした。
恐らくEntoloma coelestinum とは別種だと思われます。
またどの種と相同性が高かったかと言うとEntoloma exileという種で「96.58%」だったそうです。
そこでEntoloma exileを検索してみたところ、あまり似ていない種が出てきました ( ;∀;)
さて、、困りました。
君は一体誰なのだ・・・・