ワカクサタケを眺めてみる
ワカクサタケというキノコはとっても不思議ないきものだ。たっぷりと水分を含んでヌメヌメしているその緑色の傘は、特にわれわれ「撮り菌」どもの心をグッと引き寄せて離さない魔物の様な魅力を放っている。しかもその姿はとっても小さく、一度見つけても、その場を少し離れただけで二度と見つけることが出来なくなってしまうぐらいの擬態っぷりなのだ。
僕はその可憐な姿を撮影するために何度もこの場所を訪れた。キノコに出会えるのは一期一会、そんなことはわかっている。昨日美しい姿を現していても、翌日にはすっかりしょぼくれた姿になっていることなど珍しいことでもなんでもない。それでも「明日は会えるのだろうか、、、」といくばくかの期待を抱きつつ「その場所」を訪れるのだ。
そしてついにその姿を確認することができた。「変わり果てた姿」ではあるが、少しでも綺麗に撮りたいと欲し、涙ぐましい努力をした。
そんな「涙ぐましい努力の1枚」を見てもらえるでしょうか?
これです・・・(T_T)。
しかしこのひどい写真はなんなんだ・・・。
ピントがまともに合ってないし(これはレンズのせいでもあります)、ISO感度が自動になっていたのでISO6400になっており、ノイズが半端ない。
おまけに構図がイマイチ(笑)
確かに被写体自身があまり良くなかったので「撮る気」がちょっと減退気味ではあったが、それでもかなりヒドいしろもの。まさかこれを世間様の目にさらされるとは思わなかったが、最初の一枚、ということでおおめに見てもらいましょう。
それから1年。
待ちに待った「ワカクサタケが出ている!」という知らせを受けて撮りに行ったのが一番上の写真なのであった。
ワカクサタケの衝撃写真
ではちょっとだけ時計を逆さに戻してみましょう・・・。
キノコを始めて、観察会にも入って何年かした頃。キノコのこともちょこちょこ勉強して、「ワカクサタケ」というキノコの存在はもちろん知っていた。
「日本のきのこ」(改訂新版)のP47に載っているその姿は本当に可愛らしく、「あぁ、この世にこんな美しいキノコが存在するのだろうか?!」なんて芝居がかった口調でしか眺めずにはおられないその御姿。そんな美しいキノコは僕の住んでいる関西では縁のないもの、と勝手に思い込んでいた。
ところがだ・・・。
その「縁のないもの」だったキノコがFacebookのタイムラインに流れてきたのである。
それがこれだ、、、
どひゃー!!かわいー!!
「その姿」を捉えたのは「メルヘン写真の帝王」と呼ばれた(誰にやねん w)メルヘンヤスコであった。良くキノコを探しに行く公園で見つけたのだそうな。
「若草茸」という名前が示す通り、透明感のある濃い緑色に彩られたその傘はヌメリガサ科ワカクサタケ属(以前はアカヤマタケ属であった)の特徴がよく表れていて、透けるようにヒダの模様が浮き出ているその様は、この種ならではの美意識が表れているようでもある。
この写真を見て「すわっ!」と浮足立ったのは、我々神戸キノコ観察会のメンバーたち。
さっそく「ワカクサタケ観察会」が企画され、月に一度行われている観察会の終了後、何人かでこの緑の子を見るためだけにメルヘンヤスコがそれを見つけた公園まで行くことになった。
われわれはその行為を「アフター」と呼んでいる(笑)。
「今日はアフター行く?」
「行く行く!もしかして緑のあの子に会えるかもしれないしね!!」
なんて、、知らん人が聞いたら「あんたら何しに行くねん?」っていう会話を楽しみながら行くのもアフターならではの楽しみであるのですな(笑)
そうして何度かめのアフターでワカクサタケの「変わり果てた姿」を見ることが出来、そしてステップアップするようにやっとのことで綺麗な姿をカメラに収めることが出来た、という次第。まぁそれだけの苦労をしてでも撮影したくなるのがこのワカクサタケの魅力なんですけどね。
大阪で見たワカクサタケ
「見えるようになる」という不思議な現象が起こった。
キノコ目というものは、キノコをやっている人に備わっているいわば特殊技能である。
しかし、このワカクサタケは緑の上に緑が出るという保護色。なので余程慣れるか、それともメルヘンヤスコの様にキノコから「ねぇねぇ、やっぴーさん♪」などと声が掛かるかどっちかじゃないと見つけることは至難の技だ。
しかし、この時の僕は違った。
公園を歩いていた僕は、何気に苔むした崖に目をやると、今までだったら絶対に見逃していたであろうこのワカクサタケを見つけることが出来たのである。
これはもしかしてこのワカクサタケからの何らかの波動が伝わってきたのか、、、
もしかしてメルヘンジョージを襲名するべきなのか!(笑)
なんて言うてる場合ではない。
このワカクサタケをじっくり観察してみると、どうみても神戸で見たものと見た目はほぼほぼ同じと言っていいかな。傘の色、ヌメリ具合、ヒダが透けて模様に見える感じ、柄の太さ、色、などなど、全てがそっくり。疑いようがない。ザ・タッチのようだ(笑)
環境的にそっくりで、キーワードは「公園、日陰、苔の上、斜面」である。
こういう環境のところをくまなく探してみるとこの緑の子に出会える可能性がある。
でもこれ、ほんとにワカクサタケなの?
でました!!
きのこびとの専売特許(笑)
やはり、ネットの情報や、図鑑でさえ「疑うこと」が大切なのです。
本来は現記載まで遡ることが必要であるのだか、さすがにそこまでやってたら廃人になってしまうので、やはりそこは図鑑頼みで行こうかと思っとります(苦笑)。
ワカクサタケ
「きのこ図鑑」(幼菌の会)
Gliophoru psittacina
ヌメリガサ科アカヤマタケ属
夏~秋、草地または林内地上に発生。
小型。 傘は初め円錐形、のち中高の平らに開く。地色は黄色、黄土色、橙色などであるが、初めは緑色の著しい粘液に覆われ、乾くとしだいに退色して、条線のある地色をあらわす。ひだは直生~上生で、黄色、疎。柄の上部は永く緑色を保つ。
●傘:地色は黄色~橙色●傘:緑色の著しい粘液
●ひだ:黄色●柄:上部緑色●小型●地上生
さて、今回は幼菌の会のキノコ図鑑を参照しましたが、驚いたことにどの図鑑を見ても書いてあることはほぼほぼ同じなんです。しかも情報が何気に少なく頼りない(個人の感想です)。
でも、これってどういうことでしょうか?
そう言えば、大阪自然史博物館の佐久間さんとワカクサタケについてお話した時にこんな事をポロッと言ってはったことを思い出しました。
「ワカクサタケは、まだまだ細分化が必要だと思う」
この時は、「あぁ、そうなのかぁ」とぼんやり思っていたのですが、この解説を読む限りワカクサタケの研究はそれほど進んでないんじゃないか?と思うようになってきたのです。
では僕が見つけたワカクサタケの特徴と図鑑の特徴を見比べてみましょう。
発生 | 季節 | 夏~秋 |
場所 | 草地または林内地上 | |
傘 | 形 | 初め円錐形、のち中高の平らに開く |
地色 | 黄色、黄土色、橙色 | |
色 | 緑から地色 | |
粘性 | 著しい粘液に覆われ、乾くとしだいに退色 | |
ひだ | 形 | 直生~上生 |
色 | 黄色 | |
密度 | 疎 | |
柄 | 色 | 上部は長く緑色を保つ |
緑の下線部分が特徴として合っているところ。
実は抜いて確認していないのでひだの部分まではマークすることが出来なかった。
これだけの特徴の合致をもって「ワカクサタケである」と言えるだろうか?
なかなな難しいところである、、、と言わざるを得ない。
では、ネット上で「ワカクサタケだよ」と断言して載せてるのって、何を根拠にそう言ってるのだろうか?
一つには傘が緑色であること。そしてその傘の粘性が著しいということ。最後にその傘の形が円錐形であること。この3つを持って「ワカクサタケだよ」と判定してるように思えてならない。つまり、その3つの根拠だけでワカクサタケと断定できるぐらい、似ているキノコが他には無い、とも言えるかもしれない。
オレンジのワカクサタケ
ワカクサタケにはオレンジ色のバリエーションがあるのはご存知だろうか?
傘の「地色」の一つの中に「橙色」というのがあるので、地色は確かにオレンジ色であってもおかしくはない。また、傘の色は緑色からだんだん地色に変化していくようなので、老菌になるに従って退色し、代わりにオレンジ色が出てくるのかもしれない。
でもこの写真を見て欲しい
退色しているように見えますか?見えないですよね??
あくまで僕の感覚なのですが、このオレンジのワカクサタケが老菌になって色が退色しているようにはどうしても見えないのです。
どちらかと言うと生まれた時からオレンジ色のまま出てきた、、、としか見えない。
ところがこの写真は明らかに退色しているように見えます。
左側のワカクサタケは緑の傘のてっぺん部分がオレンジ色になりかかっていて、右のワカクサタケは退色しきってオレンジ色になっている。
何が言いたいのかと言うと、図鑑の説明である「緑色から地色」に変化する、というのには例外があるんじゃないか??と言うことなんです。
出てきたときからオレンジ色で緑になりきらずにオレンジ色の傘のまま老菌化していく、、、
そんなワカクサタケもあるように見えるんですね。
栃木のワカクサタケ
今年の7月、栃木在住の菌友S部さんが、何枚かのキノコ写真をFacebookにアップした。
その中に「どうもワカクサタケらしいもの」が写っていることを発見した僕は「これワカクサタケじゃない?」と指摘すると、さっそくご近所さんであるレッドちゃんが場所をS部さんに教えてもらい、写真を撮りにいったらしい。
その時の写真がこれです。
僕たちが関西で見るのよりも、傘の色や柄の色が濃いのがわかるだろうか?
前述したワカクサタケの特徴と比べてみるとこれも十分ワカクサタケの範疇に入るだろう、、と推測できる。
そして、神戸や大阪のワカクサタケと比べて最も違う部分がある。
それは、柄の上部が緑色、ということ。
あえて書かなかったが、神戸や大阪のワカクサタケは柄の上部が緑色なものは僕自身見たことがない。もしかして傘に隠れた部分は緑色なのかもしれないが、目に見える部分が緑色だったことはないのです。
しかし栃木のワカクサタケはさほど苦労すること無く(笑)、柄の上部の緑を確認することができます。特に次の写真を見て下さい。
僕が栃木へ行った時に見つけたワカクサタケであります。
かなり乾燥が進んでいて、傘のヌメリなどもあまり確認できませんが、その分、色の判別がしやすくなっております。
柄に注目して下さい。
上部は緑色で、下部に行くほどグラデーションがかかって地色(橙色)になっていってるのがわかりますね。
そしてもう一つ注目して欲しいのは傘と柄の質感です。
滑っているときにはわかりませんが、こうやって乾燥してくれるとまるで「蝋細工」の様な質感に変化しているのが見て取れますよね?
実際アメリカなどではワカクサタケのことを
「Parrot waxcap」(オウムの蝋傘)
と呼ばれているそうです。
つまりは「オウムがかぶる蝋で作られた帽子」と訳すのが一番良いかもしれません。
滑っている時の状態ではなく、乾燥した時の状態をその俗名にしている、というのが何ともユニークですね。恐らくその姿(蝋化した状態)が、このキノコにとって象徴的な姿なのでしょう。
ただ、そんな「蝋化した状態」のワカクサタケは神戸や大阪にはありません。
これはいったいどういうことなんでしょうか?
もしかして、神戸や大阪のワカクサタケは栃木のものとは別種で、栃木のものはアメリカのもの(アメリカと言っても広いですが)と同種なんだろうか??なんて考えたりしております、、、。
北海道のワカクサタケ
10月20日、Facebookの美菌倶楽部にこんな写真が投稿されました。
頭が尖っているみたいなのでトガリワカクサタケかな?って感じだったのですが、よくよく確認したらやはりノーマルのワカクサタケだと思われるものでした。
投稿したのは北海道在住のTさん。
北海道の10月20日というと、もう晩秋。
ワカクサタケの発生時期が夏~秋となっているので、これはかなり遅い時期での発生となる。
これの色合いも神戸・大阪のものと違うし、栃木のものとも異なりますね。
およよ、、これってワカクサタケなの??
って思ってはみたものの「日本のきのこ」(ヤマケイ)を確認してみるとこれと同じ色合いのワカクサタケが載っているではないですか!!
灯台下暗し。
しかもよく見ると栃木県!! (@_@)
ただ注目すべきは、神戸、大阪、栃木の前出のと比べてこの北海道のものとは発生環境が違うように見えます。前者は苔や芝生の中から発生しているのに対し、こちらは林内地上の落ち葉などの堆積した場所から出ているように見えます。
もしかして、落ち葉などの堆積したところから発生するワカクサタケは、苔から発生するものと比べて色合いが変化するのだろうか?
そんな疑問が湧いてくるのです。
そして、そんな環境から発生するワカクサタケも実は別種ではないのだろうか?
疑いだしたらキリがありませんね。
神戸・大阪で見つけた苔の上から出ている小ぶりで可愛いワカクサタケ。
栃木の同じく苔の上から出ている蝋細工の様なワカクサタケ。
北海道で林内リターの中に発生している黄緑色のワカクサタケ。
それぞれがそれぞれの美しさ、可憐さを持って独立している様に見えてくるのです。
サンプルとしてあまりにも少ない数ではあるものの、何か発生場所や、発生環境によってワカクサタケの色合いが変化する、というのはとっても興味深い話である。
今後研究が進んでいくうちにこれらの差異が「実は別種だったから」なんてことになるかもしれない。そのための一つのきっかけになれば良いなぁ、、と思ったりしてます。