昨今のきのこ分類事情

2025.9.13 北海道

僕の様なきのこ界隈のすみっこに暮らしている人間が「きのこ分類事情」などというアカデミックなテーマについて書くことが果たして適切なのか?または分類を真剣にやっている研究者たちに対して失礼に当たらないのか?などと考えてしまい、しばし筆が止まってしまう。
しかし例えば誰かに「このキノコは何ていう名前ですか?」というのを聞かれた際に現在分かっている正確で詳細な情報を伝えるべきか、それとも多少間違っているものの、分かりやすい過去の情報を伝えるべきか、どうしても迷ってしまうこと、、、ありませんか?

例えばこの写真のキノコ。つい先週北海道で見つけたイグチ。
傘の色は茶褐色でややビロード状。
特徴的なのは柄でやや黄色めの地色に独特の赤い鱗片が見えますね。

管孔の色や青変性などは確認していないのですが(幼菌だからね)、この外見上のフォルムから考えられるのは恐らく「アメリカウラベニイロガワリ」という答えが出てくる。

もしそれが上級者に対してであればたぶん別の答えになるだろうし、ビギナーであればアメリカウラベニイロガワリのままで通してしまうと思います。よって例えばビギナーが多く参加する観察会などに置いては多少間違いはあるものの古い情報、少しは間違っているが分かりやすい情報を伝える、というはやむ負えないことではないかと考えています。

がしかし、「きのこびと」というサイトが目標とするのは

一般のきのこ愛好家と菌類研究者との懸け橋になる

ということですので、ビギナー向けの分かりやすい情報ではなく、あくまでも現在の正しい姿をこの記事に於いて届けたいと思っております。
しかしはっきり言って現在は「分類混乱期」「分類過渡期」ともいえる状況で、古い情報または技術と新しい情報と技術が入り乱れ、まだまだこれから多くの研究と整理が必要になっていくのだと思われます。

ですので、そんな時代だからこそ「現在のきのこ分類事情」についてわかる限りのことを書いてみたいと思います。
もし何か間違っていることろなどがあれば指摘してもらえると助かります。

今回書きたいと思っているのは以下の2点になります。

  1. その和名に付けられた学名が違っている問題
  2. そのきのこにはもう複数の隠ぺい種があることが分かっている問題

もちろんこの1、2の複合もあり得ますので問題はより複雑になります。
それではそれぞれについて解説してみたいと思います。

その和名に付けられた学名が違っている問題

以前きのこの研究者Tさんからこんな話を聞いたことがある。

「図鑑に載っているキノコでちゃんと再検討されているのは2割ぐらいではないか?」

つまり現在の図鑑に載っているキノコの8割は再検討が必要、ということになる。

分かりやすい例を示します。

2021年、青木渉さんによって新種記載されたカキシメジには元々 Tricholoma ustale という学名が与えられていました。
しかしこのカキシメジを分子系統解析などにより詳細に再検討した結果、別の種(新種)であることが判明したということで、新たに学名を Tricholoma kakishimeji とし、和名は以前のままカキシメジとされました。

これで晴れて

カキシメジ = Tricholoma kakishimeji

となったわけです。
ではなぜそれまでカキシメジTricholoma ustale という学名が充てられていたのでしょうか?

それには Tricholoma ustale という学名が生まれたところまで遡る必要があります。

Tricholoma ustale は元々ドイツ近郊で採取されたものを Agaricus ustalis Fr.として記載されたものでした(Fries, 1818)。その後、1871年にTricholoma 属へと移されて今の学名 Tricholoma ustale となったのです(Kummer, 1871)。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/mycosci/62/5/62_MYC548/_html/-char/ja

タイプ標本(新種記載する際に基本となる標本)はドイツということになり、新種記載は1818年(1871年)まで遡ることになります。

和名「カキシメジ」は、1925年に川村清一氏によって日本で初めて Tricholoma ustale Fr.として同定され、1929年には長野県の飯綱山麓で採取された標本に基づいて、Tricholoma ustale Fr.(= Tricholoma ustale (Fr.) P. Kumm.)として日本新産種記載されたのです。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/mycosci/62/5/62_MYC548/_html/-char/ja

つまり1925年(大正14年)に川村清一博士によってカキシメジ = Tricholoma ustale と同定されました。
この時代はもちろんDNAでの検証は行われているはずもありませんので、形態観察と顕微鏡的な検証を経て Tricholoma ustale と同定された、ということになりますね。

しかし近年、DNAによる分子系統解析を行うことにより、ヨーロッパで新種記載された種の学名を日本産のキノコに充てて来た、ということ自体がかなり揺らいできているのです。

ヨーロッパ(と言っても一括りにしてはいけないのだが)と日本では気候もまったく違うし、それによる植生も大きく異なってきます。
また菌類というのは気候の違いによって進化する「幅」が大きいようで(キノコにもよりますが)、これだけ離れた地域で、またこれだけ違った気候条件では姿形は同じでもまったくの別種であった、というのは少なくありません。

といいますか、

ヨーロッパ産のものとは全て別種だと思って再検証する必要がある

という事ですかね。
タイプ標本(新種記載の元になった標本)がどこで採取されたものか、というのがとても重要で例えばヨーロッパ産のものであれば別種の可能性を疑うべきだし、中国や韓国産のものであれば同種の可能性が高いと思って良いかもしれません。

それはまた、ヨーロッパ産のものに充てられた学名が日本産のものに充てられているのであれば、もしかしてその種は「新種」の可能性がある、ということなのです。

たぶん、日本のキノコは新種だらけなのでしょうね、、、(@_@)

そのきのこにはもう複数の隠ぺい種があることが分かっている問題

この写真をTwitterに「カバイロツルタケ」としてアップした際に、ものいいがついた。

「柄が白いのはカバイロツルタケではないのでは?」

なるほど、僕としては

  • 傘が褐色
  • 柄が細長い

という2点からカバイロツルタケとしたのであるが、褐色系のツルタケもあるのでもしかしたらツルタケ(広義)である可能性が高いかも、、とのことでした。

さてここでさらりと書きましたが「ツルタケ(広義)」という点に注目してください。
この広義という言葉はなかなか便利なものでして、ニュアンス的には

昔ツルタケと呼んでいたものが、今では何種類かに分かれる可能性がある種

と、これだけの説明が「広義」という言葉に凝縮されているのだ。
もう少し具体的に説明してみる。

以前キクバナイグチは「キクバナイグチ」という1種のみでした。
しかし2015年、DNAによる分子系統解析によりキクバナイグチは以下の3つに分かれました。

  • キクバナイグチ
  • コガネキクバナイグチ
  • ヒビワレキクバナイグチ

3つに分かれるまではキクバナイグチには「広義」がついていました(たぶん)。

例えば1987年に発行された日本新菌類図鑑で本郷博士は傘の鱗片が赤いキクバナイグチと黄土色のキクバナイグチ2つのイラストを載せており、それはつまり「現在キクバナイグチとされているものは将来再検討され分かれる可能性」があることを示唆していたのではないか、と考えられます。

まだ日本新菌類図鑑の発刊時点では「広義」は付いていなかったのですが、それから数十年、キクバナイグチにはやはり隠ぺい種が存在することがわかってきたので「広義」を付ける必要が出てきたと考えられます。

こんな感じで恐らくツルタケにも複数の隠ぺい種が存在することが既に分かっている、ということでしょうかね。
Twitterで「広義」で検索してみるとツルタケ以外に

  • フクロツルタケ
  • ヤマドキタケモドキ
  • クリイロカラカサタケ
  • アカキツネガサ
  • ナラタケ
  • ハルハラタケ
  • ヌメリタンポタケ
  • ハナホウキタケ
  • ヘビキノコモドキ
  • ワタカラカサタケ
  • オオワライタケ
  • アメリカウラベニイロガワリ
  • ミドリニガイグチ
  • カバイロツルタケ
  • コテングタケモドキ
  • クサウラベニタケ
  • ツエタケ

などまだまだ出てきます。

ただし、「広義」という意味は本来定義されている種に対して隠ぺい種が存在するがゆえにそれらをまとめて「広義」と表現するもの、だそうです。

ですので、中には存在が分かっているのに(つまり隠ぺい種はないのに)一括りのグループとして扱うために「広義」と表現しているものもあるので、この一覧には入れるべきでないものもありますが、近年はそういう「広義」の便利な使い方もあるということで、そのままにしておきます。
(本来の「広義」は名前が判明しているキクバナイグチに対して用いるものではないそうです)

しかし、これらの例を挙げるまでもなく、特定の分類群の専門家に話を聞いてみた感想としては、再検討されていない全ての種に隠ぺい種が存在する、と断言してしまっても過言ではないかもしれません。
それぐらいキノコの世界は隠ぺいだらけなのでしょう(笑)。

ですので、キノコの事を深く追求していけば行くほど分からないキノコが増えてくる、そして名前をいう事すら憚れてしまう、、、という負のスパイラスに落ち込むのです ( ;∀;)

論文執筆のすゝめ

さていかがでしたでしょうか?
今回は以下の2点について書いてみました。

  1. その和名に付けられた学名が違っている問題
  2. そのきのこにはもう複数の隠ぺい種があることが分かっている問題

現在の日本の図鑑に掲載されている種の中で再検討が必要なのは8割ぐらいではないか、というのはたぶん今でもそうであろうと思っています。
ただし、図鑑に載っている種は800種弱というのが一般的で、もちろん全ての種を網羅しているわけではありませんし、2の隠ぺい種などを含めてしまうと現在DNAを取得できて、正しく記載されている種というのはいったいどれぐらいあるのでしょうか?

もしかして5%に満たないかもしれません。

その点中国では良いか悪いかはわかりませんが、次々と新しい論文が発表され「新しいキノコ」として名前を付けられていってます。
それらの新しく名前を付けられたキノコを眺めていると自分がこの間見て「これは何だろう?」「見たことないものだなぁ」と思っていた種が載っていたりします。

また、見たことない種なのでDNAを取ってもらいシーケンスをBLASTをしてみると中国で新種記載されたものと100%一致したりもします。

そこまで分かれば日本新産種の記載をすればよいのでは?

と思うでしょう?
しかしそこには「論文執筆」という我々素人にとっては遥かに高い壁が待ち受けているのです (*‘ω‘ *)

今年の7月。
信州大学で行われた日本菌学会主催の論文執筆講座に参加してみました。
きのこびとメンバーであるチエちゃんが講演を行うというので「是非来なさい!」というほとんど命令に近い勧誘を受けて消極的参加したのでした(笑)。

3人の先生たちがそれぞれ工夫を凝らしたスライドを作ってきて、とても楽しく、めちゃくちゃ勉強になったのですが、その反面、論文を執筆する際の苦労話、心が折れた話、理不尽な話、、そう言ったマイナスの裏話も色々聞くことが出来ました(楽しい話も多かったのですが、苦労話の方がとてもインパクトがありました)。

え、、、そんなに苦労するのかぁ、、、としみじみ障壁の高さを感じました。

が、しかし日本新産種の論文を書くためには、どこかの国で新種記載された論文があり、論文中にデータが既にあります。
私たちは対象のキノコの形態と顕微鏡を使っての観察データ、そしてDNAのシーケンスデータがあり、それを新種記載論文のものと比較さえすれば

「このキノコは間違いなく新種記載された種と同じ」

であることは推測できます。
ここまで分かっているのに、いざ日本新産種の論文を書く際には恐ろしく高い壁が待っている、というは何とかならないものか、、、と思ってしまう。
図鑑に載っているキノコの2割ぐらいしか再検討されていない、という理由はそれかもしれないな、と思っています。

ですので、少なくとも日本新産種の記載におきましては、かなりシステマティックに出来るようにすべきではないか?と思っております。
9月の札幌合宿では中島淳志さんとそんなことについてわちゃわちゃ話をしておりました。

少なくともそんな心が折れるような作業を次の世代に引き継ぐようなことは流石に適切でないように思うのです。そして同じような事をしていたら10年先、20年先だって状況は改善しているとは思えません。
ですので、画期的な論文作成手順を確立し、ある程度機械的にAIなども使って日本新産種記載出来ていくような仕組みを作れないかと妄想しております。



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