ヒトヨタケのシスチジアはつっかえ棒なのか?

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さて、顕微鏡でキノコの細胞を観察していない人にとっては「なんのこっちゃ?」というタイトルだ。
「ヒトヨタケ」まではまだ良い。
次の「シスチジア」ってのは何なんだ?
そしてそのシスチジアが「つっかえ棒」になっているとはどういうことなのか?
まずはシスチジアというものはどういうものなのか?というのを簡単に説明したい。
一言で言うと
ヒダの縁部や側部にある細胞で担子器やその他の末端細胞などと並んでヒダの細胞を構成しているもの。
と言う感じだろうか?(一言じゃないやんけ!という意見は無視します w)
Fig.1の写真(コブアセタケの仲間)をご覧ください。
丸い細胞が左下に見えるが、そこから飛び出すようにそそり立っている細胞が見えますね。
これがコブアセタケ(の仲間)の縁シスチジアなのです。
シスチジアの先端には結晶をつけていて、とってもユニークな細胞ですよね。
キノコを分類する際にはこのシスチジアの形状などによって種を判別したりできるので検鏡する際にはとても重要なポイントとなります。
しかしこのシスチジア実際にはどういう様な役目があるのだろうか?
例えばこのシスチジアの左横に見えるのが担子器である。
その担子器の先に星型の胞子がくっついているのが分かりますでしょうか?
担子器というのは上部から角の様なもの(ステリグマと言います)が2本から4本で出ていて、その先端で胞子を産み出しているという、言わば「胞子製造装置」の役目を持っていたりするのです。
じゃあシスチジアもきっと何らかの役割があるはずだ・・・と思いますよね?
実は明確には分かっていないのである。

しかし「明確には」分かっていないとは言いながら、個々のキノコによって、例えば以下のような役割が提唱されています。
- 隣接するヒダ同士がくっついてしまうのを防ぐ「つっかえ棒」
- ヒダの周りの空気の流れを制御し、胞子の放出に適した湿度やガス交換の環境を維持している
- 動物や虫に食べられないように物理的な障壁となっている
- 不快な物質を分泌したりして動物や虫から担子器を守っている
- 代謝の過程でできたシュウ酸カルシウムの結晶などの不要な物質をシスチジアの先端に集めて体外に排出する
いずれもこれらは全てのキノコのシスチジアに対して該当するわけではないので、「シスチジアの役割」という言い方では一括りにはできないのですね。
つまりは、「シスチジアとしても役割は明確ではない」ということが今のところ言えるわけです。
つっかえ棒としてのシスチジア?

尊敬するキノコの大先輩に浅井郁夫さんという方がおられ、その方が書かれている「きのこ雑記」というサイトがあります。
「きのこ雑記」
https://fungi.sakura.ne.jp/f_index.html
以前シスチジアについて検索していた際に、「つっかえ棒としての側シスチジア」というタイトルで書かれた日記がヒットし、興味深く内容を読まさせ頂きました。
「つっかえ棒としての側シスチジア」
https://fungi.sakura.ne.jp/dagon_talk/dagon_170423.htm
一部だけ引用させてもらいます。
次いで柄に近い部分でこれまた比較的しっかりした部分から複数のヒダを含める形で切り出してみた。高倍率のルーペでみても、隣接するヒダの間に透明で大型薄膜のシスチジアがあることがよく分かる(j)。顕微鏡でも覗いてみた(k, l)。透明なつっかえ棒は、明らかに隣接するヒダ同士が密着しないように支えている側シスチジアのようだ。
https://fungi.sakura.ne.jp/dagon_talk/dagon_170423.htm
確かに記事の中ではヒダとヒダの間に棒の様なものがあり、あたかもそれはヒダ同士がくっつかない様に棒を挟んでいる様に見えます。
そして記事の最後では
ヒダが楔形ではなく基部から先端まで同じ厚みを持ったヒトヨタケのなかまでは、隣接するヒダ同士が密着するのを防ぐ役割も兼ねた大型の側シスチジアが発達したキノコが多い。たいていは20倍程度の高倍率ルーペで覗くと、この側シスチジアを確認することができる。
https://fungi.sakura.ne.jp/dagon_talk/dagon_170423.htm
とあります。
この記事を読んでから是非とも自分もヒトヨタケの「つっかえ棒」であるシスチジアを視てみたい!と思ったのが、今年あたりから大阪のヒトヨタケのシロは壊滅させられてしまい(どこからか持ってこられた土砂が捨てられたため)、確実にヒトヨタケに会えるという確証はないまま今年の11月を迎えた。
そしてつい先週のこと、キノコ散策をほぼ終えて山を下りていたら、ついについにヒトヨタケが姿を現したのであった!!
ヒトヨタケのヒダを観察する

かなりの大きさのヒトヨタケです。
この場所は巨大なムジナタケなども発生する場所なので、もしかしてかなりの栄養豊富な場所なのかもしれませんね。また、ほぼ発生は同じ場所ですので、地中ではヒトヨタケとムジナタケの菌糸体がどの様な感じで存在しているのでしょうか?とっても興味がありますね。
持ってかえったヒトヨタケをまず軽く撮影しました。

もう傘がかなり溶けてきていたので、雑な白バックです(笑)
大きい傘の横に小さい奴もいてましたが、基部がくっつていたため仕方なく小さい方もお持ちかえり。

ここでヒダを横断して切らないといけないため、この様に何枚かのヒダをブロックで切り出して、横にスライスするように剃刀で切ります。
しかし、生のキノコ、しかももうドロドロに溶けてきている状態で横にスライスするのは不器用な僕にとっては至難の業で、やっとこ切り出すことが出来たのが以下の写真です。

かなり綺麗に切れました (#^.^#)
これは幾枚かのヒダを横断で薄~~~~くカットしたものです。
そしてスライドガラスの上にそれを置き、白バック装置の方に持ってきてTG-6で撮影したものがこの写真です。
どうでしょうか?
ヒダとヒダの間に何か縦の筋が存在するのは分かりますか?
これをもう少しトリミングしてみましょう。

ヒダとヒダにある縦の「筋」は「円筒状の透明な物質」であることが分かりますね。
これぞ浅井さんのサイトで書かれていた「つっかえ棒」であることは間違いなさそうです。
しかし凄いですね、、このシスチジア。
ヒダとヒダの間にあたかも「柱」の様に立っていますね。
では検鏡してみましょう。
つっかえ棒を検鏡してみる

40倍で視てみました。
先ほどのトリミング画像よりは明瞭に見えてきましたね。
やはりどうみてもつっかえ棒ですね~~ちなみに、、、
ヒトヨタケに何故つっかえ棒が必要なのか?
ですが、浅井さんの記事でも書かれていますが、ヒトヨタケはヒダが異常に多く、通常はヒダとヒダの間が密接している場合、表現としては「密」という言葉を使いますが、ヒトヨタケに関しては「過密」もしくは「激密」という表現がふさわしいでしょう。
それはヒトヨタケのこのヒダを見れば分かりますよね?

もうほぼ密着しているし、ヒダの先端が黒くなっているということは既に胞子が成熟してきており「溶ける準備」が出来てきているのですね。
つまりヒトヨタケはヒダが溶けることによって胞子を自分が今いる近くに落とす、という戦略をとっており、その為にはヒダとヒダの間を空けて胞子を風で拡散させる必要があまりない、ということですね。
それよりもヒダをたくさん作ることによって、沢山の胞子を落とす方が有利なのだと思います。
とは言え、ヒトヨタケも胞子をまったく拡散させない、というわけではないのだと考えられます。
その証拠にこのシスチジアによる「つっかえ棒」があり、それによりヒダとヒダの間を通り抜ける「胞子の通り道」を確保しているのですね。
では検鏡に戻ります。
先ほどは40倍で視てみましたので今度は100倍の結果をご覧ください。

これだとはっきりと分かりますよね?
見た目で判断できるのは
- 筒状であること
- 筒の中は透明であること
- 筒の上下はヒダの中に入り込んでいること
ではこのサイズはどうなっているかというとヒダとヒダの間は約1.7mmほどありますので、このシスチジアの大きさも少なくとも1.7mm。つまり最低でも 1700μmありますね、、デカい!!。
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ここまでは水封もなにもせずにスライドガラスの上に置いて検鏡してきました。
そこで一度水封し、このシスチジアの形を確かめてみたいと思います。
フロキシンを流し込み染色された頃合いをみて余計なフロキシンを吸い取り、カバーガラスをかけ、その後を水を入れながら細胞を出来るだけつぶさない様にして検鏡してみました。

すると、、、あれれれ。
驚いたことにシスチジアの姿は消えてしまいました。
はて??
そんなはずはありません。
別の切片を使ってやってみました。

Why?
何度やってもシスチジアの姿は見えなくなりました。
ヒダの構造はそのまま残っているのに、、、です。
そこで初めてある疑問が湧いて来ました。
もしかしてあの「つっかえ棒」はシスチジアでないのでは?
今さらか?とお思いでしょう。
少し疑問には思っていたのです。
「なんでシスチジアがあんな上下同径の筒になってて、しかもヒダに入ってるのだろう」
と。
そしてあの「つっかえ棒」の正体は何なのだ・・・と。
で、先ほどの2枚の写真を見ると、共通するものが見えます。
そうです、細い菌糸らしきものが二つのヒダの間に何本も橋を作っているのです。
これってもしかしてつっかえ棒の正体では・・・・??
少し想像をたくましくしてみます。
- まだ水封していない状態の時は、これらの菌糸が束になっていて円筒状の筒を作り上げている。
- そしてその筒の中には水が入っているので、筒の中は透明に見えている。
- しかし外から水が入ってくると筒の中の水分の均衡が崩れ菌糸がバラバラの状態になり筒も消滅する。
- その結果、筒を形成していた菌糸がバラバラなってもヒダとヒダを繋いでいる様に見えている。
どうだろう?
でもこの菌糸であの大きな「筒」を作り出しているとはちょっと考えにいくいですな(苦笑)。
まぁこれを証明するにはもっと詳細な観察が必要になってきますね。
ヒトヨタケのシスチジア
実は上の方の写真(Fig.2)では「ヒトヨタケのシスチジア」として写真を貼っています。
それをもう一度入りますね。

これはヒダの細胞をピンセットで摘まんで検鏡したものです。
つまる「側シスチジア」ということになります。
この一番大きなシスチジアで大きさは 67.8μm x 21.1μmとなります。
いいですか?
で、先ほどのヒダとヒダを繋いでいる「つっかえ棒」の大きさは 1700μm です。
1700μm / 67.8μm = 25倍
となりますので、25倍もの差がありますので、少なくとも先ほどのつっかえ棒とこのシスチジアは同じものだと考えるのは無理があるのと思いますがいかがでしょう?
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そして気まぐれにヒダの端っこの方を視てみるとこんな細胞がありました。
これは、通常ヒダとヒダの間にある「つっかえ棒」なのですが、向かい側にヒダが無いので、片側だけのつっかえ棒がこの様な形で出てきてるんですね。

筒の先端は飛び出していわゆる「乳状突起」みたいになっております。
これはいったい何でしょう?
先ほど想像の中で菌糸が作り出した「筒」かも、と言いましたが、これが果たして菌糸が作り出したものなのか?それともやはりシスチジアなのか・・・・
元々のシスチジアはこんな形をしているのだが、水の中に入ったらあのような棍棒状に変化するのか、、、わけが分からなくなってきました。
ということで、謎が深まりましたところで今回は終わりたいと思います (*ノωノ)


