新種サトタマゴタケの論文を分解する(タマゴタケとの形態的違いを探る)

新種サトタマゴタケの論文が発表されました。
「Amanita satotamagotake sp. nov., a cryptic species formerly included in Amanita caesareoides」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/mycosci/65/2/65_MYC618/_pdf/-char/en
かなり以前から「タマゴタケには2つのタイプが存在する」という噂が流れていたのですが、やっと「論文」という形で発表されたのが今回のサトタマゴタケの論文となります。
タマゴタケという超絶人気のキノコを細分化し、それを論文にする、などという所業はまさに「産みの苦しみ」であったことが「それにかかった長さ」から推測されますし、中身を読んで気絶するほどの内容に圧倒されてしまいます。
きのこびとでは、そんな論文の発表を記念して細かく解説していきたいと思います。


7月の中旬、テングの鬼ことOAk氏が京都に来るということで、一緒に観察会をしようと言うことなった。
しかし、観察会の前日に僕が仕事上の酷いトラブルに巻き込まれることになり、観察会は中止となったのだが、ご飯だけは一緒に食べたかったので、無理を言って梅田に出てきてもらいヨドバシカメラ8Fにあるレストランで夕食を共にしたのでした。

今回の食事の主な話題はこのサトタマゴタケ論文について、である。

その名が示す通りテングタケに関してはどこの誰よりも詳しいOAk氏。
このサトタマゴタケの存在はずっと以前から「察していた」そうな。
彼の言葉を少し借りつつこの「察していた内容」について今回は解説してみようと思う。

タマゴタケやベニテングタケを見るために、今でも東京から長野県の方には足繫く通っているOAk氏。

「どうしてこんな綺麗なベニテングタケに会えるの?発生時期とかをバッチリ把握してるの?」

と質問してみた。
食事する何週間か前に綺麗なベニテングタケの写真をTwitterに投稿していたからである。

「僕はね、発生している時期に合わせて行ってるのではなく、発生するであろう環境が好きで見に行っているのです」

わかるだろうか?この気持ち。
僕にはわかるよ!(朝ドラ「虎に翼」直道風に)。
彼の言葉を代弁するとこうなのだ。

ベニテングタケが発生するであろう「場所」に立ってみる。ベニテングタケと共生している樹木がそこにあり、地下ではその樹木が無数の根をそこら一体に張り巡らしている。ベニテングタケの菌糸はそれよりも深く、広く、そして細部にまで入り込み植物の根を通して栄養のやり取りをしながら共生している。そんな「場所」、そんな「環境」に思いを馳せながら訪れることが何よりも楽しいのだ。

そんな思いでその場所を訪れているOAk氏なので、美しい姿で地上に出てきベニテングタケたちもバッチリのタイミングで写真に収めることが出来たのでしょうね。
また、何度か通ううちにタマゴタケの発生に対して一定の傾向があることに気付いたという。

発生する「季節」が違うタマゴタケの存在

サトタマゴタケだと思われる種 2024.07.21 長野県 撮影:OAk氏

さて、話はややこしくなるが、ややこしくなることを承知でまずはサトタマゴタケ論文について話をしてみたいと思う。
サトタマゴタケ論文の中でタマゴタケとサトタマゴタケは異なる気候地域に分布していると書かれている。
簡単に言ってしまうと、暖かい地域に発生するサトタマゴタケに対して、タマゴタケは比較的寒い地域に発生する。つまり住み分けをしているようなイメージだ。
しかし調査している長野県の特定の地域では両種ともに生息しているという。

具体的に言うと妙高山、霊仙寺湖、駒出池の湖畔などで、WI値(暖かさ指数:Warmth Index)がそれぞれ68〜69.5、70.7〜71.5、61〜62.1となる地域であり、まさに中間的なエリアなのでしょうね。
ちなみにサトタマゴタケの最小WI値は戸倉山の57.3で、逆にタマゴタケの最大WI値は長野県霊仙寺湖畔の70.9なので、WI値が57〜71の地域には両種が生息する可能性があるということです。

上記はWI値、つまり暖かさ指数から判断した両タマゴタケの分布領域である。

また前回の記事では宿主によるタマゴタケとサトタマゴタケの違いを検証しました。
以下のグラフがわかりやすいと思います。

タマゴタケとサトタマゴタケの宿主をグラフ化


宿主によってある程度両種の住み分けが行われていることがわかります。
また、上記WI値で言えばタマゴタケとサトタマゴタケの生息が重なる範囲(57〜71)にこのグラフの赤と青が両方重なっている樹種が生えているのだと思われます。

これらのことを踏まえてOAk氏の「気づき」は何だったのか?を説明してみます。

長野に頻繁に通っていたOAk氏。
上記に述べたようにタマゴタケやベニテングタケが発生しない時期にも通っていました。
その経験からデータをはじき出すと、長野でのタマゴタケの発生は7月と9月が多く、結構だらだらと出続けるらしいです。

関西でもタマゴタケ(サトの方)の発生は7月と9月で、やや9月の方が多い感じがします。そして関西では一斉に発生して、一斉に出なくなります。
つまり発生期間はさほど長くなく、その瞬間を逃すと1年間タマゴタケが見られなかった、、という年も少なくありません。
そもそも、関東よりもタマゴタケの発生件数は少ないので(東高西低の傾向あり)、逃す確率も高いわけですね。

また、OAk氏によると確かにタマゴタケが発生するのは7月と9月に良く見るのであるが、実は8月の短い期間だけ発生するタマゴタケがあることに気付いたそうです。
発生する樹種はコナラ。
その年の気温が高い時期のしかも短期間だけ発生するタマゴタケ、しかも発生する樹種はコナラ。
OAk氏はそのタマゴタケの事を

里山のタマゴタケ

と呼んでいたそうです。
「サトタマゴタケ」と「里山のタマゴタケ」。
見事なまでの符合。
もしかしてOAk氏は預言者アマニターナかもしれませんね(笑)

そんな里山のタマゴタケ、発生していた地域のWI値はどうなのでしょう?
その地域のデータを気象庁のWEBサイトから計算してみると「78.3」でした。
これはタマゴタケとサトタマゴタケが共存する57〜71を少しオーバーしています。
がしかし、OAk氏が里山のタマゴタケを見ている場所が、そこよりも標高が高いところ(山間部)であればこの範囲(57〜71)に収まってくる可能性は十分にあります。

また、タマゴタケとサトタマゴタケは、同じWI値の範囲に発生するものでも、発生する時期が異なるのだと思われます。少なくともOAk氏の見ている「里山のタマゴタケ」は他のタマゴタケに比べて高い気温の時にだけ発生するものだと考えていいでしょう。

ちなみにサトタマゴタケ論文にも以下のような記述がありました。

霊仙寺湖と駒出池の湖畔では、A. satotamagotake は暖かい季節(晩夏)に、A. caesareoides は涼しい季節(初夏または秋)に子実体を形成した。これらの異なる結実時期は生殖的隔離のメカニズムを示唆するが、両種とも松原湖では晩夏に結実した。

論文が発表される前からこのことに気付いていたOAk氏、、、やはり預言者アマニターナに間違いなさそうだ(笑)。

それと上記のグラフをもう一度ご覧ください。
コナラから発生するのはサトタマゴタケが圧倒的に多いのがわかりますね。
コナラは温暖な地域のイメージがありますが、長野にも少なからず生えてはおります。
長野ではそんなコナラから里山のタマゴタケは発生するとのことです。

そしてまたOAk氏はこの里山のタマゴタケとタマゴタケに「見た目の違い」があるといいます。

タマゴタケとサトタマゴタケは形態で見分けがつくのか?

それではOAk氏が送ってくれたタマゴタケ類の写真をご覧ください。

こちらはサトタマゴタケと思われるものの幼菌である。
1枚目は長野県の山で撮影されたもので、宿主はコナラとなっており、2枚目は北海道の低地で撮影されたもので宿主はミズナラだそうです。

この2枚はタマゴタケの幼菌写真となります。
1枚目は北海道の低地で撮影されたもので宿主はシラカンバとなっており、2枚目は山で撮影されたもので、宿主はウラジロモミだそうです。

この4枚の写真から何か違いが判るでしょうか?

え?もっと成長したのが見たいですと??

そりゃそうですな(笑)
ではこれまたOAk氏が作ってくれたサトタマゴタケの詰め合わせ写真を見てもらいましょう。

サトタマゴタケ 写真提供:OAk氏

次はタマゴタケの詰め合わせ写真です。

タマゴタケ 写真提供:OAk氏

さていかがでしょう?
違いがなんとなく判りましたよね?
恐らく皆さんの見立てと、OAk氏の見立ては合致していると思います。
すなわち

  • 傘の色がサトタマゴタケの方が深紅であること
  • タマゴタケは黄色味を帯びているか、傘周辺の色がオレンジ色
  • サトタマゴタケの柄のダンダラの色が濃く明瞭
  • タマゴタケのダンダラは色が薄い

いずれも色に関する違いがあるように見えます。
そうやって振り返ってみると阿寒で見るタマゴタケはオレンジ色がかなり強く、関西で見るタマゴタケは傘、ダンダラともに赤みが強い。

これらの事実をもってサトタマゴタケの特徴である、と言っていいのだろうか?

赤みが強いのはサトタマゴタケなのか?

サトタマゴタケ 2013.07.07 神戸

実は「傘と柄のダンダラの赤みが強い」ということでそれを「特徴である」というのには、OAk氏も僕も慎重な意見を持っている。

まずは論文から読み取れるサトタマゴタケとタマゴタケの判別方法をおさらいしておこう。

この中で肉眼的に判別出来そうなのは子実体のサイズと柄の装飾(ダンダラ)ぐらいである。
そして論文の中では

「明確な巨視的形態の違いは見られなかった」

という記述があります。
論文の中でこういう記述がある意味はとても大きい。
いくら我々がタマゴタケとサトタマゴタケには傘の色や柄のダンダラの色が異なる、、と言ってもそれは単なる印象、もしくは個体差のレベルなんだと考えています。

キノコというのは発生環境によってその姿を大きく変化させます。
論文ではこの様な記述があります。

同じ標高で、A. satotamagotake は開かれた森林地帯または南斜面を好み、A. caesareoides は閉じた森林地帯または北斜面を好むことを示唆している。

つまり開かれた南斜面を好むサトタマゴタケはより日光を好み、日光を多く浴びることにより赤みが強い個体が遺伝的な性質として持つことになり、逆にタマゴタケは日光をあまり浴びないエリアを好むことにより、あまり赤みが濃くない(オレンジ色の)個体が性質として受け継がれている。

という仮説は成り立たないだろうか?

これを「特徴」「種の違い」とするにはやはり弱く、恐らく例外も多いのであろう。

OAk氏曰く

「この色味の違いは『特徴』とまでは言えないものの、『傾向』としてはありますね」

恐らくその見識は間違っていないと思うし、僕も経験上色味を特徴とするには極めて慎重である。

しかしいつか「これが特徴」で「見分ける方法はこのポイントだ」というのがでてくるかもしれませんし、ぜひ見つけて欲しいところですね。

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