映画「大統領の料理人」からトリュフの味を学ぶ

「大統領の料理人」

Amazonプライムで「大統領の料理人」があったので視聴。
確か以前にFBグループでこの映画の中でトリュフやポルチーの料理が出てくる、という投稿があったので興味津々に観てしまいました。

お話はフランソワ・ミッテラン大統領の頃の話で、今から30年前の1988年。
大統領のたっての希望で田舎の家庭で作るような料理を出してくれる料理人を大統領専属のシェフとして迎え入れるべくその様な人材を探していた。そして、その白羽の矢が当たったのがフランスの片田舎で小さなレストランと料理教室を経営していたカトリーヌ・フロ演じるオルタンス・ラボリ。

いきなりフランス共和国大統領官邸であるエリゼ宮に連れてこられた彼女が直面するものは、エリゼ宮での作法やしきたり、そしてややこしい規則などなど。そんなウンザリするような説明をひとしきり聞いたあと彼女はこう言い放つ

「私が知りたいのは、大統領がどんな料理を食べたいのか、なのです!」

こういった彼女の毅然とした態度がこの映画の真髄、といえる。

また彼女にはそんなしきたり以上にやっかいなものがあった。

主厨房(エリゼ宮全体を賄う厨房)の男性料理人たちからの嫉妬、そしていじわるである。当時の厨房というのは男性社会であり、フランス大統領の専属料理人としては彼女は初めての女性なのであった。ただでさえ「専属料理人」というのは主厨房からは疎まれる存在であるのだが、それ以上に女性となったら、なおさらのこと。

そんな逆風の中でも彼女は料理によって大統領の胃袋を満足させ、料理人としてだけでなく、真の友人として信頼を掴み取るまでになっていったのであった。




この映画では2つの場面が交錯するように切り替わる。一つは大統領専属の料理人になってからの流れで、もう一つがエリゼ宮を離れた何年か後に料理人として職についた南極でのお話である。

その南極大陸、フランス観測基地で、やはりオルタンス・ラボリはいきいきと料理を作っている。
新しく来た料理人にこう質問するオルタンス。

「私の送別会のメニュー知ってる?」
「いえ、知りません」
「フォアグラのタイ風スープに、カモの甘酢仕立てとサグラ風ポテトとサントノレおばあちゃん風よ」

今作ろうとしている料理は彼女が南極での料理人生活最後の一日を飾る料理なのだ。

どんよりした空、冷え冷えとした海、殺伐とした大地、分厚い服を着ないと人は生きていくことが出来ないそんな土地である。

きっと食料は全て祖国フランスからの船便で届けられるのであろうが、決して高級な食材ばかりではないはず。

しかし、彼女は大統領の専属料理人でいた頃と同じ様な手際で、同じ様な料理を生み出すのであった。

「大統領の料理人(予告編)」

 
さて、あまりあらすじを書いてしまうとネタバレになるのでこの辺りにしておくとして、、

この映画のキーポイントになる食べ物、それは言わずとしれた「トリュフ」である。

会話の中から推測すると、彼女が住んでいるのは黒トリュフの産地で有名なフランスのペリゴール。フランスの片田舎に住んでいたということであるが、そこでは現在、叔父さんがトリュフ栽培をしているのだ。

こんな台詞がある。

南極での最終日のランチ。食堂に集まっている大勢の隊員たちに昼食のメニューの説明をするオルタンス。

「トリュフは、うちのトリュフ畑で採れたばかりのものよ~」
「もし、また食べたければここから1万2千キロ離れたペリゴールの我が家にいらっしゃい」

オルタンスがこんな調子で話すたびに、男たちの笑い声や歓声が湧き上がる。
オルタンスがいかに彼らに受け入れられ、そして愛されているかがこんな会話の中から読み取れる瞬間だ。

かたや選びぬかれた素材で作られた何人かの限られた国賓向けの料理、もう片方はあまり恵まれたわけじゃない材料の中から工夫して作られた大勢の男達に振る舞われる料理。そのどちらも共通して言えることは

シンプルな家庭で出されるような料理。

そして食べる人のために考え抜かれた料理たちは、それぞれの胃を満たして幸福へと導いて行ってくれるのでしょう。

日本のトリュフを食べてみた

去年の師走の某日。
S田さんからイボセイヨウショウロを一個頂いたのと、そのイボセイヨウショウロを採った、という場所に連れて行ってもらった。



と、その前に、、、
トリュフというものを知った日のお話からしましょう。

この記事、見たことありますかね?

『きのことトリュフの魔法鍋』in きのこの里

この記事に出てくる「トリュフフライドポテト」。

トリュフフライドポテト

一見見た限りでは普通のフライドポテトですが、これは「トリュフオイル」というもので揚げられてるんですね。

これです

トリュフオイル

さてさてこの「トリュフオイル」なるもの。

「何がトリュフなんだろうか??」と最初思ったわけです。

で、僕が最終的に出した結論は

「そうか、このフライドポテトがトリュフ風の味付けになったんやな、、、」

とね。
トリュフというものを「理解」した僕は、トリュフについての一家言を持つことを許されたわけだ。
食べてないのにいろいろ言うのはおかしいしね。

それで僕はその時「トリュフフライドポテト」というものを食べて「トリュフ」について確信を持ってこう思ったわけです。

「なんや、たいしたことないやん、、、」

トリュフの「味」をそう思ったわけですな、、、はい。


そして去年のイボセイヨウショウロを一個頂いたときの話。
S田さんは「こうしてトリュフを保存しておいたらいいんですよ」とプラスチックの容器に生のお米が入っていて、その上に丁寧にティシュで包まれたトリュフを蓋を開けて見せてくれた。

こうやって冷蔵庫に置いておくと熟成されて香りが強くなる、というのを聞いたことがある。

S田さんはその容器を僕らの顔の前に持ってきてこう言うのです。

「匂いを嗅いでみて下さい」

つまりは「熟成されたトリュフ」の香りを嗅がせてくれようとしているのだ。
そっと鼻をその容器に近づけてみると不思議な香りにビックリした。

「あ、あのフライドポテトの匂いやん!!」

はい、そうなのでした、前に食べた「トリュフフライドポテト」は「味」がトリュフなのではなく「香り」がトリュフなのでした。

いやぁ、、この歳にして初めて知った驚愕の事実!!(笑)

トリュフを食べたことが無い多くの人たちは恐らく同じ反応を示すんだと思われるので、僕だけが特別なのでは無いだろう、、、と思いたい (*^^*)

さてさて、その頂いたトリュフである。
家に持って帰って、嫁さんにまずは「自慢」する必要、あるよね?
いつも変なキノコばっかり持って帰って顰蹙買ってるもんなぁ、、このトリュフで一発逆転、、だよね?

「これ、えぇもん見せたろか?」
「え、なになに??」
「トリュフ、、すごいやろ??」
「え、ほんまもん?」
「そらそや、若干ヨーロッパのんとは違うかもしれんが、立派なトリュフやで」
「そうなん!!そうなん!」
「ほれ、匂い嗅いでみ?」
「おぉ~~すごい香りだぁ~」

ちなみに言うておきますが、うちの嫁さんも味の冒険家とは呼ばれてますが、トリュフはあまり縁がなかったようで、この「香り」を嗅いで「あぁ麗しのトリュフの香り~」という感じではなく「へぇ~これがトリュフの香りなの~」という有り様。
で、さっそくその「味」を食してみるべく、パスタにいれてみることにした。

「トリュフのペペロンチーノ風」

トリュフを薄く切り茹で上がったパスタとオリーブオイルで軽く塩味を調整しながら炒める。出来上がったらこれまた薄く切ったトリュフをパスタの上に載せて、はい出来上がり。

うほ、いよいよあの「世界三大珍味」のうちの一つを自宅で食べることが出来るのだ。

ワクワク、ドキドキ。ドキがムネムネ。

和風の皿に入れてあるので、ちょっと高級感は欠けるが、少なくともトリュフは本物であり高級品に間違いない。

パスタにフォークをさして、クルクルクル。
普通のパスタと同じ仕草ではあるが、こころなしか緊張する。そのクルクルの中にはもちろんトリュフの欠片が入っているはず。
その欠片がいかにそのパスタを風味豊かにするのか、、、

と張り裂けるほどの期待を込めてそれを口に運ぶ夫婦。

そしてその感想もほぼ同じであった。

「そんな美味しいもんちゃうな(笑)」

確かに薄っすら香るトリュフの芳香。
それはなんとなく分かる。
しかし、トリュフ自体が美味しいのかと問われれば、、、そんなにかなぁ、、って言うのが率直な感想であった。

S田さん、すんません、わざわざ頂いたものをこんな感想で、、、
 

「大統領の料理人」からトリュフの味を学ぶ

さて、もう一度映画「大統領の料理人」に戻ろう。
この映画の中の最大のエッセンスとしてトリュフは用いられている。逆に言うとトリュフなくしてはこの映画が成り立たないぐらい、と言っていいだろう。

エリゼ宮でのこと。
仕事が終わり、厨房の隣の部屋で考えことをしていたオルタンスのもとに大統領がお忍びでやってくる。

この映画の最も大切な場面である。

ゆっくり階段を降りてくる大統領の姿を認めたオルタンスは大統領のもとに駆け寄る。
すると大統領がこんな風に切り出す。

「トリュフが届いたみたいだね」

トリュフの季節が始まったのだ。
大統領は多くのトリュフ好きと同じように、この季節を待ちわびていたのが良く分かる。

「えぇ、今シーズン初のトリュフですわ」

オルタンスがすかさず答える。
彼女も大統領と同じ、この季節を待ちわびている人のうちの一人なのだ。

調理台の横にすっと腰を掛ける大統領。
もうそこには地位とか、権威などというものは一切なく、一人のフランス人としてそこに座っているのである。

そこで簡単な料理作りが始まる。

トリュフをぶ厚めに切り

トリュフ入りのバターであろうか、フランスパンの上にそれを塗っていく

先ほどぶ厚めに切ったトリュフをこれでもか、とそのパンの上に載せていくのだ。

そしてワインを注ぎながら

「シャトーライアスの69年ものです」

と、大統領に納得させるようにささやくオルタンス

 
フランスパン、バター、ワイン、そしてトリュフ。
シンプルな味を好む大統領にはこれだけでご馳走なのであろう。満足気に頬張るその口からはこんな言葉が漏れてくる。

「最近風当たりが強いみたいだね、、」

オルタンスの現在の境遇を憂う大統領からのせめてものなぐさめである。

「私もだよ、、
逆境かな、、
個人的には逆境に要るおかげで立っていられる・・・」

今の大統領の境遇も決していいものではないのだろう、、、そして料理が大好きな大統領からの言葉は

「香辛料だよ」

人生というのは、いつも順風満帆なものではない。
いろいろな波が私たちの身に押し寄せてくる。
たまにはそれを正面から受け止めるし、また別の機会には避けて通らねければならない。足をすくわれて遠くへ流されて行くかもしれない。でもそれは我々にとって、人生にとって、きっと大切な香辛料の一部なんだよ、、、

そう大統領は言いたかったのだ。

同じ境遇、同じ感覚を共有した二人だけに、静かなこの瞬間でお互いの思いが通じ合うのである。
 
二人にとってこのシンプルな料理は何なのであろうか、、、

待ちに待ったトリュフの季節、その初物がようやく届き、お忍びで味を確かめに来る大統領。
そんな大統領を待っていたわけではないのに、静かにパンを焼き、バターを塗り、分厚く切ったトリュフを載せるオルタンス。もちろんそこにはトリュフに合ったワインは欠かせないのだろう。
それはまるで息の合ったアンサンブルのようにすべてのものが、折り重なり合うようにして調和していく様子が自然と染み入ってくるのがわかる瞬間なのである。

もちろん、味が伝わって来たのではない。
ただ、僕たちが食べたトリュフと料理。そしてオルタンスが生み出す料理とは何か根本的なものが違うのだ、というのが分かった。
 



南極最終日。
オーストラリアからやって来た女性テレビクルーと話をするオルタンス。
「オーストラリアに行ったことがあるんですか?」という質問から話が始まる。
そして彼女は将来の話をする。

「ニュージーランドにトリュフ畑を作るのよ
すぐには無理だけど、2,3年後にはトリュフが出来るようになるわ」

やはり彼女の人生はトリュフに導かれているのだと思った。
そして、こんな言葉を嬉しそうに語るのである。

「私には世界一なの、
朝一番に犬と散歩にでて、森を歩いて、土の香りをかぐ
突然犬が立ち止まり、興奮して、土を嗅ぎ出す、
すると木の根元にすごい宝物が、
奇跡よ」

そう、彼女にとってトリュフは奇跡の食べ物なのだ。
 


 

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