カキシメジ論文を分解する(本物のカキシメジとはどれなのか?)

僕が初めて「カキシメジ」を認識したのはこの写真のものを見つけた時から、である。
いや、正確にいえば、この写真をmixiの「きのこLOVEの会」というグループに「これは何でしょうか?」と投稿し、mixi名「そのまんま裸」さんが「これは典型的なカキシメジですね!」と答えてくれた時からでした。
その褐色の傘、中央の盛り上がり、波打った縁、今この写真を写真フォルダーから探し出したときにその時の「これがカキシメジかぁ!」という納得の「な」が目の前に飛び込んでくるのが何とも心地よい。
図鑑に載っているものと、自分が見つけたものが一致する瞬間、ガッツポーズぐらいでは収まらない喜びに満ちた感情が胸の中を支配するのである。
・・・なんて言うのは少し大げさかもしれないが、もう15年も前のカキシメジの写真を探し出すのにほとんど苦労しなかったのは、きっとその時の感動を記憶していたからなのだろう。
そんなカキシメジを書こうと思ったのは他でもない、僕が「カキシメジ論文」と呼んでいる論文の主著者である青木渉さんに長野でお会いすることが出来たからだ。
日本菌学会主催で行われた論文講座に参加した僕はあらかじめ青木さんも参加されることを事前に把握していて「是非お話をお聞きしたい」連絡を取っていたのでした。
そして、講座の後に行われた懇親会の席にパソコンを持ち込んで、少し離れた席でくつろいでいた青木さんに僕の席まで来ていただき、カキシメジなどの特徴や見分け方法などをパソコンを見ながらお聞きし、Twitter上で「カキシメジ」としてアップされているものは実際は何なのか?を1つ1つ聞いたりしたのでした。いやぁ、、懇親会の席でこんなことをするなんて青木さんにとっては迷惑だったでしょうなぁ、、 (#^.^#)
まぁ、そんな図々しいことをしてまで書きたかったカキシメジ論文の解説。
まずはカキシメジ論文とは何か?ということをお伝えしようと思います。
タイトルは以下の通り。
「Taxonomic revision of the Japanese Tricholoma ustale and closely related
species based on molecular phylogenetic and morphological data」
和訳すると
「分子系統解析と形態学的データに基づいた日本のカキシメジと近縁種の分類学的再検討」
となる。
つまりは日本で「カキシメジ」と呼ばれているものを最新の技術を用いて再検討し、学名「Tricholoma ustale」が適当であるのか、またはそれ以外の別種は含まれているかをこの論文によって明確にする、というのである。
興味ある方は是非是非原文をご覧ください!!
カキシメジに関しては以前からこんな話が我らアマチュアの間で流れていた
「どうもマツ林などに発生するカキシメジは食べられるらしい」
「カキシメジよりも少し早く発生して、齧ると苦いやつはニガシメジである」
いずれも人からの伝聞である。
僕はカキシメジを食べたことは無いが、9月ぐらいに発生するカキシメジを齧って苦いのを確認したのは何回かある。その際は「これがニガシメジだな」と毎回その存在を認識していました。
が、しかし。
晩秋に発生するカキシメジは齧ったことがないという、、、(大失態)。
まぁ所詮、我々が認識していたカキシメジとはそんな程度のものであったが、この論文ではそんなカキシメジの全貌が明らかになったのであった。
カキシメジの仲間たち
新種記載や日本新産種記載の論文を読んでいると、そのキノコに対する「歴史」がちゃんと書かれている。
誰が、いつ、どのような記載を行ってきて、その際にどのような判断がなされてきたのか?
このカキシメジの仲間たちにもその様な歴史があり、キノコの鉄人たちの考えが窺い知れるのでちょっとまとめてみることにする。
| 種類 | 内容 |
| カキシメジ | 1925年に川村氏によって日本で初めてT. ustale Fr. と同定され、1929年には長野県飯綱山麓で採集された標本に基づき、T. ustale Fr. (= T. ustale (Fr.) P. Kumm.) として形態的に記述されました。 Kawamura, S. (1925). Illustrated Japanese fungi, 5th delivery (In Japanese). Tokyo: The Forest Experiment Station of the Department of Agriculture and Forestry. |
| マツシメジ | 1938年に今井氏によって T. albobrunneum (Pers. ex Fr.) Quél. (= T. albobrunneum (Pers.) P. Kumm.) として同定された。北海道で採取された標本に基づいています。 今関(1942)はマツシメジを有毒キノコとして報告しました。 カキシメジとマツシメジは、その形態的および生態学的な類似性から、しばしば同定や同一種であるかどうかの判断で混乱を招いていました(Imazeki & Hongo, 1957, 1965, 1987) Studies on the Agaricaceae of Hokkaido. I, Journal of the Faculty of Agriculture, Hokkaido Imperial University. |
| オオカキシメジ | 1938年に今井氏はによって T. pessundatum (Fr.) Quél. として同定された。北海道で採取された標本に基づいています。 オオカキシメジに関する報告は近年では限られています(Ito, 1959)。 Studies on the Agaricaceae of Hokkaido. I, Journal of the Faculty of Agriculture, Hokkaido Imperial University. |
| アザシメジ | 1962年に松田氏と本郷氏によって広島県三段峡と山形県小国で採集され、T. maculatipus として記載されました。 Larger fungi in the lower temperate deciduous forest at the northern foot of Mt. Iide. |
| ムレワシメジ | 1978年に 村田氏によって T. populinum J. E. Lange と同定された New records of gill fungi from Hokkaido (1). Transactions of the Mycological Society of Japan. |
| ニガシメジ | 2005年に池田氏によって T. ustaloides Romagn として同定された。 「北陸のきのこ図鑑」 Mushrooms and toadstools pictured book of Hokuriku (In Japanese). |
| カキシメジモドキ | 1989年に宮内氏によって T. ustaloides Romagn として同定された。 Mushrooms, and its culture (In Japanese). |
| マツバラシメジ | 2010年宮内氏によって T. stans (Fr.) Sacc として同定された。 Mushrooms of Niigata Prefecture (In Japanese). |
カキシメジ論文が発表されるまでは、これら「カキシメジの仲間たち」が混乱していて、未整理の状態だったのだろうと思われます。
で、この論文では分子系統解析などによりカキシメジの仲間を整理し、新たに分類し、カキシメジを始めとしていくつかのカキシメジの仲間を新種記載&再整理されております。
今回論文の対象となったものは以下の4つ。
| カキシメジ | 新種記載 | Trichoroma ustale から Trichoroma kakishimeji に変更 |
| カキシメジモドキ | 新種記載 | Tricholoma ustaloides から Tricholoma kakishimejioides に変更 |
| アザシメジ | 日本新産種 | Tricholoma maculatipus から Tricholoma stans に変更 |
| マツシメジ | 変更なし | T. albobrunneum のまま |
それでは一つづつ特徴を見てみましょう。
カキシメジ(Tricholoma kakishimeji)

「新種」なのにカキシメジとはこれいかに?
学名を見ればわかりますが、元々の学名は Toricholoma ustale 。
それが Toricholoma kakishimeji に変わりました。
つまりは Toricholoma ustale と同定されていたものが、分子系統解析などを行うことにより別種(新種)であると判断されたので新たに学名を付けましたが、Toricholoma ustale 自体が日本には無さそうなので和名はそのまま「カキシメジ」を採用する、ということなのですね。
それでは記載されているカキシメジ(Toricholoma kakishimeji)の特徴を見てみましょう。
| 大部位 | 部位 | 特徴 |
| かさ | 径 | 6~8 cm |
| 色 | 中央部は暗褐色から褐色、縁は赤褐色または淡褐色 | |
| 形 | 最初は凸型で、後に平坦になり、縁は巻き込み、後には平坦になる | |
| 表面 | 本来繊維質で、湿潤時は粘性があり、しばしば多数または少数の暗褐色から黒っぽい斑点状の小さな鱗片がある | |
| 柄 | 色 | 白色から褐色 |
| 空 | 中空 | |
| 形 | 円筒形または上に向かって細くなる。 | |
| ひだ | 色 | 白色、かすかに濁る |
| 柄に | 湾生 | |
| 色 | 後に頻繁に褐色のシミができる | |
| 肉 | 色 | 白色 |
| 試薬 | グアヤク試験陽性 | |
| 匂い | 中程度から強い粉臭 | |
| 苦み | かさの表面は苦味があり、内部組織はわずかに苦いか、まろやか。 | |
| 担子胞子 | 大きさ | 4.1-4.6-5.0 × 3.0-3.3-3.9 µm (最小値-平均値-最大値)、 |
| Q 値 | 1.3-1.4-1.6 | |
| 形 | 楕円形 | |
| アミロイド | 非アミロイド | |
| 油球 | 新鮮な標本では単一の大きな透明な細胞内油球がある。 | |
| 担子器 | 大きさ | 20.6-23.9-27.0 × 4.7-5.2-6.2 µm |
| 形 | 棍棒形から亜円筒形 | |
| 胞子性 | 4胞子性 | |
| 油滴 | 新鮮な標本ではいくつかの透明な細胞内油滴がある | |
| クランプ | 基部の隔壁にクランプコネクションは観察されない。 | |
| 小柄 | 大きさ | 1.4-2.0-3.1 × 1.0-1.3-1.5 µm。 |
| かさ表皮 | 形態 | 粘液性表皮 |
| 菌糸 | 41.6-50.6-56.2 × 4.0-5.1-7.0 µm | |
| 形 | 円筒形 | |
| 色素 | 細胞内褐色色素がある | |
| クランプ | なし。 | |
| 柄表皮 | 大きさ | 19.5-38.7-63.6 × 3.6-5.8-8.8 µm |
| 色 | 無色から淡褐色 | |
| 形 | 平滑、円筒形。 | |
| クランプコネクション | なし | |
| 表面 | 柄の頂部に時に嚢状の構造(棍棒形から円筒形、無色、クランプコネクションなし)が観察される。 | |
| 生態 | 分布 | 温帯域に分布し |
| 樹種 | ブナ科およびマツ科の森林に生育し | |
| 季節 | 10月から11月にかけて子実体を形成 |
カキシメジモドキ(Tricholoma kakishimejioides)
実は「カキシメジモドキ」という存在にまだ出会ったことがなく、こいつが一体なにものか?ということが気になっていた。
なので、青木さんにこいつを識別する大きなポイントについて聞いたので、それを赤字にしてみました。
| 大部位 | 部位 | 特徴 |
| 傘 | 径 | 3~6 cm |
| 色 | 中央部は暗赤褐色から赤褐色、縁は赤褐色から淡褐色 | |
| 形 | 最初は凸型で、後に平坦になり、縁は巻き込み | |
| 表面 | 本来繊維質で、乾燥時には鱗片状になり、湿潤時には粘性がある。乾燥時ささくれる(傘の縁がひび割れる感じ)。 | |
| 柄 | 色 | 淡褐色から褐色(白くない) |
| 空 | 中空 | |
| 形 | 円筒形または基部に向かってわずかに細くなる。 | |
| ヒダ | 色 | 白色 |
| 疎密 | 密 | |
| 柄に | 湾生 | |
| 色 | 後に頻繁に褐色の染みができる。 | |
| 肉 | 色 | 白色 |
| 厚み | 厚い | |
| 試薬 | グアヤク試験はほぼ陰性だが、わずかに陽性 | |
| 匂い | 強い粉臭。 | |
| 苦み | かさの表面は苦味があり、内部組織はわずかに苦いか、まろやか | |
| 担子胞子 | 大きさ | 5.4-5.8-6.6 × 4.2-4.5-5.1 µm |
| Q値 | 1.2-1.3-1.4 | |
| アミロイド | 非アミロイド | |
| 油球 | 新鮮な標本では単一の大きな透明な細胞内油滴がある | |
| 担子器 | 大きさ | 25.6-27.5-29.1 × 6.1-6.8-7.9 µm |
| 形 | 棍棒形から円筒形 | |
| 胞子性 | 4胞子性 | |
| 油球 | 新鮮な標本ではいくつかの大きな透明な細胞内油滴がある | |
| アミロイド | 非アミロイド | |
| クランプ | 基部の隔壁にクランプコネクションは観察されない。 | |
| 小柄 | 大きさ | 3.3-3.6-3.8 × 1.2-1.6-2.3 µm。 |
| 傘表皮 | 形態 | 粘液性皮膚組織から粘液性毛状被覆組織 |
| 菌糸 | 54.4-56.3-58.0 × 3.7-3.9-4.2 µm | |
| 形 | 円筒形 | |
| 色素 | 細胞内褐色色素がある | |
| 柄表皮 | 菌糸 | 30.3-51.1-85.7 × 2.3-3.9-6.2 µm |
| 色 | 無色から淡褐色 | |
| 表面 | 平滑 | |
| 形 | 円筒形 | |
| クランプ | なし | |
| 表面 | 柄の頂部の表面に、時に嚢状の構造(棍棒形から円筒形、無色、クランプコネクションなし)が観察される。 | |
| 生態 | 分布 | 暖温帯 |
| 樹種 | ブナ科森林 | |
| 時期 | 9月から11月にかけて子実体を形成します。 |
アザシメジ(Tricholoma stans)
これもまだ見たことのないキノコ。
特徴はその名前が冠するように柄に「アザ」があるそうです。
しかし、カキシメジの柄を見たら、どれもこれも褐色のアザがある様に見えるのです。
しかし、アザシメジのアザは、「柄に縦筋の線が入っている」感じのアザだそうなので、それで見分けがつくのだそうな。
では特徴を列挙してみます。
| 大部位 | 部位 | 特徴 |
| 傘 | 径 | 6-13 cm |
| 形 | 最初は半球形から凸型で、後に低い凸型または平坦 | |
| 色 | 中央部は濃い赤褐色で、縁に向かって赤褐色から淡くなる | |
| 表面 | 本来繊維質であるか、不明瞭な繊維質で、湿潤時は粘性がある。まれに暗褐色から小さな黒っぽい斑点状の鱗片がある。 | |
| 柄 | 色 | 白色で、後に淡褐色になる |
| 形 | 円筒形からずんぐりしており | |
| 空 | 髄まで中空。 | |
| 表面 | 頂部ははっきりと鱗片状になる。 | |
| 色 | 立て筋で褐色のアザが目印 | |
| ヒダ | 色 | 白色でかすみがかかり |
| 疎密 | 疎 | |
| 柄に | 湾生で | |
| 色 | 後に褐色に染まる。 | |
| 肉 | 色 | 白色 |
| 試薬 | グアヤク試験陽性 | |
| 苦み | かさの表面はわずかに苦味があり、他の部分はまろやか | |
| 匂い | 粉臭 | |
| 担子胞子 | 大きさ | 4.9–5.5–6.2 × 3.5–3.9–4.3 µm |
| Q値 | 1.3–1.4–1.5 | |
| 形 | 楕円形から主に楕円形 | |
| 油球 | 新鮮な標本では単一の無色の細胞内油滴がある | |
| アミロイド | 非アミロイド | |
| 担子器 | 大きさ | 23.3–27.9–31.5 × 3.9–5.9–6.8 µm |
| 形 | 棍棒形から円筒形 | |
| 胞子性 | 4胞子性 | |
| 油球 | 新鮮な標本ではいくつかの無色の細胞内油滴がある | |
| アミロイド | 非アミロイド | |
| クランプ | 担子器の基部隔壁にクランプコネクションは観察されない | |
| 小柄 | 大きさ | 1.5–3.0–4.2 × 0.9–1.2–1.5 µm |
| 傘表皮 | 構造 | 粘液性皮膚組織から粘液性毛状被覆組織 |
| 菌糸 | 41.8–52.6–68.9 × 3.2–3.9–4.9 µm | |
| 形 | 円筒形、まっすぐ | |
| 色素 | 細胞内褐色色素がある | |
| クランプ | なし | |
| 柄表皮 | 構造 | 皮膚組織 |
| 菌糸 | 22.8–46.1–91.7 × 2.9–4.6–7.6 µm | |
| 色 | 無色から淡褐色 | |
| 表面 | 平滑 | |
| 形 | 円筒形 | |
| クランプ | なし | |
| 表面 | 頂部、時に嚢状の構造(棍棒形から円筒形、無色、クランプコネクションなし)が観察される。 | |
| 生態 | 分布 | 本州および北海道の暖温帯から亜高山帯 |
| 樹種 | ブナ科およびマツ科の樹木の下、特に本州の亜高山帯ではオオシラビソやコメツガの下に生育 | |
| 時期 | 9月から11月にかけて子実体を形成する |
まとめ
さて、いかがでしたでしょうか?
皆さんが「カキシメジだ!」と思っている写真があれば、これらの特徴と見比べてみてください。
もしかして「あれ、これもしかして・・・」という事になっちゃうかもしれませんよ(笑)。
あ、それとマツシメジに関しては青木さんの次の論文で新たな展開がありますので、今回の記事からは敢えて外しております。
では、次の記事をおたのしみに!!


