シカ糞の上のミズタマカビ

カビというものに少し心が動いたのは、神奈川県にある生命の星博物館で行われたきのこ展を見に行った時に、きのこ写真に混ざってカビに関する展示が行われていたからだ。
菌ボラ(菌類ボランティアの略)の皆さんによって作成されたパネルや顕微鏡写真、そしてカビの構造の模型などいままで知らなかったカビの世界が目の前に展開されていたのだ。
「カビかぁ、、カビの世界も魅力的だよなぁ、、」
と心揺れたのが最初のときめき。
しかし毎週のキノコフィールド活動のサイクルにおいて、そこにカビが入ってくる余地は無く、キノコ、キノコ、キノコとキノコに追われる日々を送るしかなかった。
そんなキノコ中心の生活にひと時の余裕が出てくる時期がある。
1月。
冬のキノコが終わり、春のキノコが出てくるまでの間、キノコは少し出ているものの種類はきわめて限定される。
つまりはキノコを探しに行く、というモチベーションが下がり、焦りが消え、少し心が寒くなってくるタイミングで今年はあるものがTwitterで少し流行したのだ。
シカ糞を持って帰りミズタマカビを発生させる。
もちろん前から知られていたことではあるが、シカなどの草食動物の糞を拾ってきて家で水分に浸したティッシュペーパーの上に置いとくと、この写真のようなガラス細工の様な「カビ」が発生するですね。
あまりにも魅力的なフォルムなので「ヨシっ!シカ糞を探してミズタマカビを発生させるぞ」というモチベーションが沸きだしたのであった。
糞を探す日々
風吹岩のイノシシ糞

ある日、Twitterで「イノシシの糞からもミズタマカビが発生した!」という貴重な情報をゲットした。
それじゃあ今年の一発目の登山は芦屋川から風吹岩を目指すコースやな!と決めた。
このコースでは何回かイノシシに遭遇したし、風吹岩の辺りはイノシシが現れてハイカーたちが置いているリュック入っている食べ物をあさりに来る、、なんて話も良く聞いていた。
なので、イノシシがいるということはきっと糞もあるはずだ!
ということで、今回は少し遠回りして岩梯子などをよじ登るコースから荒地山を経由して風吹岩に行くことにした。途中イノシシの糞を探しながらであったが、まったくその気配もなかった。
そして風吹岩に到着し、目を凝らして探していると花崗岩の砂礫の上に「これぞ糞」という黒い物体を発見した。形や大きさ的にイノシシのものとしか考えられない糞。喜び勇んでそれをビニール袋に入れて持って帰った。
しかし、、何日経ってもそこからミズタマカビが発生する様子もなく、虚しくうんこだけを観察する日々が過ぎたのであった、、、。
三峰山のシカ糞

1月の中旬、奈良の三峰山に登る機会があったのでシカの糞を探してみた。
「こんな冬にあるのか?」と一緒に登っていた同級生たちに言われたのた。なぜかというと三峰山は霧氷で有名な山、つまり我々は雪山を目指して登りに行くのだ。
しかし、シカ糞は案外すんなりと見つかった。
車で行った我々が登山口の近くの駐車場に止めた瞬間にそれはあったのだ。
少し古かったが、芝生の上にボロボロと転がっているそれはまさにシカの糞そのものであった。
しめしめ、、と思い、それを採取用のビニール袋にそっと入れて保温バックにしまっておいた。その後、三峰山山頂に登り、八丁平に行った際にも沢山のシカ糞を発見し、ほくほくしながらシカ糞を保温バックに入れたのであった。
周りの同級生たちは「やはりこいつは変人やわ w」と改めて思ったに違いない。
そのシカ糞が上の写真のものだ。
「凍っている」というところがちょっと心配であったがしばらく僕の部屋に置いて観察してみた。
が、しかし、凍っていたのが悪かったのかどうなのか、やはりミズタマカビは発生してくれなかった。
そこでふと考えた。
ミズタマカビはいつ糞に感染するのだろう?
聞いた話によると、糞を持ち帰って2,3日でミズタマカビは発生するらしい。
だとしたら糞が放出されて直ぐに感染したのか、元々シカの体内にいたカビが糞に交じって放出されたのか、のどちらかでしょう。そしてキノコの様に発生する条件(温度、湿度等)もあるはずで、適当に放っておいたら出てくる、、ってわけにはいかないはず。
またカビが胞子嚢柄を延ばそうとするタイミングで直ぐに観察せねばならず、あっという間に姿を消してしまうので毎日ちゃんと観察する必要がある(僕はついつい忘れがち w)。
そして致命的なのは糞が凍った状態ではカビは生きていくことが出来ないかもしれないですね。
もし分生子が糞の中にあったとしても発芽して菌糸にはなれないでしょう。また分生子のままずっと氷点下の下で耐えきれるのか??と考えると果たしてどうなのか。
どちらにせよ、新鮮なシカ糞を採取する必要があるのではないか?という結論に達した。
宝が池のシカ糞

京都にアミガサタケを見にいった際に宝ヶ池に寄ってみた。
以前、チャワンタケの仲間が沢山いそうな場所を見つけていたので、何か出ていないかなぁ、、と様子を見るためだ。
しかし今年は3月頭でもまだまだ寒く、チャワンタケ達はまだ様子見している感じでした。
なので、仕方ない、シカ糞でも探すか、、と思い立ったらあるわあるわ、、、
もう切望していた「ホカホカの糞」が沢山有ったのだ(笑)
いそいそと持ち帰り、タッパに濡れたティッシュペーパーを敷き、その上にシカ糞を無造作に置いて何日間か様子を見ることにした。
2,3日してもまったく何も変化がなく過ぎ、1週間ぐらい経ってふとルーペで様子を伺ってみると何本かのミズタマカビが出ていたのだ (^o^)/

思わずガッツポーズ!(笑)
そして撮影に取り掛かる。
カメラはオリンパスのTG-6。
これの深度合成モード一択!!
白い紙の上にシカ糞を置き、上から照らすライトと横から照らすライトは自由が利くように手持ちで行うことにした。また上手く補正してくれるみたいであるが、ブレると良くないのでしっかりとカメラを押さえ、レンズがうんこに付きそうな距離での究極の撮影となった (#^.^#)
で、なかなか綺麗に撮れた写真がこれ

この写真、Facebookのキノコ部で「いいね」の数が6500という恐るべき数字をたたき出した写真なんですよね (#^.^#)
きっとガラス細工の様な美しいフォルムとこれが「カビ」であるというギャップが大きかったのでしょう。
確かにこれだけ見ていたらカビには到底見えない。
ミズタマカビを分解する
それでは最後にこのミズタマカビを分解してみることにしましょう。

1本抜いて顕微鏡で視てみました。
通常カビなどは菌糸から胞子嚢柄という柄が延びて、その先端に「胞子嚢」を作ります。
しかしこのミズタマカビは胞子の上に紡錘形の組織があり、その先端部分にまるで黒いベレー帽を被ったように胞子嚢がありますね。
これがミズタマカビのチャームポイントであることには間違いなく、僕はこのチャームポイントに惹かれ、シカの糞を追いかけたんだもんね!!!(^^)!
そして同時に
この紡錘形の組織は何のためにあるのだ?
という疑問が当然湧いて来ますよね?
Wikipediaによるとこの胞子嚢壁(黒い部分)は硬く、通常のカビの様に溶けたりすることはないのだが、この胞子嚢と胞子嚢柄の境目が裂けて、この紡錘形のふくらみが割れて胞子嚢の中身(分生子)が弾き飛ばされるのだそうな。
なかなか特異な構造ですよね~

胞子嚢(黒い部分)とふくらみ部分の拡大写真です。
その二つの組織の接合部分には隙間みたいなものがあるように見えます。
これはその2つの組織が「分離できる」ものである、というのがここからわかります。
そして胞子嚢から延びているしっぽの様なものはなんでしょう?

顕微鏡写真 胞子嚢柄とふくらみの接合部分
黄色い組織が見えます。
これは胞子嚢がまだ未熟な時の黄色い組織の名残だと思います(注釈参照)。
あとの写真で載せますが、幼菌時の胞子嚢は黄色いのです。
「注釈」中島さんより
「胞子嚢柄とふくらみの接合部分」のうち黄色い部分はオセラス (ocellus) と言います。眼点という意味です。
光は胞子嚢下部の膨らみ (subsporangial vesicle) の中を反射し、オセラスに集まりますが、オセラスには黄色色素のカロテノイドが豊富に含まれており、胞子嚢をどちらに飛ばすかのセンサーの役割をします。
この「黄色い部分」にかなり重要な役割を持っていることがわかりました。

胞子嚢柄の基部はこの様に少し膨らんだ状態となっております。
まるでキノコのツボの様な感じですが、まったく別の理由でこの様なものがあるのでしょう。

胞子嚢を拡大してみました。
黒い部分の縁を見てください。
今まで「黒」だと思っていた部分に実は分生子がびっしりと並んでいるのが見えるでしょうか?
つまり胞子嚢というのは分生子(胞子)がびっしり詰まっている袋状の組織だということがわかります。

胞子嚢を割ってみました。
すると中には無数の分生子(胞子)が入っていて、それが飛び出しているのがわかります。
また、真っ黒の部分は胞子嚢壁と呼ばれる組織で、硬いので胞子が飛び出した後もこの様にして組織だけが残ります。

大きさ:3.5 x 2.0 (平均)
形:楕円形

胞子嚢が未熟なミズタマカビ。
発生して間もないミズタマカビですが、既に柄の部分には水滴が付着しております。
また、胞子嚢の部分は黄色く、この黄色が成長した際に組織として残っているのだと思います。
まとめ
シカ糞とミズタマカビの関係、そしてミズタマカビが何で出来ているのかを検証してみました。
冬のキノコがない時期、山を歩いていてシカの糞を見つけたらミズタマカビ観察をしてみてはいかがでしょう?