ハルハラタケを分解する(続編)

2020.03.07 大阪

実はこの記事を書いる最中に、いろんな新事実が発覚してきまして、書いては、書き直し、そしてまた書いては書き直しでこの記事だけで僕の睡眠が何時間削られたことか・・・(苦笑)書き直しだけにあらず、今回は顕微鏡写真も添えようと思って苦心惨憺したことも時間を食った原因でありまして、、、(^_^;)
そんな苦労の末、書き上げた記事ですのでじっくりとお読み下さい。


いよいよ春がやってきました。
春になってすぐに、この様な大きな傘のキノコに出会えるというのはとっても感慨深いものがありますね。アメリカでは「アミガサタケフェスティバル」というのが開催されているそうですが、キノコが見つからない冬を乗り越え、やっとキノコに出会えた「喜び」をそのお祭りで爆発させる、、、その気持、痛いほどわかります(笑)

さてこのキノコ、以前の記事では

「ハルハラタケではない」

という結論が出ました。
その記事を先ずはお読み下さいませ(読まないと損だよ w)

ハルハラタケを分解する(いりさ編)
https://kinokobito.com/archives/3014

ハルハラタケを分解する(リン編)
https://kinokobito.com/archives/3019

で、この2つの記事からおよそ2年経ちました。
去年もこの記事にある場所に出ているのを確認したので、今年もあるかなぁ、、と思って行ってみたら比較的綺麗な子実体を見つけることができましたので、顕微鏡の練習がてら持ち帰ってもう一度このキノコの正体を確かめるべく検証してみた、というわけです。

さて、上記リンさんの記事を読んでいただければ、まずこのきのこが「ハルハラタケ」で無いことはわかってもらえるかと思います。一番わかり易いポイントとしてはこのキノコを切断しても肉の黄変が見られないこと、なのです。
そして記事中ではハラタケ属の様々なキノコを検証していき、最終的に絞られたチャウロコハラタケというハラタケ属のキノコが第一候補として上がっています。

このチャウロコハラタケというキノコ、僕の住んでいるこの辺りでは見たことも無いですし、名前すら聞いたことがありません。
実際ネットで検索しても出てこないですし、どの図鑑にも載っていない。
唯一載っている図鑑が「検証キノコ新図鑑(神奈川キノコの会)」 のみ、ということです。


チャウロコハラタケとはどんなキノコか?

では、この謎のキノコ「チャウロコハラタケ」とはいったいどんなキノコなのでしょうか?

2020.03.07 大阪

「検証キノコ新図鑑(神奈川キノコの会)」より

チャウロコハラタケ(新称) Agaricus impudius (Rea)Pilat

15cm 以下
  中央は茶褐色、周辺は白地にセピア色
  表面 茶褐色鱗片が次第に疎らに不着する
ひだ 柄に対して 離生
  粗密 極めて密
  初め白、次第に淡桃色、褐色、黒褐色
円筒状
  大きさ 15×2cm
  白色
  表面 平滑
  形態 最上部は 内膜に包まれ、皮膜の下部がつばを形成する
  ツバ つばは膜質
  形態2 つばより下は皮膜菌糸による淡いだんだら模様がある
  中空
変色 切断や KOH 水溶液により変色することはない
  匂い 特別の臭いもない
胞子 楕円形、4.5~6×3~3.5km
担子器 棍棒状、15~20×6~7um
縁シスチジア 類球形~棍棒状、15~20 × 8~13km

とこんな感じです。
リンさんが「チャウロコハラタケに一番似ている」というのもよくわかります。

しかし、じっくり見ていけば、見落としている特徴がありました

どうしてこれをリンさんが見落としたのかは僕にはわかりません。
僕にとって、その特徴がある限り「チャウロコハラタケではない」と断定出来る、とさえ思えるものです。
そしてこの 「検証キノコ新図鑑」 に載っているチャウロコハラタケの写真を見る限り、その特徴は見ただけでも想像できるのではないか、、、と思ってしまうぐらいその特徴は表れています。

それは「柄が中空」であることです。

まずはこの間採取したハラタケ属のキノコの切断写真を見て下さい。

2020.03.07 大阪

この写真を見る限りチャウロコハラタケとするのは違和感を覚える箇所が2箇所あります。

  • 肉が中空ではない
  • 柄が太く短い(たぶん5cmぐらい)

これらの特徴は全体の質感にかなり影響します。
つまりは、このハラタケ属のきのこはかなり肉厚で、太く、短い柄をしていて、全体的にずんぐりむっくりとした形なのに比べ、チャウロコハラタケはどちらかというとシュツっとした感じ脚が長いキノコである。よって僕はチャウロコハラタケを第一候補とするのは誤りではないか?と思っているのです。

じゃあ、このキノコは何なのか????

原点に戻ってハルハラタケとは?

それでは、このキノコは一体何ものなのか?
もう一度原点に戻って考えてみます。

2018年このキノコを見た時はハルハラタケだと考えていました。
しかしリンさんに「これはハルハラタケではない」と断言され、おめおめと引き下がりました。
その「ハルハラタケではない」という判断基準は唯一

半分に割っても柄の付け根あたりの肉が黄変しない

というポイント。
ハルハラタケは切断すると肉の一部(そんなに広くない)が黄変するとのこと。

2020.03.07 大阪

しかし、今回見つけたものをじーーーーーっと眺めても、ギロリっ!と眺めても、うんともすんとも色が変わらないのです。
また、リンさんも指摘していたように傘の表面は手で触れたり、持って帰るとき包んでいた紙に触れていた部分というのは黄変するのです。これは逆にハルハラタケには無い特徴であります。

ただし(ここからが重要)、ハルハラタケというのはまだ仮称であります。
すなわち、正確な同定をされいるわけではない、ということ。
そして図鑑はおろか、ネット上の情報もかなり少ないのです。
今のところ学名は「Agaricus aestivalis var. veneris Wasser」となっていますので、これで検索するとか、文献を読むとかすれば良いかもしれませんが、ちょうど昨年(2019年)の5月にosoさんがハルハラタケをアップしているので、そちらを参考にしたいと思います。

「ハルハラタケ」
http://toolate.s7.coreserver.jp/kinoko/fungi/agaricus_aestivalis_var_veneris/index.htm

ここでも指摘されていますし、実際の特徴として

切断すると肉の一部が黄変する

というもの。それはどうみても僕が見つけたハラタケの仲間には見れない特徴だし、逆にosoさんのハルハラタケは「傘が黄色味を帯びる」という特徴は見れません。

うーーーーーむ。

傘は黄変するけど、肉は黄変しない。

これってとっても難しい判断ですよね?確かに黄変する場所は違えど、黄変するという事実は一緒である。もしかして「個体差」の範囲かもしれないし、違うかもしれない。

と言う観点から、肉眼的特徴はハルハラタケが一番近いような気がしますが・・・?

もっと原点に戻ってハラタケはどうなのか?

もっと原点に戻ってみる(笑)
最初からこのキノコは「ハルハラタケ」と決めつけていたのは僕だ。
なぜかと言うと「春に発生」しているから。
そしてハルハラタケを同時期に見つけてるひとがいたから。

なんて安易な!絶対に同定警察に叱られるパターンだ(笑)

そこでハラタケも検証の対象にしてみることにする。
というのも、実はついこの間、菌友のS田さんがハラタケらしいものを発見したからなのです。

3月11日。
春まだ浅く、うぐいすが下手な歌を披露して人間たちから失笑を買っている、、そんな時期。
探していたのは「あっちにも出た、こっちにも出た」と騒がれていてたアミガサタケらしいが、、アミガサタケを見つけるよりも先に、抜群に美味しいキノコを見つけたという。

それがこれだ、、、

2020.03.11 ハラタケと思われるもの 撮影:S田さん

背景に見えるのは椎ノ木かもしくは樫の木か?
この様な落ち葉が少し貯まっていて、雑草が生えていて、陽当りがわりと良く、だけど湿気が多いような場所。
傘の大きさは10cm弱ぐらいで表面に鱗片のようなものが確認できますね。
また柄の太さから見て、かなりガッチリして重量があるように見えます。

2020.03.11 ハラタケと思われるもの 撮影:S田さん

傘の縁は大きく内側に巻いているのが確認できます。
ヒダはかなり密で、色は紫というよりもかなり紫褐色に近い感じです。
特筆すべきは、傘の鱗片が大きいこと、そして黄みを帯びてない!!
そして肉は中実で少しだけピンク色をしているのが確認できます。

2020.03.11 ハラタケと思われるもの 撮影:S田さん

肉の拡大図を見ればよくわかりますが、確かに赤みを帯びているのがわかりますでしょうか?

これらの肉眼的特徴を見る限りではノーマルのハラタケにとっても近いのがわかります。
つまり、、、

ハラタケも今時期(早春)に出てくるのです!!(@_@)

となると、「春に出るハラタケはハルハラタケ」と単純に思っていたのは間違いなんです!!
よく読めば「日本のきのこ」(ヤマケイ新版)にはこう書いてあります。

春~秋、肥沃な草地、芝生に発生し

とあり、原色新菌類図鑑にも同じ様に

春~秋、草地、芝生、畑地などに群生し

と書いてありますね。
そして原色新菌類図鑑にはこんな特徴が書いてあります。

(傘の)表面はほとんど白色、のち帯黄色または帯赤色となり、しばしば鱗片を生じ

うむむ、、、「のち帯黄色」というのは僕が見つけたハラタケ属のキノコの特徴と同じではないですか!!
もう一度画像を貼りますね。
傘の中心部から少し上の部分が若干黄色味がかっているのがわかりますでしょうか?

2020.03.07 大阪

ということは僕が見つけたハラタケ属のキノコは外見上ハラタケにもとってもよく似ていることになります。
ただ、決定的な違いはいまのところ「切断すると肉が赤く変化する」という部分のみ。
ってことでもう一度確認するためにハラタケの特徴を列挙してみます!!

ハラタケ A. campestris L.: Fr.

5~10cm
  半球形からまんじゅう形となり、のち平らに開く
  ほぼ白~帯黄色
  表面 絹状の光沢、平滑または鱗片を生じる
傷つくと多少紅変する
ひだ 間隔
  初め淡紅色、のち紫褐色~黒褐色
大きさ 5~10cm×7~20mm
  多少根もとが細まり
  白色
  表面 絹糸状
つば 付き方 柄の上部または中ほどにつき、薄い膜質
  白色
胞子 大きさ・形 6~8×3.8~5km、卵形~広楕円形
発生 時期 春~秋
  場所、形態 肥沃な草地や芝生に発生し、しばしば菌輪をつくる

違いを整理してみましょう

2020.03.07 大阪

さて、いよいよ分からなくなってきましたので、ここで一度整理してみましょう。
このハラタケ属のきのこは、外見上ハルハラタケにも似ているし、ハラタケにもとても似ています。
もちろん、ハルハラタケとハラタケもとても良く似ております。

しかし、いくつかの特徴がやはり違うのです。
その「違い」は種を区別出来るほどの違いなのか、それともいわゆる「個体差」レベルなのかもわかりません。
ここではこの3種の違いを簡単にまとめたいと思います。
※ただし、ハルハラタケ、そして僕が採取したものは図鑑などに載っていないので、あくまでも目視とネットの情報であります。

特徴 ハラタケ ハルハラタケ 見つけたハラタケ属
傘の色 白のち帯黄色または帯赤色 白から薄い褐色 白から薄い褐色、持ったところが黄変
傘の大きさ 5~10cm 5~12cm
※osoさんのは17cm
5~12cm
切断面の一部が赤変 切断面の一部が黄変 色の変化なし
シスチジア なし 縁シスチジアあり? 確認できず

さて、この結果でどう判断すればいいでしょう?

ほんと判断に苦しみますね。
そこで、まだビギナーですが何点か顕微鏡写真を貼ってみます。すべてヒダから採取した細胞で撮影しました。
シスチジアを確認したかったのですが、少なくとも僕の見た中では「確認できず」でした。

ハラタケ属のヒダの細胞(その1) 400倍

ハラタケ属のヒダの細胞(その2) 400倍

ハラタケ属のヒダの細胞(その3) 400倍

3枚並べてみました。
果たしてこの中にシスチジアが写っている写真がありますでしょうか?(めっちゃ他人任せ w)

僕にはそれらしきものは、確認できませんでした。
なので、もしかしてこのキノコにはシスチジアが無いのかもしれません。しかし、リンさんの記事ではシスチジアの存在を確認しているし、osoさんのハルハラタケの記事でもしかり。たぶん僕の顕微鏡技術が未熟で発見することが出来なかった、というのが正しいかもしれませんし、ホントに無いのかもしれません。

スイス図鑑でハルハラタケを確認する

2020.03.07 大阪

「それ先に確認せーへんのか?」

という声がどこかから飛んできそうです。
しかしスイス図鑑は高いし、でっかいし、、、(笑)
それと頼みの綱の大阪自然史博物館(ここには所蔵してるのよね)は新型コロナウイルスの影響で閉館してるし、、、

誰か持ってないかなぁ、、、と思ってたら該当者が一人いた \(^o^)/

で、さっそくスイス図鑑を持っているIさんにメッセージを送る。

「Iさん、スイス図鑑とか持ってたっけ? 」
「持ってるのもある。ハラタケか? 」

完全に読まれとる(笑)
最近ハラタケ、ハラタケ言うてるからなぁ、、ほんとスルドイわぁ、、、

ちなみに「持ってるのもある」という意味は、スイス図鑑(厳密にはスイス菌類図鑑)は6巻あって、その中でIさんは最初の何巻かを「持ってる」ということを言ってるんですね。


で、なぜスイス図鑑かというと、ハルハラタケはまだ仮称である、というのは先に書きました。で、そのハルハラタケの学名はというと

Agaricus aestivalis var. veneris

となっているのが多いです。しかしリンさんは記事の中で、その学名は既にシノニムであり、現在の学名は

Agaricus altipes var. veneris

であると指摘しています。
僕もこの学名のキノコをネットで検索し、その特徴を見ていたら「あれ」と感じました。何故なら僕が持っているキノコとネット上の Agaricus altipes var. veneris とはどう見ても違うものだったからです。
でもう一度 Agaricus aestivalis var. veneris で学名を検索してみると、、、

これを見てもらえればわかりますが、現在の学名は

Agaricus heimii Bon

となっています。
そしてこれを検索すると、僕のキノコと同じ様なものが出てくるのです。
Agaricus heimii M. Bon
http://www.pharmanatur.com/Mycologie/Agaricus%20heimii.htm

さて、では既に Agaricus heimii Bon になっていることを考慮にいれつつ、スイス図鑑では Agaricus aestivalis var. veneris の様ですので、こちらで特徴をピックアップしてみます。
まずは翻訳ソフトで訳した後の適当な訳なので間違いがありましたらご指摘ください。

Agaricus aestivalis var. veneris

大きさ 8cm~10(15) cm
  幼菌時は球状~半球状から
饅頭型~平らになる
  表面 同心円状に裂けて、圧着した鱗片が出来てくる
 

幼菌時は白で、やがて中心に向かって褐色となっていく
時々黄色いしみがところどころにある

  長い間、内巻きである
  形態 被膜の名残を長い間ぶら下げている
白っぽいままか、または切られるとかすかに黄色っぽくなる
  形態 厚く、薬品臭がある
  温和で、感じ良く、特に特色のない味である
ひだ 幼菌の時は乳白色で。その後ピンクになり、その後、紫褐色
 
大きさ 6cm~10(15)cm、1.5cm~2.5cm
  円柱形、硬く、脆い、中実
  上半分は白でやがて乳白色となり明るい紫色となる
徐々に褐色から橙褐色となる
傷つけると黄色くなる
  つば 早失性のつばがある
胞子 楕円形で平滑。はちみつ褐色。厚壁。
  大きさ 7.2-9.8 x 45-6.0
担子器 クランプなしの4梗子
側シスチジア 有無 見つけられない
菌糸 クランプ 無い

訳にはあまり自信はありませんが、赤字の部分に注目してください。
まず、ずっと

「ハルハラタケは肉を切断したら黄色くなる」

というのが判定基準だったのですが、それは誤りで

「白のままのものものある」

というのが、正解の様です。

そう言えばここのところハラタケ属情報が多くって、、そのハラタケたちは一様に

「切っても黄色くならない(もちろん赤くもならない)」

というものばかりでした。
いくつか上げてみると

  • 3月7日 僕が大阪で採取したもの
  • 3月11日 らじかるが神戸?で採取したもの
  • 3月12日 Kさんが神戸?で採取したもの
  • 3月13日 Sさんが大阪で採取したもの
  • 3月15日 Dさんが愛知で採取したもの
  • 3月15日 Hさんが大阪で採取したもの
  • 3月15日 僕が大阪で採取したもの

このいずれも切っても黄色くならないものばかり。
つまり、僕が見つけたものだけが特別なものではななく、同じものが関西を中心としてあらゆる場所で発見されている、と考えて良いかと思います。

そしてもう一つ「側シスチジアが無い」ということ。

3月15日に採取したもので改めて検鏡

3月15日にHさんが採取した標本で検鏡

この2枚の写真は3月15日に採取したもので改めて検鏡&撮影したものです。
以前の写真を師匠たちにいろいろ指摘されて、かなり薄くして検鏡&撮影してみましたが、そんなに変わってない気がする・・・(笑)

で、図鑑に戻りますと、スイス図鑑には「見ることが出来ない」と書いてありますが、まぁこれはシスチジア自体は無いと考えて良いかと思います。僕がいくら探しても見つからなかったわけです・・・。
ずっと

「シスチジアが見つからないとこれはハルハラタケじゃない」

と思い込んでいたのですが、結局それは無くてよかったんだ、、、ということ。
なので改めて宣言しますが、、、、

「このキノコはハルハラタケの可能性がかなり高い」

です!!
かなり回り道しましたが、そういう結論で良いかと思います。
ただし、ハルハラタケ自体がまだ「仮称」ですので、これから変わる可能性はありますが・・・。

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ハルハラタケを分解する(続編)” に対して2件のコメントがあります。

  1. herz より:

    深淵を見た気がする。これがガチ同定の世界か…。だけど十中八九もっと深淵は深いのでしょうね。

    1. いりさじょうじ より:

      まさにその通りですね。
      こんなのはまだまだ序の口。
      同定とも言えないかもしれません(笑)

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