アセタケのすゝめ
アセタケ属、、、この世間から冷たく厳しい視線を浴びせられ、「スルー」というほぼシカトに近い状態で扱われ、差別され続けてきた種属たちよ・・・。その宿痾のような運命はここに終わりを告げるかも知れない。このキイロアセタケらしきものを見て以来、私は君たちの温かき擁護者への道を共に進んで行こうと決めたからだ。
By きのこびと ジョージ
アセタケ。漢字で書くと「汗茸」。アセタケ科アセタケ属のキノコたち。
「ヒメノガステル科」なんかに比べて遥かに覚えやすいし、「タマバリタケ科」とかと比べるに実にシャープなネーミングである。
しかしその名前の「汗」は、このキノコたちを食べると大量の汗が出る、ということに由来しているというらしい、、、。サウナ好き以外の人からはかなり嫌がられるキノコには違いないし、太ってる人なんか最も嫌がるだろうね~(個人の意見です w)。だってこの汗、ムスカリンっていう毒成分が原因なので、汗以外にも涙と唾液の分泌が増加して、腹痛、下痢、吐き気、呼吸困難などを引き起こすらしい。
(参考:「ムスカリン(Wikipedia)」)
そんなアセタケたちは少なくとも食べ菌たちのターゲットにはなり得ない。また、これは実に悲しいことであるが、僕たち撮り菌のターゲットにもなかなかならないのである。かといってキャラ菌たちがアセタケのアクセサリーを欲しがるか?というとこれまた僕は首をかしげなくてはならない。耳からアセタケのイヤリングをぶら下げてるのもちょっと想像しづらいし、アセタケTシャツ(略してアセT)ってのもなんか汗臭そうでちょっとね、、、
なので、「アセタケに興味を持つ」というのは生粋の知り菌か、それともサウナ大好きの人に限られるのだ(笑)。
アセタケをよく見てみると、、、
アセタケはずっとスルーしてきた(すまない)。
これは紛れもない事実である、、、がしかし、謝らなくてはならない時が来た。撮り菌の僕にとっては、被写体としてアセタケは「証拠写真」の対象でしかなかった。それがまずこいつを見た時に心が揺らいだ、、、
苔の絨毯の上からピョンと顔を出しているその姿はなんとも頼りなく、でも、どことなく哀愁が漂っている。「なぜ君はここから出てきたの?」そんな迷子の子どもに出会ったような気になる不思議ないで立ちをしているのだ。
図鑑で名前を調べると「クロトマヤタケ」とか「アシボソトマヤタケ」の様な名前が候補として上がってくるが、さて何ものであろう?
これは完全に写真のモデルとして撮った写真なので、抜くとかはしていない。
なので、名前を追求するのはここでジ・エンド。
どう?可愛いでしょ??ラブリーでしょ??
このモフモフの傘でこちょこちょしてもらいたいでしょ??(笑)
こんな写真もあるよ。メルヘン・ヤスコの撮った写真である。
上の写真と同じだと思うんですが、このアセタケの仲間は傘が繊維状になっております。
こういうのはアセタケの特徴のうちのひとつ、であるようです。
まるで羊毛フェルトでつくったきのこアクセサリーみたいですよね?
これだとキャラ菌さんたちの「作品の対象」になるのではなかろうか?
どうだろう?キノコットンさん?(笑)
こちらは別種でしょうか?どうなのでしょう??
メルヘン・ヤスコに聞いてみると、幼菌の頃の写真だそうです。
なので、もしかしたら同じ種かもしれませんね。
アセタケのすゝめ、ことはじめ
「アセタケのすゝめ」を書くにあたって、アセタケの専門家である大西さんに相談しました。
「きのこびとでアセタケの記事を書こうと思うのですが、写真などの判別とかしていただけないでしょうか?」
実は以前「フウセンタケ属を眺めてみる」という記事を書いた時に大西さんから「アセタケの記事を書いてみてください」と言われ、まさかのアセタケの大家からその様な事言われてどうしてよいのやら迷っておりましたが、先に書いたとおり、キイロアセタケを見た時に、「ヨシ、これで書ける!」と思い立って相談してみた次第なのです。
すると大西さんからは以下の2つのものを読むように言われました。
一つはこちらもアセタケの専門家である小林孝人さんが書かれた
「パラタクソノミスト養成講座:きのこ(初級・中級)ハラタケ目編 付:ハラタケ目アセタケ科の分類 (上級) 」
というPDF。
重要なのは、このPDFの最後の方にある付録で
「ハラタケ目アセタケ科の分類(上級編)」
で始まる文章である。 アセタケを分類する方法が記されております。
「1. 科内分類体系の例 」には
1.アセタケは1科1属であること
2.日本のアセタケは5亜属20節に分かれている
と書かれていますね。
その下にアセタケの検索表が明記されていますが、ぱっとみて驚きました。検索表の一番最初にはこんなことが書いてあります
1. メチュロイドを欠く。柄シスチジアは決して柄の全面を覆わない。
いやいや、いきなり顕微鏡いるんでつか!!(@_@;)
はいはい、そうなのです。
アセタケを「目視だけで」分類するというのは土台無理な話なのです。
なので、、、、
上の写真を「日本のきのこ」(ヤマケイ版)で絵合わせし、 Facebookの美菌倶楽部にアップして
「コバヤシアセタケに近いような気がしますがどうですかね?」
って聞いたら
「アセタケの仲間を目視だけで名前をつけるなんて10年早い!」
って叱られたのは僕です(笑)
アセタケの特徴を見てみる
アセタケの仲間を「節」レベルまで落とすために使う「検索表」。それを使うには顕微鏡でシスチジア(キノコのヒダなどにある細胞、某研究会の人にこれって何であるんですか?って聞いたら、わからない、って言われた w)や胞子をまずは見るしか方法はありません。
いや、それでも、それでも、できるだけ目視である程度まで近づきたい、と思うのが人情。
なので、ここでは目視でアセタケに近づくために、原色日本新菌類図鑑に書かれているアセタケの特徴を引用させてもらいます。
アセタケ属 Inocybe (Fr.) Fr.
子実体は肉質で通常小~中形。傘は多くは円錐形~中丘のあるまんじゅう形で、表面は放射状に並ぶ繊維よりなり、しばしば放射状に裂け、あるいは鱗片状となる。ひだは上生~広く直生、しばしば湾生し、成熟したとき縁部は淡色。胞子紋は汚褐色、たばこ色など。胞子は平滑、またはこぶをそなえ類角形~星状、まれにとげ状突起におおわれる。常にシスチジアをそなえるが、縁シスチジアのみを有する場合には通常こん棒形~嚢状、薄膜~やや厚膜。縁シスチジアとして厚膜シスチジア (metuloids) が存在する場合には、通常これがひだの側面にもあらわれる。柄は中心生、しばしば柄シスチジアをそなえ粉状となるが、柄シスチジアはクモの巣膜の付着点より上部に存在する。すべての菌糸にクランプがある。外生菌根性,有毒菌が多い。
原色日本新菌類図鑑(保育社)
文字で読むとほんとに難しい。
しかし見慣れてくるとだんだん「これアセタケの仲間よね?」というのがだんだん分かってくるようになる。これはアセタケの仲間のいくつかの特徴を頭の中で整理しているのでしょうね。
その整理された特徴としては
- 傘が円錐形であること
- 傘のてっぺんが尖っていること
- 傘の表面がてっぺんより放射状に条線がある
- 傘の表面が繊維状である
この中にはもちろん例外もあるが、「これアセタケの仲間よね?」 と目視で分類しているのは主に傘の形状だと言うことがわかる。
ただ、大西さんによると、、、
【大西さん注】
アセタケの見分け方はではヒダの色も非常に重要で、フウセンタケやムジナタケの仲間など、外見だけではアセタケと迷う種はけっこうあります。
なるほどです。「ヒダの色」というは実はあまり注目してなかった視点ですね。この辺り専門家としての分類ノウハウがほんと勉強になります。
今回は「傘の特徴」だけですが、アセタケらしいものを見ていきましょう。
えぇ感じで傘の中心がポッコリしていて、中心から放射線状に裂け目が出来ておりますな。もう見たら「アセタケ属ですな、、」としたり顔で言っていいです(笑)
これもよく見れば傘の先っちょが尖ってますね。そしてかすかではありますが、繊維状で傘の中心から放射状にその繊維が延びている様に見えます。
ちょっと神経系のやばいキノコにも見えますが(笑)
あなたの周りのアセタケたち
アセタケというのは決して珍しいキノコではない。この間も近所の公園を散歩しているとアセタケの仲間を発見して写真をパチリと撮った。
しかし、派手でもなく、フォトジェニックでもなく、いわゆるLBM(Little Brown Mushroom)とかSBM(Small Brown Mushroom)で一括りにされそうなそのアセタケの仲間はやはり「アセタケの仲間やな、、」で終わった。
あかんがな(笑)
でも仕方がないのです。「日本のきのこ」(ヤマケイ版)にアセタケ属として掲載されているのは20種類。 原色日本新菌類図鑑 でも22種類。しかし日本で確認されているアセタケは100種類を超えているらしいので(日本産アセタケリストを見ると142種類)これらの本だけで調べられる(同定には至らなくても)アセタケはわずか14%に留まる。
「日本産アセタケリスト」
http://inocybe.info/_userdata/species/inocybe-japan.html
そこで大西さんのWEBサイトを紹介させてもらいます。
「兵庫のアセタケ」
http://inocybe.info/
このWEBサイトのイントロダクションを紹介させてもらいます。
アセタケ…こんなにも不遇な扱いを受けているキノコは少ない。
「兵庫のアセタケ」 http://inocybe.info/
食べられる種は無く、多くがムスカリンという食べると涙と唾液、そして大量の汗が吹き出す毒を含む。だからアセタケ(汗茸)と名付けられたらしい。おまけに臭いのも多いとくれば、キノコハンターには当然見向きもされない。そればかりか、キノコ愛好家たちにさえ、その同定の難しさから「見て見ぬふり」をされがちなのだ。
なんと自虐的なイントロダクションだ!(笑)
でも大西さんの「アセタケ愛」がほんわかとにじみ出ているWEBサイトなので、是非是非じっくりと眺めて、そして読んでみて欲しい。
この中で「兵庫県周辺で確認したアセタケ属」として掲載されているのが38種類。僕たちがよく見ているアセタケの仲間も神戸、大阪が多いので、この中に今回アップしている写真と同じ種のものが含まれている可能性が高い。
例えばこの写真、、、アシナガトマヤタケに結構似てるかなぁ、、と思いません?
アシナガトマヤタケは「日本のきのこ」の新規収録種として載っている。
傘の特徴や柄の特徴など良く似ていると思うのだがどうだろうか?
【大西さん注】
アシナガトマヤタケとしているのは、上は明らかに別種で、2枚目のは可能性はありそうだけどセイタカトマヤタケやアシボソトマヤタケの可能性の方が高そうです。
そしてコバヤシアセタケとか言って怒られたやつ(笑)
これはコブミノオオトマヤタケとかにも似ている(あくまでも感想です)
傘の感じがとってもアセタケなきのこ。
苔の中でとっても生き生きとしておりましたな。
【大西さん注】
コブミノオオトマヤタケも違いそうです。
では次に結構よく見るタイプ。
オオキヌハダトマヤタケにも見えるし、カブラアセタケにも見える。
ただ柄の根元が膨らんでないのでカブラアセタケではないようだ。
そして最後のこれ。
これは大西さんのページにあるセイタカトマヤタケに良く似ている。
純度100%撮り菌のメルヘン・ヤスコの写真なので、引っこ抜いたり、切ったりの画像はない。よって基部の膨らみなども確認はできないが、大西さんと同じ神戸での撮影だし、撮影場所も公園だと思いますので発生環境なども同じようなものと考えて良いかもしれません。
【大西さん注】
セイタカトマヤタケは、私と小林孝人先生で新種発表した種です。
まだまだアセタケの写真はあるんだけど、多くなるし、あまりいい加減な名付けをしても叱られるだけなのでこの辺りにしておきます。
さてさて、「アセタケのすゝめ」、いかがでしたでしょうか?
アセタケというキノコたち。正直言ってここまで「粗雑に扱われるいわれ」はまっく無いように思うのです。言わば冤罪とでも申しましょうか、濡れ衣とでも申しましょうか、とにかくアセタケの仲間は謂れなき不遇を受けているとしか思えないのです。
その主な要因は「アセタケという名前にある 」 としか思えないのです。
では、少し別の名前に変えてみましょうか?
例えば、傘の先端が尖っているので
トガリカサタケ(尖傘茸)
なんでどうでしょう?アセタケに比べて可愛さ5倍増ですよね?
他には
サケカサタケ(裂傘茸)
なんかでも良いんでない?(笑)
こんな名前になったらきっとキャラ菌作家さんたちもいろんなグッズを作ってくれると思うんですよね。
- サケカサタケ傘:傘のホネの部分が裂けたように見える
- トガリカサタケ皿:皿の中央が尖っている
- てくてくサケカサタケちゃん:スカートの末端が裂けてるてくてくきのこちゃん
- トガリカサタケランプ:ランプの傘がポッコリしている
いやぁ、、これだけでも「キャラ菌垂涎!」となるんじゃないでしょうか?(笑)
とまれ実は「アセタケにはトマヤタケ素敵な別名があります」という指摘をまたも大西さんからいただきました。
そうそう、トマヤタケ。
漢字で書くと「苫屋茸」。
苫屋というのは 茅(ちがや)で作られた質素な家屋のことだそうで、とっても風情のある名前だということが分かる。
里山に
夕日が落ちて
苫屋だけ(茸)
どう?こんな歌??(笑)
「アセタケ」その宿痾の根源が付けられた名前だということが分かった。今更それを変えるっていうのも不可能に近い。しかし僕の紹介してきたアセタケの仲間たちはどれも愛らしく、フォトジェニックで、しかも身近に存在するものばかりだ。
このキノコたちを探し、写真を撮り、一生懸命名前を調べる、っていうのは本当はすごく楽しいことだ、ということを知ってほしい。
そして出来るなら顕微鏡を買って、じっくり胞子やら、シスチジアなどの細胞をワクワクしながら観察して欲しいのです。
まだまだアセタケの仲間は新しい種が発見できる余地が多く残っている仲間であります。
そんな「アセタケの世界」へ大きな一歩を踏みこんでみてください。