アンモニア菌を紐解く
このキノコをアップすると必ず言われる言葉がある。
「立ちションしましたね(にひっ w)」
はいはい、しておりませんって、子供じゃあるまいで(笑)
しかし、このキノコを見ただけで「立ちションしましたね」って出てくるのはかなりの強者に間違いない。
たぶんその強者ならこんな事も言うだろう。
「ネズミの死骸とか埋まってるんちゃう?(にひひっ w)」
絶対言いそうだわ。もうねぇ、言う顔が頭に浮かんじゃうぐらい(笑)
では、このキノコをもう少し詳しく見ていきましょう。
まずは傘を見て下さい。
乳白色にうっすらとピンク色の表面は、かなりの粘性を帯びているのがわかります。
またちょっと見えにくいですが、傘の頭頂はやや褐色気味の色になっております。
なかり密のヒダは、結構赤っぽいのはわかりますね。
しかしとっても美しいヒダをしておりますねぇ、、ほれぼれ (*^^*)
柄は傘と同じ乳白色でところどころ褐色のシミがあるようです。
全体の質感はフニャフニャしておりますが、ポキっと折れるような感じではありません。
発生環境はアラカシ林の地上から発生しております。
さて、このキノコは何ていうキノコでしょう?
確実なことは言えませんが、これらの特徴からこのキノコは
「アカヒダワカフサタケ」
と考えております。
そこで、アカヒダワカフサタケを図鑑で調べてみるとこんな記述があります。
林地内の動物関連物質(死体や排泄物など)分解跡に発生するアンモニア菌
「日本のきのこ」(ヤマケイ新版)
である、ということ。
「アンモニア菌」というは「菌根菌」とか「腐生菌」とかと同レベルのものなのか、または違うのものなのか?
それとも「アンモニア菌」というだけあって、アンモニアを分解するのか、しないのか?
その辺りを調べてみたいと思います。
アンモニア菌って何だろう?
アンモニア菌のことを知ろうと思えばまずこれを読まないといけませんね。
言うまでもなく吹春先生のほぼほぼ煽りっぽいタイトルがついた本である(笑)
この本の表紙に動物の頭蓋骨写真があり、その周りにキノコが大発生しているのがわかりますね。
この動物は本の中で実験に使われているフクロギツネのものなのでしょう。このフクロギツネ、オーストラリア原産の有袋類なのですが、実験された土地ニュージーランドではこのフクロギツネの移入によって、ニュージーランド固有の鳥類に被害を与えるために駆除の対象になっているとのこと。
で、この駆除されたフクロギツネの遺体を土中に埋めてそこからアンモニア菌が発生するのか、どんなアンモニア菌がどんな順序で何年発生するのか?を調査した、というのが書かれているのである。
そしてアンモニア菌とは何か、ということを簡潔に書かれている一文があるので、まずそれを引用されてもらおう。
動物の死体や糞尿が森林土壌の上で分解すると、その跡からふだん見ることができない特殊なきのこが発生する。こられの菌を「アンモニア菌」という。
「きのこの下には死体が眠る!?」
これらのキノコが「アンモニア菌」と呼ばれることはわかった。
では、このアンモニア菌たちはどういうメカニズムでもってそんな死体や糞尿の跡から発生するのだろうか?
それについてもまた「きのこの下には死体が眠る」から引用させてもらう。
死体や糞尿が土壌表面に置かれる。タンパク質は細菌類によって分解され、その過程でアンモニアが発生する。生物に対して毒として作用するアンモニアは、死体の周りの土壌に対し殺菌するような作用がある。その結果、死体周囲の土壌は微生物密度が非常に低い状態となる。細菌や菌類から見ると、微生物的な「空き地」となるのである。その空き地にいち早く侵入、定着し、その場所で素早く成長し、いち早く空地占有できる菌がアンモニア菌である(たぶん)
「きのこの下には死体が眠る!?」
最後の一言「(たぶん)」というところでちょっと「え?」と思ってしまったが、そこはやはり科学的にはまだ「たぶん」という状態なのでしょうね。
アンモニア菌というのは「アンモニアを分解する菌」ではなく、アンモニアによって殺菌された土壌に、早くから入り込みそこで菌糸を広げて勢力を増やし、あるタイミングで子実体を作りまた子孫を増やしていく、そんなキノコのことを言うんですね。
そうやってこのアカヒダワカフサタケを見ると、このキノコの下には何か小動物の死体があるのか、それとも、動物か、それとも人間がここにオシッコ(最初に出てきた立ちション)などをするのか、、、
何れにせよこの写真を撮るためにほぼ寝転がった状態になっている僕が、そのアンモニアによって殺菌されたのは間違いないだろう(笑)
アンモニア菌は腐生菌なのか?それとも菌根菌なのか?
先程のアカヒダワカフサタケを図鑑で調べてみる。しかしどこの図鑑を見ても「アンモニア菌」としか書いていない。それっておかしくないですか?確かにこのアカヒダワカフサタケはアンモニア菌でありますが、それと同時に腐生菌か菌根菌かではないのでしょうか?
「きのこの下には死体が眠る!?」の記述をもう一度おさらいしますが、アンモニア菌というのは、アンモニアによって浄化された土壌にいち早く生息することができる菌、ということであり、生態的に見ると腐生菌か菌根菌かのどちらかになるはずなのに、それが一切書いたものはない。
ちなみにワカフサタケ属、というくくりで見てみると「北陸のきのこ図鑑」にはこんな説明が書いてある。
「ワカフサタケ属」
「北陸のきのこ図鑑」
発生は林地に多く、菌根菌もあるがアンモニア菌が多く、子実体は小~巨大形まであり、類白色、肌色、ココア色などで肉質、傘は表面粘性で稀に乾性。柄は少なくとも上部白色で細鱗片~粉状、クモの巣状~膜質つばあり。ひだは直生~湾生し垂生なく淡色→褐色(汚褐色, 稀に帯紫赤褐色)で、縁部はしばしば白粉状。胞子紋は紫褐色、帯赤褐色、汚褐色。胞子は楕円形、アーモンド形、稀にレモン形で通常細疣状突起に覆われ、ときに平滑。胞子盤や発芽孔なし。シスチジアの縁は常に多数あるが、側は多くは欠く。菌糸にクランプがある。
「菌根菌もあるがアンモニア菌が多く」という記述が引っかかりますよね?
ワカフサタケ属には菌根菌のキノコもいるけれど、アンモニア菌の方が多いのですよ。
という風に解釈できます。他の図鑑でも似たような記述をみかけます。
これはつまり菌根菌と同列でアンモニア菌もある、ということですよね?アカヒダワカフサタケを例にとって言うと、このアカヒダワカフサタケは菌根菌でも腐生菌でもなくアンモニア菌である、ということですよね?
うーむ、わからなくなってきた。
なんかアンモニア菌というものがますます謎に満ちたものになっていきます。
そこでちょっと視点を変えて、別のアンモニア菌で調べてみることにしましょう。
オオキツネタケを調べてみる
去年富士山で見つけたオオキツネタケと思われるキノコである。
では念の為、特徴を詳しく見てみましょう。
オオキツネタケ(大狐茸)
「北陸のきのこ図鑑」
発生 アンモニア菌で夏~秋,林内などの放尿跡や動物死体分解跡などより単生,群生。
分布 日本,欧州。 傘 径2.5~7cm,饅頭形→中央やや窪む扁平で縁部波打つ。表面吸水性で赤褐色,乾くと黄褐色となり細鱗片密生。柄 7~15×0.4~1cm,下方やや太く中実~髄状,表面傘と同色で繊維状条線あり,基部などに淡藤色の綿毛菌糸をまとう。ひだ 直生~やや垂生しやや疎。 ライラック色~肉色。肉薄く肌色で表皮下表面色で丈夫,無味無臭。胞子紋 白色。胞子 類球形で表面に立さ0.8~12umの刺を密生し,内径6.8~8.8×6.5~7.5mm
これで確認する限り、このキノコはオオキツネタケであろうかと思われます。
ただしここでも「アンモニア菌」としか書いてないのです、残念ながら。
いったいオオキツネタケは腐生菌なのか、菌根菌なのかどっちなのだ、、、
という議論をFacebookの美菌倶楽部でしたことがある。
その時にレッドちゃんがこの「三河植物観察」のページを教えてくれた。
この中には
「 オオキツネタケLaccaria bicolor 日本、中国、ヨーロッパ、北アメリカに分布する。日本ではアンモニア菌とされているがアメリカなどでは針葉樹やカバノキなどの菌根菌とされている。 」
という記述がありますね。
ここでもアンモニア菌と菌根菌は違うもの、という扱いであります。
するとやっぱり出てきたK島さんがこんなページを探してくれました。
「埼玉きのこ研究会」のWEBサイトで「きのこの下には死体が眠る!?」 の吹春先生を招いての「きのこ講演会」の記事である。
「きのこ講演会」
http://www.ippon.sakura.ne.jp/reikai/2009/100213kouennkai.html
この中でとっても重要な文があるので引用させてもらいます。
アンモニア菌の生活様式には、2タイプがある。
「きのこ講演会」
■腐生性
イバリシメジ、コツブザラエノヒトヨタケ、ヒシノミシバフタケ等
■外生菌根性
アシナガヌメリ、アカヒダワカフサタケ、アカヒダワカフサタケモドキ、ナガエノスギタケ、ナガエノスギタケダマシ、オオキツネタケ等
http://www.ippon.sakura.ne.jp/reikai/2009/100213kouennkai.html
この記事で見る限り最初のアカヒダワカフサタケもこのオオキツネタケも菌根菌となりますね。
やはりアンモニア菌は腐生性のもの(腐生菌)と菌根性のもの(菌根菌)がある、ということですね。
ふー、これでやっと眠れるわ(笑)
アンモニア菌はアンモニアを必要とするのか?
「きのこの下には死体が眠る!?」に少しこだわります。
アンモニア菌とはアンモニアによって殺菌された土壌にいち早く侵入し勢力を広げていく菌のこと、であると教わりました。また、同じく焼け跡菌というのがいて、それは山火事などの焼け跡に発生するキノコのことで、それも同じく火事によって土壌が殺菌され、その殺菌されたところにいち早く侵入して菌糸を広げ、あるものは子実体を発生させるのだそうな。
じゃあ、アンモニア菌と呼ばれるキノコも焼け跡に発生してもおかしくないよね?
という疑問が湧いてきます。ふつふつと湧いてきます。
しかし、焼け跡に発生するものというのは、アンモニア菌とは一部を除き異なるそうなのです。
再度引用させてもらうと。
焼け跡菌は「微生物的空地+焼け跡の灰+α」、アンモニア菌は「微生物的空地+たんぱく質分解後のアルカリ条件+β」と空地のタイプが違うために発生する種類も異なるのである。たぶん。
「きのこの下には死体が眠る!?」
また「たぶん」が来ました(笑)
この辺りはまだはっきりとした実験とかが必要になってくる事項だということなのでしょう。
ただ上記のことから考えるに、アンモニア菌というのはやはりアンモニア自体を必要としている、ということなのでしょうね。そこで、いろいろ調べていると以下の論文をK島さんが教えてくれました。
「アンモニア菌の増殖機構 一動物の排泄物や死体の分解跡地が浄化され る過程に関する実験菌学的研究」
(山中高史 京都大学学術情報リポジトリKURENAI)
この論文をじっくりと読むと重要なポイントがいくつかあることがわかりました。
予備知識が足りないため、もしかして誤読とか勘違いしている部分があるかもしれませんが、僕なりにその重要な部分をピックアップして、内容を噛み砕いてみたいと思います。
1.アンモニア菌は腐生菌から菌根菌へと遷移していく
アンモニア(ここでは尿素)を施与さてた場所においてアンモニア菌というものが発生する、というのは「きのこの下には死体が眠る!?」の中でその発見された経緯や実験の解説などが行われています。また吹春先生の講演の記事の中でアンモニア菌には腐生菌と菌根菌があることもわかりました。
そしてこの論文の中では一般的にアンモニア菌と呼ばれるものは、アンモニアが撒かれた土壌の変化によって、同じ場所でも腐生菌から菌根菌へと変化していくそうなのです。
つまり、アンモニアが撒かれた場所に最初に侵入してくるのは腐生菌であり、そいつらは何かを分解するためにそこへやってくるわけなのです。そして分解し終わったら、その場所を次に侵入してくる菌根菌とバトンタッチしてその場を離れていく、ということ。
そしてバトンタッチされる側の菌根菌たちは腐生菌たちが生み出したものを餌や自分たちの生きる材料として利用し、そこにしばらくは住み続けていき、また仕事が終わったら去っていく、、のだそうな。
2.アンモニア菌はアンモニア自身を利用して生長する
アンモニア菌というのはアンモニアによって微生物的空地になった場所にいち早く侵入してくる菌、という認識だったのですが、それだけではなく、アンモニアがそこにあるからこそアンモニア菌が発生する、というメカニズムのようです。
イバリシメジを使った実験では、アンモニア(尿素)を撒いて滅菌した場所では栄養菌糸の生長が見られ、撒いてないところでは生長しなかった、との記述がありました。この事によりイバリシメジはアンモニアを栄養として取り込んで生長した、と言って良いのでしょう。
ちなみに実験に使用したイバリシメジは腐生菌ですので、前期アンモニア菌ということになりますね。
※ 栄養菌糸とは栄養分を摂取して生育する場合、基質内へ伸ばす菌糸のこと
3.前期アンモニア菌(腐生菌)と後期アンモニア菌(菌根菌)は利用するものが違う
まず前期アンモニア菌ですが、最適pHの数値が8~7が好みらしく、尿素などを撒いたのちの土壌の 水素イオン濃度が弱アルカリ性なので前期アンモニア菌にとっては住みやすい環境といえます。
また高分子有機物の分解能力が高く、アンモニア態窒素なども分解する(線虫や硝化細菌などにもよる)ことなども前期アンモニア菌がそれらを利用して(栄養として)生活しているというのがわかります。
その後、pH値がやや酸性化し前期アンモニア菌が退散した後、最適 pH が6~5である後期アンモニア菌(菌根菌)が侵入してきて勢力を伸ばしていくようです。
菌根菌とは無機塩基(窒素、リンなど)や水分と植物に供給し、代わりに糖分(炭素)などを植物の根を通してやり取りするものたちである。
前期アンモニアが分解したもの(硝酸態窒素)を食料にしたり、それ以外の窒素源などを植物根っこを通じてやり取りをしたりして、徐々に生長し、また菌糸を広げていくのでしょう。
それら腐生菌、菌根菌双方ともですが、何かのきっかけで子実体を作って、それが人間たちの目に触れるのだと思われます。
4.アンモニア菌が生まれてきた訳は土壌を浄化するため
動物が死んだり、または動物が出した排泄物の跡は窒素化合物などの物質により土壌が殺菌され微生物的には空白地帯になります。そう言った環境に前期アンモニア菌(腐生菌)が侵入し、土壌を覆うアンモニア態窒素などをエサとして取り込んだり(線虫や細菌との連携もある)、分解したりして、次に侵入してくる後期アンモニア菌(菌根菌)に適した土壌を結果的に用意することになる。その後、バトンタッチする形になった後期アンモニア菌も硝酸態窒素など前期アンモニア菌たちによって分解された物質を利用し、分解したりして、結果的にその土壌を元の形に浄化することになる、ということが言えますね。
それは正に「アンモニア菌が生まれてきたワケ」と言っていいかもしれません。
「腐海が生まれたワケ」をナウシカが解明した様に、アンモニア菌が生まれたワケを解明したこの研究、そして論文には敬意を表するしかありませんね (*^^*)