オオシトネタケお前もか?

今年の1月24日にAndrew Miller氏らによってこんな論文が発表された。
タイトルは以下のもの
「Studies in Gyromitra III: the Gyromitra brunnea lineage including G. japonica sp. nov.」
日本語にすると
「シャグマアミガサタケ属の研究 III:Gyromitra brunnea 系統と新種 G. japonica を含む分類学的検討」
となる。
シャグマアミガサタケ属(Gyromitra)と言うと現在日本ではシャグマアミガサタケしか存在しないが、似たような属のものとしては
ヒグマアミガサタケ Paragyromitra infula
フクロシトネタケ Discina ancilis
オオシトネタケ Neogyromitra parma
などがあるが、それぞれの属がどういう特徴を持っているか、というのは調べ切れていないので、ツッコまないでくださいね(笑)
で、今回重要なのが「新種 G. japonica」と書かれているものです。
論文ではオオシトネタケの学名である Neogyromitra parma は Gyromitora parma と記載されており、また Gyromitora japonica も 実際は Neogyromitora japonica なのだそうです。
しかしここでは論文の現在の記載に統一して
Neogyromitra parma: Gyromitora parma
Neogyromitora japonica: Gyromitora japonica
と記載することにします。
横浜に行った際に通称「ゲコゲコブラザーズ」と呼ばれているメンバーとキノコ散策に行ったのであるが、そこでメンバーの一人である中島淳志さん(いつもお世話になっております <m(__)m>)が、崖にへばり付いている茶碗型のキノコを指さして
「このキノコはですね、1月に新種記載されたフクロシトネタケの仲間なんですよ」
と教えてもらったのでした。
そう言えばFacebookの方でそういう話題が出ていて、僕も興味深く読んでいたものでした。
それがこの↓↓↓写真のものです。

少しカバイロチャワンタケの様に見えますが、これが成長し、成熟してくると最初の写真の様に「いかにもフクロシトネタケ」風な容貌になってきます。
胞子の形状を聞いたところ、イガイガはあるものの長径方向の突起は無いとのことでした。
長径方向の突起とはフクロシトネタケとオオシトネタケを区別するための胞子の形状ですね。

「トガリ」と書いているのは胞子の長径の先端に鬼の角の様に飛び出た突起があるんですね。
これがフクロシトネタケの特徴で、オオシトネタケにはこの突起が無いと言われています。
しかしこれまで僕はオオシトネタケ見たことが無く、これぞオオシトネタケだろう!と思って検鏡したものは全てフクロシトネタケでした。
ですので、今回横浜で見たものとの比較は出来ないのですが、1つ採取して持って帰らせてもらったのでまずは胞子を観察してみました。

まだ子嚢に入っている状態のものですが、明らかにフクロシトネタケのものとは違い鬼の角の様な突起がありません。
それ以外の胞子をぐるりと取り囲むようにイガイガは確実に存在します。
ということで、これは従来「オオシトネタケ」と呼ばれていたものと同じ形状になります。
ちなみに上で書いたようにオオシトネタケは Gyromitra parma という学名が充てられているのですが、今回のオオシトネタケと似た胞子を持っているものは Gyromitra japonica となり、つまりは別種ということです。
ここで多くの方はこう思うのではないでしょうか?
実はオオシトネタケは Gyromitra parma ではなく、Gyromitra japonica ではないか?
そこで、上記で示した論文を読んでみることにしましょう。
※上記リンクのものは有料ですが、無料で読めるリンクを貼っておきます。
https://www.aldendirks.com/uploads/9/1/8/9/91898296/miller_et_al._-_2025_-_studies_in_gyromitra_iii_the_gyromitra_brunnea_li.pdf
Gyromitra japonicaとはどんなキノコか?

Gyromitra japonica のタイプ標本は2014年に福島県いわき市で採取されたものです。
その他、調べられた標本としては、群馬県(2007年6月3日)、茨城県(2006年4月23日)、広島県(2006年5月1日)、東京都(2010年4月19日)、神奈川県(2024年4月7日)などがあり、僕が採取して来たのはこの神奈川県産と同じものという事になります。
また、調査区域としては群馬県から広島県とかなりの地域に広がっているので、当然関西などにもあると考えていいでしょうし、それ以外の本州でも広く見られるものだと思われます。
それでは Gyromitra japonica はどのような特徴があるのでしょうか?
大分類 | 項目 | 内容 |
子嚢果 | 形 |
先端の子嚢層托と柄からなる
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子嚢盤 | 大きさ |
(1–2)3–6 cm径
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形 |
椀状から反り返り状
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縁 |
内側に曲がるか反り返る
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表面 |
滑らかからしわ状または微細な凹凸状
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色 | 暗褐色 | |
柄 | 大きさ |
5–10 (–20) mm長、5–10 mm径
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表面 |
滑らかで軟毛状から綿毛状
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色 | クリーム色 | |
外被層 | 一層、絡み合った菌糸構造(textura intricata)からなり無色 | |
側糸 | 大きさ | 5–7 µm |
形 | 円筒形、薄壁 | |
色 | 無色、隔壁あり | |
分枝 | なし | |
先端 |
棍棒状、最大7.5–10 µm径に膨らむ
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子嚢 | 大きさ |
250–400 × 17.5–22.5 µm
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形 |
円筒形、蓋あり、薄壁
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色 | 無色 | |
胞子 |
8個の胞子を含む
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子嚢胞子 | 並び | 一列に並び |
大きさ |
27.5–33.75 × 12.5–15 µm、(Lm = 30.6 µm; Wm = 13.7 µm; Q = 2.0–2.4; Qm = 2.2)
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形 |
楕円形から紡錘形
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周胞子層 | 1–2 µm厚 | |
装飾 |
網目状、コットンブルー染色性;両端に複数の小突起があり、2.5–3 µm高
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内容物 |
油滴を3個含み、中央に大きな油滴が1個、両極に小さな油滴が2個
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色 | 無色 | |
生態と分布 | 発生場所 |
温帯林の土壌と木材
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時期 |
4月から6月にかけて
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発生方法 |
単生、散生、または束生する
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分布 |
現在、日本でのみ知られている。
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いかがでしょう?
貴方の周りにあるオオシトネタケ疑いのキノコともしかして同じ特徴ではないでしょうか?
しかし、まだ現在オオシトネタケの学名が付いているもの(Gyromitra parma)と今回新種記載された Gyromitra japonica との違いはわからないですね。
それでは論文の中に記載されている Gyromitra japonica と Gyromitra parma の違いを整理してみました。
大分類 | 項目 | Gyromitra parma | Gyromitra japonica |
子嚢盤 | 大きさ | 7–10cm径 | 3–6 cm径 |
子嚢層托 | 色 | 黄褐色 | 暗褐色 |
子嚢胞子 | 形状 | 紡錘形 |
楕円形から紡錘形
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子嚢胞子 | 大きさ | 27.5–35 x 11.25–13.75 (–15) µm (Lm = 31.0; Wm = 12.7; Qm = 2.4) |
27.5–33.75 x 12.5–15 µm (Lm = 30.6; Wm = 13.7; Qm = 2.2)
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子嚢胞子 | 小突起の長さ | 最大4.5 µm | 最大3 µm |
生態 | 生息 | ヨーロッパに分布する |
日本に限定
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樹木と関連 |
ブナ科の樹木と関連
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共生樹種は記録されていない
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この中でわかりやすいのは「子嚢層托の色」でしょうか?
G. parma は「黄褐色」であり、 G. japonica は「暗褐色」です。
今回採取したものはどう見ても暗褐色ですねぇ、、
なのでやはりこれは G. japonica の方でよさそうです。
では最後に写真を見ながら特徴を確認していきましょう。

子嚢盤の大きさは小さい方で3cm、大きい方で5cmぐらい。
椀状態から縁は小さい方は外側に、大きい方は内側にが反り返っています。
色は典型的な暗褐色で、表面は小さな凹凸が目立ちます。
関西で良く見ることが出来るフクロシトネタケよりも凹凸が少ない様に思います。

柄は見えにくいですが、淡い紫色をしている様に見えます。ただ肉は白くて軟かい肉質ですね。

子嚢の大きさは 183 x 22 μm、円筒形、縦に8つの子嚢胞子を含み、薄壁、透明。
※この子嚢は途中で切れているので短いのです。

子嚢胞子は大きさ 25.7-28.5 x 12.0-14.8 μm、で楕円形~紡錘形、油玉が大きいのが中央に1つあり、その左右に小さいものがある。棘状の小突起に覆われている(小突起の長さは約 3μm)。

コットンブルーで染色すると網目状の装飾がくっきりわかりますね。

側糸は棍棒状、先端がやや膨らみ、隔壁があります。
まとめ
さていかがでしたでしょう?
関西ではあまり見たことのないオオシトネタケですが、ヨーロッパ産の Gyromitra parma ではなく、今回新種記載された Gyromitra japonica である可能性が高いと考えています。
ただしそれを証明するにはやはり全国のオオシトネタケを調べる必要があり、もしかして Gyromitra parma も存在するというのであれば、日本にはフクロシトネタケの仲間が増えたことになります。
しかし、今までの例から考えるとヨーロッパ産のものを日本産のオオシトネタケに当てはまるのはちょっと難しいのでは?とも思っております。
なので、まずはオオシトネタケと考えられるものの子嚢層托を見て、それが黄褐色なのか暗褐色なのかを検証し、発生環境などを詳しく記録に取ることが大切だと思います。