新種サトタマゴタケの論文を分解する(宿主について考えてみる)

新種サトタマゴタケの論文が発表されました。
「Amanita satotamagotake sp. nov., a cryptic species formerly included in Amanita caesareoides」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/mycosci/65/2/65_MYC618/_pdf/-char/en
かなり以前から「タマゴタケには2つのタイプが存在する」という噂が流れていたのですが、やっと「論文」という形で発表されたのが今回のサトタマゴタケの論文となります。
タマゴタケという超絶人気のキノコを細分化し、それを論文にする、などという所業はまさに「産みの苦しみ」であったことが「それにかかった長さ」から推測されますし、中身を読んで気絶するほどの内容に圧倒されてしまいます。
きのこびとでは、そんな論文の発表を記念して細かく解説していきたいと思います。


今年の5月17日~19日八戸で日本菌学会の大会が開催されていた。

僕はそれには行けなかったのだが、日本全国からそうそうたるメンバーが集まっていたのは知っていた。
例えば公開シンポジウムでZOOMで閲覧した時に会場の一番前に座っていたのが、「枯れ木ワンダーランド」の深澤さんだったり、成松さんが発表している時などに視聴している人の顔ぶれを見たら、菌類に関わっている有名人の顔が何人も映しだされていた。

そしてその晩の飲み会。
もちろん僕は行ってないので参加していないのだが、参加していたチエちゃんからこんなメッセージが届いた。

「いま、サトタマゴタケの論文の人が隣にいるよ〜🤩

なんと!
まさかまさかの!!

このサトタマゴタケの論文を主執筆者は古平美幸さんという方で、恥ずかしながらお名前もこの論文で初めて知ったのですが、菌学会の大会に参加されていて、しかもチエちゃんの隣に座っているとは何という運命のいたずら!!(笑)。
すかさず

「きのこびとの記事を紹介しておいて~」

と伝えましたわ(図々しい!!)。
すると記事を読んでいただいたみたいで、、チエちゃんから

「宿主がないよ~」

と返事が来た。
たぶんサトタマゴタケとタマゴタケを区別する判断材料としての宿主の違いを明記していない、ということだろうと思われる(チエちゃんの文章は解読不能なものが多いのですよ~ w)。

なるほど、、そうだった。

ということで、今回はタマゴタケの宿主について詳しく記事にしてみたいと思う。

タマゴタケの宿主たち

Fig.2のグラフはサトタマゴタケの論文の表に載っている宿主とその数を集計しグラフ化したものです。
左側がタマゴタケがより発生しやすい樹木(宿主)で、右側に行くに従いサトタマゴタケが発生しやすい樹木という感じで分けてみました。

例えば関西の低山帯において良く目にする樹木であるアカマツやコナラの樹下からタマゴタケが発生していればそれはほぼサトタマゴタケだという事が分かりますし、阿寒湖周辺にはアカマツやコナラは無くて、エゾマツやアカエゾマツ、 トドマツなどの針葉樹、そして広葉樹ではダケカンバやミズナラなどが混成したりしていますので、赤いタマゴタケを見つけたらそいつはタマゴタケだと推測することができます。

そこで問題。
あなたはこのグラフを見てどう感じますか?
僕は

「タマゴタケっていったいどれだけの樹木と共生するのだ?」

と思ってしまいました。
全部で20種類(コナラ類もいれちゃいました)もあるのですね。
ちなみに、ここで言う共生というのは「菌根関係を結ぶ」ということ。

大雑把なたとえで言うと人間同士が婚姻関係を結び一つ屋根の下で暮らすこと、に等しいのですね。
このグラフで見る限りタマゴタケの仲間は、割とどんな相手とでも一緒に暮らしていけるぐらいの包容力があり、あまり選り好みしないオールラウンドプレーヤー的なタイプなんだろうと思われます。

もちろん生存戦略的にはいろんな樹木と共生できる方が有利なはずです。

子実体から胞子を遠くに飛ばし、たまたま落ちたところから発芽することが出来て、菌糸を伸ばしていってたら、たまたま近くに生えていた共生可能な木の根っこと出会うことが出来たらそこでコロニーを作る。その「たまたま」の確率が高い方が生き残っていく確率も高いはずです。
なので共生相手の選択肢が多い方が良いはずなんですよね。

しかしですね、不思議なことにキノコの中には「純愛」を求めるきのこもいるのです。
愛するのは貴方だけ、、的な(笑)
学術的には「宿主特異性が有る(高い)」という表現になります。

いくつか例を挙げてみましょう。

宿主特異性があるきのこ達

1.ハナイグチとカラマツ

まずはお馴染みハナイグチですね。
ハナイグチはカラマツのみと菌根関係を結ぶということが知られています。
一方カラマツ自身は他のキノコとも菌根関係を結びますので、カラマツ側からすると優先的にハナイグチと共生する、というわけではないと思うですが、やはり一途に自分と共生する相手(きのこ)ならばこそのメリットっていうのがあるのではないでしょうか?

また富士山などでもハナイグチを見る機会があると思います。
がしかし、その周辺にカラマツは存在しません。

ならばなぜなのでしょう?

OAk氏によりますと、富士山などに発生する「ハナイグチ」本当のハナイグチではないらしく、クリイロハナイグチか、アカチャヌメリイグチかだそうで、どうりで写真を見返すと、傘の色がかなり濃い色をしているのがわかりますね。

2.ハンノキイグチとハンノキ

そして2つめがハンノキイグチ。
この管孔の見事な垂生っぷりを見ただけでわかりますよね?(笑)
名前の通りハンノキ属の樹下にしか発生しないハンノキLOVEなイグチ君です。

傘だけを見ていると何のキノコかわからないのですが、垂生管孔とそれにちょっと触れるだけで青変することから、判別するのがとても容易です。

このキノコ、栃木のちょっと標高があるところで見つけたのですが、関西ではまったく見たことがありません。
関西であるのかなぁ、、、あるのなら標高が高いところにしか出ないんじゃないかな?


3.ヒロハシデチチタケとシデ

さてこちらはシデ属の樹下から発生するヒロハシデチチタケというチチタケ属のキノコです。

名前にある通りシデの仲間の樹下に発生し、通称「ヒロシ」と呼ばれています(笑)

最初に見つけた時は、傘に冠紋があり、かなりくすんだ紫色をしており、ちょっと変わったチチタケの仲間だなぁ、、と思っていたのですが、調べてみるとヒロハシデチチタケということがわかりました。
見つけた時は本種だと気づいていなかったので探していませんでしたが、再度見に行くと確かにシデ属の木が近くにありました。

4.フユヤマタケとアカマツ

神戸でも一度発生場所を教えてもらって、やっとこ小さいのを見つけただけだったのですが、去年の12月、仙台に行った際に「この時期だったらフユヤマタケですね」ということで、雪が少し積もっている中、フユヤマタケ探しに連れて行ってもらいました。

「10年目ぐらいのアカマツの若木があるところに良く発生する」

という話を聞いていたので、どんなところだろうと思っていたのですが、やはりアカマツの木自体は大木というにはほど遠いぐらいの若い木たちばかりでした(下記写真)。

かたや近所の公園の赤松は直径1mぐらいの大木ばかり。
ずっと「出ないかなぁ、、」と探してはいるもののまったく姿を見せてくれないのですっかり見に行くことも無くなりました。

やはりフユヤマタケなどは若い松としか共生しないのでしょうか?

フユヤマタケの発生場所。若いアカマツの木が沢山生えていました。 2023.12.18 仙台

ということで、特定の樹木としか共生しないキノコたちの例を挙げてみました。
これらのキノコはタマゴタケとは違い、その樹木に対して一途であり、例えばその樹木が突然死したりした場合、樹木と共に滅んで行かねばなりません。

宿主特異性が有るということはそんなリスキーな生活を送らねばならない、ということに等しいのです。

何故キノコはあえてそんなリスキーな選択をしたのでしょうか?

次は逆に樹木の立場から見てみましょう。
僕が一番宿主特異性があるキノコと共生していると思われる樹木の話です。

アカマツの木と共生するきのこ達

アカマツの幼木 2023.10.23 滋賀

こんな写真の様な光景を見たことないでしょうか?
これは植物が伐採された跡地で裸地になったところに自然に生えてきたアカマツの幼木である。
また、こんな風にアカマツが生えているのも見たことがないでしょうか?

アカマツの幼木 2024.6.8 神戸

これは森の外れ、ハイキング道の為に開かれた道の脇に自然に生えてきたアカマツの幼木である。
このエリアの少し前で「森」は終わっており、この場所はいわば人の手によって切り開かれた土地(裸地)であった。
故に最初は何も生えていなかったものの、何年か後にはアカマツが芽を出し、そのまた数年後にはこの様に木へと成長しているのである。

そんなアカマツは「パイオニアプランツ(先駆植物)」と呼ばれている。

六甲などは一時樹木が人々によって伐採され、丸裸状態になったのですが、そこから人の手によって植林されたり、また自然発生的にパイオニアプランツが侵入してきたりして、一時期はアカマツが隆盛を誇っていた時期がありました。その頃はマツタケがわんさかわんさか取れていた時期でもありますね w

パイオニアプランツとは上記の様に裸地になり、土壌がむき出しになったところに、最初に種が侵入してきて芽吹き、若木となり、そして樹木として成長する植物なのですね。

裸地故に太陽光線がダイレクトに降り注ぎ、土自体が乾燥してしまうし、また土中の養分なども肥沃な土地と比べて圧倒的に少なく、植物にとっては過酷な環境であると言えるのだが、そんな過酷な環境を好んでわざわざそこに根を張る植物たちなのである。

そんなアカマツを支えているのものは何だろうか?

間違いなく菌類(菌根菌)たちであることは確かである。
そもそも植物のほとんどは菌類と共生することによってその生を営んでいるのだが、この様な過酷な条件のものとでは菌類との共生がより重要になってくることは確かでしょう。

そこでアカマツは多くの菌類たちと共生関係を結ぶことを選択したのだと考えられる。
その中には独占的にアカマツだけを宿主としている菌類がいる。

こんなにも多くの宿主特異性を持った菌類と共生している樹木はアカマツぐらいしかないのでは?

と思っているがどうなのだろう。

それではアカマツとだけ共生している(だろう)きのこ(子実体を作るもの)を書き出してみます。

  • ショウロ
  • ヌメリイグチ
  • チチアワタケ
  • アミタケ
  • マツタケ
  • フユヤマタケ
  • シモフリヌメリガサ
  • シモコシ
  • ハツタケ
  • アカハツ
  • キヌメリガサ

他にもあるかも知れなし、もしかしてこれらのキノコも他の樹木とも共生するかもしれない。
ですが、アカマツは多くのキノコ達と独占的に共生しているのは間違いないでしょう。

しかしアカマツからすれば多くの菌類たちと独占的に共生することはとってもメリットがあるのだが、菌類たちにとってはどうなのでしょうか?
例えば独占契約を結ぶことによって多くの炭素(糖分)を分け与えてもらえる・・・みたいな人間世界と同じような風に考えてはいけないのだろうけど、どうしてもそう考えてしまいます。

ただ一つ言えることはアカマツがこの様な過酷な環境で生きていくということは、菌類たちにとっても過酷な環境であるということが言えます。

まずは乾燥。
日光を遮るものがないため直接光は地面に注がれます。それにより土自体が乾燥しやすく、しかも落ち葉などの堆積が無いため保水能力も少ないことでしょう。菌類はこの乾燥から自分たちの身を守るためにその形態を変化させてきましたし、生活する場所も変えてきました。しかしアカマツが生える様な場所は菌類にとってはより乾燥にさらされる場所と言っていいでしょう。

そして貧栄養。
裸地などでは周りに植物が生えていない状態の土地は腐朽した材や腐食した落ち葉などによる土壌に蓄積した栄養分が少ないため、窒素やリンなどの菌類が植物に供給する栄養素があまり多い場所とは言えません。
つまり菌類がアカマツにそれらの栄養素を供給するためにはより広範囲でかつ深い地中への菌糸の伸長が必要になったりするのだろうと考えられます。

だとすればこれらのキノコ達は乾燥や貧栄養下という条件の元でも生きていける耐性を身につけたのか、それとも乾燥などに強いメカニズムを手に入れたのか・・・
どちらにせよ、敵が少なく、アカマツとだけ共生しているだけで十分コロニーを養っていけるだけの栄養をアカマツから供給してもらえるのなら、きっと苦労して他の敵と戦う道を選ぶよりも、敵が少なく独占的に供給してもらえる方を選んだのであろうと思われます。
また、逆に言うとアカマツが成長し、その周りに落ち葉が堆積して富栄養化が進んでしまうと、アカマツを独占していた菌類たちは他の菌類に負けてしまい、腐朽材上で起こる「菌類遷移」みたいなことが、土中の菌根菌たちの世界でも繰り広げられているのではないでしょうか。

タマゴタケと宿主の関係性を考える

タマゴタケの話に戻ります。

タマゴタケ(サトタマゴタケ)は宿主特異性はなく、アカマツとも共生するようですが、他の樹木とも共生します。

その種類はおよそ20種。
ちなみに外生菌根菌と共生する樹木は今のところ以下の科に属するものです。

  • マツ科(アカマツ、シラビソ、トドマツ、モミ、コメツガ等)
  • ブナ科(コナラ、スダジイ、クリ、クヌギ、ミズナラ等)
  • カバノキ科(ダケカンバ、シラカンバ、ハンノキ等)
  • ヤナギ科
  • フタバガキ科
  • フトモモ科(ユーカリ等)

これで見ると上の3つの科のほとんどの樹木と共生しておりますね。
下の二つは日本では自生しない樹木ですので、省いて良いとしたらタマゴタケは外生菌根菌と共生する樹木のほとんどの木と共生することができる、と言っていいでしょう。

しかし、もちろん最初のグラフで分かるように、タマゴタケとサトタマゴタケの宿主は不明瞭ながら分かれてはおります。
この違いは受け入れ側、つまり宿主側にあるとは考えにくいです。
何故ならタマゴタケ、サトタマゴタケ両方と共生している樹木がかなりあるからです。

この事から考えられるのは宿主(樹木)側の事情ではなく、菌類側の事情にあるのだと考えられます。
樹木はただただ受け入れるために待っているのですが、その受け入れ先にアクセスする際に菌類側では別の菌類との競争に勝たなければならないとか、胞子は近くに到達したものの発芽する条件が揃わないとか、、そんな「事情」が宿主との共生の障害になってくるのだろうと考えます。

その最大の要因が「気温」ですね。

タマゴタケとサトタマゴタケの判定入力サイトの入力の際に発生している標高、1年の平均気温を入れるようになっていますが、まさにそれらの項目は「気温」という要素なのですね。
それらは「胞子から発芽するための気温」や「子実体を発生させるための気温」など本来そのキノコが本能として持っている温度センサーの範囲でないとスイッチが押されないのでしょう。

そこから考えるに、サトタマゴタケはタマゴタケよりも気温が高いところで胞子の発芽、子実体の発生が行われるのだと思われます。

これらの気温の違いによる棲み分けは、菌類同士の競争を回避することが出来ます。

つまり宿主特異性が有るキノコたちと同様、サトタマゴタケとタマゴタケの関係から「出来るだけ他の菌類たちとの競争・衝突を避ける」という方法が消極的ではあるが、菌類たちが生き残るために選んだ道なのだろうと考えられるのです。

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