イボテングタケを読み解く

2018.05.27 大阪

傘についているイボが立派だったり、キノコ自体が大きめだったりする「テングタケ」に出会ったときに

「ふふ、これはイボテングタケの方ですな」

なんてしたり顔で言ったりはしていないだろうか?
そんな知ったかぶりのあなたに質問します。

「本当にそれ、イボテングタケなのでしょうか?」

はい、ちょっとだけ自信がグラッと来ましたよね?(笑)
図鑑にはこう記載されている。

「イボテングタケ」
カサ:灰褐色からオリーブ褐色、表面にはツボの名残(イボ)が多数ついている。縁部には溝線がある。ヒダ:白色で離生し密。柄:白色で表面は小鱗片からささくれ状、下方へ向かってやや太く、基部は球根状。とれやすいツバを上部につける。肉:白色でもろい。

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引き続きテングタケの特徴を見てみると、、、

「テングタケ」

【形態】傘:通常10cm位、初め半球形、のちまんじゅう形から平らに開き中央部が少しくぼむ。表面は粘性 があり、灰褐色~茶褐色。全面に白色い多少低い台形状のつぼの破片を散在する。周辺部は淡色で放射状の溝線をあらわす。
ひだ:離生、白色、密。柄:通常 長さ12cm、幅1.5cm位、下方に太まり、表面は白色でつばから下は多少ささくれ、上部に膜質のつばをつける。根もとは膨らみ、白色膜質のつぼの名残が襟状となって残る。
【生態】夏~秋、ミズナラやコナ ラの林の地面に単生~散生。

青森県産きのこ図鑑 工藤伸一(著)長澤栄史 (監修)
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ふむふむ、そうか、これでイボテングタケの特徴はきちんと押さえたぞ、、、と思っているアナタ、以前記事にしたテングタケのタイプを分ける記事に出てくる写真を見て欲しい。

「テングタケのタイプを調査してみた」
https://kinokobito.com/archives/5487

この記事の中に出てくるテングタケの写真にはイボテングタケは無い(と思う)。
しかし、上記特徴を頭に刻み込んだのちに、それぞれの写真を見ても果たしてテングタケとイボテングタケの区別をつけることは可能だろうか?

僕には出来ません(笑)

何故なら見分けが難しい状態のテングタケが沢山いるからだ。
じゃあ決定的な違いは何なのか?というと

「担子器の基部にクランプがあるものがイボテングタケ」

ということらしい。

しかしだ、担子器の基部にあるクランプを見つけるのはなかなか難しく、不器用なワタクシには富士山に3時間で登頂するよりも難しい(笑)。
なので、出来るだけ肉眼で観察することが出来る「決め手」を何とか探ってみたいと思う。

イボテングタケ発祥の地

ずっと読みたかったイボテングタケを新種記載された論文、Amanita regalis の記事を書いているときに読むことが出来るようになった。
https://link.springer.com/article/10.1007/s11557-006-0032-9

今回はその論文に書かれている内容について詳細に検証してみたい。

まずは論文の中に面白い記述がありましたので紹介。
「イボテングタケ」という和名は、この論文で初めて出てきたものではありません。

1953年、宮城県仙台市周辺で見られるキノコを研究していた松本彦七郎氏が「仙台附近の茸」という文献の中で初めて記載されたものだそうです。
ちょうどメルカリに出品されていましたので(既にSOLD OUTですが)、表紙の写真だけでも貼っておきます。

この文献の中で初めて「イボテングタケ」という名称が使用され、肉眼的にはテングタケ似ているのだが、テングタケとは以下の2点で異なる、ということが書かれているそうです。

  • テングタケよりも大きく
  • 傘と柄の膨らんだ基部に多数の円錐状の外被膜の痕跡を有する

確かそんな写真有ったなぁ、、と探してみたら見つかりました。
傘と柄の基部に円錐形のイボが多数付いていますね~まさにこれが松本彦七郎氏曰くの「イボテングタケ」だろうと思われます。特に柄の基部のイボイボが顕著ですね!!

2018.09.16 大阪

その後、竹本常松氏らの研究によりこのイボテングタケの子実体から「殺虫性」のアミノ酸を単離し、この化合物を「イボテングタケ」にちなんで「イボテン酸」と命名されたそうです。

ちなみに松本彦七郎氏は「仙台附近の茸」の中でイボテングタケは Amanita strobiliformis(Paul.)Quél. であるとしました。
しかし、Amanita strobiliformis の写真を検索してみるとなんだかまったく違うものが出てきます。

GoogleでAmanita strobiliformisを画像検索したもの

さすがにこれは違いますよね?(笑)
イボテングタケの論文中ではここが再検討され

  • 傘の色がまったく異なる
  • イボテン酸もムシモールも含まれていない
  • 日本で A. strobiliformis が報告されたことはほとんどない

などから、松本博士が名前を誤用したのだろう、という結論でした。
また松本博士が記載した内容から論文で新種記載しようとしている種がイボテングタケと特徴が完全に一致していることから敢えて和名は「イボテングタケ」にした、ということです。

イボテングタケとはどんなきのこか?

それではイボテングタケ論文から特徴を整理してみましょう。
イボテングタケ(Amanita ibotengutake)

大分類 小分類 内容
直径 7.5–16cm
 
初めは半球形、次に凸型から平坦になり、しばしば中央が高く持ち上がる
 
茶色、暗褐色、黄褐色から橙褐色(色コード: 5C4-5, 5D-F4-8, 6E-F5-8)で、中心部がより濃色、縁に向かって淡色化することが多い
  表面 滑らか
 
条線を伴い(傘径の0.09-0.30倍の幅)、時折内皮膜の破片が付く
 
白色で、中央部で厚さ0.6–0.8 cm
  イボ
ピラミッド状のイボ(幅1–3 mm、高さ最大2 mm)が点在するか、または小さな斑点として残る
ひだ 柄に
離生またはほぼ離生
  9–15 mm
 
白色から淡クリーム色
  粉状
  小ひだ
切断形またはほぼ切断形で、1–6段に並ぶ
長さ 5.5–16.0 cm
  太さ 0.9–2.4 cm
 
上部に向かって細くなり
 
白色から黄白色、淡黄色(色コード: 3A1-3)
  表面
上部は粉状、下部は繊維状から鱗片状
  中空
中空から詰まった状態
柄基部 長さ 3.0–4.0 cm
  太さ 1.4–3.6 cm
 
球状、亜球状、広楕円形、楕円形、または紡錘形
  ツボ
基部の上部には膜状の外皮膜の残片が全体的または不規則に破れた輪として見られる
つば 位置
中位につくか、傘の拡大時に柄から裂ける。時に傘の縁に付属片として残り
  形質 膜質
匂い  
新鮮な標本では樹脂に似たわずかな香りがある。
担子器 大きさ
40–53 x 10–14 μm
  棍棒形
  胞子性 4胞子性
  胞子柄 2–7 μm長
  基部
通常クランプを持つ
ホロタイプ 地域
日本、京都市左京区神楽岡町、吉田山(標高約100 m)
  発生環境
コナラとアカマツの混交林内
担子胞子 サイズ
(8.0) 8.4–10.8 (12.0) x (5.6) 6.4–8.0 (10.0) μm
  Q(長さ/幅の比率)
(1.08) 1.16–1.56 (1.73)
  平均Q値 1.33±0.12
  形状
広楕円形から楕円形で、時に亜球形または伸長形
  アミロイド性 示さず
  無色で滑らか

赤い部分が、テングタケと比べてより特徴的であろうと思われる個所である。
ではこの記述と他の図鑑に記載されている部分を比較しながらイボテングタケとテングタケの違いをまとめてみましょう。

イボテングタケとテングタケの違いはどこか?

2020.10.11 神戸

ではイボテングタケ論文に書かれているテングタケとの違いを追ってみましょう。
まずはAbstractに書かれている違いを列挙します。

  1. 菌糸と担子器にクランプを持つ
  2. より大きな子実体
  3. 柄の基部の立ち上がるような外被膜の輪
  4. 脱落性のツバ

この中で最も有力な見分け方は1でしょうか?
しかし屋外ではなかなか難しいのでやはり、その大きさやツボをよく観察しないとダメみたいです。

次に松本彦三郎氏の本に記述されている部分を列挙しますと

  1. テングタケよりも大きく、
  2. 傘と柄の膨らんだ基部に多数の円錐状の外被膜の痕跡(イボ)を有する

とあります。
やはり大きさともう一つはその名前の由来でもある「円錐状のイボ」が特徴ということ。

さらにイボテングタケ論文のDiscussionには以下の様な違いが書かれています

  1. 柄の基部にある外被膜の残存物は、いくつかの上向きの完全なリングまたは不規則に破れたリングから構成され
  2. ツバは中央に位置するか、傘の膨張時に柄から引き裂かれ、時には傘の縁に付着します
  3. 担子器と菌糸は通常クランプを有する
  4. マツ科およびブナ科を含む針葉樹林および混合林に生育

そしてテングタケの特徴としては

  1. 外被膜はしばしば柄の基部にカラー(襟)状に残り
  2. 柄はまれにツバを欠きます
  3. 担子器と菌糸はまれにクランプを持つ

などという特徴があります。

それと「おいしいきのこ毒きのこ」にはこんな違いも書かれていました

・傘には薄茶色のイボがつく(テングタケは白色)

イボテングタケ論文にはこの特徴は記されていませんので、この図鑑のオリジナルなのだと思われます。
原記載にない特徴というのを採用するのは微妙なところですが、今まで見てきたイボテングタケはかなりこの特徴を持っている様に思いますので、この記事では「薄茶色のイボ」というのはイボテングタケの特徴ということにします。

この中でも一番わかりにくい柄の基部の特徴に関しては写真と共に少しイラスト化してみます。

2020.10.11 神戸

この子実体は1つ前のものを引っこ抜いた写真です。
柄の基部の上部に破れた感じの外被膜のリングがあるのが分かります。

これはイボテングタケ論文のホロタイプとなったものの写真をイラストにしたものです。

しかし、紛らわしいことにテングタケもこの様なリングを持つことがあります。このリング状のものが複数あるのか、一つだけなのか、、これだけで見分けるのはなかなか判断に苦しみますね!(涙)。
またイボテングタケ、テングタケは変異も大きいので、紛らわしい子実体がうじゃうじゃいるのも事実。
なので、このリングがイボテングタケの最大の決め手、、という風にはとらえない方が良い気がします。

次に注目したいのは発生環境です。
論文では「マツ科およびブナ科を含む針葉樹林および混合林」と書かれています。
テングタケは「ミズナラやコナラの樹下」などに発生するので、少なくとも針葉樹林にテングタケが出ていたらそれはイボテングタケの可能性が高い、と言えるかもしれません。

実際に論文で検討した場所&樹種は

  • 北海道留寿都村、標高約400m、トドマツ (Abies sachalinensis) の植林地
  • 山梨県虻田郡、標高約200m、トドマツの植林地、
  • 青森県青森市、標高約10m、アカマツ (Pinus densiflora) の森林
  • 宮城県松山町、標高約140m、クロマツ (Pinus thunbergii) の森林
  • 宮城県仙台市、クロマツの海岸林
  • 大阪府枚方市、スダジイ (Lithocarpus edulis) の樹下
  • 京都府京都市、標高約140m、ツガ (Tsuga sp.) の植林地
  • 京都府京都市、標高約100m、コナラとアカマツの混交林

となっております。
ほとんどがマツの仲間と共生しておりますが、テングタケと同じようにブナ科のものとも共存することもあります。実際僕が見つけたものはシラカシの樹下でした。

これらの条件を鑑みてイボテングタケとテングタケ見分ける事が出来る自信がつきましたか? (#^.^#)

論文中には

「両種はしばしば変異があり、現地でどちらであるかを判断するのは難しいことがよくあります」

なんて書かれています。
実際にその通りだと思いますが、とは言えある程度の目安は付けたいところです(きのこびとですから!)。

そこで次に、こんな表を作ってみました。

イボテングタケとテングタケの見分け表

イボテングタケとテングタケの両種は変異が激しいので雑然と特徴に当てはめて見分ける、というのは難しいと思われます。
そこで特徴を複数組み合わせてポイント化することにより何とか判定まで持ち込むことが出来るのでは、と考えました。

ということで、各特長に対してそれぞれ重みづけをしてみることにより、より正確に判定できるようにしてみました。ただし、この重みづけはあくまでもワタクシ個人の経験と判断に基づくものでありますので、ご了承ください (#^.^#)

部位 特徴 ポイント
傘の径 15cm以上 12
柄の長さ 18cm以上 12
イボ ピラミッド型 12
イボ 薄茶色 12
ツバ 脱落している 6
基部にいくつかのリング状の外被膜の跡がある 8
ツボにピラミッド型の外被膜の跡がある 8
発生環境 針葉樹の樹下 12

重みづけ(ポイント)はこんな感じでいかがだろう?
ここから合致した特徴を加算して40点以上だったらイボテングタケとして良いかと思います。

それではちょっくら検証してみましょう。

1.神戸市、標高200m付近、シイ・カシ林樹下

2019.11.10 神戸

傘の径15cm:12ポイント
柄の長さ18cm:12ポイント
イボはピラミッド型:12ポイント
イボは薄褐色:12ポイント
ツバは脱落:6ポイント
———————————–
54ポイント(イボテングタケ合格!)

2.神戸市、標高500m、アカマツ林樹下

2020.10.11 神戸

柄の長さ18cm:12ポイント
イボの色薄茶色:12ポイント
柄の基部がリング状の外被膜跡:8ポイント
アカマツ樹下:12ポイント
————————
44ポイント(イボテングタケ合格!)

3.大阪府、標高10m、アラカシ林樹下

2018.05.27 大阪

イボはピラミッド型:12ポイント
イボは薄茶色:12ポイント
柄の基部がリング状の外被膜跡:8ポイント
柄の基部のイボがピラミッド型:8ポイント
———————————–
40ポイント(イボテングタケ合格!)

4.大阪府、標高500m、アカマツ林樹下

2018.09.16 大阪

イボはピラミッド型:12ポイント
イボは薄褐色:12ポイント
柄の基部のイボがピラミッド型:8ポイント
アカマツ林樹下:12ポイント
———————————–
46ポイント(イボテングタケ合格!)

ここまでは僕は「これはイボテングタケだろう」というやつを選んで出してみました。
子実体の大きさやイボの形状などなど、、いかにもイボテン風というやつらでしたよね?
では今度のものはどうでしょう?これ、なかなかハードルが高いと思うのですが。

5.神戸市、標高500m、コナラの樹下

柄の長さ18cm:12ポイント
アカマツとコナラの混交林樹下:12ポイント
———————————–
24ポイント

残念ながら柄の基部が見えておりませんのでポイントは24ポイントとなります。

しかし、以前テングの鬼ことOAk氏に

「これはイボテングタケですな」

と言われた覚えがあります。
たぶんOAk氏はもっと決定的なポイントをこの写真から汲み取っているのでしょう。

うーむ、さすがテングの鬼。

まだ、テングの鬼の領域まで達することが出来なかったようです・・・( ;∀;)

さていかがでしょう?
イボテングタケとテングタケの見分け方を数値化するととっても良く分かりやすいですね。
まぁ、このポイント自体はもう少し調整はいるかもしれませんが、重みづけという意味ではこんな感じじゃないでしょうか?
皆さんも是非試してみてください。

「参考」

Amanita ibotengutake sp. nov., a poisonous fungus from Japan
https://link.springer.com/article/10.1007/s11557-006-0032-9

「おいしいきのこ毒きのこ」(主婦の友ベストBOOKS)大作 晃一 (著), 吹春 俊光 (著)
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「青森県産きのこ図鑑」工藤伸一(著)、長澤栄史(監修)
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「仙台附近の茸」松本彦三郎(著)


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