夜は短し歩けよ乙女

『夜は短し歩けよ乙女』 森見登美彦 著

≪私は気が焦るあまり、万年床から這いだして、しばらく四畳半をぱたぱたと手のひらで叩いて回り、どこかに貴重な才能が転がっていないかと探し回った。そこでふいに、一回生の頃、「能ある鷹は爪を隠す」という言葉を信じて、「才能の貯金箱」を押し入れへ隠したことがあったような気がした。「アレがあったではないか!おお、そうだ!」と私は嬉しくなった。

押し入れを開けるとそこは大きく育った茸だらけであった。「いつの間にこんな有様に」と怪訝に思いながら、私はヌメヌメする茸を押しのけた。奥から取り出した「才能の貯金箱」は黄金に輝いている。あたかも私の未来を象徴するかのように。私は貯金箱を逆さまにして、狂ったように叩いてみたが、出てきたものは一枚の紙であった。そこには、「できることからコツコツと」と書かれていた。

万年床に倒れ伏し、私は危うく号泣しかけた。≫

『夜は短し歩けよ乙女』  森見登美彦 著

頭でっかちのヘタレ京大生であるところの「先輩」と、彼が追いまわし続けている総天然系美少女「黒髪の乙女」が、主客交代しながら繰り広げるキュートでポップな痛快大活劇。夜の先斗町や学園祭などを舞台に、年中浴衣の自称天狗・樋口や鯨飲美女・羽貫、高利貸しの老翁・李白、詭弁論部やパンツ総番長など、魅惑的な脇役を巻き込みながら展開するドタバタは、武田騎馬軍団も真っ青の怒涛の進撃ぶり。著者・森見氏の無用に小むずかしい修辞の連続攻撃が装飾過多なストーリーに花を添える。

本作には達磨、林檎、鯉、招き猫、行燈、炬燵などといった魅力ある小道具がふんだんに用いられ、「赤」の統一された視覚的イメージを築きあげているところが素敵。そして近年めきめきと頭角を現してきた氏の作品には、キノコも時おり登場する。現実と妄想がごっちゃになり、なんだかよくわからないファンタジー小説と化す本作をはじめとして、彼の作品には持ってこいの意匠だと思う。

それはさておき「黒髪の乙女」がキュート過ぎる!もはや反則!ヘタレの先輩など薙ぎ倒し、私が黒髪の乙女ストーキング部の部長に名乗りをあげるぞ!(←ヘタレほぼ同類)

「月刊きのこ人」(こじましんいちろう)2011年03月03日に掲載分を再掲載

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