葉っぱの上のきのこたち

Fig.1 葉脈に沿って発生するきのこ(2022.7.10 大阪)

たくさんの雨が降った後、森の中は精気に満ち溢れる。

木々は大地から多くの水分を吸い上げようとし、苔類は全身でその恩恵に歓喜して葉をきらめかし、菌類はここぞとばかりに柄を伸ばし大空に向かって傘を開こうとするのだ。

そんな森に落ちている1枚の葉っぱをじっくりと観察してみるといい。
一口に「森」と言っても、大きな木たちだけで出来ているものではないというのが良くわかる。
例えばこの写真。
一枚のアラカシの葉っぱの上に3本のヤマジノカレバタケの仲間が綺麗に並んでいる(Fig.1)。

それぞれ発生している柄の基部を見てみると、葉っぱの葉脈の上から出ているのがわかる。

何故だろう?

不思議である。
たぶんそこには何らかの意味があるはずだけど、きのこに聞いてみても答えはきっと返ってこない。
しかし、もっと詳細に観察していくと、きのこ達はいくつかのヒントを我々に与えてくれるかもしれません。そんなメッセージを読み取り、妄想を駆使して解き明かしていくときっと「鍵」になる何かが見つかるかもしれない。

そんな小さな葉っぱ一枚の不思議。

そうやって森全体を眺めてみると、こんな小さな不思議は森のあちらこちらにちりばめられ、ひとつひとつの不思議が森を構成するライフサイクルに繋がっているのが見えてくるのですね。
そしてその中心に位置するのが、、、きのこなんだと思います。

きのこ、、それ自体は木などを分解してそれを食料にして生活している。
それは葉っぱの上でも例外ではなく、落ちた葉っぱは細かく分解されて最後は土へと還っていくことになる。
種から目が出て、やがて大きな木になり、枯れて、分解され、また土に戻っていくという循環のなかにさまざまな生き物が寄り添いあったり、競争しあってりして生活している。

それが「森」なのである。

そんな森を構成する一枚の葉っぱについて考えてみましょう。

一枚の葉っぱの中で繰り広げられる戦い

Fig.2 菌類によって葉脈だけが残った葉(2023.10.28 宮城 菅原さん撮影)

例えばクヌギの木などは晩秋になると紅葉し、そして冬になると落葉する。
落葉した葉っぱからは、いつの間にか菌類たちが侵入してきのこを発生させることがある。

ではこの菌類たちはいつ侵入してきたのだろうか?

誰もがそんな疑問を抱くに違いない。
きのこの本体は菌糸であり、菌糸が葉っぱに侵入しているだけでは、我々はその葉っぱが菌類に感染しているというのはなかなかわからない。この様に子実体を発生させているのを見て初めて「菌類に感染している」と認識できる。
すなわち菌糸がこの葉っぱに侵入する姿を観察することは困難に近いのである。

ということで、二冊の本をここで紹介させてもらう。

一冊目は大園享司さんの「生き物はどのように土にかえるのか」

そしてもう一冊は深澤遊さんの「枯木ワンダーランド」

この二冊は枯れ木や落ち葉から発生するきのこ達の生態を理解するには必須の本なのです。

それではこの本の中から先ほど問いに対する答えを導くと

きのこ達は生きた葉っぱの中に侵入しているものもあれば、落ちてから侵入してくるやつもいる。

ということになる。
内生菌という言葉を聞いたことが無いだろうか?
菌類の中で内生菌と呼ばれているものは、葉っぱなどがまだ生きている間に中に侵入し、病気を起こすものや、病気を起こさないまでも葉っぱが死ぬのをじっと待っていて、死んだ途端にその栄養を吸収し、さっさと子実体を作って胞子を散布するものもいるのだ。

そして葉っぱが木から落ちて地面に到達すると内生菌たちはそそくさと退散し、地面や感染済みの葉っぱの中で次の獲物をじっと待っている菌類たちがどっと攻めてくるのだ。
後から攻め入った菌類たちは、内生菌に食べられた残骸である細胞壁を分解し、その中にあるセルロースなどを黙々と食べ、ある段階になると子実体を作りそれを我々が「きのこ」として目にするのである。

つまり一枚の葉っぱの中でさまざまな菌類があらゆる分解過程で侵入し、自分の食料とするものが無くなれば子実体を作りさっさと次の獲物の乗り移っていく、ということが繰り広げられているのですね。

これを「菌類遷移」と言うらしい。

そうして菌類遷移の果てに葉っぱはFig.2の写真のように葉脈だけが残ることになる。

では一枚の葉っぱにどれぐらいの菌類が侵入するのだろうか?

大園さんがブナの葉っぱを調べたところ

「25種のキノコと104種のカビが見つかった」

ということ。
実に驚くべき数字である。
ブナの葉っぱは特に分解しにくい葉っぱなので(半減期が3.1年)、分解しやすいアメガシワ(半減期が0.4年)などと比べると分解に携わる菌類の種類が多いのは確かであるが、それにしても想像を遥かに超える数字であることは確かである。

葉脈に沿ってきのこが出るのは何故だろう?

Fig.3 葉脈に沿って発生するきのこ(2021.05.23 兵庫)

この葉っぱ(Fig.3)を良く見るとかなり特徴的な発生をしているのがわかります。
ある程度ではありますが、葉っぱの太い葉脈の上か下に沿って発生していますね。

これは一体どういう事でしょうか・・・

「葉脈に沿って菌糸が集まっているから?」

うんうん、菌糸が延びて行く際に「何かに寄りかかって」いるのがもしかして葉脈だったりするのかな?

「葉脈は菌糸にとってご馳走なのかも?」

ふむふむ、ちょっと硬いかもしれないけど(笑)、栄養は詰まってそうだなぁ、、、

なんて妄想してみる。
ここでちょっと脇道に逸れてみる。

ハイキング道などできのこを探していると、道のすぐ脇にきのこが多く発生しているのがわかります。
これはきのこ観察をするものにとって「体感」としてありますし、「もっと出てるかな?」と道を逸れて奥に入って行ってもきのこがそれほどきのこが無くがっかりすることも良くある話。

これはエッジ効果と呼ばれるものであろうと思われる。

エッジ効果とは菌類の場合で言うと、菌糸が地中で伸長していく際に「エッジ」つまり進行方向が寸断された場所にぶつかった時に、別の場所に移動するために子実体を発生させる、というメカニズムであります。

それ故、ハイキング道などの人工的に踏み固められ、菌類が菌糸を伸長出来ないような場所では、それが「エッジ」となり、きのこの発生が多いのだと考えていいかと思うのです。

そんなエッジ効果が一枚の葉っぱの中でも起こっているのではないか?

と考えています。
Fig.2 の写真を改めて見てください。葉脈だけが脈々と残っていますよね?(笑)
これは葉脈が食料ではない、という何よりの証拠ではないでしょうか?
だとしたら葉脈というのは菌糸からすれば障害、つまり「エッジ」であると考えるのが妥当だと思います。

狭い葉っぱの細胞壁を分解しつつ進んでいく菌糸がぶち当たる大きな壁、それが葉脈なんですね。これにぶち当たると葉脈を分解するか、それとも葉脈に沿って進んでいくか、、、しかし葉脈も葉っぱの上に網の目状に張り巡らされているので、また別の葉脈にぶつかって行き場を失いとまどう菌糸・・・。

そこで溜めていたエネルギーを一気に使って子実体を発生させる!!

そんな妄想はあながち間違ってはいないのだと思っています。

葉っぱの裏を観察してみよう

Fig.4 葉 ハリガネオチバタケの葉っぱの裏側(2023.10.15 大阪)

何故葉っぱの裏側を見るのか?

それは葉っぱの裏側に菌糸が回っていることが多いからなのですね。
Fig.4を見てみましょう、これはハリガネオチバタケが発生している葉っぱの裏側から撮影したものです。
穴が開いた部分がありますが、その向こうにハリガネオチバタケの傘が見えていますね(笑)

実はこの葉っぱ、この下にも何枚かの葉っぱがくっついていて、それを剥がして剥がしてやっとハリガネオチバタケが発生している葉っぱにたどり着いてから撮影したものです。
もちろんそのくっついていた葉っぱにも菌糸ははびこっていて、恐らく長年に渡って堆積した落ち葉の下から徐々に分解が進んでいってるのだと思われます。

さてこの写真から分かることを列挙してみましょう。

  1. 葉っぱの裏側にだけ菌糸が見える(表には見えない)
  2. 葉っぱ全体に菌が回っている(全体に白くなっている)
  3. 葉脈に菌糸の塊が見える

と、なかなか興味深いですね!!
かなり分解が進んだ葉っぱだと思うのですが、まだまだ原型をとどめています。

まずは1の「葉っぱの裏側にだけ菌糸が見える」というのは何故なのでしょうか?

ハリガネオチバタケの菌糸は通常土の中に潜んでいたり、葉っぱの中に潜んでいたりして葉っぱが落ちてくるのを待っているのでしょう。
そしてある程度分解が進み、自分好みの分解度になったときにターゲットの葉っぱの中に潜入すると考えられます。
当然その際に侵入するのは葉っぱの裏側(というより地面側)であることは言うまでもありません。

つまり侵入する入り口が葉っぱの裏側だから菌糸に覆われているのではないか?

と最初は思っていました。
しかし高橋春樹さんからの指摘で今はこう考えています。

葉っぱの表側は常に空気にさらされて乾燥しやすい。
菌糸にとって最大のウイークポイントは乾燥して菌糸の成長が妨げられたり、干からびてしまうこと。
なので、地面と接していて常に湿度が保たれている葉っぱの裏側で菌糸が生活している姿がこの白い菌糸の姿なのでしょうね。

次に2の葉っぱ全体に菌糸が回っているのについて。

これについては正直ハリガネオチバタケだけの菌糸があるのだとは断言できないと考えています。
もしかして別の菌糸もこの中にあるかもしれないのですが、もし別の種類の菌類がここに存在すればコロニー同士が拮抗して、その間に暗色の帯が出来てくることがあります。
つまり自分の領地はここまでですよと菌同士が壁を作るのですね。

これを「帯線」と言い、丸太などを輪切りにするとこの帯線が金太郎飴のようになっているそうです。

しかし、この葉っぱの裏側を見ても帯線らしいものは見つけられませんでした。
よって、もしかしたらこの菌糸は全てハリガネオチバタケのものかもしれませんね? (#^.^#)

最後に3の葉脈に菌糸の塊が見えるという点です。

これは菌糸が伸びていく際に葉脈にぶつかって葉脈に沿って行き先を変更したとか、または葉脈に留まっているからだと思われます。
ここからも葉脈は菌類にとって「食べ物」ではなく、単なる障害物だということが推測できます。

しかし、オチバノアカビョウタケの様に落ち葉の葉柄からだけ発生するやつもいたりして、必ずしも「葉脈は菌類の餌にはならない」と言い切ることはできません。

つまり分解するための「持ち場」がそれぞれのきのこにはあり、他のきのこにとっては食料にならなくても、別のきのこにとっては美味しい美味しい食料だったりするのですね、、不思議です。

さてさて、葉っぱの裏側ってとても面白いでしょ?

もし葉っぱの上からきのこが出ていたら是非是非裏返してみてください。
そこには菌類の息づかいや生活感を感じることが出来ることでしょう。

また、葉っぱの裏側は自然環境において、「菌糸の広がっていく様子が見える唯一の場所」ではないか?と考えています。
菌糸の太さは数ミクロンなので基本的には肉眼では見ることは出来ません。
しかし、葉っぱの裏側には生き生きとした菌糸の姿を拝むことが出来るのです。

きのこ好きなら、こんな貴重な姿を見ないわけにはいきませんよね? (*^^*)

最後に

2023.10.15 大阪

葉っぱの上のきのこたち、いかがでしたでしょうか?

きのこ愛好家と自称している人たちですら、葉っぱの上の小さいきのこは「見なかったふり」をすることが多いですよね(笑)。
しかし、葉っぱはきのこたちの生態をもっとも身近に観察できるものだと言っていいでしょう。

そして1枚の葉っぱの上で繰り広げられる戦いを夢想しながら発酵によって生まれたワインを傾ける、、なんてオシャレな大人になりたいものですね(笑)

Facebook コメント

Follow me!

コメントを残す