スエヒロタケに対するアロマ精油の抗菌性実験
※この記事は千葉菌類談話会35号に掲載されたものからの転載です。
1.はじめに
「スエヒロタケ感染症」をご存知だろうか。
放送大学の植物ゼミで同じ質問をしたところ、知っているという方は 、ひとりもいなかった。
しかし、きのこに心得のある方であれば、はじめて聞く言葉ではないだろう。
「スエヒロタケ感染症」については、この通信に同時掲載のEさんの「ヒトからキノコ 」に詳しいので、ぜひ参照されたい。
人体にきのこの菌が住み着くのが原因であるこの症例は、あの映画「マタンゴ」を彷彿とさせるからだろうか、認知度が高くなるにつれ、しばしばSNSなどでも 、この話題が取り上げられるようになってきた 。
暢気に眺めていると、「きのこに触るな !感染するぞ!」のような書き込みに出会うことがある 。
誤解されている方もいるのかもしれないが、きのこに触ったことにより感染したのではない。
罹患者のほとんどは、スエヒロタケ(図1)と接した機会がないそうだ 。
どこでどのような経路で感染したのか、いまだ不明なのである。
ただでさえ、“気持ち悪い”と敬遠されるきのこである。
これ以上、わたしの愛するきのこが悪評に晒されるのは耐えられない。
そこで、わたしに出来ることはないだろうかと考えた。
そうだ! 身近にあるもので誰でも簡単に予防できる方法を見つければ 、きのこに対する風当たりも少しは和らぐかもしれない!
と思うようになった。
「身近にあるもので誰でも簡単に」がポイントである。
特別な器具や高価な薬品を使うようでは意味がない。そこで、アロマ精油を利用することを思いついた。植物の一部を蒸留し、匂い成分を抽出したアロマ精油には 、強い抗菌性をもつものがあり、いまでも日常的に利用されている 。 たとえば、シナモンの香り成分に多く含まれるシンナミックアルデヒドという成分は強い抗菌性があることが知られており、古くはミイラの防腐剤などにも使われていた(※1)。
また、アロマ精油を利用する利点として、人体に対して副作用が少ないということがあげられる。
化学療法の基本は病原菌を排除することであり、そのため広範囲の抗菌スペクトル(抗菌剤が増殖阻止作用を示す感受性微生物の示す範囲)をもつ抗生物質を使用することが多く、常在菌まで排除されてしまうが、アロマ精油のもつ抗菌性は、常在菌の微生物フローラを壊さず作用する(※2)ことが知られている。
もし 、スエヒロタケに対する抗菌性をもつアロマ精油があれば、これは利用する価値は高いのではないか
2.材料と方法
いくつかの文献をあたり、アロマ精油のうち抗菌性があると明記されているもの(※2、※3)を7種類ピックアップし、さらにローズマリーとプチグレンを加えて全部で9種類を用意した(表1)
表1 実験に使用したアロマ精油の一覧
- ローズマリー *
- シナモンリーフ
- プチグレン *
- ティーツリー
- ユーカリ
- ライム
- ペパーミント
- スペアミント
- 真正ラベンダー
*印:抗菌作用があるという文献はない
さて次に、抗菌性の評価法をどうするか。
調べてみたところ、身の回りに溢れている抗菌グッズは、ほとんどが試料表面に直接、抗菌成分を塗布するか、抗菌成分を混合した培地で菌類や細菌などを培養するなどで評価している(※4、※5) そうだ。
しかし、わたしの場合、アロマ精油を揮発させることにより、スエヒロタケの感染を防ぎたいという目的があるので、揮発させたアロマ精油の成分をスエヒロタケに暴露させ、その菌糸が成長するかを観察する「揮発ガス暴露法」の裏返しペトリ皿法(※6)を工夫し、応用することにした(図2)。
ポテトデキストロース寒天培地(φ 90 mm)の端にスエヒロタケの栄養菌糸を接種し、上下反転した。蓋部に白色ワセリンを塗布し、その上に固定させた濾紙に 、アロマ精油を100μL滴下した 。シャーレの周辺をテープで巻いて密閉し、25℃に保たれた孵卵器で培養して、菌糸の伸長を観察した。
3.結果
正直なところ、わたしは結果に対しあまり期待していなかった。抗菌性を求めるにしては、滴下するアロマ精油の量が少なすぎるような気がしていたし、そもそも匂いの成分だけで、菌糸の成長を抑えることが出来るのか懐疑的 であったからだ 。
ところが、それはすぐに杞憂に終わった。
アロマ精油を滴下したシャーレのスエヒロタケの菌糸の伸長が抑制されていることが、一見してわかったからだ( 図3) 。
結果は、プチグレン以外のすべてのアロマ精油は、スエヒロタケの菌糸の成長を抑制した(図4)。最も強い菌糸の 伸長抑制が認められたのは、ペパーミント精油であった。次いで、シナモン、スペアミント、ラベンダーの順に、 菌糸の成長抑制がみられた。
なにもしない対照の菌糸の伸長を100とした場合、これらは、およそ30%以下の成長に抑えた。この4種のアロマ精油は、スエヒロタケに対して、充分に抗菌作用があるといってもいいだろう。
4.考察
2年前の千葉菌類談話会通信33号に投稿した「キノコとあやしい培地、そして培養菌糸のこと」でも触れたが、自然由来の素材を使って実験するのは難しい。
アロマ精油も同じで、ひとつの精油には、何十種類という多くの成分が含まれており、それらは条件により多様に変化し、その効果も変わってくるからだ。
この実験も、違う結果になるのではないかとドキドキしながら、4回以上、繰り返したが、すべて同じ結果となった。
そのようなことからも、ペパーミント精油には、スエヒロタケに対する明らかな抗菌性が認められ、スエヒロタケ感染症の予防にも利用できる可能性があると提唱したい。
ただ、スライド会の質疑応答でもあったように、アロマ精油の滴下量を変えた実験では、その滴下量と抗菌効果には相関関係があり、滴下するアロマ精油が少ないと抗菌作用も弱まるという結果が、わたしの実験では確認されている。広い室内でどのくらいのペパーミント精油を揮発すれば、期待できる効果が得られるのか、まだまだ研究が必要だと感じている。
さらに強い抗菌作用を持つアロマ精油を見つけるのも一考だろう。
面白いことに、2種類以上のアロマ精油をブレンドして抗菌実験をしてみたところ、顕著な相乗効果が得られ、また耐性もつきにくかった(※7)という報告がある 。
さっそく、この研究論文をもとに、スエヒロタケに対して抗菌作用のあった2種類以上のアロマ精油をブレンドして実験したところ、その報告を裏付ける興味深い結果がでている。まだ、発表できる段階ではないが、確信の持てる結果となれば、また報告したく思っている 。
それはそうと、アロマ精油のいい匂いに囲まれての実験は、心穏やかで楽しいものになった。アロマ精油には、抗菌作用のほかにも、心と身体をリラックスさせる効果もあるそうな。ぜひ、皆さまもお試しください。
【引用・参照】
1)高麗寛紀:よくわかる最新抗菌と殺菌の基本と仕組み . 秀和システム . 2012.
2)井上重治:香りの抗菌作用―アロマセラピーへの応用 . 化学と生物 , 39 7 )), 475 481, 2001.
3)今西二郎:香りと医療-メディカル・アロマセラピー . におい・かおり環境学会誌 , 3 9 4 )), 221 230 ,
4)亀岡弘:エッセンシャルオイルの化学 . 裳華房 . 1990.
5)西野 敦(編) 冨岡 敏 一 、 荒 川 正澄(著) ): 抗菌剤の科学〈 Part 2 〉 . 工業調査会 . 1997.
6)井上 重治:微生物と香り-ミクロ世界のアロマの力 . フレグランスジャーナル社 2002.
7)Ritzerfel d WW. : S tudies on the antibacterial action of etherea l oils . A rzneim Forsch . Drug
Res. 9 , 519 521 , 1959