アンズタケを眺めてみる(後編)
「かもめ食堂」という映画をご存知だろうか?
群ようこの小説を原作とし、主演は小林聡美で共演者として片桐はいり、もたいまさこ、という顔ぶれ。それを見ただけでも、すでにほくそ笑んでしまうぐらいの面白い物語である。舞台はフィンランド。北欧。日本人にはあまり馴染みのない国だけに風景を見ているだけでファンタジックに感じてしまうのは僕だけではないだろう。
そんな映画の中でこの写真のような一場面があった。
もたいまさこ演じるマサコが山に入ってアンズタケを採るシーンである。
手に持った袋に溢れんばかりのアンズタケと、彼女の向こうにもアンズタケらしきものが沢山出ているのがわかる。
フィンランド辺りではキノコ狩りの対象と言えばアンズタケ、というぐらいに、とっても重要なキノコであり、フィンランドに行った日本人に日本のアンズタケを見せると「えっ、このキノコ日本にもあるの!!」「 カンタレッラ!美味しそう🎵 」という条件反射にも似た反応が返ってくる。
ちなみに、このもたいまさこが探している森はどうも針葉樹の森の様で(樹種までは判別不能)、恐らくこの様な森は日本の中ではごく限られた地域にしか無いと思われる。
少なくとも僕が行くような近場の森は、ほぼシイ、カシ、コナラなどを中心にした混成森である。とすると、僕が見てきた「アンズタケ」なるものは、このフィンランドの「カンタレッラ」とは発生環境がそもそも違うもの、ということになる。
それと話は変わるが、現在アンズタケは毒キノコ扱いとなっている。
海外で採取された Cantharellus cibarius に微量のアマトキシン類が検出された、ということらしい。どれぐらい微量か、、というのを調べてみたのですが、教えてもらった資料ではドクツルタケの1万分の1の含有量ということ。
1万分の1だったら食べたらどうなるんだ???
という疑問は当然出るはず。しかし、その質問には軽く大阪弁でこう答えさせてもらう。
知らんわそんなん・・・
連絡脈を眺めてみる
Facebookの美菌倶楽部では「美菌」だけでなくキノコの生態にまつわる話が結構活発に行われていて非常に面白い。その中で出てきたのが
「連絡脈の少ない(もしくは無い)アンズタケがある」
とキノコ廃人のN村さんが言い出した。
連絡脈の無いアンズタケは、果たしてアンズタケと言えるのか???
僕は考えた。
「連絡脈の無いアンズタケは、例えるとエビの天ぷらが入っていない天丼みたいなものではないだろうか?」
しかし天丼にエビ天が入っていなければならない法律はない。なぜなら天丼とは「天ぷら丼」の略であり「エビ天ぷら丼」の略ではないからだ。
でもそんな理屈では大阪のオバちゃんは黙っていない。
「兄ちゃん、天丼と言えばエビ天が入ってるのあたりまえちゃうん?」
それだ!!やはり連絡脈のないアンズタケはもはやアンズタケでは無いのだ(ようやく気づく w)
さて、ここまで「連絡脈」「連絡脈」と書いてきたが、これを読んでいる人の中には
「連絡脈ってなんぞなもす?」
と思って読んでいる人がいるかもしれない、そんな人、手を上げて~!!
はい、ではそんな人たちのために、アンズタケのヒダをレントゲン写真風にフォトショで加工してみました。多くの「ヒダ」と呼ばれるものは、その一枚一枚が真っ直ぐに傘の中心から傘の縁に同心円状に延びていくのが普通である。
しかしアンズタケのヒダはそうではない、というのがこの写真を見てわかるはず。
ヒダはあるものは分岐し、あるものは結合しているのが分かるだろうか?そしてヒダとヒダを繋いでいるヒダがあるのも見て取れるだろうか?これが連絡脈と呼ばれるものでアンズタケの特徴の中の一つとなっているのです。
そしてそんな連絡脈がないアンズタケの写真がこれです。
うん、確かにN村さんの言う通り連絡脈はある様には見えない。しかもこのヒダ、あまり美しいものではない(ここ重要)。
ヒダフェチにとってヒダの美しさはとても重要であり、美しくないヒダはヒダじゃない、とまで言い切る最強ヒダフェチがいるので、ここではヒダモドキとしておこう(おい w)。
しかしね、、杏の匂いはちゃんとする、らしい、、、。
そしてあろうことかN村さんはこのアンズタケらしきものを食べて、お腹がピー状態になったらしい。それはもしかして食べたアンズタケが古かったのかもしれないし、その時に元々体調が悪かったのかもしれない。しかしN村さんは「このアンズタケに何か毒成分が含まれているんじゃないか?」と疑っている。その可能性は否定はできないし、何か土中に潜んでいるものがヒダの間に入っていてそれにあたった可能性もある。
アンズタケは土の上から出ているものが多い。採るときに十分注意を払わなければその土も一緒にかごの中に入り、そしてこのヒダの中に潜り込んでくる。アンズタケのヒダ複雑な構造をしているので掃除をするのがめちゃめちゃ手間なのだ。なのでそのヒダの中に土が残っているのも不思議な事ではない。やはり野生のキノコを食べるのはそれなりのリスクを伴うと考えておいていいだろう。
ではでは、僕が今年見つけた「杏の匂いがしない」アンズタケと思われるヒダを見てみましょう。
間違いなく、そして美しく連絡脈が存在しますね。
ではもう一例、これは一昨年に京都で見つけたもので、僕は杏の匂いを嗅ぎ取ることはできませんでしたが、友人二人は「あぁ、なんとなく甘い香りがする」と言っていたアンズタケと思われるもの。
これも見事な連絡脈があります。
連絡脈があってもアンズタケの香りがするものとしないもの(弱いもの)があるんだということが分かりました。
ではでは次に杏の匂いがしっかりとするものを見てみましょう。
このアンズタケは上のレントゲン写真の元になったものです。
これはヒダの分岐、合流がとにかく盛んでいてしかも美しい。連絡脈もちゃんと確認できるのでアンズタケの仲間というのは間違いないと思います。
では最後に美菌倶楽部のK岡さんが「杏の匂いのしない」アンズタケの連絡脈写真を沢山アップしてくれましたので紹介しておきます。
なんとまぁ美しいヒダに、見事な連絡脈だこと。
この姿、どこからみてもアンズタケとしか言いようがありませんね。
もういっちょ行っときましょか、、
こちらも傘の先端から地続きの様にヒダが柄に流れていってる姿が美しく、ヒダを見ると大きなヒダにいくつもの支流が出ているように見えるのはまさに連絡脈と言っていいでしょう。
そして驚いたのがこれ、、、
もう何かなんだか分からないぐらい入り組んでおりますな(笑)
「ちぢれ麺」とどなたかが言うておりましたが、それ以外の表現が浮かばないぐらいすごい縮れ方ですよね。
これみて「連絡しすぎやろ~!!」と叫んだのは僕だけじゃないはず。
この3つのアンズタケは全て同じエリアで採取したもので、杏の匂いはどれもしないものだそうです。(K岡さんの名誉のために言うとくと、カツラの葉っぱが落ちたときのとっても甘い香りは判るそうですので、甘い香りに弱い、というわけではないらしい)
ただ、これらの連絡脈を眺めていると、ふと思うことがあります。
連絡脈の多い、少ない、は単に個体差ではないのか?
ということです。
最初のN村さんの「連絡脈がない」ものは追って検証するとして連絡脈の多い少ないはアンズタケの種類を特定するのに影響しない気がしてきました。
アンズタケを勝手にグループ化してみる
さてさて、前編に引き続き、後編でもかなりの種類(?)のアンズタケを取り上げてきました。
ここで大胆ではありますが、それらのアンズタケを特徴に合わせて勝手にグループ化してみたいと思います。ただしこの「グループ化」は学術的な分類ではありませんので、ご了承ください。
グループ化する特徴は以下の5つのポイントとします
- 傘の形
- 質感
- ヒダ
- 杏の匂いがするか?
- 柄の形状・色
他の人が撮った写真に関しては、あくまでも写真での「見た目」ですので、その辺りも了解してくださいませ。
まずは初めて杏の香りがしたアンズタケから、、、
アンズタケA
日付、場所 | 2019年7月9日 大阪(500mぐらいの山) 2019年7月21日 京都(公園) |
傘の形 | 表面が粉っぽく、 漏斗型ではなく、波うちが少ない |
質感 | かなり重量感が |
ヒダ | 連絡脈はあります |
杏の匂いがするか? | かなり強い杏の匂いがする |
柄の形状・色 | 柄はしっかりとしていて、傘の色と異なり白い |
アンズタケB
日付、場所 | 2019年7月20日 大阪(公園) 2019年7月28日 京都(??) |
傘の形 | 傘の全体がヒラヒラしていて、漏斗型になる |
質感 | 傘、柄、共に薄く、重量感がない |
ヒダ | 連絡脈はあります |
杏の匂いがするか? | 杏の匂いがしない(少ない?) |
柄の形状・色 | 柄は傘と同色で、傘と柄が綺麗に垂生しており境目がない |
アンズタケC
日付、場所 | 2019年7月27日 兵庫(公園) |
傘の形 | 傘の全体がヒラヒラしていてるが漏斗型にはなってない |
質感 | 傘、柄共に薄い印象 |
ヒダ | 連絡脈はあります |
杏の匂いがするか? | 杏の匂いが強くする |
柄の形状・色 | 柄は傘の色と同色で、傘と柄が綺麗に垂生しており境目がない |
アンズタケD
日付、場所 | 2019年7月25日 千葉(公園) 2019年7月27日 東京(公園) |
傘の形 | 傘がヒラヒラしていない、漏斗型のものもあるが不規則 |
質感 | 傘、柄、ともに重量感がある |
ヒダ | 連絡脈ないものもあるが、あるものもある。個体差? |
杏の匂いがするか? | 杏の匂いが強くする |
柄の形状・色 | 柄はしっかりとしていて、傘の色と異なり白い |
このアンズタケDに関してはここで説明を加えたい。
N村さん提供の写真は連絡脈が無いものと有るものの2種類がある。
ただ撮影場所、日時は同じところなので、これも「個体差」のレベルと判断していいのかと思う。
それと、N村さんの写真と一緒に使わせてもらったK田さんの写真。これも連絡脈が無さそうに見えるものと、めっちゃ有るものとがある。
こちらも撮影場所、日時は同じとのことなので、同じ種類のものと考えていいと思う。
そして、N村さんのものとK田さんのものも、撮られた写真を検証し、特徴を繋ぎ合わせていくと、同一のものと判断しました。
結局 Cantharellus anzutake はどれなのだろう?
それともう一つ、、、
こうやって見比べていくとアンズタケAとアンズタケDはもしかして同じ種類じゃないのか?という疑問が出てきた。
当初N村さんが「連絡脈の無い不思議なアンズタケがあるよ」との書き込みがあった時、そしてその写真を見せてもらった時には「これは僕が見てきたものとは別物やなぁ、、」と思ったのだが、K田さんが美菌倶楽部にアップしてくれた写真を検証していくとN村さんのものと同じものの様に見えてくるし(N村さんも同意見)、K田さんのものの特徴を見ていくと僕が今年出会ったアンズタケAの特徴と符合するのである。
なので、アンズタケA、B、C、Dとグループ化してみたのだが、Dを分ける根拠が乏しいことを鑑みると、ここでのグループはアンズタケA,B,Cとした方が良いと思う。
なので、大まかに特徴を書くと
- アンズタケA:傘は大きくならず、柄が白くしっかりしていて、杏の匂いが強い
- アンズタケB:傘は大きくなり、全体的に華奢で柄が傘と同じ色、杏の匂いがしない(薄い)
- アンズタケC:傘は大きくならず、全体的に華奢で傘と同じ色、杏の匂いが強い
となりますな。
今のところ目視と僕が見てきた経験上、和名アンズタケと呼ばれるものは3つのグループに分かれるのではないか、と思われます。しかしここにきて「ハタ!」と気が付くんですな。
この3つのグループの中で学名「Cantharellus anzutake」に当たるのは一体どれなのか?
いままで日本のアンズタケと言われている種はヨーロッパのアンズタケ(Cantharellus cibarius)と同一と思われていましたが、それが別種であることが信州大学の山田准教授らの研究で判明した。
ここまではよい。
で、山田准教授が調べたアンズタケは僕が勝手にグループ化した3つのグループすべてを含むのか、それともどれか一つのものを特定して新種記載したのか、、、
その辺りが不明なんですよね。
そこで基本に立ち返り、「日本のきのこ」(ヤマケイ版)をもう一度確認してみます。
掲載されている写真はこれです。こうやってみるとアンズタケBまたはアンズタケCによく似ていると思いませんか?
これで杏の匂いが強ければアンズタケCになりますし、弱ければアンズタケBですね。
ただし信濃毎日新聞の記事では山田准教授は全国から300種のアンズタケを取り寄せた、と書いてありましたので、その中には僕がグループ分けした3つのどれも含まれていると思われます。ですので、この写真が例えアンズタケCであっても、それが Cantharellus anzutake だとは限りません。
なので Cantharellus anzutake の正体はここでもわかりません。
では最後の手段です。得意技の「叫び」で山田先生を呼んでみましょう!
山田先生!!この辺り、解説願えないでしょうか!!
結局これか(笑)
でも山田先生と繋がっていないので、この叫び、誰か届けていただけないでしょうか?
変なアンズタケの仲間(おまけ)
僕が姫路のOさんのところへ行った次の日、Oさんから美菌倶楽部にこんな投稿があった。
「今朝、青変するアンズタケの仲間?を見つけました。 」
というコメント共に投稿された写真はこれ
柄の部分が少し青みがかっているのがお分かりいただけるでしょうか?
39さんによると青変しているのではなく「元々青みがかってる」ものがあるらしいですが、このあたりどうなのでしょうか?
また柄自身は中実でかなり引き締まった感じが見て取れます。
柄が中空の一般的なアンズタケとはかなり違った印象を受けます。
で、こちらはヒダ。
ビックリするほど違和感のあるヒダです。
異常に深く切れこんだヒダは、その傘がかなり饅頭型をしていることを物語ります。
またアンズタケの特徴である連絡脈が・・・・見えない(あるのかも知れないが)
しかし、前の3グループのアンズタケはどれを見ても傘の裏を見ると「アンズタケ」と分かるものでしたが、これを見てアンズタケと分かる人は少ないのではないか?
(知っていれば知っている人ほどわからない?)
そして柄を見てください。
これもめちゃくちゃアンズタケらしくない柄ですよね。
確かにヒダは柄に垂生しているものの、垂生度合いが少なすぎるし、柄は白く、そしてがっしりしている。
そして最後に傘がこれ。
傘の形は漏型からは程遠い感じが受けますし、傘の周辺に切れ目もありません。
色は黄色地に心なしか青みがかってるのが分かりますでしょうか?
何から何まで普通のアンズタケとは異なります。
しかし!!!これ、杏の匂いだけはしっかりするらしいのです。
このアンズタケを検索すると2つのサイトがヒットしましたのでURLを貼っておきます。
きのこじき「アンズタケ属の一種01 CANTHARELLUS SP.」
https://kinokojiki.wordpress.com/index/%E5%92%8C%E5%90%8Dindex/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%BA%E3%82%BF%E3%82%B1%E5%B1%9E%E3%81%AE%E4%B8%80%E7%A8%AE01-cantharellus-sp/?fbclid=IwAR2zh8kirZUAKTfWnnNWyMdW6hf7NWWKdbWvmYFkCpMlBgzLeqdgIWAV79E
陶器山の自然「アンズタケの仲間(3)」
http://tohki.weblike.jp/kn/2010/07/3-1.html?fbclid=IwAR0PGMmaP1Ggbx8b85HHQg_K6CgztzNJ4tU5-6W7BMnSCNznYfj6jwwDE2c
【追記】 アンズタケモドキ
9月4日、キノコ部にこんな画像が投稿された。
「 色も形も香りも似ているけれど・・・決定的に違う! 」
というS原さんの言葉を噛み締めながらよーーーく見てください。
分かりますか?左側のものはちゃんとしたヒダがありますが、右のものはヒダそのものがありません。連絡脈があるかどうか、、なんてここではそもそも意味がなく、ヒダ自体がないものですから、連絡脈もあるはずがないのです。
これはもしかして、、、、名前だけは知っていた「アンズタケモドキ」の様です。
S原さんに聞くと、この2つは全く別の場所に出ていたそうです。
もし同じ場所であれば、個体差?の範囲なのかなぁ、、と、ふと思ったりもしたのですが、離れているのなら別種(アンズタケモドキ)でいいかなぁ、と思っています。
あと、何枚か写真を送っていただけましたので載せておきます。
【データ】
発生時期:8月後半~9月頭
場所:宮城県仙台市
環境:住宅街から近く誰でも散策できる山
標高100~150mぐらい
コナラがある雑木林
発生環境としてはアンズタケとさほど変わらないかと思っています。
最後に
「アンズタケを眺めてみる」という事で前編と後編にわけて書いてみましたがいかがでしたでしょうか?
アンズタケは学名 Cantharellus cibarius から、新種記載された Cantharellus anzutake にはなったものの、まだ国内のアンズタケ自身は細分化がされていくのではないか?と言われています。この記事はまさにその一助になればいいかなぁ、、と思って書いてみました。
また、以前の記事「杏の匂いに誘われて」の時は杏の匂いを経験できなかった僕も、今回初めて「アンズタケの匂いこんなのだったのだ!」という感動が記事を書くのに大きな原動力になったのだと思っています。
そして最後にこれだけは言わせてもらおう、、、、
メルヘン・ヤスコよ、アンズタケの匂いはいい匂いだよ~(ちょっと優越感 w)