奇跡のキツネタケ

2011年3月11日。
僕はパソコンのモニターに流れているニュース映像を見ていた。
大きな波が海岸線を乗り越え、街も、道路も、田んぼも、そして人をも飲み込んでいく姿を。

東北大震災

しばらくしてそう名付けられたその大地震によって1万5千人以上の人が命を落とした。
多くの人たちが、多くのものを失った。
車、家、そして家族。
遠く800km離れたその土地の姿を、僕たちは想像できただろうか?
モニターに映し出された映像から、いったいどれぐらいの痛みを感じることができただろうか?

あれからもう9年。
復興は進んでいるのだろうか、それともまだまだ足りてないのだろうか?
人は戻ってきてるのだろうか、それとももうそこには戻ってこないのだろうか?

遠く離れた街から、そんな事を考えるきっかけを作ってくれたキノコについて紹介したいと思う。

黒松と共生している赤いキツネ

2020.05.23 黒松の盆栽 (T沢さん撮影)

今年の5月23日、T沢さんがこんな写真をFacebookにアップした。
黒松の盆栽の写真である。
玄関脇に置いてある鉢植えにはなかなか枝ぶりのいい黒松が生き生きとしている。

そして鉢植えの上を良く見てください。真ん中の少し右寄りの上の部分に何かオレンジ色のものが見えるだろうか?老眼では絶対に見えないので(笑)、2枚めの写真も貼り付けさせてもらいます。

2020.05.23 盆栽の上のキノコ(T沢さん撮影)

さて、いかがでしょう、見えますでしょうか?(笑)

この雰囲気を見て僕は「キツネタケの仲間かな?」と思ったのです。
傘の質感と、わずかですが柄に縦の白い条線が見えています。これはキツネタケ属(Laccaria)の特徴でありますから、まずはそれを疑ったわけなのです。

もしこれがキツネタケの仲間だとしたらめっちゃ面白い!!

と思ったのです。
通常鉢植えやプランターから出てくるキノコというのは腐生菌が多い。
一番良く目にする代表選手がコガネキヌカラカサタケという黄色いキノコ。こやつの故郷は熱帯地方であり、いわゆる南方系のキノコでありますので、元来温帯エリアである日本(沖縄などを除く)には存在しませんでした。

そんなコガネキヌカラカサタケが何故プランターに発生するのでしょうか?
それは植物を育てようとする際にホームセンターに行って購入してくる腐葉土がありますな。その腐葉土はおそらく熱帯の国々で作られたもので、その中にコガネキヌカラカサタケに感染したままの葉っぱや、木材片が紛れ込んで入ってきたのではないか、と考えています。

と、ちょっと長くなりましたが、コガネキヌカラカサタケやナヨタケ科のキノコたちなど、プランターから発生するのは木を分解したり葉っぱを分解したりして、それを自分たちの食料にするキノコ、つまり腐生菌の仲間たちが多いのです。

しかしキツネタケの仲間は菌根菌であります。

菌根菌といえば、植物と共生し、食べ物や栄養、はたまた水分などををあげたり、貰ったりして植物と共存しながら生きていくタイプのキノコであります。そんな共存タイプのキノコが、こんな隔離された空間で共に支え合いながら生きている、というのがとっても面白いと思うんです。

ちなみに黒松というのは赤松などに比べて菌類の助けが非常に必要な植物らしく、植え替えをするような際には菌類(菌根菌)たちを除くようなやり方はしてはならない、とのことらしい。
つまり黒松は菌類への依存度が高く、もし菌類がいないところへ移されちゃうと生きて行くことが難しい、ってことなんですね。

ってことで、この黒松、しっかりちゃっかり菌根菌であるキツネタケの仲間と共存している、というのがこの写真でとても良くわかりました。
では、一体この黒松とキツネタケ達はどこから来たのでしょう?

津波の傷跡、そしてその先に

2020.07.05 岩手の海岸(T沢さん撮影)

東北大震災では津波の威力により、自然も甚大な被害を受けました。
海岸線はえぐられ、そこに根を張る植物たちはあっというまにその大きな流れの中に巻き込まれて生きました。

この写真は現在の海岸をわざわざT沢さんが行って撮影して来てくれました(感謝感謝!)

手前に見えるのは海岸で、間に見えるのが抉られた跡、そして向こうに見えるのが津波から逃れた黒松林。
黒松を含む松の木はパイオニア植物と言って、何も生えてない場所に真っ先に入り込んで、その勢力を拡大していく植物として知られている。逆に言うと既に木が生えていて日光の光が少ないような場所では松の木は育つことが出来ない。海岸線などの他の木が生えないような過酷な場所に松の木が多いのはそういうなのかもしれませんね。

2020.07.05 岩手の海岸(T沢さん撮影)

そんな黒松の幼木にT沢さんは対面します。
ではここで「その時の様子」を書いた文章をT沢さんが送ってくれましたので、ここに引用させてもらいます。その当時を想像して読んでみてください。

海岸沿いは防風林の松林が並び
美しい景色が広がっていました
断崖には逞しく松の木が根を張り
ところどころに沢水が海へと流れ込む様なそんな場所
震災後は数本を残し
松の木の姿は消え去り
北三陸の街は壊滅状態でありました
何処から動き出したら良いのか途方に暮れる中
私達が生活出来るよう沢山の方々に励まされながら無我夢中で前に進みました
全てが壊れ、荒れ果てた中
半年もすると自然は元に戻ろうと草が生え
1年もすると木が芽吹いていくのです
そんな中、地質調査で毎年来られる学生達と牡蠣や恐竜時代『白亜紀』の地層を見に行ったところ
粘土質の川に倒れながらも成長しようと
根をかろうじて張る黒松が逞しく流れを堪えていました
根元を手で引き抜き
切らないで巻き鉢に収めました
土は市販の鹿沼土
植えて2年目から毎年キノコが生え
顔を出す数も増えてきました
最初は秋に右側3、4本のキノコ
次の年から左側と右側に並び生えるようになりました

「 T沢さんがこの黒松と出会った時の模様です」

T沢さんの文章から、「川の流れに堪えている黒松」というのは以下の写真の様な感じでしょうか?
これは川の中ではありませんから、少し状況は変わっているでしょうけど、この様な感じをイメージしてもらえばいいかもしれません。

2020.07.05 岩手の海岸(T沢さん撮影)

そんな「川の流れに堪えている黒松」を育てていると2年めからこのキツネタケが発生したそうな。
市販の鹿沼土にキツネタケがついてきた、というのは考えにくい。なぜならキツネタケは菌根菌だから。

そう、このキツネタケ達は「川の流れに堪えている黒松」と一緒に堪えていたのだ。

つまりT沢さんが「松の根を切らないで巻き鉢に収めました」とあるように、この根にはキツネタケの菌糸がまとわりついていて、この松を一生懸命支えていたのかもしれません。いや助け合っていた、という言い方のほうが正確でしょう。そして切らずに収めることにより今まで一緒だったキツネタケ達もろとも新しい住処に収まったとということなのだと思うのです。

この赤いキツネは何ものなのか?

写真① 2020.05.23 盆栽の上のキノコ(T沢さん撮影)

ところでこの赤いキツネ、何か違和感を感じませんか?

妙に赤い

はい、そうですよね。いや、さんざん「赤いキツネ」と書いてますからね(笑)

さて、まぁキツネタケの仲間にはこういった「赤っぽい」やつは多いのですが、ここまで赤いのには出会ったことはありません。
さてでは特徴が分かるような写真を何枚か送ってもらっているので、これらの写真から特徴を洗い出してみましょう。

写真② 2020.05.23 盆栽の上のキノコ(T沢さん撮影)

写真③ 2020.05.23 盆栽の上のキノコ(T沢さん撮影)

写真④ 赤いキツネの胞子

【赤いキツネの特徴】

環境:時期は5月末、苔の上から発生、黒松と菌根関係を結んでいると思われる
傘:径は1cm~2cm、赤褐色、表面は吸水性、傘の周辺に溝の様な条線あり、中心が窪む
柄:長さは3cm~4cm、径は3mm、上下同径、やや中空、色は傘と同じ赤褐色、基部に白い菌糸
ヒダ:やや疎、やや紫色を帯びる、直生
胞子:球形、サイズは9μm、内径7μm、棘あり

こんな感じだろうか?

現在日本のキツネタケ属の中でこの様に赤っぽいものといえば、キツネタケ、オオキツネタケ、カレバキツネタケ、キツネタケモドキ、 ヒメキツネタケモドキ、ヒメキツネタケの6種類ぐらいかな?
その中でカレバキツネは傘の感じが違うので除外、そしてキツネタケモドキは置いといて、 ヒメキツネタケモドキ、ヒメキツネタケ は傘の径が1cm以下ということで除外。

ってことはキツネタケ、オオキツネタケ、キツネタケモドキのどれか?ということになる。

ではこの3つを比べてみましょう

今回は3つのキツネタケたちが掲載されている北陸のきのこ図鑑で。

  キツネタケ
Laccaria laccata (Scop.) Cooke f. laccata
オオキツネタケ
Laccaria bicolor (Maire)P.D.Orton
キツネタケモドキ
Laccaria laccata (Scop.) Cooke
環境 夏~秋、林地に群生
アンモニア菌で夏~秋
林内などの放尿跡や動物 死体分解跡などより単生、群生
夏~秋
シイ林下、石川県ではむしろ! 深山に多い
1~3cm
半球形→扁平→皿状、縁部波打つ
表面は細鱗片密生し中央濃色で周辺に条線あり。
2.5~7cm
饅頭形→中央やや窪む扁平で縁部波 打つ
吸水性
赤褐色、乾くと黄褐色となり細鱗片密生
1~2(~4.5)cm
中央やや窪む半球形 →中央やや窪む扁平
平滑また中央に細鱗片あり、湿時条線認める
橙褐色~ニッケイ色
4~6×0.2~0.6cm
上下同径か下方やや太くときに扁圧され中実。条線あり粗面で基部に白色綿毛密生
7~15×0.4~1cm
下方やや太く中実~髄 状
傘と同色で繊維状条線あり、基部などに淡藤色の綿毛菌糸をまとう
2~4(6)×0.2~0.6cm
上下同径か下方やや肥大し基部球根で髄状
傘同様
ひだ 直生~湾生し疎 直生~やや垂生しやや疎
ライラック色~肉色
直生~垂生ぎみで疎
肉色
極薄く
表面色より淡く表皮下表面色
無味無臭
薄く
肌色で表皮下表面色で丈夫
無味無臭
極薄く
肌色
無味無臭
胞子 類球形
表面に高さ1um内外の刺に覆われ
内径 7~9×6~7.5um
類球形
表面に高さ0.8~1.2um の刺を密生し
内径 6.8~8.8×6.5~7.5um
球形~類球形
高さ1~2um の刺に覆われ、内径 7.5 ~11um、 または8~11.5×7.5~10.5um
担子器 4胞子性。ときに1、2胞子性を含む   2胞子性。ときに1、3胞子性を混在

※赤字でのところは赤いキツネと合致していると思われる特徴

うーむ、しかしなぁ、、正直に言っちゃうとどれもハズレてる感が強い。

細かいところを見ていくとわからなくなるけど(笑)、全体的なイメージで感じてみると(これ大切)どれも違うんですよね。
ただ、僕の最初からの雑感としては

オオキツネタケの小型版

という印象があるんです。言うなれば「ヒメオオオキツネタケ」(別に名前をつけるほどでも無いな w)。

ただ、オオキツネタケと決定的に違うのは

  1. オオキツネタケに比べてかなり小さい
  2. ヒダがライラック色じゃない
  3. 柄の基部が紫色の菌糸で覆われていない

この3つのポイントによりオオキツネタケではない、と思うのです。
ただオオキツネタケに似ているとイチオシしたいポイントもあるのです。

  1. 傘が吸水性
  2. 柄の縦の白い条線
  3. 肉の質感
  4. 全体の色味
  5. 松の木と共生している

5番の「松の木と共生している」は実は日本の図鑑にはあまり載っていません。
日本の図鑑では「アンモニア菌」と書かれているだけで、菌根菌であることすら見つけることが困難なのです。

かと言ってキツネタケやキツネタケモドキとはかなり違っているのですよね、、これが。
では、この赤いキツネはいったい何ものなのでしょうか?

もう一度原点に立ち返ってみましょう。

この赤いキツネはキツネタケなのか?

キツネタケ 撮影:メルヘンヤスコ

僕の思い描く典型的なキツネタケはこれだ!!

でも、残念ながらこれは僕の写真ではなく、いつもいろいろ手伝ってもらっているメルヘンヤスコの写真である。もうこれだけで、キノコ愛をたっぷり感じてもらえるだろう。
いつもは覗き込み写真専門(通称:のぞき専門)なのであるが、時々こういう生態が分かるような写真を撮っておいてくれるのでありがたい (*^^*)

傘の縁は波打っていて明確な条線がある。柄は傘の色と同じで、このタイプは柄に条線が見られない。
傘の中央に凹みがある。これは図鑑には書いてないが、キツネタケの特徴と言ってもいいだろう。

もう一枚見てもらいましょう

キツネタケ 撮影:メルヘンヤスコ

こちらの傘には小さな鱗片があるのが分かるだろうか?
これもキツネタケの特徴でありますな。しかしこのタイプも柄には条線がみられません。
最後にもう一枚。

キツネタケ 撮影:メルヘンヤスコ

また傘は大きくなっていませんが、柄に特徴が出ているのでこの写真を貼り付けておきます。

柄には白い繊維状の条線があるのが分かりますでしょうか?傘が小さくてもこういった特徴を見てキツネタケの仲間であることが確認できます。

ではもう一度「赤いキツネ」を見てみましょう

2020.05.23 盆栽の上のキノコ(T沢さん撮影)

うーむ、、見た目メルヘンヤスコ撮影のキツネタケと同じ種だとは思えませんねー。

しかし海外では deceiver (欺くもの) と呼ばれているキツネタケ。
もしかしたらこの赤いキツネはキツネタケの変異、または個体差のレベルなのかもしれません。
もしくは完全に別種なのかもしれませんが僕に分かることはここまで。
これ以上は誰か偉い人に頑張ってもらいましょう(笑)


東北大震災の後、小さな種が芽を吹き、荒れた大地が命を育み、強くたくましく、共に生きてきたキツネタケ。
育ってきた環境も決して安穏としていられる場所じゃなかったのに、踏ん張って、流されずに頑張った先に訪れた安全な生活空間。

このキツネタケ達はどんな思いを抱きながらこうして出てきているのだろうか・・・

そんな事を考えるだけで、この小さきものたちに感動すら覚えるのです。

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