コウタケはシシタケなのか?

『混乱』その1

Iさん(もうこのきのこびとに何回登場しているだろうか、、w)が去年フィンランドへ旅行に行かれた。

その目的はもちろん「キノコ」。

フィンランドでのIさんの様子はFacebookに時々アップされていたので、日本にいてもうかがい知ることができた。
こちら(関西)ではあまり見たことのないキンチャヤマイグチやヤマドリタケそして食べることは出来ないがベニテングタケなどの写真が次々にアップされ「北欧の奥深さ」をその写真を通して感じたものでした。

そのIさんが日本に帰ってきた後、Facebookにこんな投稿をしたのです。

きのこの「日本特産種」って何だろう?

フインランドで、2種類のイボタケの仲間を採取。

1つ目は、シシタケ(Sarcodon imbricatus)。


 

「これは、美味しくない」

とヨ二博士が言っていた。
確かにコウタケの香りは全くなし。切断すると、コウタケの特徴の漏斗状の特徴が全くなかった。

次の2枚はユシのおばあちゃんの玄関横に生えていたもの。


 

私が今まで経験した、コウタケの香りがプンプン。
切断しても、漏斗状に中央部が下がっていて「これはコウタケ、間違いなし!」とほくそ笑んだものです。コウタケ(Sarcodon aspratus)はフインランドのきのこの本には、全く記載がありません。出てこない。そこで、ユシのお母さんは、コウタケを乾燥してくれましたが、あくまでシシタケとの認識で、ジプロックにもSarcodon imbricatusと書いて渡されました。

時間がなくて、乾物を味見する時間がなくて、今になりましたが、フインランドの乾物、ゆでて味見すると苦くもなんともなし。まさに、コウタケ!

きのこの本に書かれていた「日本特産種」がずっと引っかかっていました。モンタナのKumiさんはコウタケ、採ってると言っていたし、英語の俗名Scaly Hedgehogと言うのもあるので、アメリカにあることは間違いない!「日本特産種」というのは日本にしかない・・・という意味ではない気がするんだけど・・。誰か、教えてください!!

ちなみに、、、

※ヨニ博士 ... フィンランドのマイコロジーの大学教授
※ユシ ... フィンランドのホームスティ先の青年

それと学名もちょっと頭に入れておきましょう。

※シシタケ ... Sarcodon imbricatus
※コウタケ ... Sarcodon aspratus

で、Iさんの混乱ポイントをここで整理しましょう。

  1. ユシのおばあちゃんのところで採取したものはシシタケ(Sarcodon imbricatus)なのか?
  2. フィンランドのキノコ本にはコウタケ(Sarcodon aspratus)の記載がないのは何故か?
  3. 「日本特産種」とは何なのか?

こんなところでしょうか?
確かに「謎」です。
特に「食べ菌」のIさんとしては、香りも良いし、苦くも無い、どうみても「コウタケ」なキノコがシシタケと同じなのかというのがどうしても納得が行かないのでしょう、、、

『混乱』その2

「大菌輪」というサイトを御存知でしょうか?

掲載分類群数18、815種(2018/01/07現在)を誇る菌類のデータベースサイトであります。

http://mycoscouter.coolblog.jp/daikinrin/

ここの管理者は中島淳志さんと言って「しっかり見わけ観察を楽しむ きのこ図鑑」の著者でもあるんですね。

その大菌輪で「コウタケ」を検索してみますと、、、

なんと

「シシタケ Sarcodon imbricatus」

が検索されてしまいます。
で、リンク先を見ますと、そのほとんどが「コウタケ」なのであります。

ん???どういうこと???

これってもしかして「コウタケが無くなってシシタケに統合された」ってことなのか???

ますます混乱を極めてきた(苦笑)
 

『混乱』その3

「Species Fungorum」というサイトを御存知だろうか?
このサイトは大菌輪と少し違ってあるキノコの種にいつ記載論文が出されて、いつ学名が決まったのか、などを検索することができるこちらも巨大データベースなのです。

そこでコウタケの学名「Sarcodon aspratus」で検索してみると、、、


 
この中で注目する点を赤で囲んでおきました。

「Current Name」とは直訳すれば「現在の名前」ということですね。

現在・・・?は?

という感想をお持ちの方、アナタのその感覚は正常です(笑)

この意味するとことは

「過去は『Sarcodon aspratus』やってんけど、今はなオレ『Sarcodon imbricatus』って名前やねん」

という事ですよね。
これを

「『Sarcodon aspratus』は『Sarcodon imbricatus』のシノニムになった」

というらしいです。

シノニム、、、ではその用語を僕なりに解説しますと、、、

過去(1955年)にS. Itoさん(菌学者の伊藤誠哉氏)という方がおられて、その人がそれまで学名が付けられていた「Sarcodon imbricatus」(シシタケ)と「ん?これは特徴が違うぞ、、」というものを見つけて(コウタケのことね)、「よし、こいつの学名をワシが付けたるわい!」ということで、晴れてコウタケに「Sarcodon aspratus (Berk.) S. Ito」という名前が付けられたのですね。

しかし、、、コウタケに悲劇が訪れる。

伊藤さんがせっかく付けた「Sarcodon aspratus」にものいいがついたのだ。

「それって、『Sarcodon imbricatus』と同種じゃね?」

これがいつ、どういう経緯でそうなったかは分からないが(論文を探してもらっている)、どこかの学者がいろいろ調べて「Sarcodon aspratus」は「Sarcodon imbricatus」の別名である(シノニム)としてしまったのであった。
別名にすることによって今までの名前も使えるし(旧名として)、一応名前の「推移」として分かるので、こういった分類学ではシノニムという概念があるんだそうです。

ではでは、「Sarcodon imbricatus」側から検索してみると

「Synonymy」という項目の下に「Sarcodon aspratus」があることがわかります。

「Kew Mycology(2015)」ってことは2015年にシノニムになった、ってことでしょうか?

これは果たしてどうなのでしょう???
混乱はますます続くのか、、、、
 

そもそもコウタケとは?

食べ菌の人たちに言わせれば

「コウタケとシシタケ?同じなんてあり得ない~!!」

と怒り心頭でそう答えるだろう。
そりゃそうだ、香りも良く、味もトップレベルのコウタケと比べて、香りもなく、味もやや苦いだけのシシタケとは比べるべくもない。

「まったく別種としないと、ワシらの苦労はどうなるのじゃ~」

と言ったところかもしれない。
しかし香りや味だけの「違い」だけでは無いらしい。形態も違うようだが、その差を最終的につきつめると

「傘の中央部のくぼみが柄の根元まで落ち込んでいる(コウタケ)か、へそ状にくぼむだけで柄は中実である(シシタケ)かと言うことになる(原色新菌類図鑑)」

ということらしい。
しかしその区別をするのは肉眼では難しい、とのこと。
それと「原色新菌類図鑑」のコウタケの欄にはこんなことが書いてありました。

問題は両種が別種でかどうかということである。シシタケ類の世界的権威であるオランダのMaas Geesterranusは同種としたが日本では別種とされる。
(原色新菌類図鑑Ⅱ)

またシシタケの欄にはこんな意味深な記述も、、、

コウタケ、シシタケの2種だけでなく、日本産コウタケ属について幅広い視野に立っての研究が望まれる。局地的で断片的な観察だけでは解決はできない。もしろん肉眼的だけではなく、顕微鏡的特徴の比較検討とさらに生態的観察も揺るがせにできない。
(原色新菌類図鑑Ⅱ)

つまりはコウタケとシシタケについては「まだまだ研究をしなければならない」、そしてそれが別種なのか、同種なのかは未来の研究者に委ねる、、ってとこでしょうか、、、

とまれ、「北陸のきのこ図鑑」にもコウタケとシシタケは別種として出ていますし(シノニムではない)、最新の図鑑でかなり定評のある「青森県産キノコ図鑑」にも別種として扱われています。


 

 

フィンランドの「コウタケ」は何なのか?

さて、では最初の疑問に戻るが、日本でコウタケと呼ばれている「Sarcodon aspratus」は日本特産種なのだろうか?

原色新菌類図鑑、北陸のきのこ図鑑、日本のキノコこの3種類を見るとコウタケの欄に

「日本特産種」

とあります。
日本特産種というのは、言葉通りに受け止めれば「日本でしか出ない(見つかってない)種」ですよね?

それでは、Iさんがフィンランドで見つけた「コウタケみたいな種」は何だろうか?

Iさんが疑問に思い、ヨニ博士にメールしたところ、以下の様な返事が返ってきました。

~前略~

Of the 2-3 most commonly seen scaled Sarcodon here, the species with Picea (Sarcodon imbricatus) is usually more funnel-formed, has an unpleasant aroma and it is not suited for coloring wool.

The common species with Pinus (Sarcodon squamosus) is flatter, is more pleasantly aromatic, and is suited for staining wool. It is sometimes used for food, here, but we do not have such a long tradition with it.

~後略~

ポイントを適当に訳してみると

Picea(トウヒ)の下に出る「Sarcodon imbricatus(シシタケ)」は

  • 漏斗状をしており
  • 不快な匂いがする
  • 羊毛のような色合いをしていない

となっていてもう一つの種は

Pinus(松類)の下に出る「Sarcodon squamosus」は

  • 平坦(凹んでいない)で
  • とっても良い香りがする
  • 羊毛に染められた様な色合いをしている
  • ここではそれを時々食べるけど、一般的にはそんなに食べる習慣はない

さてさてもう一つ謎のサルコドンが出てきました。

「Sarcodon squamosus(マツシシタケ)」

ですな、、

僕の推測ではIさんが「良い香り」「これぞコウタケ」と言っていたものは「Sarcodon squamosus」ではないのだろうか?

ちなみにこのメールを読んだIさんの反応は、、、

ヨ二からのメールは私の持ち帰ったきのこの様子と真逆です。私はさらに疑問が膨らんでいます。Picea (Sarcodon imbricatus)はロート状の形状を持ち、不快な匂いがあるとヨ二は言っている。・・・しかし、私が持ち帰ったのは、こちらです。私にとっては普通のコウタケの良い香り。Pinus (Sarcodon squamosus) は平らで、心地よい香りとヨ二は書いてきましたが、フインランドの森でヨ二が見つけたのは、こちらです。そして、ヨ二もまずくて食べられないと・・・。頭が痛いです。

さてさて真相やいかに・・・

しかし少なくとも「Sarcodon aspratus」はフィンランドにはない、というのがある程度推測されます。
であるのなら、「フィンランドのキノコ図鑑にはコウタケ(Sarcodon aspratus)は載っていない」というのも頷けます。
 

日本の「コウタケ」は日本特産種なのか?

 
少なくともコウタケはフィンランドには無い、というのがヨニ博士のメールからも、そして図鑑に載っていない、ということからも推測できます。とするなら、本当にコウタケは日本でしか見られないのでしょうか?

そうこうするうちに「コウタケ(Sarcodon aspratus)とシシタケ(Sarcodon imbricatus)は別種である」という論文が手に入った。

重要なことはこの論文が日本人によるものではなく韓国人の学者が発表したもの、だということ。

じゃあなにかいな、、コウタケは日本特産種じゃないってこと???

この論文の重要なところだけを訳すと

S. aspratus, usually synonymized with S. imbricatus, is a different species.

「『Sarcodon aspratus』はね、ずっと『Sarcodon imbricatus』のシノニムって言われてたけど、これやっぱ別種なんだよね~」

って感じです(笑)
でこの論文がネット上にあるか探していたら、なんと大菌輪にこんなのがありました。

「(大菌輪-論文3行まとめ)Molecular validation of Sarcodon quercinofibulatus, a species of the S. imbricatus complex associated with Fagaceae, and notes on Sarcodon」
http://mycoscouter.coolblog.jp/daikinrin/%EF%BC%88%E5%A4%A7%E8%8F%8C%E8%BC%AA-%E8%AB%96%E6%96%873%E8%A1%8C%E3%81%BE%E3%81%A8%E3%82%81%EF%BC%89molecular-validation-of-sarcodon-quercinofibulatus-a-species-of-the-s-imbricatus-complex-associat/

この中に新産種として登録された「Sarcodon quercinofibulatus」との比較でこんな図を作ってくれてます。

これ、なんで最初に見つけられなかったんだろうか、、、(苦笑)

で、注目は「Sarcodon aspratus」の部分

「本種と異なりアジアに分布する」

と書いてありますね。
つまり、本種(Sarcodon quercinofibulatus)はヨーロッパに分布するのとは違って、コウタケ(Sarcodon aspratus)はアジアに分布する、ということ。

つまり、「日本特産種」ではないよ、ということを意味しています。

たぶん、日本以外のところからも続々報告が上がってきてるのかもしれませんね。
 

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