動く根状菌糸束の謎

2026年6月1日、Twitterへこんな投稿がありました。
https://x.com/sorashasin/status/2062357668648636647
木から発生している様に見える糸状のものが、くねくね動いている動画である。
この投稿に対する一番多かったコメントが

「ハリガネムシではないか?」

というものでした。
そこから投稿者である @sorara さんのこの物体に対する執念の探索と実験が始まり(記事の中でも出てきますが、僕もこの正体の謎に少しだけ協力させてもらいました)、そしてこれから紹介する報告書なるものがついに完成しました。

この記事では著者である @sorara さんこと田中さらさんに了解を得て、その報告書の内容をそのまま転載させてもらう事にしました。

さて、根状菌糸束はどの様な原理でどの様な環境だったら「動く」のでしょうか?
それではじっくりとお読みください。

ホウライタケ属の根状菌糸束の乾湿運動と類似した現象について

田中 さら
2026.08.08

1.はじめに

一般に植物や菌類は日々成長過程で伸長を行っているが、私達の肉眼で「動いている」と認識出来る速度で動くことは稀である。中には、肉眼で動きを観察出来る種として食虫植物のハエトリソウやオジギソウなどはよく知られている。
又、現象として乾湿運動を起こすものがある。「乾湿運動」とは死んだ細胞の細胞壁の吸湿または乾燥によっておこる純物理的運動である。膨潤運動ともいう。スギナ胞子の弾糸の運動、野生エンバク(カラスムギ)種子の芒(のぎ)のねじれ運動などがこれである。(※1)
菌類のなかでも、ツチグリでは外側の皮が乾燥すると星状に開き、湿ると閉じる運動を行い、雨や湿気で胞子が濡れて飛ばなくなるのを防いでいる。今回、ホウライタケ属の根状菌糸束にて、乾湿運動と類似した運動が見られたのでここで報告する。
なお、類似した運動としたのは、ホウライタケ属は吸水復元性があると言われている為、細胞が死んでいない状態とも考えられるため類似した運動と記載した。(※2)
※1出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)[勝見允行]
※2https://mikawanoyasou.org/kinoko/sirohouraitake.htm 三河の植物観察きのこ図鑑

2.観察の経緯

昨年の秋、近隣の公園で見つけたホウライタケ属の子実体を自宅で観察するためにケースに入れて保管していた(写真1)。その中の一つの小枝(松のもの)を子実体が無くなってからも、再度子実体が出てくるかもと思い時々霧吹きをかけながら落ち葉とともに保管。2026年6月1日、ケースの中をよく見てみると枝から長い根状菌糸束が生えているのを発見(写真2)。よく観察してみようとケースより取り出すと目に見える速さで動きだしたのである。(動画参照)
その後も何度ケースから取り出しても動くため、この現象についてご相談させて頂いた深澤遊先生よりどのような条件で動くか実験してみたらいいのでは?との提案があり今回の検証に至った。(深澤先生にご相談させて頂いた経緯に関しては後述。)

3.検証方法

根状菌糸束を乾いたティシュを敷いたケースと濡れたティシュを入れたケースにそれぞれ置いた場合にどれだけの可動性の変化が起きるのか検証した。
サンプルは雨が降った日に外で採取したホウライタケ属(シロヒメホウライタケ?)が生えた枝、葉、松ぼっくりを使用。一部、拾った枝を一緒にケースに入れ培養したものを使用。
ケースはめかぶやところてんなどが入っていたプラスチック製の空き容器を使用。なお紙容器を使用しなかったのは吸湿性などの影響を避けるためプラスチック容器とした。
それぞれのケースに箱ティッシュの1/2枚分を2から3つ折りにして敷き半分のケースには5ccの水を加えた。
可動性の計測方法は、菌糸束が空中にあるため、菌糸束が動き出したら上から透明な目盛り入りの定規を当て目視で行った。

●1回目検証(7/15 外気温最高37度最低24度晴れ)

室温27℃ 湿度55% エアコン使用の室内で検証。
サンプル→枝や葉などから約3cm生えた根状菌糸束6個

【結果】

1.乾いたティシュに置いた根状菌糸束

サンプル可動性(幅)動き方
葉っぱ5mm幅2秒後5㎜幅の円を描き2回転
1cm幅3秒後1㎝幅左右首振り運動を6回
1cm幅2秒後に1㎝幅左右首振り運動を6回

2.濡れたティシュに置いた根状菌糸束 

サンプル可動性(幅)動き方
松ぼっくり2mm幅4秒後2㎜上に向く
なしなし
5mm幅上下運動を1回

●2回目検証(2026年7月22日晴れ外気温35度)

室温32℃湿度68%エアコン使用無し
今回は本来菌類たちが野外で生活しているためエアコン下は無く野外での環境に近い温度湿度で実験したかった為エアコンなしで実施。
サンプルは前回と同様のサンプルに加え新たに四つ近隣の公園で採取したものを加えた計10個を使用。
但し長さに1cmから3cmのばらつきあり。

【結果】

1.乾いたティシュに置いた根状菌糸束

サンプル可動性(幅)動き方
葉っぱ(長さ3cm)1から2cm幅10秒後縦方向上下15回可動
枝(長さ1cm)なしなし
松ぼっくり (長さ2.5cm)2㎝幅30秒後2cm幅の円を描き1回転
葉っぱ(長さ3cm)なしなし
葉っぱ(長さ2cm)3cm幅2秒後に水平方向に右から左に 3cm移動

2.濡れたティシュに置いた根状菌糸束 

サンプル可動性(幅)動き方
葉っぱ(長さ2cm)なしなし
枝(長さ2.5cm)なしなし
枝(長さ2.5cm)なしなし
松ぼっくり(長さ1.5cm)5mm幅3秒後に5㎜幅で20回垂直方向に上下運動
枝(長さ2cm)1cm幅10秒後に1cm幅水平方向に左右首振り3回運動

※根状菌糸束の動く様子 ⇒

●3回目検証(2026年7月24日晴れ外気温31度)

室温27.5度湿度62%エアコン使用
サンプルは前回同様計10個

【結果】

1.乾いたティシュに置いた根状菌糸束

サンプル可動性(幅)動き方
葉っぱ(長さ2.5cm)1から1.5cm幅2秒後左右水平に3回可動
枝(長さ2cm)なしなし
葉っぱ(長さ1.5cm)なしなし
松ぼっくり(長さ4cm)1から3cm幅2秒後1cm幅で1回転しその後3cm下に下がる
枝(長さ1.5cm)5mm幅2秒後に5mm幅で1回転

2.濡れたティシュに置いた根状菌糸束 

サンプル可動性(幅)動き方
葉っぱ(長さ2cm)1cm幅2秒後1㎝幅で回転6回
枝(長さ2cm)2㎝幅2秒後に2cm幅で左から右に移動
葉っぱ(長さ1.5cm)なしなし
枝(長さ1.5cm)なしなし
松ぼっくり(長さ1.5cm)なしなし

4.考察

今回3回の検証を行ったが、一回目のサンプル数が少ない場合は乾燥状態に移動した際の可動性が優位になった。しかし、2回目3回目の検証では乾燥状態に置かれたサンプルがやや優位にはなったものの結果にばらつきが出た。
考えられることとしては、室温、湿度の違い、連日の高温のためサンプルの菌糸束の乾燥状態の変化、個体差、長さ、菌種の違いなど様々な要因が考えられる。
又、検証で動いた5サンプルのうち4個を選び2個ずつを乾いたティシュと濡れたティシュのケースに入れてどの位戻る動きが見られるかの検証も行ったが乾いたケースに入れたものが5mm幅で左右に2回動いたのみで他のサンプルは動きが見られなかった。動いた後の戻る動きの計測に関しては検証が不十分だが水分を与えても動いたり動かなかったりで不規則な印象を持った。
何度か検証を繰り返していて気付いたのは、根状菌糸束でもやや太いものや、短いものではこのような動きが見られないのである。菌類の種類や根状菌糸束の伸びる過程で根本と先端の構造が違うなど様々なことが考えられるため今後の検証、解明が必要である。
尚、根状菌糸束の構造に関しては、ルーペ(スマホにつけるマクロレンズ)にて確認したところよく可動するものに関しては捻じれ構造が確認出来た。(図A・B)

又、図Bの写真では表面に微毛が確認され、ケナワタケの菌糸束状柄の可能性もある。ケナワタケの傘が腐敗により消失した柄は、黒色根状菌糸束または不稔性の柄状構造(sterile stipe or “télépode”)に似ている。しかし、空中伸長型の根状菌糸束は様々なタイプがあり、一般に柄より細長い毛髪状になるのが普通である。不稔性の柄状構造については特にMarasmius (広義)の仲間にしばしば見られ、Singer (1986)によれば、乾燥や低温時に頭部および子実層托の稔性構造の形成を遅延または抑制していると言われている。光が遮断された環境下でも同様の現象が起きることがあるそうだ※3このことから実は根状菌糸束ではなくケナワタケの菌糸束状柄がこのような動きを見せているのかもしれない。
※3幼菌図鑑
https://sites.google.com/view/youkinzukan/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0?authuser=0

5.おわりに

今回、私のような素人の小さなきのこ愛好家がこのような現象を観察し検証に至るまで様々な方々との関わりがあった。最初にこの現象を目撃した際は、驚きと共に恐怖すら覚えて、どうしたらいいか解らず、私のX(旧Twitter)のアカウント(フォロワー500未満)に動く菌糸束をポストしたところ脅威の1090いいね、39万インプレッションをたたき出したのである。X上では、湿度の関係やハリガネムシという意見が出ていた。ハリガネムシに関しては枝にしっかりくっついている点、その後、一部分を知人(入佐城司さん(きのこびとさん))に顕微鏡で確認して頂きホウライタケ属の菌糸束であることが明確となった(写真7、8)。


初めてこの現象を確認した際は、湿度の関係でたまたま動いたのであろうと思っていたが、次の日に取り出しても、3日ぐらい空けて取り出しても、1週間後に取り出しても毎回動くのである。日によっては、動きが少なったり動きが激しかったりまるで生き物のようであった。何度も繰り返しこの現象を観察しているうちに、この運動がどういうものか?なぜ動いているのか?一般的なものなのか?など色々と疑問が浮かび、それと同時に動かなくなる前にこの謎を解明したいと考えるようになった。
私は、きのこの写真(特に小さなきのこ)を撮るのが好きな一般の主婦であり、菌類についての知識も素人に毛が生えた程度の人間である。この謎を解明するにはどうしたらいいのだろうと思い、何となくXで「この現象のこと専門家の人に聞いてみたほうがよいのでしょうか?」と呟いたところ、フォロワーの高橋春樹さんより「もし相談するのであれば、筑波大学の出川洋介先生が良いのでは?」とのご意見を頂き即座に出川先生を検索しメールをしたのである。今考えると何とも無謀な行いである。
そんな無謀な行為に対して、非常に優しく丁寧に出川先生が返答を下さった。出川先生より再現性があること、菌糸の行動や色々な条件での検証解析であれば、東北大学の深澤遊先生が適任だろう。とご紹介頂き、又、無謀にも深澤先生にメールをさせて頂いたのである。
これまた深澤先生もとても丁寧に返信を下さりやり取りをさせて頂いたのだが、その中で、「どんな条件で動くか実験されたらいいと思います。」とさらりと言われ私にそんなことが出来るのか?と少し戸惑ったのである。しかし、そんな心配とは裏腹に、深澤先生は非常に簡潔に解り易く実験方法の提案をして下さり私の些細な質問にも直ぐに答えてくれるという神対応して頂いた。そうこうしているうちにこの現象をきちんと形に残したいという思いが強くなりこのような文書をまとめることとなった。
そして、実験検証を行うことにより、逆に多くの謎が生まれ今後も追及していかなければいけない課題が増えてしまったので、今後も日々根状菌糸束と向き合っていくつもりである。
しかしながら、まだまだ知識も経験も浅いのでもしご興味のある方がいらっしゃったら多くの意見、ご助言などお待ちしております。
最後に、お忙しい中お付き合い頂きました深澤先生、出川先生、入佐さん、高橋さん本当にありがとうございました。まさか、自分がこんな形でこんな文書を作ることになるなんて夢にも思っていなかったので今一番びっくりしているのは私自身かもしれません。
こんな機会に恵まれたことは、根状菌糸束が「ヤマンバの髪の毛」と言われ縁起物として奉納されたり、某TV番組で紹介された海外での「魔人アジンザの毛」(ハリガネムシという説が多いが映像を見ると根状菌糸束と思われる)として縁起物として扱われているが、ある意味この噂は私にとっては本当なのだと信じられる噂だと思っている。
皆様も是非この機会に森に根状菌糸束を探しに行ってみて下さい。

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