迷える子羊とナットウイチメガサ

撮影:すがさん 2025.5.31

2025年5月31日、Twitterに2枚の画像が投稿された。
1枚目に写っていたものは納豆の様な「粘菌?それともキノコ?」と迷いそうな菌類とその隣にアリの様なものがその納豆にたかっている姿である。

そしてもう一枚の写真はこれです。

撮影:すがさん 2025.5.31

左上にはなんだかキノコの傘のようなものが写っており、そして先ほどの納豆が少し柄の様なものから房状に出ている姿。

この投稿をアップしたすがさんはこの写真にこんな言葉を添えていた。

「粘菌やと思って粘菌屋さんに見てもらったら菌類ですって!何かのアナモルフ的なやつ?」

すがさんらしい「のほほん」とした投稿である。
しかしこの「のほほん」という空気感はキノコガチ勢のコメントによって一挙に嵐の様な強風がTwitter上に吹き荒れたのであった。
すがさんがこの強風に耐えながらもガチ勢に翻弄されている姿が痛々しい。

それはまるで迷える子羊がオオカミの群れの中に迷い込んだかの様に・・・

その投稿を貼っておきます。

https://twitter.com/sagasugayome/status/1928662552017256761

この投稿の嵐の中心にいるのは、この納豆の様なキノコであり、そしてアリであり、最後に傘が少し欠けたキノコである。
この3つの要素の何がそんなにガチ勢の心を揺さぶったのでしょうか?

納豆の様なきのこ、ナットウイチメガサ

初めてナットウイチメガサという名前を知ったのはどなたかがTwitterでその写真をアップした際に高橋春樹さんがナットウイチメガサという名前であると指摘されてて、以下のサイトのURLが貼られていました。
ナットウイチメガサ (仮称) のアナモルフ
https://sites.google.com/view/youkinzukan/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0/%E6%9C%AA%E8%A8%98%E8%BC%89%E3%81%AE%E5%A6%96%E8%8F%8C/%E3%83%8A%E3%83%83%E3%83%88%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%81%E3%83%A1%E3%82%AC%E3%82%B5%E3%81%AE%E3%82%A2%E3%83%8A%E3%83%A2%E3%83%AB%E3%83%95-synnematomyces-capitatus

このサイトを見て、初めて「ナットウイチメガサというキノコがあるんだ」と思ったものです。

それではもう少しこのサイトから「ナットウイチメガサ」というキノコについて説明してみましょう。

このサイトの写真でもすがさんの写真でも納豆の様なキノコが写っています。
これはナットウイチメガサのアナモルフ、つまり不完全世代と呼ばれる状態のものです。
一般的な「きのこ」の形をしているものはテレオモルフ、完全世代のものでありますから、この納豆の様な形をしたものにはちゃんとキノコの形をしたものが存在する、というわけです。

しかし、このナットウイチメガサというキノコが発見されて以来(1981年)テレオモルフの状態のものは発見されていませんでしたが、高橋さんのサイトによると

神奈川県丹沢山系で出川洋介氏により初めてテレオモルフが確認されました

とあります。
つまりはナットウイチメガサのアナモルフは発見例は時々あるが、テレオモルフが発見されることは「極めて稀」であるということだ。
まぁしかし、正直言ってナットウイチメガサのテレオモルフだけがそこにあったとしても、誰もそれをナットウイチメガサである、と正確に同定できる人はいないであろうから、発生件数自体多いかどうかは不明なんですよね。

さて、そんなナットウイチメガサのテレオモルフなのですが、

そ・れ・が!!2枚目の写真にアナモルフと一緒に写っているではないか??!!

というのがこの写真のまずは凄いところなのですね。
ナットウイチメガサのアナモルフとテレオモルフが同時に写っているとてもとても貴重な写真。
それがガチ勢が湧きたつポイントなのです。

しかしそれだけでは済まなかったのです。

高橋さんのサイトにはもう一つ重要なことが書かれています。
それは

出川氏によると、アナモルフをアリがくわえて運ぶ様子が観察されており、朽木に住むアリにより分散されているのではないかという仮説がたてられています。

という文章です。
虫によって胞子を拡散する、というのはさほど珍しくなく、
例えば

  • 臭いにおいでハエをおびき寄せ、グレバを足にくっつけて胞子を拡散させるスッポンタケ
  • 魚の腐ったにおいで甲虫をキノコの中に招き入れ胞子を拡散させるヒトクチタケ
  • 特殊なにおいで昆虫をおびき寄せ、自分自身を食べさせて胞子を拡散させる地下生菌

などなど。
その昆虫をおびき寄せる手段としては「におい」によって、である。
キノコが遠くからでも「エサ」と認識出来るようなにおいを発することによって虫に自分が作り出したもの、もしくは自分自身を食べさせて虫の足に胞子を付着させたり、虫に食べてもらって糞の中に胞子を紛れ込ませるという実に見事としか言いようがない胞子を拡散戦略を行っているのだ。

しかしこのナットウイチメガサについてはちょいと毛色が異なる。

それについてはこの資料を見ていただきたい。
「不完全菌 Synnematomyces capitatus の系統的位置とアリにより栄養繁殖体の散布」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/msj7abst/66/0/66_53_1/_article/-char/ja/

この中でアリとの関係について書かれている箇所を箇条書きにしてみたい。

  • シンネマ様構造先端の栄養繁殖体はアリの蛹(繭)に形態が類似している
  • 発生地ではアズマオオズアリ等のアリが栄養繁殖体を運んでいる姿を確認
  • 巣穴の周辺には放置され菌糸が発芽した栄養繁殖体が確認されている

つまりこういうことだ。
アリはこのナットウイチメガサのアナモルフをアリの蛹と勘違いして巣の近くまで運んでいくのだが、当然そこからはアリが生まれてくることはなく、その納豆自体はどこかに放置されることになる。そして放置された納豆からは胞子が発芽して菌糸が延び、やがてまたナットウイチメガサのコロニーを形成するというになるのです。
ナットウイチメガサはアリに自分自身などを食べさせるのではなく、アリを自分の子供たちだとだまして遠くへと運搬させるという、、キノコには珍しい胞子拡散戦略を取っているのです。しかしこれはまだ仮説の域を超えるモノではないので、是非今後の課題としてすがさんに頑張っていただきたい(笑)。

それではもう一度1枚目の写真を見てみましょう。
ナットウイチメガサが単独で撮影されている写真は時々Twitterにアップされますが、アリがナットウイチメガサに集まっている写真というのはかなり貴重なのですね。
それは上記の仮説(アリがナットウイチメガサを運搬する)を裏付ける一端を担うものであり、もし運搬するところまで見れたのであればそれを巣の近くまで運ぶか、もしくは巣の近くで発芽した子実体があるかなどナットウイチメガサの特殊な生態を研究するのに最適な環境なのですね。

そして面白いことにアリが群がっている方(右側)と群がっていない方(左側)の子実体があります。
詳しく調べないと分かりませんが、右側のものは左側のよりも少し古いように見えますので、もしかして何らかのシグナルをアリに対して出しているのかもしれませんが、それもまだまだ研究が進んだ後、、ということになります。

すがさんには是非この場所で観察と研究を続けて、いつかは論文という形で日本菌学会に於いて発表して頂くことを期待してこの記事を締めたいと思います。
なんせまだまだ若く将来のあるー10歳肌ですからね (#^.^#)

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